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睡蓮を摘むならば  作者: 平間太郎
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第一章 ペナント、漂う

「やっぱ祭りの前は空気が違うよな」


 あと数週間も過ぎれば世界は冬季後節に突入し、寒冷地であるアレクサンドリアは死の地と化す。草木は葉を落とし、決して盛んではない畜産も勢いに陰りが増え、加えて通称『白い空』と呼ばれる寒波が四年に一度の周期、つまり今年訪れる。そんな厳しい冬を越える蓄えを無事完了したことを祝う祭りがアレクサンドリア公国領の一大イベント聖肉祭なのだ。

 ペナントと言われる二等辺三角形の旗にそれぞれの家紋や思い思いの図を刺繍し、建物と建物の間に通した糸を介して空に浮かべる。祭りの終わりには国王が聖火台に火をくべ、その火は冬季が終わるまで火守りの手によって絶やされることは無い。

 温もりを放つまるで暖炉のようなレンガ造りの街並みを四人はキョロキョロと見渡しながら歩いていく。


「あっ……」

「どうしたの? ユニちゃん」


 手を引いていたユニの足がピタリと止まり視線が遠くに注がれた。辿ってみるとアリアの視線は一つの屋台へと行き着く。


「リンゴ飴かぁ。ユニちゃん食べたいの?」


 問いかけると彼女は控えめにコクリと頷く。前を歩いていたタイラーとパティを呼び止め四人で屋台へと向かった。


「いらっしゃい!」

「リンゴ飴一ついただけますか?」

「あいよ! 食べるのはお嬢ちゃんかな?」


 店主は威勢のいい声でユニへ声をかけながら手際よくリンゴ飴を炙り直し、きれいな包装紙に巻いて彼女へと手渡す。この店はコンデヤ村からの出展だろうか。独特な色彩を放つ包装紙だ。先ほどアリアがそうしたように片膝をつく格好で目線を合わせた店主の手からユニはおずおずとリンゴ飴を奪い取る。


「あっ、す、すみませんこの子照れ屋で……」

「はっはっは! 別に気にしてないさ。お代は銅銭2枚ねー」

「よーしアタシが奢ろうかな」


 アリアがリンゴ飴に夢中になっているユニのフォローをしていると褐色の手が自身の財布から銀銭を取り出した。


「タイラーちゃん、ここは私が……」

「おぉー? アリアも一丁前に後輩の面倒見ようってか?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「まぁ"歴"で言ったらアリアは古株だからな。それにそういう年頃だしな。うんうん」


 軽口を叩き、本人にしか分かりえぬ納得をしながらタイラーは取り出した銀銭を店主に支払う。彼女はいつもこうだった。何かにつけて面倒をみたがる。ユニ、百歩譲ってアリアまでを子ども扱いするのは分かるとしよう。だが彼女の場合じきに大人の仲間入りを果たすパティや歳の近いキキにまで世話を焼くのだ。


「おっちゃん、アタシら三人にも貰っていいかい?」

「もう……タイラーちゃん」

「いいではありませんの。本人が奢ると言っているのですから」


 朝のエリンのような八の字眉をしたアリアの肩に手が置かれる。パティはしめしめといった表情でリンゴ飴を待っていた。名家の生まれであるはずの彼女にとって人に施されるのはいいことなのか些か疑問ではあるが、パティは特にタイラーの面倒を上手く立ち回って受けている。タイラーは店主に負けない声量で言葉を交わすと飴三つととお釣りの銅銭二枚を受け取った。


「いただくわ」

「おう。食えー」

「タイラーちゃんありがとう。いただきます」

「おう。気にすんなー」


 パティに習ってタイラーに声をかけリンゴ飴を齧る。口に運ぶことの少ない甘味が広がり、賑やかな町と相まって普段の貧しい生活が嘘のようだ。四人並んで飴に夢中になっているとどこからか鐘の音が響く。協会からの正午を知らせるものだろう。


「本当だったら夜の花火とかも近くで見ていきたいんだけどなぁ」


 飴を既に半分ほど消化したタイラーが呟く。長身である彼女の顔を見上げるとさらに上空を気持ちよさそうに漂うペナントを見つめていた。


「夜には帰ってきなさいって言ってたものね」

「なぁー。今日くらいイイじゃんか。エリンも堅えよなぁ」


 風にそよぐペナントは角度が大きくなってきており、冷たい風の勢いが増してきたことを示している。日は昇りきりじきに寒い夜が来るのみだ。


「明日は村に籠りっきりだし楽しまないとね。タイラーちゃん」

「うーん……それもそうだな! よし、次はあの飯屋に入ろうぜ!」


 日が傾いてきて影が次第に伸びてきた。リンゴ飴に続きピザを食し、他領の吟遊詩人から歌を買い、雑貨屋で村で帰りを待つグリフやみんなへのお土産を買ったところだった。

「ユニちゃん疲れてない? 大丈夫?」

「うん……平気」


 リンゴ飴の他にも人形を模った陶磁器のお面や、供物保管用の華やかな装飾のついた麻袋も購入しユニはそう答える。表情はいつもと変わらぬ様子だが腰かけて浮いた足元はパタパタとリズムを刻んでいて、アリアはその様子から彼女の機微を感じていた。

 十一歳の小さな体を気遣ってそう問いかけたが、こういったイベントで最後まで体力を発揮するのは幼子の方であると痛感させられた。まぁ終わってしまえば一転、嘘のように眠りこけてしまうのだが。レンガ道に慣れておらず、歩いてばかりであったためにアリアとパティは少しばかり疲労を感じている。では最年長の班長タイラーはどうなのかと言えば。


「うおぉ!! おっちゃん! こっち大人一枚、子供三枚だ! 釣りはいらねぇ!」


 夕方を前に演劇を見ることをパティが提案した。恐らくこれがアリアたちにとって今年最後の聖肉祭の思い出になるだろう。題目は恋愛ものとして名高い『カナリア』だ。初心な主人公セーラの初恋を描いた作品は老若男女から愛されている。そのチケット争奪戦にタイラーは参戦しているのだが……。


「はぁ……はぁ……何とか四枚取ってきたぜ……」


 人の波を逆らうように低い体勢から群衆をかき分けてタイラーが姿を現す。ゆるく髪をまとめていた髪紐はこの騒乱の中姿を消してしまったようで、肩甲骨まで伸びるタイラーの赤毛が苦しそうに息を吐いていた。


「タイラーお疲れさ……」


 パティが声をかけようとした時だった。チケット争奪戦は未だ続いており騒がしいのは間違いないのだが、心なしか周りの群集から熱が引いている。"タイラーに気付いた"人間が視線を彼女に視線を集めていた。まるで時が遅延して事実を脳に届けているようだ。アリアとユニの顔面からも血の気が一気に引いていく。


「お、おい。お前らどうしたってんだ……」

「タイラーちゃん……上着が……」


 指摘を受けて初めてタイラーは自身の上半身を確認する。上着のポンチョのように首もとで結わえた紐が解け、右肩が露出していた。女性らしく丸みを帯びた肩から、タイラーらしい程良く筋肉質な上腕二頭、三頭筋に至るまで、赤黒く刻み込まれたそれは蛇を模した流線型が幾重にも結び目を作っている。

 その刻印に人々は畏怖と軽蔑の眼差しを送っていたのだ。


 ――あれって……烙印じゃない……?

 ――魔女が祭りにいるだなんて……

 ――どこから潜り込んだのかしら

 ――衛兵は何をしているの……


「ちっ……」

「おいそこの女」


 小さな舌打ちと共に乱れた上半身を急いで直すがもう遅い。振り向くとそこには赤槍を携えた精鋭エリート衛兵部隊、通称銀騎士が二人構えていた。


「魔女……であるな」

「……だったらなんだよ」


 冷たい光を放つ鎧に夕日を映し、タイラーの返事に向かって右側の銀騎士は穂先を彼女の元へと突き出す。面の隙間から僅かに見える双眸は正義の色を宿していた。彼は声高らかにと宣言する。


「王国及び城下への無断立ち入りは禁じられている! 許可証があるのであれば提示願おうか!」

「あるように見えるかい?」

「無断立ち入りは鞭打ち刑だ! 連行する!」


 鋭利な空気が変わらず睨みを利かせているというのに彼女はおどけたように肩を竦めて見せた。槍を突き付けた比較的若く――といってもタイラーより随分年上なのだが――見える銀騎士は言葉を荒げる。その肩にもう一人の銀騎士が堅い掌を置いた。ガチャガチャと音を立て、ゆっくりと若い銀騎士を追い抜かし、歩み寄ると今度はタイラーの肩に手を添え小さく口を開く。


「他の人間の目もある。悪いようにはしないから大人しくついてきなさい」


 タイラーの視線が短い間に彼の真意を探るべく右へ左へ移りまばたきが増えた。声色から察するに上官だろう。魔女に対する嫌悪は王国に蔓延っているはずで、言葉通りに捉えることは到底できない。どうすれば――。

 しかしこの状況、抗ってどうにかなるものでもなかった。抵抗すれば増援を受けた多数の兵に囲まれるのがオチだ。自分一人ならばまだしも後ろにはかわいい妹分たちが控えている。……無茶は出来なかった。

 タイラーがおとなしく両の手を差し出すと、壮年の銀騎士はまるで説教を終えた後の父親のように頷き手早く錠をかけた。

 彼は今にも石を投げ始めそうな群衆を一通り見渡すと最後にその視線をアリアたちに向けた。


「お前らも仲間だな。連行する。祭事をお楽しみの皆様ご心配をお掛けしました」


 これからどうなってしまうのだろう。鞭打ちに耐えられるだろうかとアリアは心配を重ねる。冷たい手錠はタイラーにのみかけられ、前後を銀騎士に挟まれた状態で四人は行進した。ユニは不安感からかアリアの背に固く張りついている。先ほどまで温かく出迎えてくれたレンガ調の町並みが燃えるように更に赤く、アリア達を呑み込んでしまおうとしている様に景色が歪む。先頭を歩く壮年の銀騎士はその大口、兵士用と思われる施錠された裏路地に入ると意外にもタイラーの拘束を解いた。


「……何のつもりだい?」


 短い時間ではあったが手錠をされていた感覚をいち早く拭いたかったのか手首を擦りながらタイラーはジャブを打つ。


「……祭りということでこの場は目を瞑ろう」

「なっ、副隊長正気ですか!」


 アリア達よりも早く驚きを示したのは若い銀騎士。目を見開き壮年の銀騎士を見つめている。彼は面をスライドさせると懐から取り出した煙草に火をつける。


「……いいのか?」

「魔女は褒められた存在ではないが祭りを楽しむ権利は平等にあると俺は思っている。だが規則は規則だ。守って貰わねばなるまい。次はもっと上手くやるんだな」


 タイラーの問いかけに壮年の銀騎士はしっしと手を振って見せた。人差し指と中指の間に収まる紫煙が揺れる。

 ――よかった。必需品が切れた際には街へ出向かうしかないのだが常に人目を避け、目立たないように行動するばかり。衛兵に見つかった時のリスクはエリンから耳にタコが出来るほど聞かされていたものである。

 若い銀騎士は未だ一人納得のいっていない様子だが、先輩に諭され裏へとつながる出口を案内してくれるようだ。話がひと段落したと悟ったのかアリアの陰に隠れていたユニが堪らずタイラーへ抱きつく。ごめんな、と呟きながら班長は艶のある髪を撫でた。


「お前らも悪いな。演劇見れねぇや」

「別に気にしてないわ。銀騎士の方、ご容赦感謝致します」

「そうだよ。帰ろう?」


 ホッとするアリアやパティに心配をかけまいとタイラーの口元は笑みを作ろうとしているが眉間には怒りとは違う皺が寄っている。低く街並みを照らす夕日が逆光となり、タイラーの顔に強く影を落としていた。

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