ファルシオン奪還1
会議は踊る、されど進まず。
いつまで経とうと纏まらない会議を揶揄した有名な言葉だが、実のところ踊っているだけマシという見解もある。
どうしようもない会議は踊りすらせず、ただただひたすら時間を浪費する。そんな状況に陥るパターンは大まかに二通りであろう。
特に意見もなく責任を背負いたくない者ばかりであるか、或いは有意義な意見を誰も出すことが出来ず行き詰まっているか。
クルツクルフ城の会議室に漂う空気は、まだ幸いなことに後者を理由とするものであった。
「……ここまで悲惨なのかよ、ファルシオンは」
今更知ったわけではないが、それでも改めて纏められたレポートを前に女王フランは顔を顰めた。
人は資源として解釈することが出来る。労力や税収の宛てとしてならばいいが、文字通りの『消耗品』として浪費意されるファルシオンの住人にフランは憤りを覚えた。
当然である。ファルシオンの人々はフランの国民であり、国外の者にどうこうされる謂れはないのだから。
「男性は鉱山奴隷として7割が死亡。老人は餌として全滅。女性は慰み者にされた後、やはり餌にされたりどこかに連れていかれた。奪還したところで、もうファルシオンは再起不能だな」
それ自体を目的としているわけではないが、結果としてはほとんど民族浄化に等しい。
各方面から放たれたスパイ達が集めた情報は、ファルシオンの悲劇を正しく会議室に再現していた。
自国の民を痛みつけられ、何も感じないほどフランは冷たい人間ではない。
「あまり感情的にならないで下さい、陛下」
「なってねーよ。舐めとんのか」
重鎮の1人の窘めの言葉は、やや的外れなものであった。
フランは冷静である。どれほどの状況であろうと、そうそう取り乱すことはない。
「つーか悲惨なのはどこも同じだろ。クルツクルフも大概だ」
フランは立ち上がり、窓から城下を眺める。
そこには城外に出ることも出来ず、飢えに耐えながら無為に時間を過ごす人々がいた。
かつて豊かとはいわずとも、様々な食料が流通していた市場。しかし今は芋一つ置かれておらず、雑草すら食い散らかされた有様だった。
「飢える寸前まで配給を絞っています。いえ、既に餓死者の報告も多く上がっております」
「それもこれも、前線が徹底的に後退しちまったからだ。人ってのは生きるのに意外と面積が必要なんだな」
蠕虫の喰穴は88カ所。黒竜によって大陸中のあらゆる町や村は全方位から侵攻されている。
本来ならば防衛不可能な町や村の住人を切り捨てなければならないところだが、フランはそれを良しとしなかった。
住人と物資をピストン空輸。クルツクルフとその周辺に避難させ、その外周にこれまでにない重厚な防衛線をはったのだ。
「だがこれじゃあ駄目なことは、歴史が証明している。風の国も火の国も、黒竜軍を真っ向から迎え撃った末に破綻し滅んでいる」
「いやそれ以前の問題です。―――食料が足りません」
会議室に沈黙が降りた。
「……やはり駄目か?」
「何度も試算し直しましたが、どう切り詰めても冬を越せません」
穀倉地帯は完全に敵勢力圏。そして、クルツクルフ周辺には数百万の避難民。
非常時用の備蓄は多少残されていたものの、そんなものはあっという間に浪費された。
いわば補給援軍の宛のない籠城戦。このままでは滅びは必至であり、そしてそれを打開する策を誰も見い出せずにいた。
いや、見い出せてはいた。だが誰も実行を決断出来なかったのだ。
「あー、畜生! やっぱ欲張らずに町なり村なり切り捨てるべきだったわー!」
「せめて陛下はしっかり食べてください。貴女が倒れては国が倒れます」
魔法大臣のスティレットが進言する。しかしフランは吠えながらも拒絶した。
「あたしだって食べてーよ! 誰が率先してダイエットするかよ! 貧乳に生きてる価値なんてねーんだよ!」
遥か遠くの船の上で、とある爛舞騎士の少女達がイラっとした。
「でもあたしの肌艶が良かったら、それこそ暴動が起こるじゃねーか! あたしはガリガリになんなきゃいけねーんだよチクショー!」
敵勢力は地獄。内地も飢餓。
人類がいかに脆弱なバランスの上に成り立っていたかを、国の重鎮達は目の当たりにしていた。
吠えた後に、フランは力なく椅子に戻り指示する。
「……やせ細ってしまったら、反撃もままならんだろう。残り2ヶ月を目処に、配給を増やせ」
「2ヶ月以内に、事態を打開する算段があるのですか?」
「ねぇよ。ねーけど、気になることはある」
脳裏に浮かぶのは、フランの最も身近にいた爛舞騎士の少女。
極秘作戦に従事するとの手紙を受け取って以来、一切の音信はない。だがどこか確信があった。
反撃の狼煙を上げるとすれば、やはりイリス・ブライトウィルであると。
「―――くそっ、また『英雄』頼りかよ」
呟きは何名かに聞こえたが、重鎮大臣達も聞こえなかったふりをした。
不甲斐ない心持ちなのは、彼らとて同じなのだ。
「貴女は弱くなりましたな」
ふと、スティレットが主を評する。
「昔ならば、『顔色悪い化粧をすればいい』と遠慮なく食事をとっていたはずです。そして、責任ある王としてはそれが正解です」
るせぇよ、とフランはスティレットを睨んだ。
「どっかの空バカの影響だろ。ふん、あたしも俗になっちまったもんだ」
「正しい判断ではありません。ですが、上に立つ人間は少しは抜けていた方がいいのかもしれません」
「その方が愛嬌があるってか? ばかいえ、あたしは最初から愛嬌マックスだっての」
「昔、知り合いの少女が言っていました。神輿は頭が軽い奴の方が持ち上げやすい、と」
「あんにゃろ……」
会議の議題に似つかわしくない、弛緩した空気が僅かに流れる。
「ばかばかしいですな」
しかしそれを、大臣の1人が切り捨てた。
「陛下、ご決断を。今からでも人類の何割かを切り捨てれば、冬を超えることは出来るのです」
「むむむ」
その大臣はリスクを嫌うことで有名な男であった。
国家運営としては間違っておらず、必要なタイプの人間である。しかしイリスを信じたいフランとしては、中々に厄介な相手であった。何せ正論なのだから。
「これが計画書です。どうかご検討下さい」
フランの前に紙の束が差し出される。
それを受け取り、じっと見つめるフラン。
「―――お前の愛国心は尊敬に値するよ。それは勘違いしないでほしい」
そう念を押して、フランは計画書を大臣に返した。
「陛下?」
「駄目だ、こんな計画。ここはあたしの故郷なんだよ」
机をばんと叩き、ぎろりと重鎮達を見据えるフラン。
「ここはあたしの国なんだよ」
「―――はい、そして自分の国でもあります」
負けじと睨み返す大臣。
やはり得難い男だと思いつつ、それでもフランは述懐する。
「散々逃げてきた、これ以上どこに逃げるっていうんだ」
「しかし、それでは!」
「あたしのダチがいっていた、風がなけりゃ起こせばいいって。やる気のない奴に神風が吹くかよ!」
静かに声を荒げたフラン。
けっして声量が大きかったわけではない。しかし、その声は確かな迫力を秘めていた。
そしてそれに呼応するかのように、事態は動き出す。
「―――報告しますっ!」
突然上級士官が飛び込んできて、直立不動で口頭報告をする。
「蠕虫の喰穴が一部、自重で崩落しました!」
ざわり、と変化した空気が質量を以て動く。
「詳細!」
「各地で不自然な地震が観測され、その後蠕虫の喰穴の一部崩落が目視にて確認されました! 観測班によれば、トンネル内部の構造体が失われたらしいとのことです! その後現地指揮官の指示で検証が行われた結果、何らかの理由によって蠕虫の喰穴は埋め立てが可能な状態に変化したと結論付けられました!」
会議室に動揺が走る。
今まで蠕虫の喰穴の埋め立てによる封鎖は一切上手くいかなかった。しかし、何らかの異変がおきたのだ。
更に立て続けに報告は続く。別の兵士が次々と飛び込んできたのである。
「敵の動きに乱れが生じています! 指揮系統に混乱がおきているようです!」
「諜報科によると、どうやら敵の保有する穀倉地帯が襲撃されたと……!」
「伝令! 伝令!」
最後に駆け込んできた兵士は、いよいよ確信を告げる。
「―――ヘスコ基地より緊急報告! 『遠すぎる空作戦』なる作戦が、当初の予定から変更があったものの概ね目標を達成したとのことです!」
ククリが伝えた、ラサキへの攻撃に関する報告。
多数の兵を経由し、遂にそれはフランに伝わった。
「―――あはは」
場に似つかわしくない笑い声に、一斉に視線がフランに集まる。
「あはは、はははは!」
声高らかに笑うフラン。
いつもなら「またこの人はおかしなことになっている」と済まされたであろうが、今日ばかりは違った。
やがて伝播し、会議室には笑いが満ちていく。
「……はは、ははは!」
「……ふぁっふぁっふぁ!」
「……ひひっ、ひはははっ!」
狂ったように笑う大臣職、将軍、その他諸々。
当然であった。どれだけ鬱憤を溜め込んでいたか、どれだけ我慢を強いられてきたか。
飛び込んできた報告は、それを一蹴するには充分な意味を有していた。
そして、笑いが止んで一言。
「好機」
フランが壇上に立ち、叫ぶ。
「待ちに待った好機! てめぇら、総反撃じゃあああっ!! 大反撃じゃああああああっ!!!」
『おおぉーッ!!』
一斉に頷き、各々の役割を果たすべく解散する要人達。
遂に土の国の本格的な反攻作戦が開始される。
反撃の第一段階は蠕虫の喰穴の埋め立てであった。
民軍問わず土竜を動員し、疎開地近郊の特に危険性の高い蠕虫の喰穴15箇所に土砂を放り込むことで封鎖する。そしてそれが再開通しないことを確認し、軍は本格的な行動を開始した。
徹底的に練られた事前図上演習、それを完璧になぞる形で動く8つの騎士団。
王都を守る第一騎士団。
機動的な遊撃戦で戦線を維持する第二騎士団
遠征を得意とする第三騎士団
対地攻撃を主任務とする第六騎士団
教導隊としての側面を持つ第七騎士団
多様な人材が揃い汎用部隊とも呼ばれる第八騎士団
少数精鋭にて特殊作戦を遂行する第九騎士団
そして更に、予備役であった人々を招集し臨時編成された第十三騎士団
その他地方軍も含め、合計824騎の竜騎士が同時に組織的行動を開始したのである。
無論、その全てがファルシオンに向かったわけではない。むしろ今作戦は『如何に黒竜軍に対して隙を作らずファルシオンを攻撃するか』が要点であり、対人戦を担当するのは第六騎士団と第七騎士団のみだ。
それだけであった。
それで充分であった。




