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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
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遠すぎる空作戦1




 ラサキ基地の司令部。清奏派(セインレイト)の軍人、その中でも文官が多く詰めるこの施設は深夜だというのに人の気配が途絶えることはなかった。


「本当に来るのだろうな! これでこんかったらアホだぞアホ! お前がな!」


「眠い眠いぞ眠かろう! 何故わしまで付き合わねばならんのだ! 寝不足は頭脳の宿敵だ!」


「ああ脳細胞が死ぬ浪費する消耗するぅぅぅぅ! 損害だああぁぁぁぁぁ!」


「やかましい! 少し静かにしたまえ!」


 上記のうち3つの台詞は、1人によるものである。

 鋳将エンヘキ。国力で劣る清奏派(セインレイト)土の国(アーヴェルア)相手に一方的に攻勢に出られたのは、彼の叡智によるところが大きい。

 戦闘能力は皆無。発想も突拍子もなく制作される新兵器は大半がガラクタだが、それでも極一部の画期的な発想は軍事力を底上げするほどに有益であった。

 馬鹿に出来るものではない、これこそが本来の技術発展の姿である。イリスのように完成形を知った上で魔法を組み込むのはイカサマでしかなく、こういった試行錯誤を軽んじる国はやがて滅ぶ。

 彼が真っ当な組織に属しており、かつ同時代に遥かに発展した異世界を知る人間が生まれてさえいなければ後世に語り継がれる天才と呼ばれていたのかもしれない。


「あの男からの情報だ! 明日の昼頃までに、必ず襲撃があると―――情報源がバールということは気に食わんが、奴の情報は正確だ!」


 いかれた笑いを上げるエンヘキと会話をしているのは、知将スクトゥム。軍事面の知能というよりむしろ謀略の類で成り上がった男だが、それでも有益な情報を感情論で無視するような無能ではない。

 バールはイリスがやってくると確信しており、ラサキの守りを固めるようにスクトゥムに忠告していた。軍隊の防衛拠点を数えるほどの敗残兵が破れると確信しているのだ。

 だからこそ、バールは愛しい女性をありとあらゆる手で迎え撃つのだ。


「だが敵の主力は土竜(アークリア)、わしのかぁいいぃ兵器ちゃん達でも空からの質量爆撃には耐えられんぞ! どうする気だ!?」


 土竜(アークリア)の真骨頂、質量爆撃。土竜(アークリア)が無限の物資を格納魔法で仕舞えることを最大限活用し、岩や石を大量に空からばらまく戦法だ。

 爆弾を落とす爆撃と違い効率は悪いが、それ以上に弾数は多い。これを防げる地上兵器はほぼ存在しないと言っていい。地球の最新鋭主力戦車であっても、数トンもの岩を落とされれば行動不能となるのだ。

 土竜(アークリア)が対地攻撃において最強と呼ばれる所以である。だが、スクトゥムはその危惧を鼻で笑った。


「解っている。だがこちらの防空は完璧だ。これだけの質・数の風竜(ウォールック)を突破する術などない」


 スクトゥムは図面上に配置された竜騎士(ドラグーン)を俯瞰し、悦に浸る。

 それは完璧な防衛指針であった。油断なく、分厚く、練度も士気も高い。

 イリス達6人でこれを破れと指示されれば、100人の軍師がもれなく匙を投げるであろう。それほどの有利をどうすれば慢心せずにすむというのか。

 しかしエンヘキは食い下がる。


「無理に突破せんでも、こそこそと見つからないように飛ばれたら?」


「ふん。確かに低空飛行で適切なルートを飛行すれば、それなりに防空圏に浸透することは可能だろう。だがそれだけだ。どうやっても目視で発見可能な配置を心がけている。多少脇を通り抜けられても、すぐに追いついて撃墜だ」


「そこまで速度差があるのか」


土竜(アークリア)風竜(ウォールック)の差を埋めるのは容易ではない。よほど画期的な強化方法が開発されない限りは、風竜の優勢は安泰だ」


 スクトゥムが立つ。


「どこにいくのだ!」


「便所だ!」


 一々問うなと怒鳴り、スクトゥムは司令室から出ていった。

 この建物のトイレは司令室から妙に離れた場所にあった。故に不便を感じる者は多く、小便の場合は外に出て木陰で済ませてしまう者も多い。

 スクトゥムもそれに倣い、建物から一旦離れる。


「まったく、この建物のレイアウトは欠陥だ。改善せぬとは怠慢ではないか?」


 そこらの木に向かって用を足すスクトゥム。

 その背後で、司令部が吹き飛んだ。


「―――はぇ?」


 声を漏らし、振り返るスクトゥム。

 彼の目に映るのは燃え上がる建築物。一撃で粉砕された司令部からは、多くの重要書類が燃え上がり雪のように降り注ぐ。

 人が火を纏いながら這う這うの体で逃げ出し、そして倒れる。

 あまりに唐突な地獄絵図。スクトゥムは正しく事態を理解した。

 方法は不明。しかし、現時刻をもって―――友軍は指揮能力を喪失したと。







「おんどりゃあああっ! ちくしょうめぇぇぇぇ!」


 狭い筒の中、畜生は涙目で叫ぶ。


「恨んだる憎んだる! あの雌の服ビリビリにしたるうぅ!」


 嘆きは狭い筒の中で虚しく反響する。

 時間は僅かに遡り。ソフィーの白猫、シロがいるのはミサイルの内部であった。


「何が『脱出装置は搭載しています、テストしていませんが貴方なら大丈夫でしょう』や! あの金髪めえぇ!!」


 イリス達の攻撃の第一陣。それは、長距離から放たれたミサイルで始まる。

 軍事において、珍兵器と呼ばれる試行錯誤の歴史があったことは広く知られているであろう。その中でもプロジェクトオルコンと呼ばれる計画についてはご存知だろうか。

 条件反射を躾けた鳩(間違いではなく、まごうことなき鳥のハトである)を対艦ミサイルに搭載し、誘導装置として活用しようとした計画である。案外悪くないところまでいったそうだが、内容自体がシュールな為に予算が打ち切られ計画は頓挫した。

 このミサイルも、また同様のアイディアによるものだった。積載したシロ型誘導装置によってミサイルを制御し、敵中枢を一息に壊滅させる。高い知能と小さな体、そして殺しても死なないギャグ補正を持つシロにうってつけの任務であった。


「ってアホかあああぁァァァァっ!?」


 イリスはこれを超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロと名付けていた。実に投げやりな命名である。

 海から人知れずラサキに迫る超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロは、低空を僅か200キロで飛行する。


「おい、なんだあれ?」


「鳥、じゃないよな」


 哨戒飛行をしていた騎士は当然気付く。彼等の前を堂々と飛行していたのは、あまりに奇妙な物体であった。

 元となったのは先行無人偵察機(レコンドローン)だ。オードソックスな大型の模型飛行機と呼べる、正面にプロペラのついた無人飛行機。

 しかしその構造は完全に様変わりしていた。

 機体の上部には不釣り合いなほど巨大な筒。偵察機内部の精霊同調用の魔導術式機構は外され、そこはシロ用の小さなコックピットとなっている。

 そして追加された、巨大な主翼。背後に背負った重りを持ち上げるべく追加された木造の翼は、だが先行無人偵察機(レコンドローン)本来の飛行性能を著しく低下させている。

 その結果が、先程の飛行速度200キロメートルである。


「判らんが、話にあった攻撃の一環であることは間違いないだろう。撃墜するぞ!」


「おうよ―――っておい!?」


 騎士は驚愕する。突如、謎の飛行物体が火を吹き加速したのだ。

 超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロ背後の筒は、戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)に束ねて搭載された化学方式のロケットモーターであった。みるみるうちに加速する超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロを哨戒中の彼らは果敢に追跡するも、ミサイルは急に蛇行を始め照準を合わせさせまいとする。


「なんだこいつ、人が乗ってるのか!?」


「どこにだよ、そんなスペースないぞ!」


 勿論中にいるシロは悲鳴を上げながら必死にディスプレイをペタペタと押している。しかしそんなことを梅雨知らず騎士達は目を丸くした。

 ドラゴンの羽ばたき運動では決して不可能な、殺人的加速。超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロは短時間で風竜(ウォールック)を振り切り、やがて闇夜に消えた。


「おおおおおおおおっ!?」


 実は、シロが操縦できる範囲はかなり限定されている。元々のジャイロ機構によってミサイルはほぼ全自動にて低空飛行するようにプログラミングされており、シロに課せられた使命はある程度の方向指示だけなのだ。

 仕組みは簡単。目の前から届く光を魔法で増幅し、ディスプレイに映す。シロはそのディスプレイ内で進みたい方向にタッチすれば、ミサイルが勝手に進路転換する。それだけ。

 よって、シロが決められるのは左右のヨーイングのみであった。


「もう嫌や、帰ったらツナ缶死ぬほど食うてやる……!」


 残念ながらこの世界にツナ缶はない。

 前方から、先程とは別の竜騎士(ドラグーン)が迫ってくる。

 正面からのヘッドオン。加速も頭打ちとなり、腕のいい騎士ならばすれ違いざまに魔法を叩き込める状況。


「こなくっそぉぉ!」


 シロは半ばヤケになりつつ、赤いボタンを肉球で押した。

 瞬間、超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロが爆発する。

 正確には超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロの主翼付け根が、である。

 吹き飛ぶ木製の主翼。その中から現れたのは、金属製の薄い後退翼。

 主翼という大きな空気抵抗を失った超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロは思い出したように更に加速し、音速飛行に突入した。


「なっ、痛っ!?」


「速、すぎる……!」


 ソニックブームにて鼓膜を破られる敵騎士達。想定外の事態に、だがこの状況を報告する術もない。


「あかん、もう速すぎて目ぇ回るぅ! もうよう右も左も判らへんよお!」


 迫るラサキの海岸線。シロは慌てて上昇させようとするも、シロにエレベータの操縦は許されていない。


「あああああああっ、ぶつかる、っつーか撃ってきたあああっ」


 海岸線から、迫ってくる飛行物体に気付いた魔道士部隊が魔法を放つ。

 原始的な詠唱魔法、しかし元の数が多ければ相応の弾幕となる。

 進路を阻む陸地と魔法。シロはいよいよ最期を覚悟した。


「グッバイや、人生。いや猫生。ウエルカムあの世やで」


 とはいえイリスも勿論考えて作っている。推力と時間を計算し、必要なタイミングで上昇するように設計されているのだ。

 ミサイルは急上昇。敵からして目の前から消えるようにミサイルは空を昇り、魔道士部隊は攻撃手段を喪失する。

 目標の急上昇、これをされると対空砲の命中は途端に困難となる。同時に速度も重力に引かれ減速していき、シロは改めて現状を確認することが出来た。

 シロは町の全景を真上から視認する。

 イリスとギイハルトが収集したラサキの地図情報。脳裏でそれと目の前の景色を照らし合わせ、肉球で攻撃目標をタッチした。


「任務、完了やでー!」


 最後の進路修正を終え、急降下していく超音速飛行猫ミサイルスーパーソニック・シロ。ミサイルは勢いのままラサキの軍司令部に突き刺さり、内部の火薬が建物を建材にまで粉砕した。


「やった、やったわい! どや、どやぁー!」


 ふわふわと落下していく落下傘。勿論吊り下げられているのはシロだ。


「はっは! やってやったで! ……あれ、ここからどうやって戻るんや?」


 疑問に答える者はいない。

 シロは愕然とした。とんだ動物虐待である。







 なお、この攻撃。

 ぶっつけ本番でのかなり無理な運用であることはイリスも自覚しており、「成功すれば儲けもの」程度で使用された。







「シロ、上手くやれたかしら」


「首尾よくいけば敵の連携を封じれます。まあ、失敗すればその時ですが」


 双眼鏡でラサキを見つめるソフィーに、イリスがそう答える。

 (フィリート)(・フィリックス)の艦橋にて、アスカは戦慄した。猫を自爆させておいてこれである。鬼かこいつら。

 ちなみに双眼鏡を覗くソフィーだが、この海域はまだラサキを直接視認出来る距離ではない。船を補足されるにはまだ早いのだ。


「次は空です。まあ、彼はそつがなく仕事をする男なので問題ないでしょう」







 スクトゥムは司令部跡地にて呆然としていた。


「なんだ、なんだこれは……! 何をされたのだ、防空網を突破してきたというのか!?」


 防空網には引っ掛かったものの、ミサイルは完全にその伝令を超えるスピードで飛来してきた。超音速など一昔前まではフィクションでしか語られていないこの世界の常識では、まずありえない事態であった。


「ラサキは指揮機能を失った、いやそれだけではない!」


 スクトゥムは愕然と燃え盛る書類を見下ろした。

 軍事とはノウハウの結晶である。気の遠くなるような情報収集を行い、あらゆる情報を統括し徹底的に有利な状況を作り上げるのが戦争だ。

 それが一撃で失われた。防衛の要所も、暗号の解読書も、秘匿情報を記した重要書類も。

 ―――そして、重要人物(エンヘキ)も。

 あまりに価値のある情報達が、人員が。ただ一撃で灰にされたのだ。

 これほど最小で効果的な攻撃を、スクトゥムは知らなかった。


「なんだ、この戦い方は!? 知らないぞ、こんなイカサマがあってたまるものかぁ!」


 髪を掻きむしるスクトゥム。


「はっ!?」


 スクトゥムは海から迫ってくる黒点を発見する。スクトゥムが発見しているのだ、哨戒や見張りは既に対応しているのであろう。


「まさか、奴らは制空権を奪うつもりか!? あの少数で!」


 町を守るドラゴンは100騎近い。上空待機していただけでも20騎はいる。

 対し、町に接近してくる竜騎士(ドラグーン)は僅か1騎。あまりに無謀な挑戦であった。


「馬鹿め!こちらは風竜(ウォールック)だ、お前達の土竜(アークリア)で敵うものか!」


 彼我の竜騎士(ドラグーン)がエンゲージし、戦闘が開始される。

 早速一騎堕ちる。力量差は圧倒的であった。

 堕ちたのは風竜(ウォールック)であった。



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