戦いというもの
「くそ、今からでも追いかけてくる!」
「ダメです! 森は一部魔境と化してる所もあって慣れてないと迷って反って回り道より遅くなってしまいます!」
そう言って二人の後を追おうとした俺だったが、後ろからオーレリアの制止の声が聞こえて足を止めた。言われてみれば森の中から何となく嫌な気配がする。悔しいがどうやらそのまま道を進んでいくしか無いようだった。
道はうねうねと曲がりくねっており、時には山を登る事さえあった。オーレリアに聞くとどうやら魔境と化している箇所を避けて道が作られているからだそうで、比較的安全ではあるが麓の村までは30分程かかるようだ。護衛の兵やオーレリアを置いて走ろうとも思ったが、何箇所か分岐点もあるらしくそれも断念せざるを得なかった。それに冷静になれば、最短距離なら既に二人は麓の村に着いている頃だ。今から急いだ所でどう頑張っても10分はかかる。どう転んだとしても、既に事態は決している頃だろう。
30分かけて麓の村に着くと、二人はボロボロの姿で生きている兵士の手当をしていた。生きていると言っても、その数は、三人。対して見渡す限りの血の海に浮いている死体の数は、三十人を下らないだろう…… 一部の家は崩れ落ち、そこかしらにデーモン襲撃の爪痕が物理的に残っていた。あまりにも無残な、直接的に言ってしまえばグロい人の死を目の当たりにしてそこで俺は初めて、やっと理解したのだ。この世界は死と隣り合わせの戦乱の世界なのだと。
「おい、これは……」
「間に合わなかった。僕達が辿り着いた時には既に殆どの兵士が事切れていた。必死になってデーモン達を倒そうとしたけど敵のボスに勝てなくて、挙句見逃された。僕たちはそれを、奴を追うことが出来なかった!」
レナードが握りこぶしを地面に叩きつける。その横には両手両足を斬り飛ばされた兵士がいた。いや、その死体があった。
「『そうだ、そうやって憎悪を募らせろ。そして兵を率いて全力で俺を殺しに来い。俺は王都で待つ。楽しませてくれよ? 今回みたいな蹂躙はつまらないからなぁ?』って言ったんだ。まだ生きていた彼の手足を切りつけながら。奴はただ僕を怒らせ、楽しむためだけにこんな真似を……!!」
「ごめん…… 俺があの時すぐにお前達についていっていれば……」
「結果は変わらなかった。あなたに加えてリアが居たとしても力の差は歴然だったわ」
ルーシャが冷たく言い放つ。だがその冷たさも、きっと優しさから来たものだ。今は自責している暇は無いのだから。こんな事が二度と起きないよう、一刻も早く奴らを駆逐しないといけない。人の死を目の当たりにしても不思議と足がすくむ事はなかった。今俺の中に渦巻く感情は、自分で言うのも恥ずかしいが義憤のようなものなのだ。
レナードも「すまない、取り乱した」と小さく苦笑し立ち上がる。
「見たところ一般人の犠牲は出ていなかったようだ。命を賭して人々を守り抜いた勇敢なる英雄達に今一度感謝を!」
レナードが胸に手を当て黙祷する。俺もレナードに倣い黙祷を捧げた。
☆
その後避難していた元の住人を呼び戻し、彼らの手も借りながら兵士達の埋葬を行った。どうやら兵達の中にこの村の出身の人物も居たようで、彼の奥さんと子供がずっと泣いていたのが印象的だった。意外だったのがオーレリアが殆ど取り乱して居なかったことだ。優しそうな彼女の事だからてっきり泣きわめくのかとも思ったが、予想外に淡々と指示を出していた。逆に冷静そうに見えたルーシャが本当は一番ピリピリしていた。埋葬の手伝いもせずただ一人でずっと北を睨んでいて、一度声をかけたら物凄い眼光で睨まれた。殺意すら向けられた気がするのは勘違いだと思いたい。
一通り処理が終わった後、少し離れた街まで移動することになった。どうやら王都を追われた後その街まで後退し、本隊をその街に置いて少人数で祠まで迎えに来てくれたようなのだ。それ故に部隊の再編も情報収集も終わっておらず、一度状況の整理をする必要があるのだ。道中何回か魔物との遭遇もあったが、先程のデーモン達より断然弱かったので多少消耗する程度で危なげなく辿り着くことが出来た。
街に着く頃には既に夕日が落ちていた。辿り着いた街、ルデリアの街は先程の村よりかなり大きく、現代日本の感覚で言えば特急や快速の停まる駅付近くらいの活気があった。街は簡単な城壁で囲まれ、門番も勿論立っている。門から続くメインストリートにはもう夜になるというのに沢山の店が立ち並び、ちょっとした商店街を成していた。本陣のあるというルデリアの長の家に行くまでの途中で、何箇所か夕飯の炊き出しをやっている所も見かけた。どこもかしこも人が溢れかえっていたのを見ると、王都の人が一斉に押しかけたせいで街がパンク寸前なのだろう。この街の為にも、何より家を追われた人々を元の場所に返すためにも、王都の奪還は急務だと改めて思い知らされのだった。
しばらく商店街を抜けたちょっとした丘の上に長の家があり、そこで軽く夕飯を頂いた後作戦会議が始めることになった。因みに夕飯はパンをメインとしたシチュー(っぽい山菜のごった煮)と昼にルーシャが撃ち落としていた鳥の丸焼きで、あんまり関係ないし食レポは苦手なのでうまく言い表せないけど、うまかった(小並感)。
「やっと落ち着いて状況を整理出来るな」
皆が席についた所でレナードが呟く。そう言えば昼に説明を聞いた時も色々はっきりしない点も多かったし、レナード達でさえ状況を把握出来てないのか。
「改めて、レナード達は現時点でどこまで事態を把握してるんだ?」
「まず異変が起きたのは昨日の朝だ。僕は城に居たんだが突然城下から沢山の悲鳴が聞こえてきてな。慌てて剣を取って外に出てみると昼間に戦ったデーモン達がウジャウジャと居たんだ。そこで王都内にいる兵総動員で迎撃にあたったんだが、兵の間にも動揺が広まっていて完全に劣勢だった。言い訳のようだが、兵たちも外からの脅威への警戒はしっかりしていた。だが城内ではここ最近では暴動すら起きていなかったから虚をつかれてしまったんだ」
そこで一旦レナードは区切り、テーブルにある水を一気飲みした。少し勢い良く置かれた金属製のコップが、コーンと小気味よい音を立てる。言葉を引き継いだのはオーレリアだった。
「迎撃に出てから1時間程経った頃には既に統制が取れなくなり始め、そのままでは各個撃破されるのが時間の問題となっていました。そこでペルージさん、あ、エトレの宰相をやっていたメイジなのですが、ペルージさんが撤退を命じられたのです。そして私達は撤退を開始しました。幸い市民達は殆ど街の外へ逃げ出していたので、彼らを護衛しながらこのルデリアまで後退しました。ガラド様、ペルージさん、アッシュさんを殿として置いて」
「こっちに着く頃には日も暮れていたからな。市民たちを預けた後僕達は休息を取って、翌朝センデレの祠へ君を迎えに行った。その後は君も知っている通りだよ」
「なるほど、それはなんというか、お疲れ様。ただ俺の迎えより先に状況整理しといても良かったんじゃ?」
「伝承の勇者とやらが戦える人物だとは限らなかったからね。あの辺りは魔獣もよく出る。万一の事があったらいけないから最優先としたんだ」
「うーん、確かに何も理解せずに寝込みを襲われてたら多分そのまま死んでたな」
ショットガンと武者鎧を装備していたとはいえ、寝てる時に殺気を感じて飛び起き初めて扱う武器で返り討ち! なんて事を出来る胆力なんて持ち合わせていなかった。
「現状必要な情報と準備は四つといった所でしょうか。一、現在の王都の状況 ニ、今回の騒動の原因 三、彼らが何者であるかその正体 四、ガラド様達の消息。うち、三の彼らの正体については私が文献を当たってみようかと思います」
「レオ」
「あぁ、王都への偵察はルーシャ、君が適任だろう。残るは原因究明と父さんの事になるんだが…… その、父さんの事も気になるし正直あまりこういったことは得意じゃないんだ。頼めるか?」
「え、あ、俺か。いいけど」
アホそうに見えたオーレリアがテキパキと状況を整理したのに驚いているうちに、もう配役が決まってしまったようだった。
「OK分かった。この世界の生活を見がてら街の人たちに聞き込みをしてみる」
「それじゃ明日の昼にもう一度ここに集合だ。すまないなルーシャ」
「ううん、問題ない」
一瞬締め切り早っ!? っと思ったけど、言われてみればルーシャは片道半日の距離の王都まで偵察に行くのだ。そう考えると何も言えなかった。
諦めてさっさと情報収集に出向こうと振り替えると、オーレリアもまた何とも言えない顔でルーシャの頭を撫でているレナードを見つめていた。取り敢えずあれだね、この三人の関係は情報収集の必要ないね。