第二章 カレーなるヒメユリ・ユリ
「ベニッ!!!ベニ!!あの方が!!家庭科の実習でカレーをつくっていらっしゃる・・・!!!」
美しい細工を施されたオペラグラスを目に当て、小さな声でジャスミンが叫ぶ。・・・・小さな声で叫ぶというのは変な感じだが、あながち間違ってないと思う。今のジャスミンを形容するには。ちなみに今は、
「はい、これわかる人いるか?」
・・・授業中である。ちなみに六時間目。そらそうだ。違う学年とはいえ、ヒメユリちゃんが授業中だったら私たちも授業中だ。この状況でストーキングをするジャスミンの度胸はある意味すごいと思う。
「ベニッ!!ほら、窓の外を・・・・!!!」
「ジャスミン、うるさい。」
・・・・思いの他、大きく声が響いた。特に「うるさい」の部分が・・・・。
「ベゴニア・シュウカイドウ。貴様、いい度胸だな。」
げぇっ・・・!!この先生はウツギ先生。マジ固くて厳しくて怖いの3Kで有名な先生だ。
「い、いや・・・先生・・・こ、これには・・・わけがあって・・・・!」
「見苦しいぞ。ベゴニ
そのとき、私の隣の椅子がガタリとなった。
「・・・なんだ、ロゼ・ロードン。」
どうやら、ジャスミンが立ち上がったらしい。・・・・ヒメユリちゃんが可愛すぎてついに窓にでもへばりつくのか?
「申し訳ありません。Ms.ウツギ。僕が真面目に授業を受けたがっているベゴニアさんをしつこく口説きすぎただけです。彼女はなにも悪くありません。お咎めならば僕に。」
「・・・・ふん。次はないぞ、ロゼ・ロードン。学校は貴様の部屋でもなければ舞台でもない。学びの場だ。しっかりと弁えろ。勿論、このことは貴様の養父殿に報告させていただく。・・・ああ、先代ロゼ・ロードンは死んだのだったか?」
キーンコーンカーンコーン
「・・・・はぁ・・・。貴様のせいで授業が潰れた・・・。この問題は明日までの宿題とする!」
呆然としているうちに授業が終わった。・・・・ジャスミンが・・・私を庇った、だと・・・?逆はいくらでもあったが・・・・。
「・・・・・ありがとう。ジャスミン。」
「僕は当然のことをしたのみ。」
・・・・そういやそうじゃないか。なんでオペラグラス使ってストーキンして挙句私に話しかけまくるジャスミンが怒られなくて、私が怒られそうにならなきゃいけなかったのかよ!!!なんでそれを庇ったことに関して私が礼を言わなきゃならないんだよ!!ほんっとうにお礼とかいらなかったわ!!!
「・・・ねぇねぇ、ロゼさまがあの子口説いてたって本当?」
・・・・むしろ、
「ありえないぜ。あんな子がロゼに好かれるなんて。」
「本当は逆だったんじゃないか?」
「ああ、あの子、いつもロゼに付きまとってるもんねぇ。」
「きっとぉ、ロゼくん優しいからあの子のこと庇っちゃったんだよぉ。」
「え、じゃああの『うるさい』は?」
「ロゼが好意を受け取れないみたいなこと言って、その言葉を受け入れられなかったとか?」
「あー!それだったらあり得る!」
「そうだよそうだよ!きっとそうだ!」
こっちが一杯謝って欲しいくらいだ。
「黙れ!!」
・・・・え?
「おっと、失礼。ただ、僕はあんまりコソコソ言われるのが好きじゃないんです。確かに僕は恋愛感情などはあまり抱かないように見えるかもしれませんが・・・・
ぐっ、とジャスミンの腕の中に引き込まれる。
「これだけは・・・・初めてした本当の恋なんですよ。」
舞い上がりそうになる自分の心に蓋をして、自らの脳に問いかける。「この言葉が本当は誰に向けられているのかぐらいわかるだろう」と。
「・・・・ふーん。」
こそこそと私に向けて暗い刃を向けていた人たちは、疑わし気な目をしながらも散っていった。
「・・・・・・演技というものは難しいな。」
がしゃり
蓋をしたはずが、希望という名の穴が開いていたらしい。その穴から入った絶望という名の隙間風が私をの心を凍り付かせた。
「・・・そうだよね、本命はヒメユリちゃんだもんね。こんな光景見られたらヒメユリちゃんに誤解されちゃうよ。」
「ああ、そうだな。」
酷くあっさりと離れる少し低めの体温に凍り付いたはずの私の心は砕かれた。
「・・・・・・ごめん。さき帰る。今日はヒメユリちゃんのストーキング付き合えない。一人で帰ってきて。」
どうせ部屋で会ってしまうけど。
「なっ・・・・!!?」
「ごめん。」
今日ばっかりは・・・・耐えられない。明日からは・・・・ちゃんとやるから。