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睡蓮を摘むならば  作者: 平間太郎
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第二章 正義の兵士

「お前が姉ちゃんだろ。しっかり妹見ててやんな」

「違うよー! 私がお姉ちゃん!」

「あぁ双子か。そう怒るなよ。他人には分からん」


 背後から燻ったような匂いが漂う。煙草だ。間違いない。聖肉祭の前日に私たちを捉えた壮年の銀騎士が背後にいる。

 あの時は祭りということに免じて侵入に目をつむってもらったというのにこんな平時では罰は必至だろう。顔の割れているアリアは同じく顔の割れているユニを抱き寄せて顔を隠した。


「その髪……あ、お前……」

「し、失礼します! ライラ行くよ!」

「待て!」


 これ以上は耐えられないと芋を投げ出してライラの手を乱暴に掴みアリアは駆け出した。とにかく曲がって曲がって入り組んだ路地に入ればそう簡単には捕まらないし、上手いこと外へ出られれば難は逃れられる――そう思った時だった。

 頭がフル回転しているのに足が動かない。気付けばアリアの体は銀騎士に担がれ宙に浮いていた。


「はぁ……すぐ逃げるな。他のにバレたら面倒だ」


 ほんの数秒前まで二人の人間の手を引いて走っていたというのに、今は冷たい鎧の右肩に米俵のように収まる自分の情けなさに頬が熱を持った。


「すみませんでした! すぐに帰りますから!」

「落ち着け、落ち着けって」

「アリア、そうだよ。落ち着いて」


 どうこの状況を打破すれば良いか。今は頼れるタイラーも意見を強く言えるパティもいない。二人を守れるのは自分だけなのだ。

 そうこう頭を捻っていると、壮年の銀騎士はアリアが落ち着いたと判断してその体を地に下ろす。両足が地面に接地したところですぐに逃げられないことはアリアには分かっていた。


「アリア、このおじさんね、私のこと魔女だって知ってるよ?」

「そりゃそうだよ。この銀騎士さんに私たち一回捕まってるもん」


 あの時のように彼は面をずらすと、無精ひげがぽつぽつと生えていた。

 なぜライラが銀騎士を擁護しようとしているのか到底理解が出来ない。魔女の無断立ち入りは鞭打ちの刑なのだから。


「そうじゃなくて……」

「……おい小さいの。お前ちゃんと飯食ってるか?」


 銀騎士は少し屈んでユニの顔を覗き込んだ。しかし案の定、人見知りの彼女はアリアの背後へと隠れてしまう。


「お前も。食ってないな」


 ユニに向けられていた視線はそのままスライドしてアリアを射抜く。その色はエリンに少し似ていた。


「あなたに関係ないじゃないですか」

「関係は無いが俺は大人でお前は子供だ。心配はする」


 この国では魔女を拘束し、その魔法だけを利用しているという話をレイナに聞いたことがある。もしかしたらこの男は上手く私たちを懐柔し、どこかで捕えようと画策しているのではないか。

 決してアリア自身は魔女ではないが、自分が守らずに誰が今の彼女たちを守るのだ。そんな使命感に駆られていた。


「ご心配ありがとうございます。それじゃ」

「待て。警戒するのは分かるが少し話だけでも聞けよ」

「そうだよーアリア。このおじさん良い人っぽいよ?」


 張りつめていた糸が切れた。


「忘れたの!? ヴィラさんとダイアンちゃんは銀騎士に捕まって死んだんだよ! 死体も返って来なかった!」


 ライラの言葉にファネットにかき乱された比でない波がアリアの中でうねり出す。回り続ける口を止めなくちゃ、今顔真っ赤になってると自身を何故か冷静に俯瞰して見ている自分と、感情が氾濫している自分が存在する今の状況にアリアは理解を諦め、身を委ねた


「タイラーちゃんが後で調べたら鞭打ちどころじゃなかったよ。銀騎士は面白がって二人を拷問してたんだ! 切り刻んで弄んで、時たま次を耐えられたら集落に帰してやるって希望を持たせて……そんな中二人は死んでいったんだ!」

「そんな……」

「こいつらに騙されたら死ぬんだよ。銀騎士に捕まったら死ぬんだよ!」


 ユニはきつくアリアに抱き着いていた。それは恐怖から逃避するためのものなのか、アリアを止めようとする彼女なりの努力なのかは分からない。

 崩壊した水路のようにアリアの感情は叫びとなってレンガの中に吸い込まれていくのをライラは涙を流しながら俯いて聞いていた。


「……何してるんですか」


 ひとしきり叫ぶと少しだけ感情が落ち着いてきた。これほどまで大声を出したのは何年振りだろうか。

 途中からは自らも為す術もなく感情に身を任せていたアリアが希薄になっていた銀騎士へ意識を向けると、彼は地に足をたたんで正座をしている。ただの正座ではなく頭を地についてしまうほどに下げ、その隣に両手は添えられていた。兜は取り払われ、栗色の短い髪の毛だけが見えている。


「……俺はダゲレオという西の町の出身でな。そこでの最大級の謝罪がこれだ」

「謝罪なんていらないんですよ。私たちの前から消えて下さい……」

「わかった」


 彼はそう言うと、頭の隣に置いた兜を拾い上げながら立ち上がる。


「ただ俺はな、近衛隊の副隊長なんだ」


 再び頭が白に包まれそうになる。何が謝罪だ。結局のところ私たちを捉えて殺すつもりなのか。良い人だと語ったライラにすら苛立ちを感じ始めていた。


「その二人を殺した銀騎士の特徴を教えてほしい。彼らを罰さなくてはいけない」

「……私たちを殺した後で?」

「銀騎士はこの街の治安を安定させるための組織だ。そこでの規約違反は特級罪、魔女の無断侵入は四等罪だ。優先させるべきはその銀騎士の処罰」


 彼は小脇に抱えていた兜をかぶり直し、面を付け直す。夕日が前回のように彼の鎧に差し込むが今度の光はどこか暖かく見えた。


「私たちがこの場を乗り切る為に嘘を言っている可能性だってありますよ」

「虚偽申告は一等罪。まずはその二人の調査をしてその上でお前の証言が虚偽だった場合は捉える」

「その間に逃げますよ」

「そうなったら知らん。こいつがスカーフ落としたって騒いでる時もこいつの烙印は俺は見ちゃいない。今だって勝手にお前らは自分が魔女と騒いでるだけだ」


 本気で言っているのだろうかこの男は。

 当時エリンがタイラーに頼み込んで捕えられた二人の結末を聞いていたのをアリアは盗み聞きしていた。それから銀騎士に対しては怒りや恐怖の感情しか持ち合わせておらず、目の前にいる男が本当に銀騎士なのか。自らの錯覚なのではないかと感情がない交ぜになっていく。


「さぁその男たちの特徴を教えてくれ」

「……私たちは魔女なんですよ? なんで疑わないんですか」

「魔女の前に人だろう。それに子供だ。子供は守られるべきものなんだよ」


 心に高く、分厚く築いたはずの壁に少しだけ穴が開いてしまったような気がした。

 その穴が少しずつ広がりを見せることになるのはこの先の話かもしれない。だが穴が開いたという事実が今のアリアには必要だった。


「……すみません、さっき言ったタイラーという魔女しかその銀騎士を知らないんです。タイラーは今集落にいます」

「そうか、集落に行けば会えるのか。ならばこれから向かおう。城下町の正門でお前らは待っていろ。近衛隊に緊急の調査が入ったという名目でお前らに同行するからな」

「は?」


 訳の分からない事ばかりが起きる。アリアが彼の言葉を理解しようと言葉を反芻しているうちに壮年の銀騎士は小走りでどこかまた街の奥へと消えてしまった。

 一難去った、そう思うと肺の中が空っぽになる程大きな、大きなため息が口から漏れ出した。


「アリア……ごめん。銀騎士がそんな人だったなんて知らなかったよ」


 放心状態のアリアに声をかけたのはライラだ。片手を伸ばしてアリアを探している。それに応えるように手を伸ばして彼女に触れると、腕伝いに抱きしめられた。


「ううん。私も強く言っちゃってごめん。びっくりしたよね」

「アリアが怒ったらあんなになるなんて知らなかった」

「私もだよ」





 姿の消えたファネットを探すか、銀騎士を待つか。悩んだ挙げ句アリア達は三人で正門に立っていた。彼が戻ってきたならばもう一人の存在を明かしてどう動くか相談しようと思ったからである。


「待たせたな。久しぶりに書類を書いたもんだから手間取った」

「いえ、その、銀騎士さん」

「ルシルだ」


 彼は歩き出しながらそう答える。その後を追うようにアリア達は続いた。


「おじさんでも銀騎士さんでもない。俺はルシルだ」

「へー銀騎士にも名前があるんだね!」


 手を繋ぐライラがそう軽口を叩く。受け取った相手によっては傷つけるようにとられかねない言動はやはり平時のアリアにそう真似できるものではない。


「お前らだってそうだろう。魔女であるまえにライラやアリアという名前があるはずだ。そっちの小さいのは何て言う」

「……ユニ」

「ユニか。良い名前だ。あとお前ら芋よこせ。持ってやるから」


 言うが早いか行動が早いか、言い切ったころにはアリアとユニの手から芋の袋は奪い取られていて彼はそれを軽々と担いで見せた。


「すみません」

「なかなか男でも買わない量だ。無理するな」

「それと……」


 まだ背後には城下町が見えている。言うのであれば今しかないだろう。アリアは決心してファネットの存在をルシルに説明した。


「じゃあ何か。保護者代わりの奴が一人いたのか本当は」

「でも、ちょっと抜けてる人で」

「抜けてるもクソもあるか。子供三人ほったらかしていつまで糞してんだ。いい、夜になったら勝手に判断して集落に帰ってくるだろうからこのまま向かう」


 毅然としたルシルの口調が少しだけ乱れた。彼の基準として大人と子供というのは重要な役目を果たしているようで、ここまで子供扱いされるのも年頃の少女として面白くはないが、不思議と悪い気はしなかった。男性と触れ合う機会が少ないアリア達にとって形容しがたい心地良いむず痒さが鼻のあたりをうろちょろする。

 彼の大きな背中を見つめながら集落へとひた歩いた。


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