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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
83/85

脱出




 「―――貴方でも、気まずいと思うことはあるのですね」


 正気を取り戻し、イリスを伴い上層への階段へ泳いだバルドディ。理解していれば、安全地帯など彼でも充分泳いでいける距離にあったのだ。

 今も尚水位は上がり続けている。だが、もう争う理由もない1人と1匹に焦る理由はなかった。


「色々と、言ってやりたいことはありますが―――まあお説教は後にしましょう」


 知り合いを食べたという事実に気付き、胃の中の内容物を一通り吐き出すバルドディ。

 イリスは全力で目を逸らした。自分のパーツが消化されかけた状態で口から戻ってくるのだ、精神衛生上とても宜しくはない。

 とはいえ言わねばなるまいと、バルドディに跨って彼の耳元で囁く。


「乙女の柔肌は美味しかったですか?」


 「ぐるる」と唸り、あれは不可抗力であったことを主張するバルドディ。

 イリスはここまで意気消沈したバルドディを初めてみた。まるで雨に降られた捨て犬のようである。

 だが、食われた方としてはそれで済ますのも癪である。イリスはこの件で一生グチグチ言ってやろうと内心誓った。


「ほら登って、どうどう!」


 手綱もないので、とにかく踵でバルドディの脇腹を蹴って進める。

 えっちらおっちらと上層への階段を昇っていると、道中にて白猫が手を上げて待っていた。


「へい、タクシー!」


「回送中です」


「待ちーや! あんちゃんちょぉっと世知辛いでー!」


 溜息を吐き、イリスはシロを拾い上げた。

 バルドディは再び走り出す。


「なんでここにいる、と訊いてもいいのですか?」


「ええけど、それだけで大河ドラマ作れるで」


「ならいいです」


 シロはイリスの頭の上にヨジヨジとよじ登る。


「ああやっぱりええのう、美少女の頭皮の臭いは最高や」


 イリスはシロをポイと捨てた。


「なんやクンカクンカしてもええって言ったやん!」


「死ねよ」


「流石やで。やっぱり選ばれるのは、あんさんやと思っとったわ」


 再び頭に昇った白猫。


「ああ、上に行ったスライムのはソフィーがほぼほぼ無力化したで。性質上殲滅はまだやけど、もう大精霊としての力もあらへん。大丈夫や」


「それは朗報です。そして、貴方はそんな激戦区の中をここまで単身潜って来たのですか?」


 イリスは図々しく頭に乗ってきた畜生を、胡散臭げに見上げる。


「再登場のタイミングが胡散臭いのです。どういうつもりなのですか」


「あんさん、今自分がどういう状況か判っとるか?」


「さて。愛と奇跡の力で大復活、でいいのでは?」


 イリスは今、一度死んだことで様々な能力が強化されている。

 それこそ、走馬灯でルバートに要求した内容はほぼ満たされているといっていい。今ならば空対空ミサイルの上で空中サーフィン出来るという自信すらあった。


「今のイリヤンは、フォートレスドラゴン化しとるんや」


汚染兵(コンタサール)のようなもの、ということですか?」


「かもな。でも違うのは加護ではなく寵愛であること、そして力の供給源が人の大精霊であることや」


 人の大精霊。その条件を満たすのは、ただ1人しかいない。


「えっ? ソフィーが、アーレイを食べた?」


 いまいち絵面が想像出来ず、イリスは首を傾げる。


「擬似的なもんやね。ソフィーは上で自分の強化の為に大精霊化を行ったんやが、同時に同族へ加護を授ける力も得とったんや」


「それが偶然に供給され、生き返ったということですか」


「せや。あんさんはソフィーの姉御のお気に入り、だからフォートレスになった」


 イリスは自分の身体を見下ろす。

 以前と変わらず、平均より小柄な肉体であった。


「ドラゴンの単細胞はでかけりゃ強いと考える。まあ自然界やとそれも間違いやあらへん。けどあんさんの考えは違った、それだけや」


「……なるほど。それで、出番を伺っていた貴方は今更何しに来たのです?」


「ひどいわー、こんな小さくてラブリーな小動物にどうせいっていうねん」


 イリスの後頭部で尻尾をワイパーのように揺らすシロ。

 彼に、あくまで平坦な口調でイリスは訊ねる。


「人間を利用して漁夫の利を狙っていたのは、聖杯と呼ばれたスライムの白化汚染個体(ヴァイツァール)だけではないのでしょう?」


 シロの尻尾はぴたりと止まった。


「……驚いたわ。いつから疑われとったんや?」


「少し言動に気をつけるべきです。不自然な発言が多々ありました」


「まあ、せや。スライムのと同じように、ワイも色々立ち回らせてもらったで。ああでも、基本的にはあんさんらの味方としてや。感謝してくれてもええんやで?」


「そうですね。旅路がこうも都合良く進行した一因くらいではあるのかもしれません。とはいえ人の記憶を好き勝手覗いているのは、あまりいい気はしませんが」


「……そこまで具体的にばれとったんか」


 ふん、とイリスは鼻を鳴らす。


白化汚染個体(ヴァイツァール)何かしらを知覚出来る能力があります。


 ソフィーは精霊言語を知覚し、万物と会話し口頭以外での詠唱が可能に。


 バルドディとはいえば、人間には認識できない次元の物質を知覚可能。空中でそれに立ったり蹴り飛ばしたりといった、トリッキーな行動が可能になりました。


 白いスライムは他の個体を知覚していたのではないでしょうか。魔獣は元よりそういった能力を持つことが多々あるようですが、ネットワークを構築するにしても船の上までは届かないでしょう。ソフィーが無詠唱でも口頭でも魔法を使えるように、知覚というのが元々持っていた能力の延長であっても不思議ではありません。


 そしてシロ、貴方は他の生物の思考を知覚可能……といった具合ではありませんか?」


 シロは器用に肩を竦めてみせた。その仕草が嫌に人間らしく、イリスは気持ち悪さすら覚える。


「……それで、貴方はこれからどうするのです?」


「おお怖い、落ち着きーなジエーカンさん。安心せい、もう気いは変わってるわ。そう判断したからこそ、あんさんもこうやって話しとるんやろ」


 久々に他者から自衛官と呼ばれたイリスは、なんとなく座りの悪さを覚えバルドディの上で尻を動かした。


「今は仲良しラブリーマスコットに専念するわ。中々におもろいで、あんさんら。もちっと楽しませてもらうでぇ」


 どうやら恒久的な味方というわけではないらしい。

 イリスは降りたはずの肩の荷が増えた気がした。


「あ、ソフィーの姉御にはいうたらあかんよ?」


「……情報提供には、感謝します」


「エエって、友達やん」


 ぺしぺしとイリスのデコを前足で叩くシロ。

 階段も終わりが近付き、大教会から開放された地下都市の屋根が見えてくる。


「ああ、そうそう。今のあんさんは半分精霊半分人間みたいなもんや。せいぜい気を付けることやな」


「何に気をつけろと?」


「ソフィーの大精霊化はもう解けとる。けどあんさんはフォートレスドラゴンのままや。そりゃそうやな、戻るべき本来の肉体がないんやから」


 イリスは自分の手の平を見やる。血が通っているように見えるが、イリス・ブライトウィルの肉体はほとんどがバルドディが食し、そして吐いた。

 ここにある身体は、魔力で編まれた擬似的な物質に過ぎないのだ。


「そもそもあんな半端な大精霊化なんて前例があらへん。その寵愛を受けた個体がどうなっとるかなんてもってのほかや。魔力が切れたら消えてまう幽霊みたいなもんかもな」


 イリスは再び溜息を吐く。どうやら、厄介な体となってしまったようであった。







「地獄のような光景でしたわ」


「そうですか、まあそうかもしれません」


 大教会の頂上。尖塔まで登り逃げていたアスカを、イリスはすぐに発見した。

 バルドディは空を蹴って駆け上り、尖塔の横に乗り付ける。


「その子、正気に戻りましたのね? あら、イリス、右足どうしましたの?」


「生えました」


「そう。不思議なこともあるものですわね」


 アスカは色々なことがありすぎて、実に柔軟な思考を持つに至っていた。まあイリスなら足が生えることもあるのではないかな、みたいな適当な思考である。


「特等席から大精霊同士の戦いを見ていたのですか?」


「いつ流れ弾がくるかと戦々恐々でしたわ」


 アスカが尖塔まで昇っていたのは、単に上がっていく水位から逃げる為である。既に生き延びた民間人と清奏派(セインレイト)兵は(フィリート)(・フィリックス)へと移動していた為、アスカは大教会の丘に1人残されることとなった。

 イリスも、尖塔と同じ高さまで昇って彼女の恐怖の一端を知るに至る。大魔法(ソフィー)大質量(スライム)のぶつかり合いは地下都市空間を刻み、抉り、地獄絵図と化していた。


「あれ、生きてたんだ」


 上空より、フランシスカとギイハルトが相竜(バディ)に乗って降下してくる。

 それに片手を上げることで答えるイリス。


「バルドディは確保しました! 全ての作戦目標を達成です、撤退します!」


「やれやれ、やっと帰れるぜ」


「帰り道はイリスが判るんでしょ、道案内宜しくね」


「はい、ところで」


 残り二人はどこに、と目で訊ねる。

 フランシスカとギイハルトは視線で(フィリート)(・フィリックス)を示した。




 ソフィーとアーレイは、清奏派(セインレイト)の者達がひしめく船の甲板、その真ん中に着艦していた。

 二人の間には変わり果てたスヴェルの姿。全身は失われ、美しい髪は溶け、辛うじて生命活動を繋ぎ止めているだけの肉塊。

 ソフィーは強引にスライムから彼女を分離させた。融合を中止させ、大精霊の誕生を防いだのだ。

 だが、それはスヴェルの延命を意味するものではなかった。


「おねえちゃん、おねえちゃん……」


「……はい、ここにいますよ」


 アーレイは敵対者に手を抜くほど素人ではないが、死にゆく者に慈悲をかけないほど非情でもなかった。

 妹の手を取り、精一杯の笑顔でアーレイは語りかける。


「おねえちゃん、私、いやなゆめをみたの」


「夢? そう、意外とお寝坊さんなのですね」


「おねぼうさんじゃないもん、わたし、わたしは」


 アーレイはスヴェルの頭を撫でる。

 それだけで、皮膚がボロボロと崩れ落ちた。


「でも、全部夢だから。大丈夫、私がいます」


「そうだよね、そう、だよ、ね……」


 心底安堵した。そんな笑みを浮かべ、スヴェルは呼吸を止める。

 アーレイはスヴェルの手首を掴み、その脈が止まっていることを確認した。


「―――行きましょう」


「いいの?」


「はい、これ自体も私の我が儘ですから」


 今でこそスヴェルの死でショックを受けて硬直している清奏派(セインレイト)達だが、彼らがアーレイ達を襲えば再び戦いが始まる。

 それでも退けられるからこそスヴェルをここに運んだとはいえ、もう殺すのも殺されるのもうんざりしていた。


「アーレイ!」


「……イリス!」


 よく知った声に、アーレイの気持ちが少し上向く。

 次々と甲板に降り立つドラゴン。その中には、フランシスカとその後ろに乗るアスカの姿もあった。


「バルドディも元に戻ったんですね!」


「まあ、おそらく大丈夫でしょう。もしいきなり噛み付いてきたら魔法でも撃ち込んで下さい」


 いつもの調子に戻っているイリスに、アーレイも本当に終わったのだと確信する。

 頷き合い、それぞれが自らの相棒に飛び乗る。


「アンタは俺の後ろだ」


「えー……」


「ほら、しっかり捕まってちょうだい。大丈夫よ、殺さないから」


「…………アイツは」


 相竜(バディ)を持たないアスカとソフィーは、それぞれフランシスカとギイハルトに相乗りすることにした。

 アーレイのアキレウスは速度に自信があるわけでもなく、余計な重量を背負うのは得策ではない。バルドディは、回転式推進装置(エーディン)搭載時ならばともかく今は自分の脚力で空を蹴っての飛行となる。イリス以外は加速度に耐えきれないことが予想された。

 それぞれ離床準備を完了し、いざ地下都市から脱出しようとした時。


「―――貴様ら、これはどういうことだ!」


 怒り心頭といった具合のスクトゥム将軍が、ズカズカと前に出た。


「貴方は、スクトゥム将軍? 我々は正当な軍事行動を行っただけですが?」


「正当だと!? これだけ民間人に被害を出しておきながら、正当だと! 我々清奏派(セインレイト)は指揮官である貴様に断固抗議する!」


 イリスは頭を抱えた。確かに非戦闘員への被害を許容したのはイリスの作戦であり、元自衛官としてはなかなかにデリケートな問題なのだ。


「貴様は、貴様はこの攻撃に正義があると臆面もなく言えるのか!?」


 スクトゥムは大仰に両手を広げる。

 甲板の上には負傷した兵士や騎士、そして民間人。

 町の規模からして、これが総人口なはずがない。多くの者は溺死したか、スライムに取り込まれたのだ。

 イリスはしかし、スクトゥムから視線を逸らすことなく答える。


「言いませんよ、大義はともかく正義なんて言葉を使ったことなんてありません」


「ならば貴様らはやはり匪賊なりっ! 恥を知れ、我々は一切負けてなど―――」


「あっ!」


 イリスは声を上げる。

 スクトゥムの身体が揺れた。


「なっ、がっ。きさ、ま……!」


 彼の脇腹を背後からナイフで一突きした女性。

 アスカは、憎々しげにスクトゥムの睨む。


「殿方も、挿れられたら気持ちいいのでしょう?」


 興奮のあまり、フーフーと荒い呼吸を繰り返すアスカ。

 手にしたナイフを捻り、無理矢理に傷を広げる。


「やめ、痛っ、やめてくれっ」


「どういたしましたの? ほら、お哭きなさい! 悦びなさい!」


 受け身も取らずスクトゥムは倒れる。

 アスカは散々弄ばれた怨みを晴らすべく、執拗に彼へと追撃する。


「こんな美人が相手をしてあげていますのよ! ありがとうございます、ですわ!」


 あまりの事態にイリス達もどうすればいいか判らず、ただその行為を眺めているしか出来ない。

 スクトゥムに馬乗りとなって何箇所もナイフを落とし続けるアスカ。彼女を止めたのは、同年代の女性であった。


「やめて、やめてよっ!」


 アスカを突き飛ばす女性。アスカは甲板に転がり、自身を押した者を睨む。


「大丈夫!? ねえ、返事をして!」


 スクトゥムの亡骸に縋り付く女性。

 パタであった。


「―――どういうこと、ですの」


 キッとアスカを睨むパタ。

 パタはスクトゥムと関係を持っていた。そして、依怙贔屓を受けていた。

 彼女は彼の女となっていたのだ。


「ひとごろし」


 パタの言葉に、アスカが動揺する。


「人殺し! アンタなんか、だいっきらい!」


 その彼女の姿が、あまりにも、あまりにも痛々しかったから。

 ―――その時、不気味な鈍い地鳴りが轟く。

 地下都市ミソル・アメン。聖杯という支えを失った不自然な町は、膨大な浸水もあり強度を完全に喪失していた。

 岩盤が崩れ落ち、船の側に落ちる。


「アスカ! 早く乗りなさい、ここはもう崩れるわ!」


 フランシスカの声に清奏派(セインレイト)達は動揺する。脱出手段を確保しているイリス達と違い、彼らはもう身動きを取れないのだ。


「パタ、(わたくし)と一緒に―――!」


 手を伸ばしたアスカ。

 その手を、パタは叩き払う。


「このっ!」


 フランシスカは強引にドラゴンを操り、アスカを片腕で掴み上げ背に乗せる。

 そして離陸した瞬間、巨大な岩が船の中心を貫いた。


「――――――!」


 誰もが、その光景を呆然と眺めていた。

 苦楽を共にし、多くの時間を過ごした(フィリート)(・フィリックス)が真っ二つに割れる。多くの人々を乗せたまま、不自然に斜めに傾いていく。


「離脱、します!」


 イリスはバルドディを翻し、脱出への通路を突破すべく声を上げた。

 それに続くアーレイ、ギイハルト、フランシスカ。4騎6名の決死隊は、地下都市から離脱すべく狭い空を飛ぶ。

 しかし、それを良しとしない者はまだ残っていた。


「イリス! スライムが、まだ生きてる!」


「なんですって!?」


 見やれば、そこには聖杯の残滓がイリス達へと触手を伸ばす姿。

 あらゆる方向から伸びる触手に、彼女達はそれを回避すべく困難な飛行を強いられる。

 まるで樹海の中を飛行しているかのような密度。しかもそれは加速度的に増えており、やがて逃げ場を完全に失いかねない勢い。


「スライムは完全に倒したのでは!?」


「倒してない、融合を解除しただけ! でもこんなに余力を残していたなんて……!」


 スライムは、全ての計画が頓挫した原因がイリスにあると確信していた。

 こいつさえいなければ勝てた。自分こそが神となっていた。

 その思考が、彼を非合理なまでのイリス達への集中攻撃に走らせていた。


「くっ、捌ききれないっ!」


「アーレイ!」


 真っ先に限界が訪れたのはアーレイであった。

 専用装備もないアキレウス、それも久々の騎乗。訓練をずっと積み重ねてきたとはいえ、どうしても飛行能力は他のドラゴンより見劣りする。

 イリスはなんとかアーレイを救助しようとするも、病み上がりはバルドディも同様である。

 アーレイを飲み込まんと伸びる触手は―――しかし、あと1歩のところで動きを鈍らせた。


「なっ、届かなかった?」


「船だ! 船が沈んで、飲み込んでやがる!」


 ギイハルトの指摘に、イリス達は随分と遠くなった(フィリート)(・フィリックス)を見る。

 全鉄製の(フィリート)(・フィリックス)は鉄の塊である。沈む速度も尋常ではなく、その際には巨大な渦を発生させる。

 聖杯の残滓は、その渦に飲み込まれ体積を奪われていったのだ。


「パタ! パタ、いやああっ!」


 あの沈没に巻き込まれ、助かる見込みなどありえない。

 友人の最期が今現在行われていることに、アスカは絶叫した。

 (フィリート)(・フィリックス)は全てを飲み込み沈んでいく。憎しみも、思い出も。

 蒼い髪の少女の、ただ1人の肉親であった妹の亡骸も。


「―――スヴェル」


 アーレイは最後に名を呼ぶ。

 あまりに惨い死に様。一歩間違えると、そこにいたのはアーレイだったのかもしれない。

 どれだけ違ったのか。アーレイとスヴェル、その立ち位置はあるいは逆だったかもしれないのだ。

 そう考えると、アーレイは彼女の罪を問う気には到底なれそうもなかった。


「あった、あの穴に飛び込みますよ!」


 ミソル・アメンから外へ出入りする横穴、そのうちの一つに飛び込む。

 後ろから迫る海水。蠕虫の喰穴(ワームホール)内を一列となって飛行する4匹のドラゴンは、ほぼ視界がない暗闇の中を全速飛行することを強いられる。


「私がルートを選びます! 信じて、着いて来てください!」


「暗くてなにも見えないわ」


 あまりの闇に、愕然とするソフィー。ここまで真っ暗だとは彼女も予想していなかった。


「大丈夫、確か記録があったはず」


 イリスは飛行報告書を格納魔法で取り出し、飛行ルートを選定する。


「ここから逆算して、こう……」


「そんなのを頼りにして、この真っ暗の中を飛ぶ気かよ!?」


 ギイハルトの文句も、この時ばかりは総意であった。

 彼女達は後ろから迫るプレッシャーに強いられ、ドラゴンをほぼ全力飛行させている。当然蠕虫の喰穴(ワームホール)内は曲がりくねっており、イリスは時折進路変更しつつも地図を確認しているのだ。


「ソフィー、照明魔法を!」


 指示を受けトンネル内を照らすも、周囲を照らすのみでほとんど先は見通せない。


「イリス、本当に大丈夫なの!?」


「大丈夫、ちょーっとだけだけど見えています! あとは勘です!」


 その全然大丈夫ではない言葉に、誰かが悲鳴を上げた。

 それはまさに計器飛行であった。飛行速度や方位から現在位置を把握しつつ、あまりに足りない情報を足がかりに目的地へと向かう狂気の飛行技能であった。

 夜間飛行などほぼ不可能なこの世界において、これほどの閉所暗闇の中を飛ぶなど真っ当な神経ではない。

 だがイリスは自信があった。過酷なかつての訓練を、こなしきったという自負があった。


「視界を失った程度で、ドルフィンライダーが止まると思わないことです!」


 4騎は一定の速度を維持したままに蠕虫の喰穴(ワームホール)を飛行していく。

 無論、トラブルがないわけではない。むしろあまりに不測の事態ばかりであった。


「進路上に落盤有り! 避けますよ!」


「こちらは潰れています! 迂回です!」


黒竜(ダークドラゴン)がいます! 速度を落とさず捌いて下さい!」


 飄々と空を蹴りつつ飛行するバルドディとイリス。他の面々を気遣いながら、出来る限り前途を遮る障害を退けていく。

 後続はイリスの後を着いていくので精一杯だった。


「くそっ、死ぬような思いしたのにここで死ねるかよ!」


「さすがはイリス、やはり飛ぶことに関しては最高の騎士です……!」


「まああたしは、別にここで死んでもいいんだけどね」


「後ろに私がいることを忘れないでくださいませ!」


 やがて、目の前に光が指す。

 目が眩むほどの日の光。若き騎士達は、それを希望と信じ飛び込んだ。







 イリス達は蠕虫の喰穴(ワームホール)より飛び出す。

 横に90度倒したような光景。山と岩場、そしてその合間の町。

 急上昇しつつ見たその景色を、イリスは、他の面々もほとんどが知っていた。


「ファル、シオン……!」


明日、最終回+エピローグを投稿して2章は終わりとなります。

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