異世界散策!! #1
さて、聞き手の皆様もさぞかしお疲れのことでしょう! 何せ語り手の俺が若干シリアス疲れしてきてるからね!! なのでこっからは軽~く異世界散策だ。やっと一人になれたしな!
いやま、勿論ちゃんと色々と調べる事は調べるよ? あの時感じた義憤だって嘘ではないしさ。ただその何だろう、そう、息抜きもたまには必要だろう誰だって。この切迫した状況でこそ余裕を失ってはいけないのだよチミ。だから今から飲む酒は情報収集を円滑に進めるために必要なものなのだ。言うなれば経費で落ちる接待の酒! 実際今の俺はジャージからこの国の少し上等な平民の服へ着替え、いくらかの手持ちのお金を貰っているのだ。なんと銀貨を20枚も!! ……まぁ具体的な価値はまだ分からないんだけど、取り敢えずそこそこの価値はあるはずである。
とかなんとか心の中で言い訳をしつつ、長の家を出て真っ直ぐ向かったのは来る途中で見かけた酒場だった。ルーシャとオーレリアは完全にレナードのものだとするなら、きっと俺のヒロインはこういった場末の酒場の看板娘に違いない! そう思って意気込んで酒場に入る。
「いらっしゃいませー!!」
どうせまた給仕はオッサンって落ちだと思ったでしょ? 居たよ、超可愛い看板娘が!! ルーシャの方が顔は好みだけどスタイルはまさにボン・キュッ・ボン!! やっと見つけたぜ我がヒロイン!!
「取り敢えず、ビールを一杯」
勿論俺はそんな胸の高鳴りを表に出さず極めてクールに注文する。
「ビール、ね。他につけあわせはいかが?」
「うーん、俺はまだこっちに来たばかりだから。君のオススメをお願いするよ。大丈夫、手持ちはそれなりにあるから」
銀貨の入った革袋をチラッと見せる。流石にアニメの様に金貨一杯ってわけではないけど、一般的には手持ちのある方のはずだ。
「あら、上客が来てくれたみたいね。パパ、エールとラピスを一つ!」
そう店主らしき男に伝えると、他のテーブルへ走っていった。太陽のような微笑みを残して。
おっとっと、「本題」を忘れちゃいけなかった。隣で二人で馬鹿笑いをしている男たちに声をかけてみる。
「ども、こんばんは。えらくご機嫌ですね」
「ん? おう、中々いい酒の肴を見つけてよぉ」
「へー、ここには初めて来たばかりなんです。良ければその肴とやら僕にも教えてくれません?」
「くっくっく、残念ながら坊主にはまだ少し早いな。これはここの常連だけの特別メニューなんだ」
「しかしこのタイミングって事はあれかい? 君は王都から逃げてきた人かい?」
左側にいる最初に話だした男はいかにも職人といった風貌で、見事なM字ハゲだったので心の中で彼を王子と勝手に名付けた。もう一人は少しキチっとした服装だったのでおそらくは取引先の商人か何かだろう。とあるゲームのNPCキャラに似ていたのでハロルドと呼ぼう。
「えぇ、そんな所です。朝えらく騒がしいなと起きてみたら急に衛兵が急いで逃げろって言ってきたもんだからもう何がなにやら。なんかデーモンが出たらしいですね? パパは気にしなくていいと言っていたんですが」
そう、今の俺は異国の商人の世間知らずなお坊ちゃんなのだ。
「ガッハッハ それを坊主が俺らに聞くかい? レビルの爺さんから聞いた話じゃ大騒ぎだったらしいぞ」
「市民の被害は最小限だったみたいだけど、兵士はかなりの数がやられたって噂だね」
「なんでも一番ちっこいデーモンですら屋根よりデカいって話だ」
さすがにそれは無いだろう。昨日戦ったやつらの雑魚の方は少し背の高い人間程度だった。
「大きさといえば、奴らの頭領らしきデカブツは体は勿論、片腕がやたらデカくて腕だけで人間と同じくらいあったらしいぜ? そんで目の前の兵士を掴んで握りつぶしたとよ。怖ぇ怖ぇ」
そこで我がヒロインがビールを持ってきてくれた。その横にあるのは、魚の干物かな?
「はい、お待ちどー。これがうちの名物ラピスの干物よ。ルデリア川で穫れるお魚で、お酒のアテにぴったりなの」
お礼を言って、試しに食べてみる。固い。けどあれだな、スルメの干物と似た感じだな。もう少し淡白だけど。
「うん、これならエールともよく合うね。この美味しさ、もしかして君が釣ってきてくれたとか?」
「そうよ、お昼にあなたの為に、って釣った人によって味なんて変わらないわ!」
俺の爽やかな冗談にノリツッコミで返してくれた。いよいよもっていい娘である。
「そうだ、君、名前は?」
「エミリアよ。あなたは?」
「キョーヤって言うんだ。元々はもっと東の生まれでね」
「ってことは同盟諸国出身?」
ん? どういう意味だ? よく分からないので適当に流すか。
「そうそう まぁ幼いころに居ただけだからあんまり覚えてないんだけど」
「えー なんか故郷の面白い話とかないの?」
「嘘だけど、向こうの兵士は皆ドラゴンの背に乗って戦うんだ。かく言う俺も、実はドラゴンの乗り方だけは幼い頃に教わってるのさ!」
「へー凄い。あの凶暴な竜を…… って嘘なんじゃん!」
またしてもノリツッコミ背中をパッシーンと叩いてくる。あまりにも大きな声で笑ってたから、親父さんに怒られて謝って。可愛いなぁ……
「あーでもヴァルドリンドのフラッグはドラグーンっていうらしいし、よく考えたら多分それとかけたんだよね? ふふ、キョーヤくんって面白いね」
そう言ってニッコリと微笑みかけてくれる彼女の笑顔はそう、月並みな表現だけど大輪の向日葵のようで。
「おっとっと、ちょっと話込み過ぎちゃった。良かったらまた後で話聞かせてよ! 閉店後とかに、ね?」
「お、おう勿論いいぜ! それじゃまた後で」
「うん、後でね!」
そう言って仕事に戻るエミリアちゃん。これ、これだよ。俺が求めていたのは!!
そして今のフラグ立ってたよね? 今のはそういうお誘いだよね!! ふっ、あんなかわいこちゃんを一発で落としちまうなんて俺は罪な男だぜ。
「はは、ホント罪な女の子だよねエミリアは」
「いや罪な男なのは俺……って誰だ?」
俺のエミリアちゃんを呼び捨てにしやがったのはってのは流石に飲み込みつつ、振り替えると正真正銘の爽やかイケメンが居た。い、いや俺だって負けてねぇし。多分、いやおそらくきっと……
「許してあげてね、彼女に悪気は無いんだよ。それと、君に気があるわけでも」
そういう彼は微笑んでいるのだが、目だけは笑っていなかった。
「はっ、僻みか? 他人のお前にそんな事言われる筋合いは無いっての」
「残念、エミリアは僕の彼女だ」
「は!?」
自称エミリアの彼氏くんは台所に居るエミリアちゃんを呼んだ。エミリアちゃんはそれを聞いてさっきよりもっと自然な笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「あらケニーどうしたの? あ、キョーヤくんと仲良くなったんだ。その人面白いだよね!」
「エミリア、何回も言ってるじゃないか。君の距離は男を勘違いさせちゃうんだ。君が美し過ぎるから」
「あ、あぅケニーこんな所で……」
赤くなってお盆で顔を隠すエミリアさん。そしてクルッと振り返り俺の方を向いて
「その、変な勘違いさせちゃってたらゴメンね? 私にはケニーくんがいるの。あ、でもお話を聞きたいってのは本当だよ!? ケニーくんと一緒に!」
「や、やだなぁ そんな心配しなくていいのに。あくまで俺はただの客で、君は店員さ。は、はは、ははは……」
そこで突然、堪りかねたかのように店内が爆笑で包まれる。その中に聞き覚えのある笑い声を聞いて振り返ると、王子とハロルドが腹を抱えて笑っていた。
「ガッハッハ いや坊主、最高の肴だったぜ?」
「ふふ、気にしないで かくいう僕も最初の頃に通った道さ、お仲間が増えちゃったね」
「そうだ! ここにも仲間がいるぞ!」
「お前はいい加減諦めろ!」
「全てはケニスがエミリアちゃんを独り占めするのが悪い!」
「そうだ! ケニス! 皆のエミリアちゃんを返せ!」
「嫌だ!」
「ごめんね。皆のエミリアはケニーのものなの!」
「だが好きだ!」
「ありがとう、ゴメンね?」
「グハッ」
そしてまた大爆笑。いつもの流れなのだろう。一人の男が立ち上がりケニスと面と向かって立つ。ケニスも腕まくりまでしだして、エミリアが「私のために争わないで!」なんて言って。
そんな皆を見ながら、俺は恥ずかしいやら悔しいやらで一気にエールを飲み干した。
「あぁもう! エミリアちゃんエールもう一杯!」
「フレ、フレ、キョーヤ君 きっといい人見つかるよ!」
「ありがとう、って応援のエールじゃなくて酒のエール!! そして君に言われるのが一番傷つく!」
その後は半ば自棄になったのもあってまた酒を飲んで。なんだかんだで王子やハロルド、それにケニスとも打ち解けて夜遅くまで馬鹿話をしたのだった。