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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
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帰還


「帰ってきた―――土の国(アーヴェルア)に!」


 精も魂も尽き果て、ふらふらと着地するドラゴン達。

 背後で遂に自重に絶えきれなくなったのか、蠕虫の喰穴(ワームホール)が崩壊し穴が完全に塞がる。


「間一髪でしたね……」


「二度と、二度とやらねぇぞ……」


 ギイハルトはフリールより降り、数歩歩いて仰向けに大の字となって寝そべる。


「イリスと一緒なら、と言いたいところですが、同意です……」


 アーレイもまた、あまりに危険な飛行に精神が摩耗していた。

 イリスは自分だってこんな飛行好きでやろうとは思わないぞ、と主張したかったものの、そんな気力もなくバルドディの背に寝転がる。


「イリス……あの船にいた人達は」


「助からないでしょう。貴女の気負わねばならない部分などありません」


「いえ、そうではなく」


 アスカは首を横に振る。


「別に我々が生き延びたことに後ろめたさを覚えるつもりはありませんわ。でも、彼らは、死ななければならないほどの咎人だったのかしら」


「それは……違うと、想います」


 清奏派(セインレイト)は何世代にもわたって計画を準備していた。当然ながら、老人から女子供だっている。

 そこまでも罪に問う法律など存在しない。それでは、彼らが生を受けたこと自体を罰せねばならなくなる。


「守るべき者達がいるなら―――なんで、なんであんなことが出来たんですの?」


 アスカはファルシオンを眺めていた。

 イリスには土の国(アーヴェルア)の国旗がしっかりと見えている。無事奪還も行えたようだと、決断したであろうフランに賛辞を送る。


「守る人がいるなら、なんであんなことができるんですの!?」


「なんででしょうね、私にも、よく解りません」


 軍人ならば敵兵を殺すのは当然だ。だが、彼らは自らの欲求の為に人を苦しめていた。


「責任転嫁、していたからかもしれません」


「責任転嫁?」


「大義名分と言い換えてもいいです。ああ、また大義って言葉が出てきました」


 戦争には大義が必要、そう言い切ったのはイリスである。

 だが、大義さえあれば暴虐が許されるというはずがない。

 ―――しかし、その理屈を否定しきれない自分がいることもイリスは自覚していた。


「大義があれば、弱者を痛め付けてもいいんですの?」


「我々だって家畜を殺します。でも、家畜の苦しみからは目を逸らしています」


(わたくし)達は家畜ではありませんわ!」


「そうですね、この命題はあまり考えても仕方がありませんよ。父上の言葉を借りれば『正しいことをすれば正しいのだ、何を迷うことがある』ってことです」


「そんな適当な……」


「ならせいぜい迷い続けることです。俺だって訊かれたって判んねぇよ」


 この手の話はすればするほど辛気臭くなる。経験からそれを知っていたイリスは、手をひらひらと振って話を切り上げる。

 その瞬間、横から突撃してきた人物がイリスに抱きついてきた。


「イリスー!」


「おおっ、っと、っと! ククリ、何故ここに?」


老成土竜(アークヴィリア)の専門家として呼ばれてたんだ! ここで会えるなんて、やっぱり運命だと思わないかい!」


「疲労困憊のところに追い打ちをかける人と運命を感じたくはありません」


「イリスの意地悪大魔神!」


 よく判らないテンションでよく判らない文句をいうククリ。

 とにかく彼も功労者である、労うくらいはせねばとイリスは頭を撫でた。


「伝令任務、無事完遂してくれたようですね。貴方がいなければ、危うく敵地の真ん中に帰り着くところでした」


 万感の想いで感謝を伝え、イリスは先程から沈黙を保つ戦友に目を向ける。


「フランシスカ? 終わりましたね……ねえ、フランシスカ」


 振り返る。

 そこには、もう誰もいなかった。







 離れた丘の上から、ファルシオンを眺めるフランシスカ。

 彼女はあまり人間と長時間いられない。これ以上接触していれば、友人を傷付けてしまう恐怖すらあった。


「ま、死人にはこれくらいがいいわよね」


 どれだけ後ろ髪を引かれようと、自分が彼らの陣営に戻ることはない。未練を振り切り町を離れようとした時、背後から声をかけられる。


「お姉……ちゃん?」


 ―――忘れようもなかった。

 振り返るまでもなく、誰かなど判断出来た。


「やっほ、アロン。元気してた?」


 笑顔で振り返り、手をパーにして振るフランシスカ。

 アロンは姉の帰還に、喜びのあまり飛び付く。


「お姉ちゃん!」


「……よっと」


 フランシスカは駆け寄ってきた妹を回避する。


「ふぎゃあなの!?」


「あ、ごめん、大丈夫?」


 モロに顔から突っ込んだ妹に、姉はさすがに負い目を感じてしまう。


「なんで避けるの……」


「アロンも準騎士(モンス)になったんだし、身のこなしも上達したかなって」


 あはは、としゃがんで笑う姉に、アロンは恨めしげに見上げる。


「なんで、連絡くれなかったの?」


「ごめんね。お姉ちゃん、ほら、優秀だから。やらなきゃいけない任務が沢山あるんだ」


 立ち上がり、踵を返すフランシスカ。


「えっ、もう、行っちゃうの?」


「うん。次に何時戻ってこれるかは、ちょっと判らないかな」


「―――大丈夫なの! 私、強くなったから泣かないの!」


 胸を張るアロン。その姿を見ずとも、フランシスカには成長した妹が本当に強くなったことを感じ取っていた。


「ふふーん、さっき転んで泣きべそかいてたことは見なかったことにしたげる」


「ないてないのー!」


「いけない、次の任務に遅れてしまうわ。じゃあねっ!」


 フランシスカは強引に会話を切り上げた。

 これ以上妹の側にいては、正気を失って傷付けてしまう。そんな予感があった。


「またなのー!」


 フランシスカは、最後の声に返事をすることは出来なかった。

 しばらくがむしゃらに荒れ地を走り、指笛を吹く。

 降りてきた黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)に飛び乗り、空を見上げる。

 空は、嫌味なほどに澄み渡る晴天だった。


「私の死に場所はここじゃなかった、か……いや、もう死んでるんだけどさ?」


 そして汚染兵(コンタサール)の少女は飛び立つ。宛のない空へと。


「ごめんねファルカタ、あの夜の続きはまだ先になりそう」







 この日を境に、清奏派(セインレイト)は急激に勢力を縮小していく。

 それはむしろ外的要因による排除というより、聖杯の加護を失ったことによる自滅といった方が正しい。拠点のほとんどを黒竜軍(リストダーク)勢力圏内に置いていた彼らは、ようやく人類の本流と同じ立場に立たされたのだ。

 あとはただ消滅していくのみであった。土の国(アーヴェルア)が手を下すまでもなく、彼らは歴史の片隅へと消えていったのである。




 後に清奏動乱(セイント・ダルク)と呼ばれることとなる一連の戦いは、こうして幕を降ろした。





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