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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
68/85

準備





 泣き言やら何やらが終われば、途端に冷静さを取り戻したイリスは情報の整理をし始めた。

 独断的な偵察であったが、無意味ではなかった。ギイハルトの収集した情報と照らし合わせば、十二分な情報は確保されたのだ。

 敵の配置、分布、補給能力、その他諸々。

 専門的な部分に関しては軍人畑の人間が分析するとして、当然といえば当然だが、アスカはスクトゥムについて食い付いた。


「あの男が、ラサキにいますの……」


 因縁の相手に、嫌悪感丸出しで顔を顰めるアスカ。

 清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)総指揮官、スクトゥム将軍。先の処分からかつてほどの権限はないが、今もなおラサキの防衛を担う難敵である。

 アスカを始めとして女性陣からの人間的評価は著しく低いスクトゥムだが、イリスやギイハルトら軍人達の敵としての評価は一概には低くはない。

 そもそも、無能であればあの立場になることすら叶わなかった。防衛陣地の敷設、補給線の構築、部隊の士気向上まで。手は古いがそつがなくこなしているあたり、凡将としては及第点の能力を有しているといえた。

 教科書通りだからこそ粗がなく、隙が見当たらない。


「それでも我々は、この人数でラサキを制圧しなければならない。撤退の術はなく、前進すべき理由はある」


「無理っつうか、無謀だがな。死中に活を求めるのは趣味じゃないぜ」


 ギイハルトがしかめっ面で苦言を呈す。


「お国の為にラサキを攻めるのは判る。けどよ、アーレイさんまで助けなきゃいけない理由はなんだ?」


 イリスは少し驚いた。ギイハルトがアーレイに好意を抱いていることを知っていたからだ。

 ギイハルトは今、好意を抱く対象を『切り捨てるべき少数』ではないかと言ったのだ。


「国か、アーレイさんか。まずはどっちか選べよ。賭けんのは全員の命だぞ」


「なぜ私が、貴方のルールに従わねばならないのです。友人も国も、全て守ればいい」


 毅然と言い返すイリスに、ギイハルトは肩を竦める。


「人はそんなに強くない。助けられるのは一人だけ。選べるのは一つだけ。いつだってそうだった。それすら出来ない者は誰も助けられない」


 それはある意味、真理なのであろう。

 自分という『1人』を犠牲にしても尚、他の誰か『1人』を助けるかどうかすら定かではない。人が人に出来ることなど、所詮その程度なのだ。


「お前は軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンなんだろう? かつて国を救った英雄だ。お前がその理屈を知らないはずがない」


 当然、知っていた。

 自衛隊員の頃から徹底的に叩き込まれていた。『お前など虫けらに劣る無力な存在なのだ』と。

 しかしそれでもイリスは目を逸らさない。


「身一つで人が宇宙に行けますか? 月に立てますか?」


「何を、なんだそれ?」


「人は確かに無力です。でも、人は地上最悪最強の化物です。この世全ての生物を死滅させうる可能性にまで至った種族は、人間以外にはない」


 ようはやりようです、とイリスは紙を取り出した。レジェメである。


「昨晩の騒動で、ラサキも警戒を強めている。それを『やりよう』で打開出来るってのか」


「一策講じました。これも大概賭けですが、無策で突っ込むよりは万倍マシでしょう」


「つかこの資料、お前いつ用意してたんだよ」


「作戦の概要はシンプルです」


「なぁ、無視やめようぜ。つか急に元気になったぞこいつ」


 ギイハルトの怪訝な目を無視し、イリスは作戦概要を宣う。


不動の巨城(アルク=アンシム)を、ラサキの海岸にどっかーんと突っ込ませます」


 聞いていた一般人達は思った。この子頭おかしい。

 聞いていた軍関係者達はこう思った。こいつ頭おかしい。


「ふふふっ、なんだか楽しくなってきました。いいですよねこういうのって」


 ランナーズハイというべきか。窮地が続いた結果、イリスの頭脳はむしろ冴え渡っていた。

 強いていうならば、徹夜の後にかえって目が冴えてしまう状態かもしれない。

 色々と駄目だった。


「それじゃあ皆、作業開始です! さあ、元気よくいってみましょぎゃあああああっ!?」


 右足の痛みに突如叫ぶイリス。

 なんとなくイラッとして、暗示魔法をカットするソフィーであった。







「船の上部構造物、本当に壊しちゃっていいの?」


「構いません、必要な物は全部運び出してあります。後処理はギイハルトに任せるので、終わったら次の作業に移って下さい」


「イリス、指示された物は全部集めたよ」


「お疲れ様ですククリ。ではブージと例の作戦の打ち合わせをしておいて下さい。呼吸を上手く合わせる必要があるので」


「最近わいの出番少のうないけん?」


「シロ、そんな貴方には一番槍の名誉を授けましょう。見事先陣として勝利の糧として散るのです」


 ソフィーから予備の翼箒(ブルーム)を貰い受け、艦内を飛び回って指示出しに専念するイリス。

 彼女自身が働いていないことに文句をいう者などいない。そもそも何故動き回れるのか不思議なレベルの絶対安静状態である。

 無論若干名は休んでいるように進言していたが、大半の者達は彼女が言われ素直に応じるような人物ではないと既に諦めていた。


「復活したら復活したでうざいな、アレ」


「口を動かしなさい」


「へいへい」


 イリスの引いた図面通りに船を改造するソフィーとギイハルト。イリスの意図するところは単純であり、故に効果的であることが予想された。


「アーレイさんの命の期限ギリギリまで、何も行動せず作戦準備に集中するとはな」


「戦力の逐次投入は下策」


「そりゃそうだけどよ、いてもたってもいられず夜中に飛び出すような奴が翌日にはアレだぜ? 今泣いた烏がもう笑うって奴だろ」


「使い方微妙に間違ってる」


「情緒がガキレベルってことだ」


 ギイハルトはソフィーの魔法で締め上げられた。


「イリスの悪口、駄目」


「ちょ、ちが、そういうところも可愛いなーってことだよ!」


「色目を使う、駄目」


「好きでも嫌いでもアウトなのかよ!」


 こいつも大概アレだった、と会話の相手にソフィアージュを選んだことを後悔するギイハルトだった。

 ソフィーも本気で魔法を使っていたわけではなく、軽くギイハルトを拘束していただけだ。すぐに魔法が解除され彼は開放される。


「ってぇなぁ。爛舞騎士(ラウンドナイト)にまともな奴はいないのかよ」


 ギイハルトは多少なり顔見知りの爛舞騎士(ラウンドナイト)を反芻する。

 仮面姿で活動し情緒不安定なイリス・ブライトウィル。

 行方不明になっていたと思いきや、イリスにお熱であったソフィアージュ・アンドリュース。

 悪い噂は聞かなかったが、そもそも裏切り者だったバール・ド・デュラン。


「まともな奴はいないのか……」


 目眩を覚えたギイハルト。祖国の今後に憂いを覚えずにはいられなかった。


「そもそも貴方は勘違いしている」


「伺おうじゃないか」


「女の子は―――少し、間が抜けていた方が愛嬌がある」


 byスティレット。

 ギイハルトは『何言ってんだこいつ』と冷めた視線をソフィーに向け、作業に集中する。

 教わった魔法で鉄骨を切断していき、再利用する箇所を甲板に集める。

 そこに再びイリスが箒に乗って現れた。

 裸で。


「ちょ、お前何やってんだ馬鹿野郎!」


 慌てて回れ右をするギイハルト。ウブっ子である。


「ん? いえ、ちょっと沐浴でもしようかと」


「風呂でも水浴びでも構わねぇよ! なんで裸で彷徨いてんだよ馬鹿!」


「何を今更……ああ、すいません。ちょっと前まで女世帯だったので、つい」


 目の毒ですよね、とふざけてウッフンしてみせるイリス。

 ギイハルトは赤面し、自分の上着を投げ付けた。


「この痴女が! 死ね糞女!」


「何この平坦な体に赤面しているのですか。ロリコンですか貴方」


「があーっ!!」


 怪我人に当たるわけにもいかず、頭を掻き毟って唸るギイハルト。


「ギイハルト……貴方、ロリコン?」


 訊ね、そそくさとギイハルトから離れるソフィー。

 この船に転がり込んでから、禄なことがない。やはりイリス・ブライトウィルと自分は相性が悪いと再確認するギイハルトであった。


「ところでお二人とも、私の勲章見ませんでした?」


「勲章……ってお前」


 イリスが訊ね、ギイハルトが愕然と言葉を失う。

 彼女が有している勲章は多数存在するが、やはり最も有名なのは一つだ。


「たぶん偵察の時でしょうけれど。黄金柏陽剣付金剛双翼勲章、なくしてしまいました」


 テヘペロ、とウインクするイリス。

 ギイハルトはもう頭がクラクラする思いであった。英雄ってなんだっけ。最強の称号ってなんだっけ。


「なら私のあげる」


「いえいえ、今度フランから巻き上げるのでお気になさらず」


「そう? ならとりあえずはんぶんこ」


「クッキーではないのですから、魔法で切っちゃ駄目です」


 あとでアスカに頭痛薬の備蓄がないか訊こう、とギイハルトは決意した。




 体を洗い着替えさっぱりとしたイリスは、早速自分の仕事に取り掛かることにした。

 貧乏性の彼女の辞書に安静という言葉はない。昼寝をしっかりととれば夜間3時間睡眠でも日常生活に支障をきたさない人間である。


「まあ逸話なんてそんなものですよね、っと」


 イリスは日本語で書かれた作業リストを再確認する。


 ・汎用装甲騎竜鎧(タンクチェイル)の制作

 ・使用不能となった戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)を利用した船舶高速推進装置

 ・誘導装置を備えた巡航ミサイルの制作

 ・不動の巨城(アルク=アンシム)の甲板を竜騎士(ドラグーン)運用に適した全通甲板に仕様変更

 ・対バール対策の切り札を準備


「なんだ、羅列してみるとたった5つではないですか。楽勝ですね」


 これからしばらく不眠不休になることから目を逸らしつつ、イリスは宣った。


「さて、とりあえず元がある推進装置の改造から……」


「イリス、大変だよ!」


「ふへっ?」


 突如駆け込んできたククリに、イリスは飛び上がる。


「ど、どうしたのです? 何かトラブルでも?」


「ギイハルトさんに食事当番をお願いしたんだけど―――あの人、料理出来ないって!」


 だからどうした、と溜息を禁じ得ないイリスであった。







 夕食の時間。室内は色々と辛気臭いので、星空の下にテーブルを置き若者達は腹を満たす。

 イリスはアキレウスが遠洋漁業で獲ってきた大量のイワシをすり潰し、揚げ団子を作った。

 骨が柔らかいイワシはわざわざ丁寧に骨を除去する必要がない。ズボラな男料理を得意とするイリスとは相性が良い部類である。


「このメンツで一番料理が上手いのがアイツって、どういうことだよ……」


 愚痴りながらも団子を頬張るギイハルト。

 イワシ団子の隣には餡掛け焼そばに近い料理も大盛りで用意されている。船内に残ってた野菜をかき集め、適当に炒めて餡掛けを作り、茹でた麺にぶっかけた即席料理だ。


「貴族の娘に料理のスキルなんてありませんわ」


「でも忙しいイリスに任せっきりってのも不味いよ」


「実際問題、士気に影響するわ。下手な人には任せられない」


「美味けりゃーなんでもいいじゃけぇ」


 女の子3人はガツガツと餡掛け焼そばモドキを頬張るシロを見やる。犬猫に人間基準の食べ物を与えてはいけないことくらいこの世界でも知られているが、そんなことお構いなしである。

 しかしすぐに『まあいいか』と気にしないことにした。この猫が猫らしからぬ行動を取ることくらい今更である。

 アスカは焼そばモドキを食すククリを見て、眉を顰める。


「ちょっとククリ、貴女お食事の時は髪を纏めなさいな」


「ん? いいよ、髪の毛くらい食べたって死なないし」


「ああもう、粗雑さが本当に殿方みたいになってしまってますわ。せっかく整ったお顔立ちなのに」


 男装して生活していたククリは、あまり身嗜みに頓着しない。

 アスカは彼女のそんな部分が気になるらしく、時々ククリを弄っていた。


「お化粧くらいしなさいな。前にも言いましたが、軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンはレズですわよ?」


「……その噂、軍の外まで広がってるのかよ」


「臭い殿方は近付かないで下さいませ。ここはガールズトークの場ですわ」


「へいへい」


 追い出されるギイハルト。男女比率が偏っているので、彼は船上において微妙に肩身の狭い思いをしている。


「んで、その働きもんのイリスンはどこ行ったんや」


「疲れたからアキレウスと哨戒飛行してくると言っていましたわ」


「哨戒飛行って警戒するんだよね? 疲れるよねむしろ?」


 見上げれば、曲芸飛行をするアキレウス。彼女達の視力では見えないが、背中にはイリスが乗っている。

 何故哨戒飛行で曲芸飛行しているのだろうか、と突っ込む者はもういない。世の中にはスクランブルで敵戦闘機に接触した際、バック・トゥ・バックで記念撮影をするパイロットもいるのである。


「あら、もう1人上がってますわ」


「ギイハルトかな?」


「いや、だから俺はここにいるってーの」


「また来ましたわね性懲りもなく」


 ギイハルトが女子会に首を突っ込みウザたがれる。

 女性は独自のコミニティを構築するものだ。そこに無遠慮に入ろうとする男児は、大抵拒絶される。

 冷たい視線を向けてくる女子達に、彼はへらへらと笑う。


「んだよ、そんな邪険にすんなよ」


「お黙りなさい、童貞」


「いや童貞じゃねーし!」


「臭いで判りますわ。ああ童貞臭い、童貞が伝染りますわ」


 うぐぐ、と歯を食い縛るギイハルト。この場はアウェイ、正論で反論したところで彼を味方する者はいないであろう。

 盛大に舌打ちして、船の縁へと戻るギイハルト。

 彼の背中をソフィーが追う。


「話は終わっていない。勝手に戻らないで」


「理不尽だな!?」


「貴方が飛んでいないなら、あれは誰?」


「知らねぇよ、はぐれの黒竜(ダークドラゴン)じゃねーの? 1匹くらいなら問題じゃねえって」


 顔と空戦技能だけは一流だからな、と余計な一言も忘れないギイハルト。


「イリスは顔だけじゃない。性格もいい。料理上手。頭も天才」


「ただし胸はない」


「死ね童貞」


 ギイハルトの嘲笑はソフィーにも流れ弾が行った為、もれなく口撃の対象となった。


「でも、なんだか動きがおかしくありませんこと?」


「あ、月明かりでちょっと見えた」


 ククリは専門家だけあって、僅かな情報から謎のドラゴンの特定に成功する。


「あれは黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)だね。黒竜軍(リストダーク)の運用する強力なドラゴンだよ」


 なるほど、と納得する一同。

 そして途端慌てふためく。


「コ、汚染兵(コンタサール)っ!?」


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