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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
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エピローグ




 クルツクルフ城の執務室。清奏動乱(セイント・ダルク)が終結してから数ヶ月経過したこの日もまた、王女フランは動乱の事後処理に追われていた。


「現場レベルでの混乱は収まってきたか?」


「そうですな。ようやくほとんどの基地が、『通常の有事体勢』に戻っております」


 毎日のように続く膨大な書類仕事。こうして担当大臣が報告に彼女の元へ訪れるのも、この部屋では見慣れた光景となっていた。

 彼が意図したかはともかくとして、フランは大臣の口にした滑稽な単語に苦笑する。


「でも清奏派(セインレイト)が保有していた大半の資料は喪失してしまった、か」


「敵の拠点が全て地下空洞か、黒竜軍(リストダーク)勢力内に限定されていたことが原因ですな。だからこそ奴らが動き出すまで我々は察知出来なかったわけですが」


「あんだけ異質な戦い方をしてたんだ、有益と思しき技術や資料もありそうなもんだが」


「精査中です。せめて多少なりとも戦利品くらいは得たいところですな」


 フランは椅子を後ろへ傾け、天井を見上げる。


「なあ、これって勝利なんかな?」


 フランは時々、部下に謎掛けのような質問をする。

 一説には部下の反応を測っているとも囁かれる問答。進退に直結するような統計的事実はないものの、なまじ確信を射ていることも多いからこそ生半可な返答は許されない。


「我々は生き残り、彼らは滅んだ。勝利と定義しても宜しいのでは?」


 大臣は、フランの言葉に無難に返答する。

 フランは絶妙なバランスで椅子を揺らしつつ、床に散っていた一枚の報告書を手をギリギリまで伸ばして取った。


「これ見ろよ。スパイによれば、奴らの最期は黒竜(ダークドラゴン)に喜んで食われていったそうだぜ?」


「理解し難いですな。狂信者とはそういうものなのでしょうが」


 それで割り切る大臣だが、フランとしては不服なのだ。


「あたしは人生ハッピーに過ごせた奴が勝者だと思ってる。つーことはよ、あいつらは勝ったんだよ。勝ち逃げしやがった。こんだけあたしん家(土の国)を荒らした挙句、ハッピーに最期を迎えやがったんだ」


 フランは遺憾であった。自らは失ったものばかりであり、なんら達成感はないというのに彼らは幸福の中で最期を迎えたということが。


「まーた負けちまった。人類の連敗記録が一つ増えたよ」


「どちらでも構いません。勝とうが負けようが、生き延びたからには生きなければ」


「おっ、建設的ぃー!」


 フランは姿勢を正そうとして、椅子の足が絨毯に滑る。


「ふぎゃー!?」


 後ろに転倒した椅子。後頭部をヤバイ感じに強かに打ち付けたフランは、目の奥に星が飛ぶのを見た。


「さて、続いてはファルシオンの復興に関するご報告ですが……」


「助けろよ!?」


「……貴女の命令ですからね? セクハラで訴えないで下さいね?」


「信用ねぇな!?」


 大臣は渋々フランの手を取り、引っ張り上げる。

 スポンとフランの手が手首から抜けた。


「うぎやあああぁぁぁ殺人犯だあああぁぁぁぁ! ……いややめて、ちょっとやめて、いやん」


 無言でフランの手首を掴み、作り物の取れた手を裾に押し込もうとする大臣。

 二人の戯れは、執務室にノックの音が鳴ることで中断された。


「入れ」


 フランは重々しい声で入室を勧める。

 床に転がったまま。


「失礼。軽銀(ジェラルミア)、入室する」


 キビキビとした動作で扉を開け、ノブを握り替えて静かに扉を閉める少女。

 その姿はまるで以前と変わりがなかった。白い鎧も仕立て直され、顔には鉄仮面が装着されている。

 そして室内を一望し、イリスこと軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンは発言した。


「帰っていいだろうか」


「何しに来たんだよお前は」


「呼び出されて来てみたらゴロゴロ地面に上司が転がっていた時の部下の心持ち、考えたことがあるのか。正直に言おう、泣きたい」


「お、おう……すまんぐろーぶ」


 イリスが一睨みすると、フランは口で『しゃきーん!』と効果音を鳴らし椅子に戻った。


「すまん、こいつとの話をちゃちゃっと済ませるわ」


「はい、では私は一度戻らせて頂きます」


 イリスとフランの主従漫才が始まってしまったことで、報告出来る状況ではないと諦める大臣。

 後でまた来ればいいと考え直し、一礼して退室する。

 その手に握られた報告書には、ファルシオンの現状が詳細に記されていた。

 執務室から壁を貫いて届く少女達の笑い声。フランの言葉は、分厚い城の壁すら通り抜けて大臣まで聞こえてくる。


「お前、今日で爛舞騎士(ラウンドナイト)クビな」


 担当大臣は廊下でずっこけた。







 ファルシオン。領主も貴族も主要人物も全てが死亡した町は、だが鉱山としての重要性からどうしても復興せねばならない土地であった。

 だが物資的に必要なものをかき集めることは出来ても、人までは戻らない。

 元より住んでいた人々は惨劇を見すぎた。後から移り住んだ人々も街全体を覆う暗澹とした空気に当てられ、活気が戻ることはない。

 あまりに爪痕は深すぎたのだ。影響は数ヶ月が経過した今も尚、変わりなく残り続けている。


「被害にあった女性のまとめ役、本当に任せて宜しいのですか?」


「誰もやろうとしないではありませんの。貴方も含めて、ですわ」


 ファルシオン元伯爵の邸宅、その応接間。

 復興担当の役人に、対面に座るまだ幼さの残る少女は辛辣に指摘する。

 役人は声に詰まりながらも、自らの意志の不足を肯定した。


「その通りです。お願いします、私では彼女達のケアは賄い切れません」


「あら、いい人を派遣しましたのねフラン王女も」


 役人が素直に自らの至らぬ点を認めたことを、少女はそれなりに評価した。


「でも立ち直るかどうかは本人次第ですわよ、賄って補えるものではありませんわ」


 役人に対峙する少女は、医療道具の詰まったトランクを掴む。


「行かれるのですか? まだ人員も揃っていないので、具体的な活動は後日からと考えていたのですが」


「だとしても直接見て周らねば判らないこともありますもの。それに、若輩者で未熟な医者でも必要とされているはずですわ」


「そうですか。では案内を付けましょう」


「結構ですわ。(わたくし)も、ここに囚われていた1人ですわよ?」


 何の抵抗もなく告げられた事実にショックを受けたらしい役人の脇を通り抜け、少女―――アスカは、自らに課した役割を果たすべく入居施設へと向かった。







「ああ、久々にスカート履いちゃった。履いちゃったった」


 ククリはその日、道の中心でくるくると回っていた。

 周囲の冷たい視線など、空気の読めない彼女には知ったこっちゃない。

 相竜(バディ)のブージと長旅を終えた彼女は、次なる仕事の地に夢を馳せる。


「クククっ、今日この街から我が躍進が始まるのだ……刮目せよ、矮小なる者達よ―――!」


 通りかかった通行人が、ククリを可哀想なものを見る目で観察する。

 彼女は有頂天であった。

 長年想い続けた相手が女性であったことから、男装する必要がなくなったこと。

 そして、国から報酬が出たことで前々回の仕事の賠償も片付いたことなども理由の一つである。


「この町はこれから色々と工事があるから仕事が沢山あるらしいし! 妙に引き受ける御者も少なかったから、仕事は幾らでもある! 僕の時代、これから始まっちゃうのかな!?」


 まさに稼ぎ時。ククリはバラ色の未来を脳裏に描き、町の中心となっている元ファルシオン伯爵邸の裏門を叩く。


「こんにちわー! 協会から派遣された御者でーす! ごめんくださいませー!」


 デバガメ大好きな家政婦のように、ククリは屋敷へ向けて元気に挨拶する。


「あ、ようこそいらっしゃいました」


 お手伝いさんがククリを出迎え、深く頭を下げる。


「よくぞ仕事を受けて下さいました。どこに依頼しても、ファルシオンは縁起が悪いと断られてしまって人手不足だったので」


「そうなんですか? でも僕が来たからには安心して下さい! ブージと一緒になんでも運びます!」


「はい、宜しくお願いします」


 ぺこぺこと互いに頭を下げる、社会人によくある光景である。

 挨拶を終え、使用人用の部屋に案内され、荷物を整理した後ククリは気付く。


「ファルシオンだここー!?」


 報酬のいい仕事が不自然に残っていれば、そこには何か裏があるのである。

 裏というか、表にしっかりと表記されていた内容を読まなかったククリの落ち度であるのだが。

 頭を抱えていると、突然部屋のドアが開いた。


「あら、本当にククリですわ。貴女も物好きですわね」


「アスカ!? どうしてここに!」


 数ヶ月ぶりの再会であった。


「ちょうどいいですわ。ちょっと男装して来て下さいな」


「え、いや別にもう男の格好をする理由は……」


「この町には男性を苦手としている女性が沢山がいますのよ、慣らす為に中間の方が欲しいと思ってましたの」


「それで解決するの? しないと思うよ? 男装しないよ?」


「いいから来なさいな。積もる話もありますわ」


 強引に連れ出されるククリ。

 彼女の波乱の人生は、これから数百年間当然のように続くのである。







 魔法大臣スティレット・アンドリュース。

 イリスの祖父ランスと旧友の、常に厳しい眼差しを湛えた魔法の権威たる老人。

 彼は己に割り振られた城の執務室にて、べったりとくっつく孫ほどに歳の離れた義娘の話を聞いていた。


「それで、その時イリスが言ったの。『ソフィーは私が必ず守る!』って」


「ほう、そうか。前回の話と齟齬が生じているが、良かったな」


「うん。それでね、それでね……」


 べったりとスティレットに抱き付くソフィアージュ。大臣職の業務をこなしつつも、彼はソフィーを好きにさせていた。

 言葉には出さないが、目尻は下がりっぱなしである。


「…………。」


「む? どうしたソフィー?」


「スティレットは、私が近くにいると迷惑?」


 上目遣いで聞かれ、その通りだと答えられる者がいようか。スティレットは「そんなことはないぞ」と即答する。


「どうしたのだ、突然? 誰かに何か言われたのか?」


「イリスのお祖父ちゃんが、スティレットのことを『ロリコン大臣』って呼んでたわ」


「よし、焼くか」


 スティレットの今日のスケジュールが決定した。

 即行動すべく、腰を椅子から上げる。


「イリスのお母さんは、男の人にベタベタと触ったら勘違いされるからいけないって言ってたわ」


 スティレットは腰を降ろした。


「どうしたの?」


「いや、あのジャジャ馬娘の言うことはもっともだ……触らぬ神になんとやら、というしな」


 イリスの母スピアが暴走状態に陥った惨事を見たことのある彼としては、多少ロリコン呼ばわりされようと関わりたくないと考えるのは当然のことであった。


「そういえば、今日はイリスが城に来る予定だぞ」


「そうなの?」


 スティレットから離れ、目を輝かせるソフィアージュ。


「うむ、フラン殿下が呼び出したとか……っておい!」


 言い切る前に窓から生身で飛び出すソフィアージュ。遅れて箒が窓から出て行き、落下中にランデブーして王女の執務室に直行する。


「……やれやれ、空の飛び方が前より荒っぽくなったのは一体誰の影響なのやら」


 容疑者は1人しかいなかった。







「さてイリス。色々と一段落ついたところで、今回の賞罰についてだが」


「はい」


 遂に来たか、とイリスは頷く。


「お前、今日で爛舞騎士(ラウンドナイト)クビな」


「はい、お断りします」


 フランはずっこけた。

 廊下からもずっこける音が聞こえた。


「いや断るなよ。あたしの言いたいこと、解るだろ?」


「はい、承知しています」


「お前が無事帰って来たことは喜ばしい。遠すぎる空作戦を成功させたのは間違いなく功労に値する。だが、お前の行為はそれ以上に指令を無視した独断行動だ」


「はい」


 人によっては融通が効かない、とフランを否定的に見てしまうかもしれない。

 だが信賞必罰は決していい加減に扱ってはならないものなのだ。厳格な性質を持つ政治・軍事という分野においては尚の事。

 独断と偏見による人事など、信用を失うばかり。信用なくして制度は成り立たない、そうなれば国家など容易く崩壊する。

 だからこそ、フランはイリスに罰を与えなければならなかった。


「よって、お前から黄金柏陽剣付金剛双翼勲章騎士の地位を剥奪する。オーケー?」


「ノーケー」


「何語よ」


 うむむ、と珍しく抗命するイリスに眉を顰めるフラン。


「もう少し、爛舞騎士(ラウンドナイト)でいたい気分なんです」


「むっ」


 フランは、自分の意図がイリスに読まれていることを察した。


「気を遣ってくれたのでしょう? 私にとって、爛舞騎士(ラウンドナイト)という称号が重荷になっているのではないか、って」


「は? は? 何そのウ・ヌ・ボーレ? なんであたしがお前のこと気遣わなきゃいけないの? バカなの?」


 誤魔化すも、フランは事実『後悔』していたのだ。

 イリスのような人間にとって、爛舞騎士(ラウンドナイト)などという称号は何の意味もない。

 空を飛ぶのに、余計な重荷などない方がいいのだ。

 だからこその、友を想っての解任通告。

 それを、イリスは断った。


「私を、今しばらく黄金柏陽剣付金剛双翼勲章騎士でいさせて下さい」


「―――重いぞ?」


 そう確認するのは、爛舞騎士(ラウンドナイト)以上の重い称号を生まれた時から背負い続けてきた少女。

 イリスは嘘偽りない表情で、「でしょうね」と答えた。


「知っています。でも―――」


 その笑顔は、フランには直視しかねるほどに眩しくて。


「―――独りで背負わなきゃいけないものでもないって、解った気がするんです」


「そうか」


 ただ、そう彼女の考えを肯定することしか出来なかった。


「はい。今しばらく、軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンと名乗り続けたいと思います」


「好きにしろ。ったくよ、せっかく用意した書類が無駄骨になったぜ」


「ごめんなさい」


「ゆるさねー。今度甘イモ買って来い、それでチャラだ」


 安い対価を要求する上司に苦笑し、イリスは一礼して退室する。

 入れ替わるように、窓からソフィーが突っ込んできた。


「イリス!」


第四位(ソフィアージュ)!?」


 箒に跨った魔女っ子ルックの少女に、フランは驚き飛び跳ねる。


「イリスはどこ?」


「もう出てったよ! 入れ違いだ! つーかここに乱入してくんなっつーの!」


 国家の中枢中の中枢である。


「イリスー!」


「聞いちゃいねぇ!?」


 再び窓から飛んでいくソフィー。フランは窓から身を乗り出し、飛び去っていくソフィーの後ろ姿を認める。


「やらやれ、騒がしいのが増えやがった」


 フランは遥か上空に、竜騎士(ドラグーン)が飛行していることに気が付いた。

 この時間、この城の上を飛行するスケジュールは存在しない。よって、フランはそれが誰であるかを朧気に特定する。


「―――負け戦だな。でも、ま……あいつが楽しそうで何よりだ」







 高度30000フィート(9000メートル)、空気も薄く他に飛行物体もいない空を二騎の竜騎士(ドラグーン)は飛行していた。


「イリス、いきなり飛ばしすぎです! バルドディだってやっと完治扱いになったばかりなのに!」


「大丈夫ですって、こいつには死に掛けくらいがちょうど良かったくらいです!」


 エレメントを組む友人の声も聞かず、少女とドラゴンは過激な飛行に挑んでゆく。


「スピリットSからアウトサイドループです! ほら、鈍ったのではありませんか!?」


 がおー! と吠える少女の相竜(バディ)。彼女と彼は半年以上のブランクを取り戻すべく、ここ数日ひたすらに飛行時間を稼いでいた。







 人類の勝利は依然として遠い。勝機は見えず、人は以前地獄を住処としている。

 しかしそんなことは知ったことかと言わんばかりに、いつまでも空の少女と白亜のドラゴンは蒼穹を飛び続けていた。






2章はこれにて完結です。

およそ一ヶ月、お付き合い頂きありがとうございました。

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