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睡蓮を摘むならば  作者: 平間太郎
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第一章 日常

 朝食を終え、アリアとグリフが食器を片づけた後は恒例となる活動会議の時間がやってくる。集落に暮らす十七名のうち、傷病者三名を除いた十四人が寒空の下その日一日の予定を話し合うのだ。一人を除き防寒具に身を包んだ一同は前に立つエリンを見つめている。


「明日街で聖肉祭が行われる。恒例だけど聖肉祭前後の今日から三日後までは遠方からも大勢の人がやってくる都合上、特別なシフトを敷かせてもらうよ」


 澄みきった声が響いた。凛という表現に他ならないその声に四十の影が迫っていることは他人には知りえないだろう。日ごろと何ら変わりのない声色だが、聞き手側数人に疑念の表情が浮かんでいた。


 「前回の聖肉祭の時から加入したメンバーは……そうか、結構いるね」


 エリンは自らを注視するメンバーの顔を一通り眺め苦笑した。確かに前回の聖肉祭――四年前と比較すると新たに六人のメンバーが加入しており、アリアと同じタイラー班のパティとユニもその中に含まれる。


「まぁここで話すと長くなってしまうから詳しくはそれぞれの班長から説明してほしい。とりあえず今日の昼はキキ、今晩は私の班だ。それでは解散」

「よしお前ら! さっさと明日の分の供物集めて街に行こうぜ。祭りの前だから賑やかだぞ!」


 会議が解散になり飛び上がるように立ち上がったタイラーは脇にいた班員二人の腕を引いていく。いつの間にか集落最年少のユニはその背中によじ登っていた。しかし手を引かれるうちの一人、金糸を纏う美少女、パティはピタリと立ち止まり抵抗を開始する。


「ちゃんと説明してくださらない?」

「めーんどくせぇ……アリア頼んだ!」

「えぇー……私?」


 面倒くさがりの年長はパッとアリアの腕を離す。パティの大きな碧眼、ユニの気だるげな瞳にそれぞれ戸惑いつつも口を開いた。

 四年に一度、大寒波にあわせて首都アレクサンドリア公国内で行われる聖肉祭では領全土から人が集まってくる。要は四年に一度の書き入れ時なのだ。普段は月が出てから真上に輝くまでしか客待ちをしないこの集落も、聖肉祭の期間中は日中と夜間を二班で分けてローテーションで受け持つ。二十四時間営業だ。

 今日がキキとエリンの班ということは、タイラー班はほぼ確実に明日を受け持つことになる。


「客待ちが無い時にまとめて供物溜めておけばそれ以外の間はいつもみたいに遊べるだろ? だからさっさと取りに行きたいのさ」


 真面目に説明を聞くパティとは明後日の方向から声がする。その右腕にはユニがぶら下がって上下させられていた。

 にこにこと穏やかな笑顔でタイラーにぶら下がる彼女も聖肉祭シフトは知らないはずだが常に誰かの服の裾を握ってついて歩く彼女にはどうでもいい話なのだろう。


「てっとり早く集めると言ってもこの季節に私の供物の収集は面倒くさくてよ?」

「心配すんなってパティ。すぐ集まる! アタシも手伝うからよ」


 パティは胸まで伸びた髪の末端を手で弄った。そんな彼女にタイラーは親しく肩に手をかけ笑顔でそう答える。


「だからそんな短時間で集まるわけが……」


 多少の抵抗は見せるものの夏季に比べればかわいい抵抗。恥ずかしがって振りほどくまでが一連の流れだがこの寒さのせいか最近では体温の高いタイラーを湯たんぽ代わりにしているようだった。


「口の前に体動かそうぜ! それに木登りはアタシに任せておきなって! アリアはユニの土集め手伝ってやってくれよ。そんじゃまたあ後で!」

「ちょっ! 待ちなさい、一人で歩けるわ!」


 そう告げると今度こそ抵抗できないスピードで尻込みするパティを引き、二人は森の奥へと消えてしまった。嵐のように周りを巻き込む彼女にかかれば誰しもが被害者にならざるを得ない。残されたアリアはタイラーという遊具から降ろされポツンと佇む彼女の手を取った。


「じゃあ……ユニちゃん。土集めよっか」

「……うん」


 緑に包まれた木々の隙間からどこまでも届かない蒼天が顔を覗かせている。それがアリアの記憶の始点だった。物心は夏季前節のまだまだ乾燥した爽やかな風が覚ましてくれた気がする。

 自分より少しばかり年上の女性が自分を育ててくれる状況に何の違和感も感じていなかったアリアだが、成長するとともに"普通"の人間は親と呼ばれる人間がいること。その親から教育を受けること。"普通"の人間は森の中でテントを張り生活などせず、家と呼ばれる施設で育つこと。エトセトラ。

普通であることが必ずしも良いとは限らない。普通でないことの中にこそ真理や矜持があると師エリンは語っていた。だが普通でない理由を彼女は教えてくれなかった。

 自分が"普通"だと思っていた生活は"異端"。表に出さぬ羨望を普通の生活にいつの間にか向けていた。

 アリアが育ったのは"魔女の集落"だったのだ。


「ユニちゃん。土どのくらい集まったかな?」

「……このくらい」


 ユニは麻袋の口を開いて見せる。袋の五分目まで詰められた土は数日分の供物と呼んで差支えない量だ。アリアが集めたものも加えると麻袋は満腹だと声を発するように膨む。


「私のも足したら十分だね。一回家に戻って土置いたらタイラーちゃんたち探しにいこっか」

「……うん」


 この集落での古株は二十年間を暮らす長エリンであるが、その後に名を連ねるのが何を隠そうこのアリア。といっても十六年しかその生を重ねていない彼女はまだまだ年少の部類で、当然ながら年上の後輩が数多く存在する。

 その中で唯一、年下の後輩がユニであり、アリアはエリンから彼女が集落に合流すると話を聞いた直後から姉代わりとして彼女の手本になれるように張り切っていたのが一年前。実際に来てみると確かに言われたことは守る手のかからない子ではあるのだが、他人に対してどうも関心が薄く、もう少し仲を深めたいというアリアはヤキモキしてしまっていた。物静かな彼女とコミュニケーションを取ることは容易ではなく、他班の人間には未だユニの声を聞いたことがないというメンバーもいるそうだ。そんなユニの手を引き、テントに向けて歩みを進める。


「土、いっぱい……」

「そうだね。ほら、袋もお腹いっぱーいだって」


 テントの奥に収納した麻袋を何故か満足そうにポンポンと叩く彼女の髪を撫でる。街行く子どもたちの艶やかな髪と比べて水気が失われているそれは多少のひっかかりはあるもののアリアの手櫛に梳かれてストンと落ちた。

 さて、と。アリアは一息つき班長を探すべく森へ引き返そうと

 すると寒空の下、朝食に使った椅子に座り客待ちをするキキとグリフの姿が見えた。羊の毛を利用した防寒具を羽織ってはいるが動きもせずにひたすら待っている時間というのは辛いものがあるだろう。アリアは自身のテントで手早くお茶を淹れ彼女たちにカップを手渡す。


「グリフちゃん、キキちゃん。お疲れ様」

「あぁアリア。ありがとう。戻ったのかい」

「おっつー。いただきまーす」


 椅子に足を組んだ状態で静かに読書をするグリフの向かいでキキは気怠く机に突っ伏している。


「キキちゃん……大丈夫?」

「これが大丈夫に見えるんならアンタどうかしてるわー……」

「心配しなくてもいいよ。キキはいつもこうだから」


グリフが目を伏せたままお茶に手を伸ばす。一口すすってため息をついた。その様子をキキは瞳だけで追っている。


「こんな明るい時間から客なんて来ないでしょうに……エリンも何考えてるんだか……」


 キキはよいしょと呟きながら体を起こすが、その頬にはテーブルの木目がびっしりと付いている。思わずグリフは本で顔を隠して肩を震わせた。


「だ、ダリアちゃんとアイちゃんは?」

「ダリーとアイヴァンは私とこいつのも含めて供物を取らせに行ってるわ。エリンの読みが正しいなら数日は忙しそうだし」


 アリアの取り繕うとする姿に本越しの様子を察したのか、跡のついた頬をさりげなく伸ばしながらキキと視線が交錯する。キキは隣国であるリンドブルム領の父親とアレクサンドリアの母を持つハーフでその双眸には全てを吸い込んでしまいそうな黒色と、髪と似た明るい茶色が混在していた。


「別に付き合ってくれなくていいのよ?」


 魅惑的な両の瞳に目を奪われているとキキが見かねて口を開く。


「アンタの班は休みみたいなもんでしょ。あのバカが街に行こうって言ってるのも聞こえてるし」

「そうそう。タイラー達と一緒に羽を休めておいで」


 ようやく落ち着いたグリフは再びお茶に口をつける。彼女を無言で睨みつけるキキに苦笑いを浮かべていると、裾をくいくいと引く感覚。見るとユニが早く街へ行こうと急かしていた。眉は並行を保っているがこれは不機嫌な証拠。上機嫌の時はいい意味で表情から力が抜けているのが彼女なのだから。


「で、でも私みんなみたいに仕事は出来ないし……」


 街へ出かけることはアリアのみならず、辺境の森の中で生活する魔女にとって何よりの贅沢であり、楽しみでもある。が、負い目を感じるアリアは裾を掴むユニだけを二人と合流させ、普段より長い勤務を勤めるグリフ達の手伝いになればと心から思っていた。そんな気持ちを露知らずキキは先ほどのグリフと対照的に大きなため息をつく。


「はぁ……アンタはアンタでアンタにしかできない仕事をいつもやってるでしょ」

「それは……そうだけど……」

「"長老"がこういう方針って決めたんだからそれに従ってればいいの。今日の自由はアンタに与えられた権利なんだから。権利は使ってこそよ」

「うーん……」


 キキは癖のある髪の先をじっと見つめ、枝毛を探しながらそう答えた。


「キキの言うとおりだ。キミは私たちの仲間なんだから引け目を感じることなんて一切ないんだよ」

「グリフちゃん……」


 グリフも煮え切らないアリアを諭すようにパタンと本を閉じて歩み寄る。すらっと伸びた手足の動きはさながら水の流れのように鮮やかで、そのままアリアの前髪を少しずらすと静かに額に口づけをした。


「楽しんでおいで」


 街行く醜男がそんな真似をすればたちまち衛兵が飛んできそうなことをさも当然のようにやってのける。誤解されやすいグリフの行動の中でこの振る舞いだけは未だにどう対処していいか判断に迷ってしまう。


「……わかった。ごめんねユニちゃん。待たせちゃった」


 八の字眉が少しだけそのアーチを緩めた。アリアは振り返り寄り添うユニの乾燥した髪を撫でる。すると彼女は気持ちよさそうに目を閉じて、まるで猫のように頭をすりすりと掌に押し付けてきた。

 自然とこぼれた笑みに、最後にもう一度頑張ってねと言葉を添えて、アリアたちは森の奥へ再び歩みを進めた。

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