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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
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遠すぎる空作戦2





「土竜だと、そんな鈍重なドラゴンで何が出来―――」


「最期の台詞だぜ、もうちょい洒落込めよオッサン」


 ギイハルトが風竜(ウォールック)ごと、敵竜騎士(ドラグーン)を両断する。

 海上での空対空戦闘。あまり時間をかけるわけにも行かず、ギイハルトは速攻にて決着をつける。


「なっ、馬鹿な!?」


「速い!」


 速度に優れたはずの風竜(ウォールック)。それを翻弄する速度で空を駆ける工学竜鎧(カノンチェイル)搭載の土竜(アークリア)

 回転式推進装置(エーディン)が甲高く啼き、空気を吐けばそれだけ加速する。筋力による翼の羽ばたきでは成し得ない高速性能は、本家空戦の王者とされた風竜(ウォールック)すら凌駕していた。


「なんだあれは、風竜(ウォールック)が追い付けない!」


「魔法を撃ってきたぞ!」


「落ち着け、この距離で当たるはずはっ」


 言い切ることなく、騎士は魔法を穿たれ絶命する。

 竜騎士(ドラグーン)は目を剥いた。これほど強力な魔法を、雨のように連射するなど並の魔法使いではありえない。まして互いの動きからくる照準のずれを完璧に補正するなど―――


「こいつ、爛舞騎士(ラウンドナイト)級だというのか!」


「ばかな、何かがおかしい!」


 次々と墜とされる同胞。一方的な狩り場と化したラサキの空で、騎士達は恐怖に顔を引き攣らせる。


風竜(ウォールック)は、風竜(ウォールック)は空において最強なのだぞ! それがこんな、馬鹿な!」


 何かしらのトリックがあるはず。彼の推論は正解であったが、答え合わせをしてくれる親切な敵はいなかった。

 ほどなく、ラサキ上空の航空戦力は全滅。ギイハルトは技術力の差が生み出す虐殺におののく。


工学竜鎧(カノンチェイル)の恩恵ってのは大きいなマジで……開発者がアイツってのが複雑だが」


 単騎で20騎を撃墜する。それこそ騎士団長クラスの武勇だが、ギイハルトはそれを誇る気にはなれない。

 事前情報通り、バールは情報を故意に制限していた。この装備は一般にも広く知られているというのに、敵はまったく対策をとっていなかったのだ。


「薄気味悪い話だぜ。だが今はいい、精々お互い利用してやる」


 哨戒する騎士を全騎撃墜したギイハルト。だが彼の役割は終わりではない。

 制空権を確保しての、敵軍事施設への質量爆撃の始まりであった。

 一方的な殺害。地上攻撃は、やはり土竜(アークリア)の独壇場。

 戦闘機ほどではないにしても、竜騎士(ドラグーン)が離陸するには相応の準備、時間がかかる。迅速に敵航空戦力を排除したギイハルトはそのままの勢いで地上のドラゴンを徹底的に岩で圧死させた。

 空を飛んでいない竜騎士(ドラグーン)など、その程度の存在なのだ。

 しかし空からの攻撃だけで敵を壊滅させることはできない。なんとか森や民家に逃げ込み身の安全を確保した者達は、いつでも戦えるように準備を整える。

 スクトゥムの尽力もあり、敵の体勢が立て直されていく。

 戦いは、次の段階へと突入しようとしていた。







「可能な限り空からの攻撃を浴びせました。下拵えとしては上々でしょう」


 (フィリート)(・フィリックス)に残った人員はイリス、ククリ、アスカ、ソフィー、そしてフランシスカの5人。

 ソフィーはこの作戦の根底に関わる重要な役割が与えられており、アスカも衛生兵として、そしてイリスのサポート要員として巨大なトランクを脇に控えさせ待機している。無論アスカに仕事が生じないことが最善の結末であることは言うまでもない。

 そしてフランシスカとククリは、上陸後の戦闘に備え厩舎内で控えている。ククリを最前線に出すことに不安を覚えるイリスであったが、本人が『だいじょーぶ!』と自信満々に己が胸を叩いたのでイリスもそれを信じることにした。

 本来動力厩舎室にいるべきククリがいないので、今この船に動力はない。代わりに、現在この船には特殊な推進装置が追加搭載されていた。

 実をいえば、『この種の船』には速度を求められない。むしろ速力を削ってでも容量を求められる傾向がある。

 しかし、この船の乗員は極少数であり。作戦は神速を以て臨む必要があったからこそ、その装置は搭載された。

 イリスが目の前の転輪に手をかける。大型船舶の操舵経験などまったくないが、それは全員同じ。前世で自動車の運転経験のある彼女が残念ながら一番の適任なのだ。


「皆さん、心の準備は―――愚問でしたね」


 ソフィーとアスカの呆れた視線に苦笑いし、イリスは懐から仮面を取り出す。

 姿を偽り、軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンとして立ち振る舞う為の小道具。今更彼女達に見られたところでどうこうなるわけではないが、これはもうイリスにとって一つの『儀式』であった。

 仮面を頭に固定し、深呼吸。

 言葉は自然に流れた。


「さあ、たった6人のノルマンディーだ」


 声が低くなり、目に鋭さが宿る。

 爛舞騎士(ラウンドナイト)としてのイリス・ブライトウィルに意識が切り替わり、油断や慢心といった言葉がさらりと心から抜け落ちる。

 そこにいるのは土の国(アーヴェルア)最強の騎士。そして、ただの一平卒であった。


「キャビテーション発生装置始動。アキレウス、水竜用非回転推進装置(ミスティアエーディン)始動」


 (フィリート)(・フィリックス)が動き出す。

 地鳴りが如き不気味な声を轟かせながら、船が前進を始める。

 ゆっくりと、厳かに。

 ―――遅々と進まず。


「……計算、間違えたかな?」


 ほとんど進まない(フィリート)(・フィリックス)に、イリスがつい不安を覚え呟く。

 瞬間―――


「おっ、おおっ!?」


 (フィリート)(・フィリックス)は、猛然と本分を思い出したかのように速力を増した。

 船体が浮き上がり、上下左右に揺すられる。尋常ではない揺れは船の構造体に悲鳴をあげさせ、少女達を翻弄する。


「ちょ、大丈夫なんですの、これ!?」


「正直言うとな! これが、この作戦一番の不安要素だ!」


「聞いてないわ……!」


 シートベルトをしているものの、絶叫マシンのように揺すられる艦橋はあまりに劣悪な居住性を提供する。

 船体そのものを襲う圧力。その原因は、船体に固定されたロケットモーターであった。

 船首横、喫水下の海中に固定された戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)用のロケットエンジン。ジェットエンジンと違い無酸素状態でも稼働することをいいことに、イリスはそれを水中に設置した。

 目的は推力ではない。水中に、大量の気泡を生じさせることだ。

 全ての流体には粘度がある。水も空気も例外ではないが、液体の海水より気体の気泡の方が遥かにそれは小さい。

 スクリュー表面に発生した気泡はエネルギーの変換効率を下げてしまうが、船体に生じた気泡は船と海水の摩擦を低減させ船速の向上に貢献する。

 だがそれだけでは足りない。ロケットモーターはあまり推進力に影響しておらず、他に本命の動力が必要となる。

 それを担っているのが、ブージに代わり動力厩舎室に移動したアキレウスであった。


「あのウォータージェットでは、耐久性に難がある。アキレウスはあれで過激だからな、水精召霊のやりすぎで破裂させなければいいが……」


 同じジェット噴流での加速ならば、戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)のロケットモーターでも構わないのではないか、と考えるかもしれない。勿論イリスも計算した、そうした方がずっと工作も楽だったのだ。

 しかしそれでは駄目なのだ。

 重い土竜(アークリア)を音速まで加速させる戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)、そのメインエンジンである化学方式ロケットモーター。しかしこれはあくまで『超音速』にて最も効率的に推進力を発生させるように設計されている。

 つまりはマニュアル車を5速発進させるようなものであり、効率は宜しくない。これを船舶用の動力として使用するにはかなり減速し、適切なトルクで動かす必要があった。

 遊星歯車機構などの精密工作が可能ならば、それもありなのかもしれない。しかしこの歯車の芸術品というべき機械は船の設備どころか、この世界最高の冶金技術者集団である国営大工房(グランドレージェ)でも制作不可能なのだ。

 よってイリスの取れる選択は極限られており、最終的に選ばれたのがウォータージェット方式であった。

 これも大概噴流が速すぎるが、ロケットモーターよりはまだ遅い。それに原理的にも単純だ、穴の開いた耐圧容器を拵えればよく、それ自体はもう完成している。

 水竜用非回転推進装置(ミスティアエーディン)である。

 水竜用非回転推進装置(ミスティアエーディン)によるウォータージェットとロケットモーターによるキャビテーション現象、これらを組み合わせれば全長100メートルの鉄造船であっても動かすことが出来る。それがイリスの結論であった。

 あった、のだが―――


「ふ、船がミシミシ鳴ってますわ!」


「船がバラバラになるのが先か、我々がバラバラになるのが先か!」


「どっちでも駄目じゃありませんの!」


 海の上を何度も跳ねるように駆ける(フィリート)(・フィリックス)。大量の気泡とウォータージェットの軌跡が真っ白な筋を残しつつ、時代遅れの外輪船は時代錯誤な速力で突進する。

 時速にして90キロ。50ノット以上の高速性能は、完全にイリスの計算ミスであった。

 慌てて計算しなおし、作戦のスケジュールを再調節する。


「あと11分でラサキ海岸線だ! そろそろあちらもこちらに気付く、火砲には注意しろ!」


「注意しろって、ブリーフィングでは『祈れ』としか言わなかったではありませんか!」


「問題ない、空の神様はきっと薄ら笑いを浮かべて見守ってて下さるさ!」


「胡散臭い信仰ですわ!」


 敬虔な精霊信仰の使徒たるアスカにとっては、かなり無茶苦茶な理屈。

 だがイリスの負ける気のさらさらない確信をもった瞳は、不思議な説得力を感じてしまう。


「貴女って、いっつも突撃してばっかりですわ」


 呆れたように呟くアスカに、イリスは首を横に振る。


「これまでは1人で突撃してきた。そして失敗してしまった」


「その失敗の教訓を活かした作戦がこれ?」


「船ごとの突撃だ、芸がなくてすまないな」


 むしろこれほど多芸で攻撃されては敵にとってはいい迷惑だろう、とアスカは初めて敵に同情した。







 ラサキの海岸防衛部隊は騒然としていた。

 指揮系統の混乱、ラサキ上空での突如の空戦。とどめに執拗な質量爆撃の嵐。

 始まる前から死者負傷者が続出し、死屍累々とした地上部隊。上層部が壊滅してしまったことから、自分達浜辺に近い部隊が特に念入りに攻撃されていることに誰も気付けない。


「くそっ、どこから攻撃してきたんだ!?」


「攻撃が厚すぎる! 相手は旅団規模の攻撃部隊だ!」


「司令部との連絡を取れ! 空からは無理だ、伝令を走らせろ!」


 それでも正規兵、彼らは自分のすべきことを愚直にひたすら遂行する。その行動に淀みはなく、練度の高さが伺えた。

 しかし正規兵にも不得手はある。想定していない状況だ。

 軍隊とはあらゆる状況を徹底的にマニュアル化している。それを超える事態に対する対処は、その場の指揮官による采配によって左右されるしかない。

 優秀な将兵ならば、適切に情報を集めこれまでの経験からベストとはいわずともベターな選択を取ることが出来る。

 だが、彼らの前に現れたのはこれまで微塵も経験したことのない事態であった。


「船だ、船が迫ってくるぞ!」


 誰かが叫ぶ。

 聞いた時、まず思い浮かべたのは帆船の類であった。

 この世界では多くは帆船が主流だ。風の機嫌一つで大きく性能を左右され、サイズも速度もたかがしれている粗末なものである。

 上陸作戦においてもやはり、カッターボートと呼ばれる小舟を船と往復させ時間をかけて人と物資を陸揚げさせるのが基本。

 ―――彼らの知る上陸作戦とは、全長100メートルの鉄の船が爆進し、船ごと上陸しようなどというものではない。


「で、でかい!」


「減速しないぞ!? 座礁させる気か!?」


「魔導部隊、早く撃て! 何をぼうっとしている!」


「ダメだ、まだ距離がありすぎる! 大きすぎて距離感が狂ってるんだ!」


「あの大きさであの速度って、どうなってんだよ!?」


 魔法の致命的な弱点の一つ、射程距離の短さ。人同士の戦いならばまだ使い道がある魔法だが、船相手ともなると近接攻撃と呼んでいいほどの射程が短く感じてしまう。

 尚も迎撃しようと果敢に杖を構える魔法使い。だが、凶器は上空から訪れる。


「駄目よ。ちょっとぉ、それ無粋ー」


 フランシスカと治療を受けた黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)が、空から奇襲をかけて梅雨払いを行う。


「何故だ! 使者様が何故あの異教徒に手を―――」


「隠れろ、空から見えない場所に入れ!」


 空からの攻撃は、見えていなければ割と防げる。そのことを訓練から知っていた彼らは、木々や塹壕に飛び込んで攻撃をやり過ごそうとする。


「でも船はどうする!?」


「上陸しようっていうなら必ず隙があるはずだ、その時を狙えばいい!」


 話す間にも敵の船は迫り、魔法や矢が闇雲に放たれた。

 一部は船に着弾する。しかしそれは巨船に対しあまりに無意味な抵抗であった。

 木造部分が多いとはいえ、それは甲板や内部に限定される。下方から見上げて露出している部分は無駄に分厚い鉄板であり、ダメージはどうやっても微々たるもの。

 旧式の戦列艦とはいえ、やはり戦艦なのである。そもそもが短い射程しかもたない魔法、50ノットで突っ込んでくる船に対し、攻撃する猶予などほとんどなかった。

 (フィリート)(・フィリックス)は遂に浅瀬に乗り上げる。そのままの勢いで浜辺まで到達するも、勢いは簡単には止まらない。

 上陸作戦用の揚陸艇ではない。船底がV型の、通常の外洋用船舶だ。当然バランスを崩し、(フィリート)(・フィリックス)は砂の海を滑りつつ倒れようとする。

 目の前から迫ってくる壁に、兵士達は卒倒しそうになった。


「頭おかしいのか、この船の指揮官は!?」


 誰かが愚痴る。だがそれは、船が横倒しになってしまえば窮地を脱するという余裕でもあった。

 そんな希望を、涼しげな少女の声が粉砕する。


「―――エンド・エンド」


 (フィリート)(・フィリックス)の舳先に立った白い魔法使いが、最強の魔法を放った。




 空間の魔力が歪み、海岸の一画に巨大な穴が穿たれる。世界すら飲み込もうとする消滅という名の破壊は、広大な土地をスプーンで抉り取ったように消し去った。

 第一級魔法エンド・エンド。爛舞騎士(ラウンドナイト)第4位ソフィアージュ・アンドリュースの切り札たる最上級魔法。

 巨大な穴は海と隣接するように開けられる。多数の兵士、施設を巻き込みながら。

 そこに流れ込む海水。そして、それに圧されるように(フィリート)(・フィリックス)が人工の湾に入る。

 イリスが艦長席の側に据えられた、大きなレバーを思い切り引く。

 船体に固定されたロケットモーターと水竜用非回転推進装置(ミスティアエーディン)が爆破分離し、宙を舞って敵陣に突っ込んだ。


「目標まであと6キロ、ソフィー行けるか!?」


『へーき』


 伝声管からソフィーの気負いない言葉が届く。大丈夫そうだと判断したイリスは、更なる指示を出した。


「ククリ、出番だ! フランシスカと連携して船を守れ!」


『了解!』




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