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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
73/85

遠すぎる空作戦4




 敵の反撃が組織的な連携を失ったことを確認し、イリスはククリに合図を送った。

 翼箒(ブルーム)で艦橋から飛び出し、甲板に出て魔法を空に放つ。


「っ、退却の合図だ!」


 空に咲く魔法の花。それを確認したククリとブージは、艦首のスロープを駆け上り甲板へと帰還する。


「―――ただいま!」


「はいお帰りなさい! すぐに準備するぞ!」


 ブージは甲板に辿り着くとすぐさま、艦首に固定されていたスロープを後ろ足で蹴り飛ばして海中に沈める。

 重量級のブージを支えられる強度の足場である。相応の重量があり、(フィリート)(・フィリックス)は衝撃で盛大に揺れ動く。

 エンド・エンドの穿った湾の底へと、一気に沈んでいく使い捨てスロープ。

 その端には太い鎖が繋がっていた。本来(いかり)が繋がっていた、錨鎖である。


「数分でソフィーは三発目を撃つぞ、急ごう!」


「うん!」


 イリスとククリは事前の練習の通り、汎用装甲騎竜鎧(タンクチェイル)を手際よく解除していく。


「こっちも外すぞ、足に注意!」


「了解!」


 次々と、改めて見ると馬鹿げているほどの装甲板を外していく。やがて裸の状態になったブージは、次なる装備を格納魔法より出現させた。

 戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)。本来最高速度時速200キロでしか飛行出来ない土竜(アークリア)を、超音速まで加速させる狂気の道具。

 兵器としては新鋭の部類だが、イリスにとって扱いは既に慣れたもの。ブージは筒を束ねたようなそれを背負い、甲板の最後尾まで走る。

 全通甲板の距離は、船首から船尾までおよそ100メートル。

 滑走距離は、あまりにも足りない。戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)の出力を以てしても、本来飛行能力のない老成土竜(アークヴィリア)を離陸速度まで加速させることが可能な距離ではない。

 ブージが全速力で甲板を駆け抜け、戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)を出力全開のままに離艦したとしても、やはりラサキの町に墜落する。

 無論そのことを、イリスが見越していないわけがない。


「―――ブージ、これを!」


 イリスが太いロープを引っ張ってくる。ロープは艦首あたりの甲板に開けられた穴から始まり、ブージのいる船体後部まで真っ直ぐに伸びていた。

 ブージはロープ先端のマウスピースを噛み、翼を広げ身を低く構える。

 戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)の調節を行っていたククリも背に乗り、全ての準備は完了した。


「本当に1人で国まで戻れるのだな?」


「うん、戦うこと以外なら正規騎士にも負けないつもりだから」


「大きく出たな。頼む」


「任せて!」


 準備を終え艦橋へと戻るイリス。ククリとブージはそれを見送った。


「……ご武運を」


 ククリの役割は戦いを見届けること。そして報告すること。

 遠く、甲板の舳先よりずっと先をククリは見据える。


「死なないでよ、イリス。まだ伝えてないことが沢山あるんだ」




 真摯に祈るククリを尻目に、三度目となるソフィーの魔法エンド・エンドが発動する。




 海水に流され、再び動き出す(フィリート)(・フィリックス)。そして、海底に沈んだスロープは錨鎖を強烈な力で引き絞る。

 錨鎖を巻き上げる車地。車地には一回り大きなプーリーが直結されており、そのプーリーこそがブージの咥えたロープと連結されている。

 海底に伸びた鎖が引かれれば、ブージの噛むロープはどうなるか。そんなことは明白だ。

 猛烈に牽引され、圧倒的重量を超加速させるブージ。戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)の恩恵など微々たるもの、ほとんどの力をロープ式のカタパルトに頼り少女と老成土竜(アークヴィリア)は甲板上を一気に加速していく。

 ……それでも尚、やはり速度は足りない。ソフィーの脇を通り抜けて船首より飛び出したブージは大きく沈み―――


「ん、だいじょうぶ」


 ―――そして、上昇!

 必要な速度を得た老成土竜(アークヴィリア)は、安定した飛行へと移行する。

 イリスはそれを、満足げに見上げるのであった。




 更に大陸内部側へ移動する(フィリート)(・フィリックス)。既に浜辺は遠く離れ、3キロも内陸に入り込んでいる。

 明らかにどこかを目指している。ならばこの先に何があったか、とスクトゥムは地図を懐から取り出す。

 結論は明確であった。図としてみればあまりに明白であったが、突拍子がなさすぎて彼は完全に考えからその可能性を排除してしまっていた。


「―――まさか」


 スクトゥムは気が付いた。

 船が徐々に、海水の流れに乗りながら蠕虫の喰穴(ワームホール)に近付いていることに。


「まさかお前達の狙いは!」


 ギイハルトとフランシスカが(フィリート)(・フィリックス)に着艦する。資材不足、そしてブージの離艦距離の確保も艦上部構造物の撤去理由の一つであったが、この瞬間に迅速に着艦作業を行うのもイリスが全通甲板を採用した根拠であった。

 2騎のドラゴンが(フィリート)(・フィリックス)の甲板に描かれた『不』のような模様を目印に、同時に降り立つ。これまでは1騎ずつしか行えなかった作業を、短時間で完了してみせたのである。


「ラサキの制圧でも破壊でもない、お前達はそもそもラサキが目的ですらなかった!」


 そして、最後のエンド・エンドが放たれる。

 海水が蠕虫の喰穴(ワームホール)に流れ込み、(フィリート)(・フィリックス)もそれに伴い飲み込まれていく。


「貴様ら、貴様ら―――我らが本拠地、ミソル・アメンに直接殴り込みをかける気か!!?」


 狂っている。正気ではない。スクトゥムは何度目になるか判らないが、敵将の正気を疑った。

 確かに竜騎士(ドラグーン)が地下に侵入するという可能性については前々から想定されていた。そうなった場合に際して、訓練も行ってきた。

 だが―――あの巨大な船を丸ごと地下に押し込もうなど、誰が考えようか!


「あああっ、汚点だ、大汚点だぁああああっ! くそが、くっそおおおっ!」


 スクトゥムの絶叫が轟く。

 船は既に、地下世界へと旅立っていた。




 蠕虫の喰穴(ワームホール)の壁から白い触手が伸び、(フィリート)(・フィリックス)の行く手を阻もうとする。

 無駄であった。圧倒的な排水量を誇る(フィリート)(・フィリックス)の前に、あまりに無駄であった。

 (フィリート)(・フィリックス)は破城槍の如く白い『何者か』を突き破り、振り切り、吹き飛ばしながら進む。

 船だけであればすぐに引っ掛かって止まってしまうであろう。だが後ろから莫大な海水が押し寄せ、船を無理矢理前進させているのだ。


「よしっ、行ける!」


 イリス達を阻む最大の敵、『白い地面』。可能な限り地面に降りず、なおかつ一点に留まらず進むには身を守る鎧を着込むしかない。

 当初はドラゴンによる飛行侵入も考えたイリスだが、それでは足りない。必要不可欠だったのだ、この世界最強の防御を誇る動く鉄の城が。


「進め(フィリート)(・フィリックス)、水洗トイレを流れる汚物のように!」


「表現が汚いですわ!」


 触手の動きが止む。

 諦めたのではない。遥か先に、何重にも折り重なった触手が見えた。逐次伸ばしていては破られる。なので可能な限り分厚くし、一気に船を止めることにしたのだ。

 重なり、絡まり壁となった白いナニカ。巨人のスクラムのように鉄壁の城壁と化したそれを―――

 ―――槍の切っ先となった(フィリート)(・フィリックス)が、それを推し進める海水という大質量が打ち砕く。


「水は想像以上に重いぞ、お前のような気色悪い軟体が防げると思ったか!」


 地下を進む(フィリート)(・フィリックス)は、何度も壁にぶつかり壊れながらも目的地―――地下トンネルの中心、ミソル・アメンを目指す。

 全ての道はローマに続く。これはローマを中心に放射状に街道が伸びたことに由来する言葉だが、蠕虫の喰穴(ワームホール)もまたミソル・アメンを中心に全方位に伸びているのだ。

 つまりは、流れに任せていればやがて目的地に辿り着く。


「これ、敵の本拠地も水没するんじゃないか?」


 フリールを厩舎に入れたギイハルトが、首をコキコキさせつつ艦橋に入り訊ねる。

 水攻めで終わればそれはそれで結構なことだが、そうなると囚われているはずのアーレイまでも溺死させてしまう。それはギイハルトにしても面白くなかった。


「別にミソル・アメンまでずっと下り坂というわけではありませんよ? 通常航行をせねばならない箇所もあるはずです」


 ククリとブージを戦闘から離脱させたが、本来の外輪航行が不可能なわけではない。ドラゴンはまだ3騎も乗り込んでいるのだ。


「その場合はアキレウスに水を出してもらいつつ、地道に進んでいくとしましょう。皆さんは交代で休んで下さい」


「なにお前上司みたいなこと言ってんの? 馬鹿なの?」


「大怪我をして戦えない、か弱い美少女からのお願いを無下にするのですか?」


「はぁー?」


 お前のような美少女は願い下げだ、とギイハルトは鼻を鳴らして退室する。


「結局、私の出番はありませんでしたわ」


 横倒しとなったトランクの上におすわりするアスカが、面白くなさそうに呟く。


「結構なことではないですか。万事順調に進んでいます」


「そうですの?」


 アスカはじっとイリスを見つめる。


「あまり具合が良くないようにお見受けしますが。暗示魔法で誤魔化していようと、体が思い通りに動くわけではないのでは?」


「―――さて、どうなのでしょうね」


 この期に及んで誤魔化すイリスに、アスカは溜息を吐く。


「いけず」


「よく言われます」


 ミソル・アメンまでは、まだまだかかりそうであった。







「なんてことだ! どうすれば、どうすれば!」


 前代未聞の大失態。頭を抱えるスクトゥムに、部下達も必死に指示を仰ぐ。


「我々は、我々はどうすれば!?」


「ええい、知るか! 自分で考えろ!」


 完全に責任を放棄したスクトゥムの物言い。もっともそれは、スクトゥムに訊ねた下級士官も同様であろう。

 誰もがパニックに陥り思考を放棄しかけていた。まだスクトゥムは冷静な方なのだ。


「挽回せねば、どうする、どうする……!」


「とにかく、ミソル・アメンに向かいましょう!」


 1人が意見具申する。具体性が完全に欠落しているが、それでもまだ建設的な意見であった。

 しかしスクトゥムはふと目を見開き、ニヤリと笑う。


「……いや。ファルシオンに向かうぞ! あそこには戦力が集中している、部隊を引き連れてミソル・アメンに戻るのだ!」


 一見、具体的で冷静な意見にも聞こえる発案。

 しかしあまりの大距離移動、そう上手くことが進むとは部下達には思えなかった。


「間に合うのでしょうか?」


「今のラサキの戦力で増援にいったところで焼け石に水であろう! 急いたところで事態は好転などせぬ、今は冷静に動くのだ!」


 確かに、と士官達は納得し命令を実行すべく動き出す。

 だがスクトゥムはむしろ、ミソルアメンの防衛隊には消耗してもらおうと考えていた。

 堕ちる寸前で強力な増援を引き連れて颯爽と現れる。権威の回復にはもってこいのシチュエーションだ。

 落ちた名声の再起も可能かもしれない。しかしそんな思考に水を刺すように、部下が報告する。


「しかし―――!」


「なんだ!?」


「ラサキから、聖杯の加護がなくなっております!」


 言われ、スクトゥムは地面を見る。

 見慣れた白い地面は失せ、土色の地面が剥き出しになっていた。


「このままでは、ラサキは、ここに住む民間人が! 対処せねば―――」


「うるさいうるさいうるさい! 民草の命など目的の前には塵に等しいのだ、恨むならそのぬるい覚悟を恨むのだな!」


「そんな!」


 愕然とする部下を無視し、スクトゥムはファルシオンへの移動を開始する。

 蠕虫の喰穴(ワームホール)は海水が流れ込んだとはいえ、完全に水没したわけではない。内部を飛行し移動することは可能な状態だ。


「これよりミソル・アメンへの援軍部隊編成を行うべく、ファルシオンへ向かう! 大事の前には小事は切り捨てられるものだ、その献身に心を射たれつつ作戦を遂行せよ!」


 なけなしの士気を回復させようと、スクトゥムは叫ぶ。


「奴らの非道な不意打ちに、正義の鉄槌を下すのだ!」


 声高らかに叫んだものの、彼が期待したほどの喝采はなかった。

 離翔する生き延びた竜騎士(ドラグーン)が、蠕虫の喰穴(ワームホール)に突入していく。

 残された士官の元に伝令が駆け寄った。


「し、使者様が、黒竜(ダークドラゴン)が大量に押し寄せてきます! 明らかにラサキへ指向しています!」


「ああ、もうお終いだ。我々はまだ成すべきこよがあるというのに―――」







「敵重要拠点の撹乱―――『遠すぎる空作戦』の成功を確認!」


 スクトゥム達とは対照的に、ククリはイリス達が去ったのを意気揚々と見送っていた。

 戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)を使用し、空から作戦の顛末を見守っていたククリ。

 しかしその役割も果たされ、ブージは一路土の国(アーヴェルア)への空路を取る。

 ククリの使命、それは友軍に敵の足並みが乱れたことを報せること。

 ブージの巨体では王都クルツクルフまでの飛行は難しい。だがヘスコあたりまでなら飛べる計算だ。あとは友軍に伝達を任せればいい。


「僕とブージでは、地下からの帰還は望み薄だ。だから、せめて伝えないと―――!」


 単独長距離飛行が可能な人員ならば、負傷兵であるイリスと、本来は諜報員でしかなかったギイハルトがいる。

 しかしイリスは民間人であるククリの帰還を優先し、ギイハルトもそれを当然のことと了承した。


「これで僕の戦争()はお終い、か。抜け駆けみたいで心苦しいけど」


 自分のみ先に安全圏に戻ることに罪悪感を感じつつ、それでもイリス達の託した想いに応えるべくブージは飛行する。

 音速を超え、海を超え。

 数時間後、ククリは友軍に合流を果たしたのであった。







「―――時が来ました。崇高なる人が、親愛なる隣人が救済されるべき時が。恐れる必要はありません。それは死を超越した世界。私はそれを見てきたのです。地平線の果ての浄土を。蛮族たる異教徒は我々を畏れます。人とは未知を畏怖する生き物だから。ですが、それを嘲笑してはなりません。我らもかつてはそうだったのですから」


 群衆は空から迫る黒竜(ダークドラゴン)を、恍惚とした目で見上げる。


「救済とは始まり。救済とは変革。そこに苦痛はなく、真に殉じた者のみが因果の先への扉が開かれる。ああ、なんて健やかな心持ちなのでしょう。使者様は仰いました。『そのことを、1人でも多くの異民族に報せよ。それこそがそなた達の至上の命であると』」


 目の前に降り立った黒竜(ダークドラゴン)。知能のない彼らは、逃げることもしない餌を前に疑問に思うこともなく牙を開く。


「我ら、清き交響曲(ソナタ)を奏でる者達。故に名乗りましょう、この身は清奏派(セインレイト)であると―――」


 黒竜(ダークドラゴン)が、祈りを唱和する彼の胴体に食らいつく。

 内蔵を噛み砕き、様々な体液が撒き散る。人間の内側の臭いが充満し、男は違和感を覚える。


「なんだ、この感覚は」


 千切れた自分の胴体を見下ろし、その五感が事前情報と食い違うことに思い至る。


「おかしい、どうして? どうして―――痛いんだ?」


 周囲では食われ、悲鳴を上げる知人達。

 ククリがラサキを発って数十分後、数百匹の黒竜(ダークドラゴン)がラサキを襲う。

 彼らは彼らの価値観に従い抵抗もせず、ただの1人残らず餌となった。

 人類種救済の場となったはずのラサキには、救済には似つかわしくない悲鳴が常に響いていた。



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