聖杯
「つまり、この地下にバルドディがいて。『鍵』となる人物と接触すれば人類滅亡コースというわけですか」
「はい。清奏派は私を『鍵』とする予定だったようですが……もう一人、その資格を持つ人間がいます。儀式の準備が終了し、いつ二体目の大精霊が顕現しても不思議ではありません」
「マジかよ。俺達に世界を救えってか」
事情を聞いたギイハルトが頭を掻き毟る。
程々に楽な立場となり適当に生きるという指針を持っていたはずが、何故か人類滅亡を食い止めねばならない場所にいたのだ。想定外にも程がある。
「私はイリスと同行しますわ。せっかくついてきた意味がありませんもの」
仕事道具を詰め込んだトランクを引き摺り、アスカが宣言する。
「右に同じ」
「言い出しっぺですから。私も戦います」
「仕方がないしー、付き合ってあげるわ」
ソフィー、アーレイ、フランシスカも参戦を表明。
残ったギイハルトに、一同の視線が集まる。
「……んだよ! ジロジロ見んじゃねえよ! 行けばいいんだろ行けば!」
「いえ無理強いはしませんが。危険な仕事です、そこら辺に隠れていても構いませんよ?」
「ちくしょー! 世界救えばいいんだろクソがぁ!」
最早わざとではないかと疑うほど、イリスとギイハルトの相性は悪かった。
「って、フランシスカさん!?」
「やっほ。ちょっと生き返ったからヨロシク」
「少数での突入、2班に別れ互いを支援しながら進みましょう」
現在位置は大教会の端。初期の混乱が収まれば、敵兵士が湧くように襲ってくるであろう。
その全てを倒すことなど出来るはずがない。ならば選べる選択はただ一つ、少数精鋭での突破のみ。
「アーレイの話によると、教会中央の地下階段から先は一本道だそうです。突入班が最深部に向かっている間、防衛班が上の教会で時間稼ぎをする。あまり利口な作戦ではありませんが、人が少なすぎて取れる選択肢がそれしかない」
突入班がイリス、アスカ、ソフィー。
そして防衛班がギイハルト、アーレイ、フランシスカとなった。
「俺にアーレイさんを任せるってのはいい判断だ。俺様なら安心だし、下手に地下に連れてって鍵にされちゃ堪らねぇ。だがそっちに爛舞騎士が二人固まってるってーのはどういう了見だ?」
「……正直なところ、寒気が酷い。私はあまり戦力として数えないでほしい」
だろうな、というのが一同の感想であった。
イリスの顔はかなり青い。無理をしているのが明白であり、事実いつ倒れてもおかしくはない状況である。
「ですが突入班はソフィーの火力でゴリ押せます。幼いですが爛舞騎士、そのあたりはどうとでもなるでしょう。むしろ心配なのはそちらです、即席トリオで行けるのですか?」
前衛のギイハルト、万能型のアーレイ、後衛のフランシスカとバランス自体は取れている。
しかし優秀であっても、突出した能力を持つメンツではない。地下都市の騎士兵士が押し寄せることを鑑みれば、あまりに心許なかった。
そんな危惧を、ギイハルトは鼻を鳴らして答える。
「るせぇよ、黙って世界救ってこい」
「……ですね。ちょっと世界救ってくる」
答えねば目の前の軍人に合わせる顔がない。そう考えた二人は、それ以上不安がるのを止めた。
「とにかく、教会に突入します。そこまではスピード勝負、敵に布陣を構築される前に一気に深部まで突っ込みますよ!」
そして5分後、優秀な魔法使い達の火力にて強引に中央突破した彼らは、大教会の礼拝堂に辿り着く。
「えいっ」
ソフィーの一切躊躇なく放たれた魔法が、精霊御神体を消し飛ばし地下教会への階段を露出させる。
「防御陣営を構築する! アーレイさん、すいませんが力仕事です! フランシスカは馬車馬のように働け!」
「女女不平等はんたーい」
すぐに地下へと侵入しようとしたイリスであったが、ふと思い直し名を呼んだ。
「フランシスカ! これが最後の機会でしょうから、聞かせてください!」
「なーに!?」
「人類側に、戻れないのですか!?」
散々無理だと言われた要望。かつて父を殺したイリスには、口にする資格などない提案。
だが、それでも言わずにはいられなかった。
フランシスカが内心迷惑がっていることも、彼女自身自分の立場を疎んでいることも理解している。
それでも、一縷の望みがないかと思わずにはいられなかったのだ。
「せっかくまた会えたんです、貴女にその気があるならこちらに戻る手段を探します! その為なら実験でも解剖でもしてあげますから!」
「それホントに口説き文句ぅ? 無理だって、今もけっこう無理しているのよぉ」
―――それでも返答が変わることはなかった。
「ならなんで、私達についたんですか!」
「なんていうか、たまには人間らしいことをしたくなるのよ! 木の実や野生動物で料理作ってみたり、服を盗んできて着飾ってみたり! 動く死体の分際でバカみたいって思うでしょ!」
「思う―――ものか」
イリスは拳を握り締め、呟く。
「ただ、貴女が料理に挑む点に関してはバカだと思う……! 大クマムシを死に至らしめた事件を忘れたのですか!」
「大クマムシを殺したのはファルカタの料理よ、ばかっ!」
自然と互いに笑い合い、イリスは首を横に振る。
「死しても残る想いはある。絶対ある。それは、知っている。だから、わかる」
「あっそ。っていうか早く行きなさい、全部終わったらちゃんと私を殺してよ!」
頷き、イリスは今度こそ振り返らずに地下へと突入する。
「イリス、ご武運を」
「アーレイさんのことは任せろ。むしろくたばれ戻ってくるな、彼女は俺が嫁にする」
「貴様なんぞに娘はやらん!」
軽口を叩きつつ、イリス・アスカ・ソフィーの三名は旅の最終地点へと足を進めた。
長く暗い階段。そしてその先にはアーレイから聞いた通りの鍾乳洞。
しかしながら情報とは食い違う部分もあった。鍾乳洞が地下湖と化していたのだ。
「海の下なんだ、海水が漏れ出すこと自体は不思議ではないのだが」
敵の腹の中である。意識を切り替え、男口調に完全に切り替わったイリス。
イリスは前世の海底トンネルでは、海水がトンネル内部に漏れ出すことが珍しいことではないと知っていた。どれだけ強固な構造で構築しても、海水の圧力によってどうしても浸透してしまうのだ。
しかし鍾乳洞が形成されるには、極めて長時間風化に晒されない環境が必要となる。海水などが入り込んでは確実に構造が破壊されてしまうのだ。
「上の海水が新たに入り込んだと考えるべきですわ」
「あまりここにはいられない」
少しずつ漏れ出すうちはまだいい。
だが岩盤が水圧に耐えかねて崩落などすれば、鍾乳洞はあっという間に塩水で満たされる。
空の見えない場所で死ぬのはゴメンだと考えるイリスだが、ふと思い直す。
「いっそ、わざと海水を入れるか?」
バルドディを見捨てることとなるが、リスクは小さく確実性は高い。一考の価値はあった。
「だめ」
しかしソフィーは即座に否定する。
「海水に沈むだけでは、聖杯は死なない。あれを放置すべきではない」
「真面目なことだ、っと!」
地下教会の扉を蹴破り、3人は突入する。
そこにいたのは、殊勝な献身で不乱に祈るスヴェルの姿であった。
「―――また会ったわね、アナスタシアちゃん」
予想していたのであろう、スヴェルは振り返りもせずにイリスの偽名を呼ぶ。
「アイギスを狂わせたのは、貴女?」
「自分は間違いなく正気だ、と盲信している奴ほど厄介なものはないな」
ある種緩慢なほどに、スヴェルはゆっくりと踵を返しイリス達を見据える。
その瞳に宿るのは憤怒。それも、義憤に属するそれ。
「私―――怒ってるのよ?」
「奇遇だな、私も大概頭に来ている」
イリスはフンと小さく鼻を鳴らす。
「お前達の狼藉のせいで、ここしばらくゆっくりと空を見上げることすら叶わないではないか」
「何を……」
「イリス!」
背後のアスカの警告の声。
返事をする間もなく、イリスとソフィーはそれぞれ槍先を突き付けられる。
「またお前か、バール」
「また僕だ、イリス君!」
背後に立つ人物、それが敵となった爛舞騎士であることは気配だけで解った。
これほど疾く間合いに入り、槍を振るう人物を彼以外知らなかったというのもある。戦力外のアスカを除き、二人の動きを一瞬で封じる技量はやはり世界最強クラスの人物のそれであった。
「貴女とは、今一度話をしておきたかったの」
「悠長なことだ。お前とて鍵としての素質はあるのだろう、さっさと食われればいいではないか」
「それは、私としてもそうしたかったのだけれど」
イリスの切り返しに口ごもるスヴェル。
バールは補足するように、イリスの耳元で囁いた。
「『身内』の恥を晒すようだが、清奏派はけっして一枚岩ではない。幾つもの派閥を抱える組織だ」
そういうお前も主流派ではないだろ、と目で訊ねるイリス。
バールは薄く笑うだけで答え、言葉を続けた。
「彼女は長らく組織の求心力として、トップに立ち続けた。この世界をあるべき姿に戻すのは清奏派のほぼ全員共通の悲願といえるが、方針には大いに齟齬がある」
「つまり、ギリギリまで纏める手段が必要だったと?」
「そういうことだね」
「バール……」
誤魔化しとはいえ、内部事情を暴露する補佐役をスヴェルは窘める。
バールは槍を動かさぬまま目礼し、これ以上口を挟まないという意思表示として半歩引いた。
「それで、私とお喋りしてどうしたいんだ傀儡姫?」
「口が悪い子ね。バールを見習ったら?」
これを見習えというのか、と戸惑うイリス。
それをどう勘違いしたか、スヴェルは少し気勢を取り戻しイリスを叱責する。
「アナスタシアちゃん、自覚している? 貴女は沢山のものを他者から奪ってここまで来た。それは命だったり、財産だったり……私の、お姉ちゃんだったり。そんな人に大義は与えられないわ、正義は常にこちらにあった」
「大義など掲げねば出来ない戦争など、元より戦う根拠がない証拠だ。戦争に正義などという単語の入り込む余地があるものか。―――元より、無辜の民より奪ったものだろう」
「人は大精霊様には敵わない。そんな現実の中、私達がどれだけ苦悩したか判る? いいえ、判るなんて言わせない。だから、人は救済される必要がある―――次代の正当なる大精霊様に、人類の安全を保証して頂く」
イリスは嘲笑した。
「お前達がいう救済ってのは、つまるところ従属か」
「アナスタシアちゃんが国に従属しているのと、何が違うの? より大きな力には、抗うより巻かれるようが正しい。貴女が意地っ張りなのは解ったけれど、それに私達を巻き込まないで」
「そちらの独断に巻き込まれているのは我々なのだがな。私とあのバカは一蓮托生だ、お前達とは前提が違う」
「他に選択肢があったわけでもないくせにっ」
「あったさ、だから私はお前達の意向には添えない。そんな不明瞭で曖昧な平和に、身を委ねることは出来ない」
「このまま人類が滅んでもいいというの!?」
「誇りを捨てて生きるくらいなら、人類など死滅すべきだ」
断言したイリスに、スヴェルは絶句した。
「そんなっ!」
「正当性も正義も損得勘定も関係ない。人は尊厳足りて人足り得る。プライド捨てたらただの豚だ」
「貴女、狂ってる……!」
「よく言われる」
スヴェルにはイリスが理解出来なかった。
だからこそ、これを最後通告とすることにする。
「明けない夜はないのです。人々のことを想うのなら、運命を受け入れなさい!」
「夜明けがくるのはいつだ? 明日か、明後日か? そんな不明瞭な可能性に運命を託すなんて、俺はやだね」
イリスの本心であった。一人称が前世のものに戻ってしまう程度には、スヴェルと本心からぶつかり合っていた。
「朝を待てなかったからこそ、人は火を焚くことを覚えたんだ」
「そんな手元しか照らせぬ炎で、何を守れるというのです!」
「充分だろう、知っているか小娘」
イリスはバールに突きつけていた不変の聖水剣の剣先を翻す。
「そんなちっぽけな4000ccの炎を燃やして、ライト兄弟は動力飛行を成功させたんだ」
「―――フッ」
「っ、バール!」
笑うバール、叫ぶスヴェル。
互いに刃を突き付けていたからこそ、動き出そうと致命傷には至らない。そう確信していた二人は難なく距離を取る。
確かに奇襲の際のバールは速かった。だが、イリスの剣もそれに準ずるほどには速かった。
槍先がイリスを捉えるのとほぼ同時に、イリスが振るった不変の聖水剣はバールに向けられていたのだ。
逃走を開始するバール。
「忘れたか、バール!」
しかしイリスがスイッチを弾くと、不変の聖水剣の切っ先がモーター音と共に伸びる。
横薙ぎに追う刀身、それを風のように駆け抜け逃げおおすバール。
教会内部を大きく回り込み、スヴェルを抱えてバールは祭壇に駆け昇る。
「くっ、追いきれないとは!」
重い不変の聖水剣・機械仕掛けの神刃といえど、腕の動きで教会内全てを射程とするイリスの方が遥かに優勢なはずだった。
だがイリスの剣捌きを超越し、バールの身のこなしは機敏であった。不変の聖水剣の斬撃は飛び上がったバールとスヴェルを追い越し、調度品を薙ぎ払う。
「バ、バールっ」
突然抱えられ―――俗に言うお姫様抱っこである―――赤面するスヴェル。
バールは彼女に安心させるように笑いかけ、背後の異変に気付いた。
聖杯と呼ばれていた大きな器。その内容物が、蠢き這い出ていたのだ。
「……これは?」
「聖杯ですよ、スヴェル様」
スヴェルは困惑した。
「聖杯は我々が生み出したマジックアイテムですが、こんな反応をするなど―――」
聖杯の加護。そう組織内で呼ばれる、白い液体に満ちたマジックアイテム。
これを一口飲むことで、清奏派の者達は黒竜軍の標的とならなくなる。彼らの戦略の根底となる重要な存在。
その原理を誰も知らない。だが、全員が管理下にあると確信し疑問視はしていなかった。
「いえ、その時点で間違いなのです」
「あ」
ソフィーが声を漏らす。
「スヴェル、その男から逃げて」
「はい?」
ソフィーの忠告に、コテンと首を傾げるスヴェル。
「聖杯は使者様の敵対意識を逸らすマジックアイテムなどではありません。ただの白化汚染個体です」
ぽい、と。
バールはスヴェルを聖杯に投げ入れた。
「へっ?」
「―――準備がようやく完了したか。時間稼ぎ、苦労したぞ」
ドブンと聖杯に落ちるスヴェル。
途端、絶叫が上がった。
「あっ、痛い、痛い! 痛いいいいぃぃ! あがっ、あぎゃああっ!?」
全身を溶かす苦痛に、必至に聖杯から出ようとするスヴェル。
バールは這い出ようとするスヴェルの頭を蹴り、聖杯内に押し戻した。
「なんで、好きって言って、バール助げてぇ!」
「黙れメス豚! 僕がお前を愛してる!? 頭にウジ湧いてんじゃないか!? はははっ!」
「いだい、いだいよぉ、助けて、お姉じゃん……」
喚くスヴェルを無視し、バールは笑顔で両手を広げる。
「さあイリス君! 出席者は揃った、結婚式の時間だ!」
「その娘にも愛を囁いていたようだが。浮気性は嫌いだな」
「誤解だよハニー! フォーォォォォリィンラアアアアアアッブ!」
「いた、痛ああぁぁっ! いがぁ、がらだが熱づぅいぃ!!」
少女の絶叫をBGMとして、三人の爛舞騎士は眉一つ動かさない。
「バール。あの娘に、意図的に自分が鍵としての能力を有することを伏せていたな?」
「スヴェルがさっさと身を捧げてしまったら、僕の本懐が果たせないからねぇ! 鍵の資質はあくまでアイギス個人にあるものと誘導させてもらったんだよ!」
「その為に―――その為だけに、この戦争を起こしたのか」
バールの背後にて、白い何かが増殖する。
何もかも違うというのに、イリスはかつて目撃した超巨大竜を思い出す。
本能的に理解した。あれと同じ存在であると、人類を超越した存在に昇華した生物であると。
「―――ソフィー、お前の研究は『正解』だったようだな」
「ぶい」
『聖杯』の正体。
それは、魔獣と化した粘菌の白化汚染個体。
「スライム―――群体の白化汚染個体など、とんだインチキだ」
1にして全。全にして1。
個としての境界はなく、だが限定的ながら思考能力を有する存在。
大精霊の加護によって叡智と呼べるまでに知性を得た彼は、『分断増殖する白化汚染個体』という異常な存在だった。
「お前達が黒竜の標的とならないのは、単に得体の知れない存在と化しているからか」
「正しくはそう見える、だそうだ。『彼』の一部を体内に寄生させることで、人間を真っ当な生物ではないと認識させているらしい!」
予防接種、なんて健全なものではない。黒竜避けの手段を調べるのも旅の目的の一つであったが、こんな手段を祖国に使用させる気にはなれなかった。
後に研究が進み弱毒化したワクチンとして技術が確立する可能性はある。だが、すぐに実施可能なものでないことは間違いないであろう。
「それに、ようはマズそうだから皿の脇に避けられているだけだ。聖杯を取り込んでいても捕食された事例は存在するし、我々が人類である以上はいつかは餌になる。後回しにされているだけなのだろうな」
「ダメだろうそれは」
「そうだ、駄目なんだ。元より時間稼ぎの詭弁でしかないのだからな!」
時間稼ぎ。それが大精霊昇華の儀式について言っていることは、イリス達にもすぐに解った。
これまでの騒動も、この戦争そのものも。全ては聖杯の采配によるもの。
「この大陸全てが、そいつだったんだな」
「全てとは言わないが! 彼は世界中に触手を伸ばし、あらゆる人物や情勢の動向を伺っていたのは事実だよ!」
新たなる神を背に、バールは普段となんら変わりない様子で語る。
「どうりで。どうりで、ずっと行動を先読みされ続けている感覚があったわけだ」
粘菌は隆起し、歪な顔を作り上げる。
「お前か? ―――お前が、全てを仕組んだのか」
下手な粘土細工のようなそれは、イリスを見据えニタリと嗤った。
本来感情表現の器官を有さないソレが、人間に合わせて表したそれこそが答え。
「いや、どうでもいいことだ」
イリスは思い直す。
彼らが支配されていたのか。それとも共存共栄していたのか。
そんなことは些事でしかない。目の前の新たなる大精霊も、清奏派の狂気も本物だ。
やらなければならない。今ここで息の根を止めなければ、本当に取り返しの付かないこととなる。
「イリス、あれの相手は私に任せて」
「ソフィー?」
「あれの相手には、火力が必要」
「それは助かるよソフィアージュ君! イリス君には僕という先約があるからね!」
イリスとしても反論はなかった。
白い巨大スライムには少女のパーツが浮かぶ。明らかに四肢がバラけたそれは、しかし痙攣し脈動する。
「―――生きているぞ」
「捕食は『融合』だからね! 鍵の自意識はそう簡単には消失しないさ!」
「つくづく、間に合って良かったと思うよ……!」
アーレイがあの状態となれば、冷静に判断出来る自信はイリスにはなかった。
溶けたスヴェルの残滓。全身が溶かされ、分解されても、それぞれが機能を失ったわけではない。
分断された体は神経が魔力で代用され、血管には聖杯の成分が流れ、脳細胞すらも染まっていく。
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い」
溝の壊れたレコードのように、延々と同じ単語を繰り返すスヴェルの頭部。
ソフィーはそれを見て、不思議そうに呟いた。
「そんなの、皆言ってたわ。貴女には聞こえなかった?」
聖杯は、トプンと音を立てて消え去る。
器は残っている。だが、内容物は完全に消失した。
「消えた……?」
「まさか。この聖杯は、管で様々な場所に繋がっているからね! きっと移動を開始したのだろう!」
「いけない、地上を目指してる」
ソフィーは箒に飛び乗ると、すぐに来た道をとって返しスライムを追う。
「ソフィー!」
「任せて!」
「―――ああ、任せた!」
少女達は頷き合い、それぞれ向かうべき相手に視線を戻す。
残されたのはイリスとアスカ、そしてバールのみ。
「約束は果たしたぞ、『聖杯』。あとは好きにさせてもらおう」
バールは再度槍を構え、仕切り直す。
「立会人が1人というのも寂しいが! さあ、式を執り行うとしよう!」
「冠婚葬祭には違いないが。辞世の句でも唱えてろ!」
巻き込まれては堪らないと、教会の端に逃げ込むアスカ。
「騎士同士なのだ、ここは名乗りあっておこうじゃないか!」
「今更すぎないか、必要あるまい!」
「爛舞騎士第六位、バール・ド・デュラン! ―――参る!」
「っ、爛舞騎士第十三位、イリス・ブライトウィル! 香典など払わんぞ!」
イリスとバールの、土の国と清奏派の公式記録上最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
「コロしたいほどォ、アイしてるううぅぅぅぅっ!!」
エイプリルフールネタ、学園編より イリスのセリフ
「こんなくだらないことをする作者ではありません! きっとこのスライムも二章の登場人物なのです! きっとラスボスです!」




