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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
69/85

6人目



「はぁい、昨日ぶり?」


「そうですね、お元気そうで何よりですフランシスカ」


 黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)に乗って現れた少女に、イリスはいけないと知りつつも嬉しくなって笑ってしまった。

 そんなイリスの心境の変化を目敏く感じ取り、フランシスカは問う。


「なんか、吹っ切れたった?」


「かもしれません。吹っ切れたったりました」


「あはは、なんか国語が残念んー」


 キャハハ、と屈託なく笑うフランシスカ。

 そういえばこんな風に笑う少女だったな、とイリスも思い出す。


「遊びに来たなら歓迎しますよ。大したおもてなしは出来ませんが、茶菓子くらいは備蓄があります」


「そういうわけも行かないじゃん? ほら、あたしら敵だし?」


 くすくすと笑うフランシスカ。

 イリスはアキレウスの上に立とうとして、バランスを崩しなんとか首にしがみつく。


「っと、と。すいません」


「どうしたの? 立ち上がろうとして」


「お礼、言わなきゃと思いまして」


 命の恩人である、しっかりと頭を下げたいところだが今の右足ではそれも叶わない。

 イリスは渋々、騎乗姿勢のまま礼をした。


「昨晩はありがとうございます、助かりました」


「いいって。だってイリスはあたしの獲物だしね。足、大丈夫?」


「大丈夫ですよ。切断してしまいましたが、空戦に支障はありません。試してみますか?」


「ん、話が早くて助かるよ」


 笑顔のまま、本心から友との再会を喜びつつ少女達は殺し合いを始める。

 この戦いは避け得ぬものだと、もう理解してしまっていた。覚悟してしまっていた。

 だから。決着を付けねばならないと二人共知っていた。




 黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)黒竜軍(リストダーク)が生み出した最高クラスの『量産兵器』であると、少なくともイリスはそう認識している。

 更に上にはフォートレスドラゴンなる怪物がいるが、真っ当な種の敵としてはやはり黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)の存在感は大きい。生物として様々な犠牲を払いつつも、基本四種ドラゴンの全能力を兼ね備えた力は決して軽視出来るものではない。

 速度性能、運動性能、火力性能。航続距離に難があるものの、補って余りある高性能。

 最新式の工学竜鎧(カノンチェイル)を装備した騎士であろうと、これに一騎のみで挑むこと推奨されていない。

 一騎打ちではなく、一騎のみで、だ。

 多くの戦場において、敵は単騎ではない。黒竜(ダークドラゴン)は大抵の場合、空に飽和した状態で人類に立ち塞がる。

 よって、汚染兵(コンタサール)及び黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)との戦闘は複数で当たるのが定席とされている。黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)を狩る騎士と、周囲の黒竜(ダークドラゴン)を抑え込む騎士とで役割分担をするのだ。

 単純な能力では、工学竜鎧(カノンチェイル)装備済みのドラゴンは黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)に決して劣ってはいない。しかし相手は戦術を駆使する汚染兵(コンタサール)であり、『積乱雲と黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)からは逃げても構わない』―――そう冗談混じりに語られる程度には、厄介な敵なのだ。


「ロール速度はこちらが上、しかし翼面積は圧倒的にあちらが上、か」


 後頭部に殺気を感じつつ、イリスは冷静に分析しつつアキレウスを操る。

 イリスは当初、フランシスカが魔法を多用したトリッキーな戦術で挑んでくると予想していた。ソフィーほどではないにしても、フランシスカもまた魔法の専門家。何かしらの『奥の手』を用意していると踏んでいたのだ。

 無論、そういった奇策は簡単に通じるものではない。もし奇策の類が必勝法足り得るならば、それは既にドクトリンに組み込まれてしかるべきなのだ。

 かつて奇策であった戦闘機での先制発見一撃離脱戦法が、やがて空中戦における基礎中の基礎となったように。

 そうならないからには何かしらの問題点がある、だからこその『奇策』。しかしフランシスカがとった戦術はある意味で意外なものだった。

 あまりにシンプルな、相手を一方的に攻撃可能なポジション……後方の奪い合い、即ちドッグファイト。

 小細工なしの巴戦。むしろ一撃離脱を良しとするイリスにとってすら実践経験には乏しい、教科書通りな殺し合いであった。


「ふん、存外上手い」


 基本ながらも故に技量差が如実に現れる巴戦。イリスほどに際立ったものはないが、しなかやにドラゴンを飛ばすフランシスカにイリスは場違いに感心した。

 相手の後方を取ろうと、互いにドラゴンを緩やかに旋回させ続ける。速力と翼面荷重の許す限り進行方向を偏向し続け、焦れる頭を必死に冷やす。

 無理に直線最短距離で追おうとすれば、運動エネルギー……即ち速度を喪失してしまう。それはこの戦いにおける敗北を意味していた。

 同様の条件ならば、当然有利なのはフランシスカである。

 太陽の周りを回る惑星のように、光の一つない夜空をくるくる回るイリスとフランシスカ。しかしその速度は均一ではなく、徐々に黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)はイリスとアキレウスを視界正面に収めていく。

 水竜用非回転推進装置(ミスティアエーディン)は若干の速度強化と、大幅なロール速度の向上を保証する新装備だ。旧来の竜鎧(ドラゴンチェイル)よりはずっと能力向上を見込めるものの、黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)ほどでは決してない。

 つまるところ、水竜(ミスティ)黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)に勝っている点など元より存在しない。どの能力面を比較しても、劣っているかほぼ同等でしかないのだから。


「―――さて、ここからが勝負だぞフランシスカ」


 イリスは巴戦を切り上げ、左右にアキレウスを蛇行させる。

 これまでの定速的な動きから一点、気を抜けば見失いかねない不規則な動きへと変化したアキレウス。フランシスカは目を凝らし、懸命にイリス達の動きを追う。

 一定の旋回で逃げ続けることをやめたということは、タイミングによってはフランシスカの真正面にイリスが来るということ。これを見逃す手はなく、フランシスカは好機と見て魔法詠唱を開始する。


「乱れよ百花、散り咲け色香! 浅瀬の夢幻なく、泥眠の果てに酩酊せよ! ランスデリック!」


 毒草の花弁が空を走り、不規則な機動を描き敵に迫る。その速度はあまりに速く、回避などままならない。


「うわわっ、っと!」


 イリスに命中がなかったのはひとえに、単純な回避運動ではなくフェイントも織り交ぜた複雑な軌跡をなぞることでフランシスカの照準を困惑させたからに他ならない。

 自分の努力の外側で命拾いをしたということに肝を冷やすイリス。余波の放電がぱちりと静電気を発生させ、『ひゃん!』と小さく飛び跳ねる。

 ランスデリック。この魔法、実際は毒ではなく雷系の魔法である。

 ベンジャミン・フランクリンのいなかったこの世界では雷=電気であると認知されておらず、魔法を受けた際の痺れを毒性のものと解釈された。花びらはそれを補助するイメージとして働いている。

 解釈こそ間違っているものの、花びらという物体としてのイメージに電圧を凝縮することで攻撃魔法としての威力はむしろ上がっている。電気の性質を知るイリスが使うと放電してしまい、かえって威力が減る変な魔法なのだ。


「にしても、何故火竜(ラズマ)のブレスを使わなかった?」


 強力なことで知られる火竜(ラズマ)のブレス攻撃。黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)もまた黒い炎を吐けることが知られており、これを使用しなかったことをイリスは疑問に思う。


「……ああ、お前の目では眩んでしまうのか?」


 ほぼ完全な闇の中、明るい炎の魔法など使用しては完全に視力を一時喪失してしまう。

 常にどこかに明かりのある、明るい人間の世界ではない。夜の洋上とは星と月明かりだけが光源となる、深淵の闇の世界なのだ。


「あまり高火力の魔法を使えないのは、こちらとしては優位か」


 イリスはほくそ笑む。

 一方フランシスカはといえば、ふと下を見やり気付く。

 煌めく水面。平面である海は距離感が掴みにくいが、訓練を受けていれば波の感覚等からおおよそ測れる。


「うっそぉ」


 理解し、フランシスカは戦慄する。


「いつの間にか、こんなに高度が下がってたなんて」


 無論イリスは把握していたが、フランシスカはこの時点でようやく自分達が海面すれすれを飛行していることを把握した。一歩ミスすれば海面を引っ掛けて墜落する、危険な間際だったのだ。

 そしてそんな状況下においても、イリスの操舵は冴え渡る。一切の躊躇もなく、アキレウスは左右のみならず上下にも翼を翻す。

 追い詰めていたはずのフランシスカは、次第にイリスを追うだけで精一杯となっていた。

 アキレウスが生じさせた水しぶきや白い軌跡が、フランシスカの頬を撫でる。


「―――雲を引いてる、無茶苦茶よぅイリス」


 翼端から雲を引く、これはつまり限界近い機動を行っている証拠だ。翼の上下気圧差から生じる現象だが、逆にいえば翼から気流が剥離しかけているという意味でもある。

 この限界を感覚で見極めてこそ、優れた騎士といえる。だがそれにしても、その機動は獣じみて敏捷で異常だった。


「仕方がないだろう、そもそも翼が小さいんだ」


 危険性を理解しながらも、イリスは無茶な回避運動を止めはしない。アキレウスの飛行限界を完璧に理解し、失速ギリギリで飛び続ける。

 フランシスカはその技量に目を見張った。


「この闇夜の中で、あれほどの低空飛行―――よくもまあ、失速を恐れずドラゴンを振り回せるわ……!」


 飛行体にとっての失速とは、単純に速度を失うだけではない。

 通常は翼に張り付こうとしながら流れる風流、それが速度の低下から剥離する。それが翼で飛行するあらゆる者にとっての失速だ。

 ならば速度を上げればいい、という単純な話ではない。速度を上げるには正しく空気が流れる必要があるが、その空気が既に翼を見放しているのだ。航空力学に則った制御方法は無意味となり、飛行物体は場合によっては駒のように無様に回転を始める。

 それでも尚なんとか姿勢を保ち、速度を回復することも不可能ではない。しかしそれはある程度、飛行高度に余裕があればの話であり。

 海面すれすれに飛行するイリス達にそんな猶予は残されておらず、僅かでも制御を失えばドラゴンは海に叩き付けられるのは必然であった。

 水竜(ミスティ)たるアキレウスはともかく、生身のイリスは墜落の衝撃に耐えられまい。高速飛行中の海面はコンクリートとなんら変わりなく、イリスが幾ら類まれな頑丈さを持つ人物であったとしても限度はある。

 ―――そんな危険性を孕む飛行法を、なんら気負いなくこなしきっているのだ。ドラゴンを操る者(ドラグーン)としては、感嘆を禁じ得ないのは当然であった。

 そんな、余計なことを考えたからか。

 フランシスカは前触れもなく上昇に転じたイリスについて行けず、僅かに反応が遅れてしまった。


「えっ、なんで?」


 慌てて上昇し、追いかけようとするフランシスカと黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)

 上昇は速度を失う行為だ。この世界のあらゆる飛行物体は急上昇と加速を同時に行える推力を持つに至っておらず、アキレウスも高度を上げたことで速度を急激に落としてしまう。

 反応が遅れたとはいえ、この後は簡単にイリス達の動きを捉え撃墜出来るであろう。そんな単純な計算式が導き出されるからこそ、フランシスカは困惑した。

 彼女達の前に、巨大な壁が出現するまでは。


「―――ッ!?」


 不動の巨城(アルク=アンシム)の側面。かつて戦列艦だった頃ならば絶好のキルゾーンであったが、今はただの巨大な城壁でしかない。

 しかし問題は距離であった。あまりにも、黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)不動の巨城(アルク=アンシム)の距離はあまりにも近かった。


「だめ、避けきれ―――」


 暗い海では、いかに巨大な船であってもほとんど見えなくなる。ほぼ無人となり、かつ清奏派(セインレイト)の哨戒に警戒し光を漏らさぬよう厳命されている状況下ならば尚更。

 既に上昇し始めていた黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)だが、それでも遅すぎた。不動の巨城(アルク=アンシム)の甲板縁に引っかかるように翼を接触させた黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)はバランスを崩し、フランシスカは玩具のように投げ出される。

 宙を舞い、スローモーションのように加速した知覚の中でフランシスカは敗因を悟る。

 イリスは闇雲に逃げていたのではない。最初から、不動の巨城(アルク=アンシム)の側面に誘い込まれていたのだ。


「ぎゃうっ!」


 甲板に落ちて転がり、甲板手すりに背中を打ち付け制止。呼吸が止まり噎せているところに、フランシスカを囲むように人影が立つ。


「飯の途中だぜ、あまり埃をたてんじゃねーよ」


 大剣を、そして各々の武器を構えるギイハルト達。

 背後では黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)が立ち上がろうとするも、翼が根本から折れてしまい再び転倒している。飛べないドラゴンなどただの巨大な獣でしかない。一部例外もいるが。


「っと、っと、と!」


 失速寸前の中で更に上昇したアキレウスが遂にバランスを崩し、墜落気味に甲板に着地する。

 そして降り立ったイリスは不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)をフランシスカに向け、宣言した。


「私の勝ちです」


「うん。負けちゃった」


 フランシスカは清々しい笑顔であった。

 逃げ場はなく、反撃手段もない。完封された状態のフランシスカに出来ることはない。


「殺してよ」


 それはむしろ、懇願の声に聞こえた。


「もう、二人殺しているのよ。相手は正規騎士よ? すごいでしょ?」


「いいんです。戦争ですから、殺す殺されるのも当然です」


 せめて一撃で終わらせようと、剣を振り上げるイリス。

 最期の言葉に、フランシスカは心に従って声を漏らした。


「さようなら、アロン」


 きっと大切な人の名なのであろう、誰とも知れぬ名詞を気に留める者はいない。

 ただ1人を除いては。


「―――もしかして、貴女ファルシオン出身ですの?」


「―――!」


 フランシスカは咄嗟に身を屈め、イリスの剣を手すりに食い込ませることで止めた。


「ちょ、避けないで下さい」


「君、私の妹を知ってるの?」


 訊ねられ、アスカは首肯する。


「会いましたわ、ファルシオンで。治癒術が得意な準騎士(モンス)の子ですわよね」


「そうそう、可愛くない? 可愛くない?」


 最期に身内の話を聞くくらいなら構わないだろう、とイリスも剣を一旦引く。

 無邪気にフランシスカはアスカに訊ねた。


「元気だった、あの子?」


「…………。」


「……なんで黙ってるの? ねえ、なんで!?」




 一頻りファルシオンの現状について説明されたフランシスカは、手の平を顔に当てて俯いてしまった。


「そろそろ殺していいですか?」


「空気読んで、イリス」


 ソフィーがツッコむ。

 他の面々もこの無抵抗な状態で攻撃するのは気が引けて、見守るしか出来ず時間だけが過ぎていく。

 やがて、フランシスカは顔を上げた。


「ねえ、イリス」


「なんでしょうか? 袈裟斬りより心臓を一突きの方がいいですか? 多分苦しいですしこちらとしても肋骨が邪魔で外してしまう可能性があるので、出来れば首を撥ねたいのですが」


「これから清奏派(セインレイト)を攻めるんでしょ? 私も参加させてよ」


 どういうことか、と首を傾げるイリスにフランシスカは力強い目で訴える。


汚染兵(コンタサール)は人類を攻撃するように刷り込まれる。でも、その手段までは問われない。人を殺そうって衝動はあるけど、そこに至るまでの方法論は自由選択出来る」


 これは汚染兵(コンタサール)特有の柔軟な作戦立案に必要な制約緩和であった。あまり破壊衝動で雁字搦めにしては知能が残っている意味がなく、最終的に『人類滅亡』に近付きさえすれば多くの行動が許されるのだ。

 その穴を突き人類への攻勢をなんとか鈍らせようと努力する汚染兵(コンタサール)も少なくはない。衝動の個体差や状況によってままならないことも多々あるが、そういう戦いをする亡者達もいるのだ。

 フランシスカは、この部類に含まれる汚染兵(コンタサール)であった。衝動には逆らえないながらも、なんとか人と敵対するのを避けようと立ち回っていたのである。


清奏派(セインレイト)って奴ら。あいつらは変な気配がして、本当はあまり殺したくないんだけど……それでも人類なんでしょ?」


「まあ、分類としては人ですが」


 なら、とフランシスカは立ち上がる。体の痛みがようやく収まってきたのだ。


「私は、清奏派(セインレイト)という『人類』と戦う。その戦いに貴女達が利用出来るから、この場では敵対しない。ダメかな?」


「そんな都合のいい曲解が許されるのですか?」


「あまり信用しないでね。殺人衝動に負けて、寝込みを襲っちゃうかもしれないから」


 いつ裏切るかもしれない、しかし強力な追加人員。

 彼女を戦力として数えるのはあまりに危険な賭けであった。だが現状が既にこれ以上ないという賭けばかりを強いられる苦境であり、裏切りの心配程度は大きな要素ではないとも考えられる。

 しばし黙考するイリス。彼女の答えを固唾を飲んで待つ仲間達。


「―――ま、今更贅沢は言ってられませんか」


「まじかよ」


 唸るギイハルト。

 彼とて判っていた、作戦があるとはいえ戦力が猫の手ほどであっても欲しいことくらい。

 しかしそれでも、今まで敵対してきた黒竜軍(リストダーク)の尖兵と協力して作戦に当たるなど想定外だったのだ。


「勿論色々と行動は色々と制限させて頂きますよ。全て無事に終われば、その時点でまた敵同士です」


「それでいーよ。その時こそちゃんと私を殺してよね」


「取引成立、です」


 これ以上戦う意志がないことを証明すべく無造作に剣を捨て(国宝級の宝剣である)、フランシスカの手を取るイリス。

 思わず逃げようとしたフランシスカだが、イリスは強引に手を握り握手した。


「期間限定ですよ、冬季限定商品です」


「解ってるって。イリスって昔から、そういうところくどいよねー」


「くどい……」


 若干傷付きつつも、握手を握り返すフランシスカ。

 こうして、世にも珍しい人と汚染兵(コンタサール)の共同戦線が完成することとなった。







 そして2日後、深夜の日付の変わった頃。

 正確な時間までは判らないものの、アーレイの死が宣告された期限まで最悪で6時間ほどの推測される時間帯。

 ギリギリまで準備が行われ、ただ一度のみの挑戦の為に英気を養った若者達は船を始動させる。


「通常方法での試験航行、問題なかったよ。追加した艤装も壊れたりはしてないみたい」


「こちら偵察隊、発艦準備完了してるぜ。例のブツも準備完了だ」


「こちらも配置に付きましたわ! 怪我をした方はすぐに来て下さいませ」


「……イリス、なんか言って」


 場所は艦橋。上部構造物を撤去し閑散とした甲板の中、唯一残った掘っ立て小屋のような粗末な建物が作戦の司令室だった。

 艦橋の真ん中には動かないように床に固定された食堂の椅子。そこでふんぞり返るのは、作戦の指揮を行うべく書類を揃えたイリス・ブライトウィルだ。


「なんか、とは?」


「頑張れ、とか」


 つまり作戦前の激励鼓舞をしてほしいのだと解釈したイリスは、暫し考え込み口を開いた。


「―――恥ずかしいので、そういうの止めません?」


「がっかりですわ! がっかりですわ!」


 肩透かしを食らったアスカがずっこける。

 イリスは頭をがりがりと掻き、ヤケ気味に立ち上がった。


「皆さん、本日はお日柄も良く―――」


「いやそういうのじゃないでしょ」


 今度はククリがツッコむ。

 げふんげふんと咳き込み、イリスは座った。痛みは暗示魔法で誤魔化していても、基本彼女はギリギリまで足を使うなと主治医からのお達しなのだ。

 もうなるようになれ、とイリスは話すことにする。







「……私は、痛いのは嫌いです。


 そりゃもう大っキライです。だから、清奏派(セインレイト)がキライです。あいつらのせいで散々な目に遭いましたし。


 私は楽なのが好きです。空を飛ぶ以外に働きたくありません。だから、仕事を作る清奏派(セインレイト)は敵です。


 そんな私ですけれど、意外と人は好きです。どうしようもない部分も沢山ありますけど、愛すべきところも沢山あります。特に空を飛ぶ術を創造したことは人類史上最高の功績といえるでしょう。


 でも困ったことに、清奏派(セインレイト)も人間です。そして先に述べた嫌いな部分は、そのどうしようもない部分なんだと思います。ちゃんと視線を変えれば、彼らにも愛すべき部分があるのだと思います。


 あの狼藉者達に愛するべき要素なんてない、と思うでしょう。そりゃそうです。みんな散々な目に遭いました。

 ―――でも、そんなことは関係ないんです。だって、これは戦争なんですから。


 相手が非道を行うからって、こちらが非道をしていい理由にはならない。そんな綺麗事は言いたくありません。総力戦とはそういうものです。負けたら綺麗事も言えません。戦士の誇りのツケを民間人に支払わせるわけにはいきません。


 でも、彼らはただ袋小路に入っただけの人間だと思うんです。あの町で生まれた子供は最初からそう教育され、それ以外の選択肢を与えられず生きてきた。


 だから同情の余地がある、ということではなく。

 少なくとも、彼らが本能のままに襲ってくる魔獣ではないことだけは、理解しなければならない。

 それこそ単なる思考停止です。彼らを敵として狩ってしまえば、その時こそ我々は殺人鬼に堕ちる。


 ―――だから、皆さん。彼らを敬意をもって殺しましょう。

 彼らも我々と同じく、軍人としての肩書を持っている。故に彼らを殺すことは法律的に罪にならず、自らの未来を守る為に殺すことは倫理的に罪にはなりません。


 だから、敬意を抱きながら、全力で粉砕しましょう。


 それが、価値観を完全に異とする彼らに対する、唯一通用する礼儀だと思うのです。

 皆さんだって、ヘラヘラと優位に甘んじる者に殺されたら死んでも死にきれないでしょう? でも、精悍な面持ちの職業軍人に殺されるならまだ諦めはつくと思うんです。いやつかないですけど。


 だから、正規軍人の人も。臨時で軍属扱いになっている人も。


 殺すために殺すのではなく。


 生きるために殺して下さい。


 ……本当はこういうこと指揮官が言っちゃ駄目なんですけどね。

 でも、皆さんが今後余計なものを背負って生きることにはなってほしくないんです。

 だって若いのですから。これからもぞっとするほど長い人生を生きねばならないのですから。


 皆、ありがとう。助けてくれてありがとう。これからも、よろしくお願いします」







「―――それじゃ、行きましょうか」


「ん!」


「ですわ!」


「了解!」


「任せなさぁい!」


 散っていき、それぞれ予定の配置につく戦士達。

 全員が準備完了したことを確認し、イリスは腕を正面に毅然と伸ばして命じた。

 呼ぶのはこの船の新しい名。いつまでも不動の巨城(アルク=アンシム)などと呼ぶわけにはいかず、改装と共に改名された少年少女のノアの方舟。

 異世界初の全通甲板船として改造されたこの船に、イリスはこの名を与えた。


(フィリート)(・フィリックス)、前進原速。―――『遠すぎる空作戦』、開始!」


 本格的な巡航を始める不動の巨城(アルク=アンシム)改め、竜騎士(ドラグーン)運用航空母艦 (フィリート)(・フィリックス)

 僅か6名。歴史上、そしてこれからも更新されることはないであろう少人数での強襲上陸作戦が始まった。





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