降って湧いた異世界人
俺は今まで何もしてこなかった人間だ。勿論息はしてきたし、周りの皆と同じように義務教育を受け、大学にも行っている。言うなれば、そう、自らアクションを起こして何かをやった事が無かった人間なのだ。親や教師の言う通り勉強していればそれなりに評価されたし、何も問題は無かった。安定した人生。右に倣えの平凡な人生へのレールを言われた通りに走ってきた俺だが、いつからかずっと心に秘めている願いがあった。
誰もが一度は想ったことのある願い。一握りの、そして全ての人が経験することになる願い。
「ドラマチックな運命の主人公になりたい」
ある人は小説を、映画を、音楽を、あらゆる創作物を紐解く。自分自身を主人公に重ねる事で、たった一時でも俺達はたった一握りの主人公になれるから。
ある人はスポーツを、勉学を、恋愛を、全てを自分の人生の中で追い求める。平凡な人生であっても、全ての人が自分の人生の主人公であるのだから。
想像すること、実現しようと足掻くこと。是非を問うつもりもないし、善悪も優劣も可否もないと思っている。
だが俺は思うのだ。
一番難しいのは、主人公となることではない。他の人の物語にも脇役として出ることなのではないのか、と。
それは即ち他の人の人生に大きく関わっているということで。
それは即ち他の人に大きく関わっているということで。
それは即ち、今の自分に自信がなく他の人と深く関わるのを恐れている俺にはとても難しい、願いで。
あぁ君、そんなに警戒しなくていいよ。別に俺は哲学や人生論を語りたいわけじゃないんだ。ただ妙な形で叶えることが出来た俺の願いを、先に君に知っていて欲しかっただけだ。
これは俺、エトレの「名脇役」たる柳瀬恭弥の物語なのだから。
****************************************
まだ寝ぼけた目を擦る。先に弁解しておくけど、寝る前は勿論自分の部屋だったし、夢遊病なわけでもない。いや、夢遊病だったとして、多少出歩いた所でこんな奴らに出くわす事はないよな、と目の前に立っている騎士や魔法使いを見る。その横にはうーんと、暗殺者かな? 随分とファンタジーな世界に来たもんだ。HA HA HA。
取り敢えず通例通り頬をつねった所痛かったので夢ではないようである。連中を見ると、それぞれ緊張した面持ちだ。こういう時はあれだよね?
「えっと、おはよう?」
「あぁ、おはよう」
戦闘にいる一番質の良さそうな軽鎧を来た青年が答えてくれた。年の頃は俺の一つ二つ下の十八くらいか。ともあれ良かった、言葉は通じるみたいだ。
「起きて早々悪いんだが、君が伝承にある蒼き星の住人で間違いは無いだろうか?」
蒼き星、っていうと地球のことか? ちょくちょくゲームで地球のことをそう表現することがあるけど。
「レオ、やはりそうみたいです! 伝承でも勇者殿はチキュウという所から来たと言っていたそうです!」
今度は白いローブを来た女性が嬉しそうに声を上げた。レオとか呼ばれた青年の手をブンブン振っている。ん? 勇者?
「そうか良かった! あ、自己紹介が遅れたな。僕はレナード・エトレ。エトレ領の領主だ。この跳ねてる奴がオーレリアといってメイジで、こちらがアーティストのルーシャ」
「よろしくお願いします」「よろしく」
やはりローブの女性が魔法使いらしい。ペコリと頭を下げた拍子に亜麻色の三つ編みが跳ねる。なかなか可愛い。白いローブのオーレリアとは対象的に全身黒タイツの女性がルーシャなのだろう。こちらも黒タイツに陶磁器のような白い肌と真珠のように輝く銀髪(こんな表現をする時が来るとは思わなかった)が映える美少女だった。正直ルーシャが超好み。ただ暗殺者チックな見た目なのに芸術家とは謎である。
「ご丁寧にどうも。柳瀬恭弥といいます。えと、ごめん。イマイチ状況が把握出来てないんだけど……?」
「あ、そうでしたね。コホン、では私から一通り説明させていただきます勇しゃ、キョーヤさん」
チラッとアイコンタクトで話していいかレナードに確認を取った後、オーレリアが話し始めた。そこそこ長い説明だったので詳細は省くが、まとめるとこんな感じだった。
まず、ここはやはり異世界らしい。
混沌とかいう魔力の元みたいなのが蔓延し、混沌災害という天災や、魔物が跋扈する中世ファンタジー世界アトラタン大陸。
この世界では魔法使いも実在し、その他混沌の力を身に宿した超人(これをアーティストと言うようだ)や、混沌を唯一浄化出来る存在であるロード等がいる。
俺は異世界より召喚された投影体という存在にあたるのだそうだ。
現在レナードの治める国、エトレの王都が魔物に襲われ危機に瀕しているらしい。
そしてこの国の伝承曰く、「国の存亡の危機に見えし時、異世界より召喚されし仲間が現れ、エトレを救う手助けをしてくれるであろう」
「それが、あなた様になります!」
所々質問を受けながら一通り話し終えたオーレリアが、「どうでしょう?」とばかりに小首をかしげてこちらを伺っている。
「なるほど、ある程度把握しました。なんというか……」
「なんというか?」
「ってことは主役俺じゃないの!? こういうのって普通俺が勇者で、世界救って人々を助けて仲間を率いるものじゃないのかよ! その役目はあくまでロードのレナードで俺はそのワン・オブ・ザ愉快な仲間たち!?」
そのままドーンとorzの形に地面に膝をつく。そうなのだ。一番の元凶である混沌をなんとか出来るのがロードしか居ない上、それどころか投影体とやらである俺は混沌の塊であるらしい。俺のことを勇者と呼んだのは伝承の地球人が「俺の職業は勇者だ!」とか言っていたかららしく、特に深い意味はなかった。俺の期待を返せ! そして主人公がレナードであるということはつまりあの二人の美少女達もレナードのものということで…… どうしよう、唐突に殺意が湧いてきた。
「混沌を浄化出来る聖印は僕しか持ってないから領主は譲れないけど、その、主役? とかいうのは別に譲ってもいいよ?」
と心底申し訳なさそうに手を差し出してくる殺意の対象。くそ、俺よりよっぽどいい子ちゃんかよ!
「はいはい、いいですよー。どっちにしろ俺はあんまり主人公って柄じゃないし、別段なりたかった訳でもないからな。精一杯レナードくん達を手助けしてやろう!」
まぁ最初からそのつもりだったしな。俺はレナードの手を借り立ち上がり、そしてそのまま固く握手を交わした。