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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
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遠すぎる空作戦3




 魔法で大穴を開け、こともあろうか地上であった場所にまで進行した(フィリート)(・フィリックス)

 まだ災厄は終わらない。そう感じる兵士達に、待ちに待った声が届いた。


「連携を乱すな! 踏破せし教化(レベデンコ)、前に出ろ!」


 スクトゥムが踏破せし教化(レベデンコ)部隊を引き連れ、現場に到着したのだ。


「小癪な、船ごと突撃など! だがっ!」


 踏破せし教化(レベデンコ)。直径約9メートルの巨大な車輪を有する、原始的な戦車である。

 重量28トンの装甲板は伊達ではない。敵の弓矢を、魔法を弾き返し一方的に攻撃する盾にして槍は、(フィリート)(・フィリックス)の前に超然と立ち塞がる。

 大きさは当然劣る。しかし踏破せし教化(レベデンコ)の強みは機動力。

 老成土竜(アークヴィリア)が牽引する踏破せし教化(レベデンコ)には優秀な魔法使い達が乗り込み、適切な攻撃位置につくべく疾走する。


「おおっ、我らが切り札が来たぞ!」


「戦場の花だ! 勝ったな!」


 ファルシオン制圧に際する武勇は誰もが聞いていた。実際に見ていた者も多い。

 強力無比な新兵器に、兵士達の士気が再び上昇する。


「上空の土竜(アークリア)は町を攻撃するのに忙しいようだ、ここを攻撃しているのは黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)のみ―――まだやりようはある!」


 地面を消し飛ばした敵の魔法、エンドエンドはあまりに使い勝手が悪いことは明白。事実ソフィーは二発目を放つべく準備中であり、(フィリート)(・フィリックス)は沈黙している。

 今が好機。そう誰もが考え―――それすら甘い考えてあると、思い知らされる。


「ぐああっ!?」


 突如、一両の踏破せし教化(レベデンコ)が爆ぜる。

 魔法と呼ぶにはあまりに前兆がなく、強力過ぎる一撃。そも、あの分厚い鋼鉄の装甲を如何に貫いたというのか。

 その理由を探らんとスクトゥムは目を凝らし、そして船の上に立つ巨大なドラゴンを発見する。


「あれは―――踏破せし教化(レベデンコ)、なのか?」




 甲板に待機していたククリとブージ。艦首部分に増設されたスロープを押し出し、1人と1匹は坂を降りて海上に『降り立つ』。

 ブージは海水の上に立っていた。圧縮空気を足元から噴射し、極低い高度をホバリングしているのだ。


「ブージ、行けるね」


 ククリは背後のバスタブのようなコックピットから、相竜(バディ)に語りかける。

 エアクッション艇。超重量を誇る老成土竜(アークヴィリア)のブージは、地球でそう呼ばれる方法で水面での行動を可能としていた。

 その身に纏うのは鉄の鎧。元より撃破が困難とされる土竜(アークリア)、その全方向……特に前面装甲を徹底的に強化した急造ながら極めて重圧な竜鎧(ドラゴンチェイル)を身に着けているのだ。

 そして胴体の下には船内に積み込まれていた実弾砲(マテリアルカノン)。口径2・5寸、全長4メートルもの鋼鉄の槍。

 リボルバー方式の弾倉から次弾が送り込まれ、圧縮空気が充填される。

 ククリはイリスの指導通り、踏破せし教化(レベデンコ)に狙いを定め引き金を引く。

 秒速500メートルで放たれる徹甲弾が踏破せし教化(レベデンコ)の分厚い―――貧相な装甲を破り、内部の人間を塵に帰した。

 敵を撃破するという達成感に浸るククリだが、すぐに敵の反撃が降り注ぐ。

 魔法や矢による攻撃の雨。それは前面投射面積を最小に、その代わりに強固な守りを得たククリ達にとって正しく霧雨。

 静止していたことからそれなりの命中があったものの、ブージは揺るぎすらしない。


「留まってちゃいけないんだった。ブージ!」


 ククリの指示を受け、ブージが足を器用に動かす。

 超重量を浮遊させる圧縮空気が偏向し、彼は重量に見合わない機敏な加速を披露した。


「は、速い! 踏破せし教化(レベデンコ)の速度では対応出来ない!」


「当たってもまったく効いていないぞ! まさか、こちらより守りが上なのか!?」


 踏破せし教化(レベデンコ)の移動速度はおよそ10キロ。ククリとブージの速度は50キロほど。

 完全に一方的な戦闘を可能とする速度差である。更にいえば、装甲でも完全に優越していた。


「くそっ、止まれ、止まってくれぇ!」


 敵魔導士の叫びも虚しく、魔法を弾きながら更に一両を撃破するククリ達。

 動力こそ同じ老成土竜(アークヴィリア)だが、箱という形で表面積の大きな踏破せし教化(レベデンコ)の装甲とは違い、ブージが身につけるのは肉体に密着する鎧型の装甲。

 正面を特に厚く設計し、傾斜装甲や空間装甲の概念すら取り入れたそれは完全に過剰防御。

 まず、当たらない。戦場をホバリングで走り回るククリ達に照準を定めることも叶わず、そして着弾したところで微塵もダメージが通らない。

 これほどの理不尽があろうか。防衛部隊の兵は絶望的な心境に陥った。

 ククリ自身も鏡による外部観察、ペリスコープにて戦場を把握している。ブージに至っては頭部を完全に装甲で覆っており、呼吸用の穴はあれど視界を確保する為の窓は用意されていないのだ。

 視界をゼロにしたドラゴンを操る。竜騎士(ドラグーン)であるイリスは当然その困難さを理解しており、更にほとんど練習する時間もなく不慣れなホバー移動や実弾砲(マテリアルカノン)の操作までを1人で行わければならないのだ。

 完全にオーバーワーク。しかし、ククリはあっけからんとイリスに言った。

 「いけるよ」と。

 ククリはプロフェッショナルであった。そしてブージを信頼していた。

 そして、彼女達は自らの使命を果たす。ククリは巧みにブージを御し、全ての踏破せし教化(レベデンコ)に鋼鉄の牙を撃ち込んだ。

 ―――『汎用装甲騎竜鎧(タンクチェイル)』。後に地上戦を変える新兵器のプロトタイプは、現地改修という形で生誕したのであった。




「やはり彼らは、対戦車戦を考慮していない」


 艦橋にて、イリスは安堵する。

 事前の情報を考察し、彼女は一つの結論に達していた。

 踏破せし教化(レベデンコ)は歩兵戦車―――歩兵の支援を主任務とする、同等の相手を敵に回すことを考慮していない兵器である。


「戦車に求められる能力は多々存在する。重装甲など正面だけで充分、他の方向に回り込まれるのならばそれは単に戦術的敗北だ。砲は一つで充分。ただし、高い信頼性と火力を確保する必要がある。高さはできる限り低く。巨大な車輪などただの的でしかない。追撃するなら速くあれ。重戦車など撤退戦の花でしかない」


 空の専門家であるイリスは内心上手くいくものか不安だったが、ククリ達は彼女の予想以上に上手くやってくれていた。

 むしろ、ここまで差に現れるのかと驚いていた。地上戦での世代差は、戦闘機での世代差ほど明確な勝敗を決める要因とはならないのだ。


「戦車対戦車は地上戦の醍醐味と聞く。まあ、私も初体験なのだがな」


 ―――さあ、嬉し恥ずかし初体験としゃれ込もうか。

 イリスは嗤った。


「完全に悪役の笑みですわ」


 トランクに腰掛けたアスカがぽつりと呟いた。




 切り札を短時間で喪失していったスクトゥムは、それでも戦意を喪失していなかった。

 ここまでくれば、粘り強い将として褒められるレベルであろう。部下がどれだけ消耗しようと、非情に客観的に作戦を立案しているのだ。


「あの敵性踏破せし教化(レベデンコ)を陸上に引き込め! 障害物の多い場所に引きずり出すのだ!」


「し、しかしアレを止める術がありません!」


「よく見ろ! あの竜鎧(ドラゴンチェイル)は正面以外の装甲がかなり薄い! 側面に周り込めば止められるはずだ!」


 この場で必要なのは、暴れまわる敵の踏破せし教化(レベデンコ)を撃破可能という事実。この場で奴を止めねば士気が崩壊すると、スクトゥムは理解した。


自走式兵士輸送車(トロイア・ドラム)、前進せよ!」


 いつの間に用意したのか。巨大なドラム缶のような兵器が、大量に戦場付近に集結していた。


「さあエンヘキ、貴様の遺作の出来を見せてもらうぞ―――!」


 自走式兵士輸送車(トロイア・ドラム)がゆっくりと前進する。

 本当にその速度は遅かった。時速はおよそ2キロ、しかも障害物に引っ掛かって勝手に行動不能になる物も続出している。

 当然である、それはいわば人力の戦車であった。内部で人間がねずみ車のようにドラム缶を回し、懸命に前進しているのだ。

 極めてお粗末な兵器であったが、コストは安かった。大量の自走式兵士輸送車(トロイア・ドラム)は徐々にブージを包囲していく。

 ククリも当然応戦している。魔法機銃にて撃ち抜けば簡単に動きを止めるのだが、それでも数が多すぎて対処しきれていない。

 元より戦車とは死角が多く、単独で運用するべき兵器ではない。その欠点を汎用装甲騎竜鎧(タンクチェイル)もやはり有しており、やがて1両の自走式兵士輸送車(トロイア・ドラム)がブージの足元まで迫ってきた。


「よしっ、逝け―――っ!」


 スクトゥムが歓喜の声を上げる。


「ちょっと、忘れないでよ私のこと」


 空からやってきたフランシスカが、あっさりと自走式兵士輸送車(トロイア・ドラム)を撃破した。

 当然である、イリスもククリとブージを単独で戦わせたりなどしない。


「くそっ、くそっ! どうすれば、そもそも奴らは何が目的なのだ!?」


 唸る間に二度目のエンド・エンドが放たれる。

 再び抉られる大地。再度海水が移動し、それに釣られて(フィリート)(・フィリックス)が内陸側へ流れ込む。


「数は少ない! 本当に少ない! おそらく50人もいない、そんな数で町を制圧することは不可能だ!」


 町は人の集まりである。それを制圧し、制御下に置こうと思えば相当の兵士を必要とする。

 もし彼ら全員が精霊神の如き強さを持っていたとしても、数が少なければ町を制圧するなど無理なのだ。


「そもそも我々は降伏しない。元よりこの戦争は命を捨てた後先考えない戦略に基づいている、降伏という概念が根本的にありえない!」


 清奏派(セインレイト)に未来はない。そんなことはラサキに住む大人も子供も知っており、故に彼らは至上目的の為に動く。

 例え圧倒的物量を見せつけられても、核爆弾の絶望を垣間見たとしても意味がないのだ。

 そんな相手を諦観させるほどのインパクトのある作戦など、ありえない。ありえないはず。


「ならば―――奴らは何を?」



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