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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
78/85

再会






 ミソル・アメンに拉致されて以降、アーレイの朝は遅い。

 長らく軍人として規則正しい生活を送ってきた彼女であったが、そもそも朝に強い方ではない。まして最近はお気に入りの抱きまくらもないとあって、寝付きも悪く結果朝も遅くなりがちであった。

 (フィリート)(・フィリックス)が突入してくる僅かに前。昼夜の曖昧な地下が便宜上の夜明けを迎える頃、スヴェルはいつもの洋服とは違い厳格な礼装に身を包んでアーレイの元へと訪れた。

 鐘が鳴り、皆が活動し始めた時間となっても目を醒まさない姉に苦笑しつつも、その華奢な肩を遠慮気味に揺らす。


「お姉ちゃーん? お姉ちゃんっ」


 揺すられ、アーレイは呻き声を漏らしつつ嘆願する。


「あと5センチ……」


「……距離ってのは初めて聞いたわね」


 やれやれと姉を困った目で見つめるスヴェル。しかし、これはこれで好都合なのではないかと考え直す。


「それじゃあ、お願いします」


 スヴェルが身を退けると、背後でスタンバイしていた世話係が手早くアーレイを夢の世界から呼び起こさないままに着替えさせた。

 スヴェルと同じ、水の国(ミスティリス)の儀礼礼服。髪のセットまで寝たまま済ませてしまい、双子達の容貌は完全に見分けがつかなくなった。


「――――――。」


 さすがにこうも弄られては、アーレイもほぼ意識を覚醒させていた。しかし狸寝入りしていればスヴェル他がボロを出すのではないかと期待し、かつまだ眠かったのでその本能のままに瞼を開けないことにする。


「魔力の同調も予定通り、魂魄も願いも飽和状態。あとは、(お姉ちゃん)鍵穴(バルドディ)が一つとなれば私達の悲願が達せられる」


 恍惚と語るスヴェル。

 自分とバルドディが一つとなる。意味深な言い方に、耳年増なアーレイは奇妙な想像を巡らせてしまい―――


「外の価値観で育てられたお姉ちゃんは、捕食されることに怯えてしまうかもしれません。眠ったままで地下に運びましょう」


 ―――物騒な捕食なる単語に、思わず身を震わせるところであった。


「スヴェル様、支度が終わりました」


「ありがとう。では、行きましょうか」


 晴れやかな笑みで礼を告げるスヴェル。

 しかし、ここで一つ問題が生じる。


「あの。アイギス様を、どう運びましょうか」


 スヴェルも簡単な問題にはたと気付く。

 元々は自分の足で歩いてもらう予定だったのだ。担架など当然用意しておらず、騎士も男性ばかりなので背負わせるわけにはいかない。


「んー、どうしようかな」


「女性の騎士を呼びましょう」


「居たかしら?」


 イリスやアーレイの例もあるが、やはり軍人には男性が多い。適当な人物を探そうと思えば時間がかかる。


「やっぱりお姉ちゃんを起こしましょう」


「いえ、そのような」


 妥協案を提示させてしまったことが、隊長格の男を焦らせた。


「大至急探して参ります。しばしお待ち下さい!」


「は、はい」


 一礼し、駆け足で騎士達が退室する。残ったのはアーレイとスヴェルのみ。


「―――これは、チャンスかもしれません」


 アーレイが小さく呟く。

 スヴェルの認識に間違いがあるとすれば、アーレイ―――アイギス・クレンゲル・ミスティリスという少女は外の世界で『育てられた』温室育ちの姫君ではない。

 過酷な環境に置かれ、それでも自分の意志で騎士を志すことを決め、苛烈な教練を耐え抜いた戦姫であるという事実を完全に失念していた―――




「お待たせしました。では参りましょう」


「いえ。お姉ちゃんの寝顔を見ていたので大丈夫ですよ」


 にこやかに応えるスヴェル。寝台には先程と変わりなく見えるアーレイの姿。

 呼ばれた女性騎士はぐったりと力なく眠る少女を抱き上げ、準備が完了したと首肯する。

 迷いなく歩き出すスヴェル。その後を騎士達が続く。

 しばらくして、騎士の1人がおずおずと訊ねる。


「……あの、スヴェル様。地下聖堂に向かうのですよね?」


「あ、あら。ごめんなさい、実はさっきお姉ちゃんにつられてうたた寝してしまって……少し寝惚けていたみたい」


 ぺろりと舌を出し、スヴェルの顔をした少女は臆面もなく進路を教会中心部へと変更した。




 地下教会。ミソル・アメン中心の大教会から更に地下へと潜り、鍾乳洞の内部に築かれた本当の教会。

 長い階段を降りていくと、途中女性騎士に抱えられたアーレイが目を醒ます。


「ん―――っ、ここは?」


「おはようございます、『お姉ちゃん』。まったくお寝坊なんだから」


「……えっ? えっ?」


 事態を把握出来ず首を傾げるアーレイ、もといスヴェル。

 スヴェルに成り済ましたアーレイは内心焦る。対象の意識を奪うような都合の良い魔法を習得していなかったが為に首を絞めて気絶させたのだが、あれは物語で見るほど簡単に行えるものではない。

 体術の心得えがあるアーレイがスヴェルを組み伏せるのは容易であったものの、加減が判らず首を締めたり緩めたりと繰り返し、なんとか『落ちて』くれたのだ。

 アーレイは、首を締めても人間はなかなか意識を失わないものなのだと学んだ。

 そして今、案外簡単に意識を取り戻してしまうものなのだとも学んだ。


「あっ、お姉ちゃん、私を―――!」


 都合よく気絶前の記憶を忘れているはずもなく、スヴェルは顔を青くして逃れようとする。

 しかし女性騎士はしっかりと彼女を捕まえ、けっして逃がすことはなかった。


「お姉ちゃん、この方に迷惑をかけてはいけません。もう少しで到着なので静かにして頂けますか?」


「違う、私がスヴェルよ! 皆、私さっきお姉ちゃんに殺されそうに―――!」


 きょとん、と首を傾げるアーレイ。

 そして眉を潜め、苦言を呈する。


「もうっ。私が貴女を害そうとするはずないじゃない。お姉ちゃんでも言っていいことと悪いことがあるのよ」


 その態度があまりに堂々としていた為、誰もがスヴェルの言葉を支離滅裂な狂言でしかないと信じてしまった。


「何を言って、私に鍵の資質はないのに―――!」


「―――え?」


 スヴェルは混乱し、焦る。

 アーレイは情報と食い違う彼女の言葉に、僅かに首を傾げた。


「バール! バール、いないの!?」


 喚くスヴェルに、アーレイはかぶりを振る。


「……行きましょう。使者様を前にすれば、きっと考えを改めて下さいます」


 アーレイは構わず階段を降り、鍾乳洞内の木造の足場の端に立つ。


「スヴェル様、どうなさいましたか?」


 教会に入らずに石筍を見下ろすアーレイ。

 足場の下は鍾乳洞がありのままの姿で残されている。全く手の付けられていない岩場である。


「ここ、落ちたら危ないわね」


「そうですね。まさかあの尖った石に刺さりはしないでしょうが、どこかしら怪我はするでしょう」


「お姉ちゃんをここに。―――ゆっくりとね、落ちたら大変だわ」


 意味が判らないままに、女性騎士はスヴェルを地面に降ろす。

 怯え距離を取ろうとした彼女だったが、素早く手首を掴まれ首に鋭い釘を突きつけられた。


「スヴェル様!?」


「動かないで下さい。そのまま離れて」


「お姉ちゃん……こんなことは止めて。冷静に話し合いましょう?」


 時間稼ぎではなく本心から話し合いでの事態の収束を願うスヴェルだが、アーレイはそれを拒絶する。


「私は貴女の姉ではありません」


「……目を逸らさないで。お姉ちゃんはお姉ちゃんよ。その事実は変わらない」


「こんな可愛くもない妹、欲しくありません」


 アーレイの辛辣な言葉に、スヴェルも怯む。


「どうして? どうして、そんなことを言うの? 私がお姉ちゃんを怒らせるようなこと、何かしちゃったの?」


 見捨てられた子供のように、躊躇なく振り返りアーレイに縋るスヴェル。アーレイは彼女を傷付けないように咄嗟に釘を退けねばならないほどに、スヴェルは無防備にアーレイに迫っていた。

 アーレイは事実、スヴェルにとって唯一の肉親なのだ。彼女が縋れる対象は、閉鎖的で過保護な環境だった故にアーレイ以上に存在していなかった。

 そんな血の繋がった双子の妹を、だがアーレイは非情に突き放す。


「私の姉妹はただ1人だけです。そしてそれは貴女ではない」


 これ以上抵抗されては堪らないと、アーレイはスヴェルの腕を片手で捻り上げ、もう片方の手で釘を構える。


「皆さんはこの足場の下に降りて下さい。訓練を受けた人間なら、大怪我には至らないでしょう」


 イリスなら楽に五点設地する高さである。スヴェルを突き落とせば最悪死亡するが、騎士と名乗る者が行動不能に陥る高さではない。

 スヴェルを人質にされ、渋々飛び降りていく騎士達。

 全員が降りたことを確認し、上の利を活かしアーレイは彼らに魔法を撃ち込んだ。


「なんてことを!」


 目の前で引き起こされた惨劇に、驚き悲しむスヴェル。


「私は『鍵』として食べられるなんてごめんです。バールがいうには水の国(ミスティリス)の王族でさえあればいいようですし、貴女が立候補してはどうですか?」


「―――えっ?」


 アーレイはトドメとばかりにスヴェルも突き落とし、地下都市への階段を駆け上っていった。


「痛いよぉ、誰か、誰か来て……」


 騎士の亡骸に囲まれ、腕を骨折し動けなくなったスヴェルは1人泣き続ける。

 そこに、彼女が最も信頼する騎士が到着した。


「―――大丈夫、ではありませんね。応急処置ですがすぐに治療します」


「バール!」


 スヴェルの美貌が喜色に彩られた。




 地下都市中心の大教会へと戻ったアーレイは、事前に調べておいた厩舎に向かう。

 依然として地上に戻れる算段はない。だが、これだけのことをしておきながらミソル・アメンに居残るのは危険なのは間違いない。

 教会は軍事施設とは切り離されている為に、厩舎は丘の下に拵えられている。そこまで脱獄した経験はなかったものの、聞き込みした知識や盗み見た地図を元にそこへ向かって走った。

 しかし、すぐに足は止まることとなる。


「水?」


 軟禁部屋からも見えたミソル・アメンの町。その全域が水没し、人や物が大量に浮かんでいた。

 見れば地下都市を形成するドーム状の壁が一部崩れ、水が漏れ出している。それは時間と共に穴が塞がっていき、侵入する水も次第に減っていっていることが伺えた。


「なんだかとても大きい船まで浮かんでますし……厩舎も水没してしまったのでは、逃げようにも逃げられないではないですか」


 愕然とした面持ちのアーレイ。

 彼女に声をかける存在がいた。


「―――自力で脱出してきたのですか?」


 アーレイの頭上に巨大な影が刺す。


「なんとも、助け甲斐のない姫君です」


 上空から降り立つのは、誰よりもアーレイと心を通わせたドラゴン。そして―――


「―――ふふっ。お姫様だって、か弱いままじゃいられないんです」


 最愛の少女の姿があった。







 行動不能となったスヴェルの元へとどこからともなく現れたバールは、手早く彼女の腕に添え木をする。

 スヴェルは喜ぶも、困惑していた。


「ねえ、バール。正直に答えてほしいことがあるのだけれど」


「なんなりと」


 骨折による発熱で、どことなく熱に浮かされた面持ちのままにスヴェルは訊ねる。


「私にも、『鍵』の素質があるの?」


 ぴたりと治療の手が止まった。


「どうして? それなら、私が鍵となればずっとことは簡単に済んだのに」


 責任感ある彼女にとって、我が身可愛さに命を惜しむようなことはあり得ない。

 バールが教えていれば、すぐにでもバルドディにその身を捧げていたであろう。しかしそうはならなかった。

 しばし見つめ合う二人。やがて、観念したようにバールは語り出す。


「理由は2つです。まず、儀式には相応の準備が必要となる。それはご存知ですね」


「ええ、だからこそお姉ちゃんを迎えていながらも今日まで実行出来なかったんだもの」


「はい。ですが、本命は2つ目です」


 バールは指を立て、2つめの理由を告げる。


「実をいいますと、ずっとお慕いしておりました」


 嘘であった。


「えっ、あの、その」


「いえ、いいのです。あまりに不相応な子供じみた願望であることは、重々承知しております」


「そのようなことは! 痛っ」


「スヴェル様? 動かないで下さい、お体に響きます」


 突然声を上げ、骨折した患部が軋み顔を顰めるスヴェル。


「突然、申し訳ございません。ですが、本心です。ずっとお慕いしておりました。愛しておりました。だから、言えなかった。少しでも貴女と一緒にいたいが為に、私は私欲を優先してしまったのです」


 スヴェルの心に、バールの佞言は染みるように届いた。


「いいのです。いいのです、バール」


 痛みで単純化した思考の中、スヴェルは心の赴くままに笑みを―――あまりに純粋な恋する乙女の微笑みを浮かべる。


「私も、同じ気持ちです」







 なにを言えばいいのか、声に詰まるイリスに先んじてアーレイが口を開いた。

 というより、怒った。


「こんな怪我して、また無茶をして!」


「ちょ、アーレイ、脱がさないで!」


「右足ないですよ!? どこに落としてきたんです!?」


「ちょっと犬に噛まれまして……」


 イリルム国防軍基地(ゼンフ・イリルム)の部屋で喧嘩をして以来、二人は仲直りする機会に恵まれぬままに離別している。

 些細な、しかし譲れない部分に触れてしまった喧嘩。しかし二人共明日になれば仲直り出来るだろうと考えていた。実際、平穏に翌朝を迎えればすぐにお互い妥協点を見出していただろう。

 だがその機会は訪れることはなかった。長らく、いつも共に行動していた二人は引き離された。

 期間的な話であれば、更に長い日数別々に行動していたこともある。しかし今回ばかりは違った。

 もう会えないかもしれない。そんな焦燥は、再会と共にどこかへ吹き飛び狂喜乱舞へと転じる。


「大丈夫? 頭打ってない? ちゃんと空に狂ってる?」


「大丈夫、昨晩は澄んだ星空でした」


「良かった、狂ってた!」


 イリスがアキレウスから飛び降り、転倒しつつもアーレイに抱き付く。

 極めて珍しい、イリスからの抱擁にアーレイは慌てふためく。


「い、イリス?」


「……怒ってませんか?」


「怒ってます」


  ううっ、と唸るイリス。


「こんなむちゃばかりするイリスには、いつだって怒ってます」


「はい」


「おあいこです」


「おあいこ?」


「ごめんなさい、こうして助けてもらったっていうのに、いっつも助けてもらっているというのに―――変な意地を張って」


 イリスの頭を撫でつつ、自嘲するアーレイ。


「嫌な人ですね私って」


「まあ確かに、ちょっと面倒くさい奴だとは思いましたが」


「正直なことは時に美徳ではないと考えます」


 ふと思い出し、イリスは格納魔法より取り出したイヤリングを取り出す。

 翼を象った細工と、淡い青色の真珠。イリスはアーレイの右耳にそれを優しく装着する。


「仲直りの印です。もううだうだ言い合うのはやめましょう」


「……ですね」


 少女達は笑い合う。

 再会の挨拶など、それで充分であった。

 アーレイはイヤリングを外し、左耳に着け直す。


「えっと、左右に意味があるのですか?」


「ないですよ?」


 笑顔で答えるアーレイ。

 なら何故付け直した、と問うより早く上から声が落ちてきた。


「アーレイさん、お久しぶりです!」


 フリールに騎乗し、調子のいい笑顔にて降下してくるギイハルト。

 なんでこいつがいるんだとアーレイは僅かに眉を潜め、しかし有り難い救援であることには違いなく笑顔で対応する。


「お久しぶりです、ギイハ」「撤退だ!」


 イリスの判断は早かった。アーレイの言葉を遮るほどに。

 『遠すぎる空作戦』の目的、敵重要拠点の攻撃は果たされた。アーレイとバルドディの救助は「ついで」としての、イリスの私的な意味合いが強い。

 まして、生死不明のバルドディがここにいるという証拠は―――敵の証言と、かつてこの都市に侵入した際の『勘』だけだ。

 アーレイを確保した以上、長居することは出来ない。指揮を託されている身として、それくらいの分別はあった。


「脱出ルートは私が先導する! アキレウス、もうしばらくは私が騎手だが我慢してくれ!」


 アーレイを片手で引き上げ、アキレウスを翻すイリス。

 撤退の指示に物申したのは、他ならないアーレイであった。


「待ってイリス、このままじゃ人類が滅ぶの!」


「……いやそう言われても」


「イリスならなんとか出来ます! 世界を救って下さい!」


 イリスは帰って寝たい気分であった。



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