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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
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吐露1






 イリスの意識を覚醒させたのは、脳を焼けた棒で掻き回されているかのような激痛であった。

 目を開ければ、見えたのは何度も世話になっている部屋の天井。

 不動の巨城(アルク=アンシム)の医務室。元はセラミーの城であり、現在はアスカが薬品道具を整理している部屋。

 イリスは戻ってきたのだなと納得し、すぐに疑問符を浮かべる。どうやって戻ってきたのだろう、と。


「やっぱり、暗示魔法で痛みを―――」


「駄目ですわ。神経に影響を与える暗示魔法は、本来そんな簡単に使っていいものではありませんわ。まして複数人で1人に対して行使するなんて」


 ベッドの周りでは、少女達が忙しそうに動いている。

 何かしらの魔法を維持するソフィー。道具が揃っているか確認するアスカ。調理室から熱湯の薬缶を運ぶククリ。


「……皆さん、何を」


 声を発したイリスに、真っ先にアスカは反応した。


「起きましたの? 寝てればいいものを」


 アスカは手を止めることなく、現在の状況を説明する。


「昨晩、イリスがいなくなっているのにソフィーが気付いたんですわ。魔法で船内を探しても誰もいないことから、そのまま夜の空に箒で飛んでいってしまって」


「心配した」


「そしたらついさっき、殿方とドラゴンをつれて戻ってきたの」


 ククリが説明を継ぐ。ドラゴンと聞いてフランシスカの呼び寄せた黒竜(ダークドラゴン)に追い掛け回されたのかと危惧したが、どうやらそうではないことは背後で憮然としたしかめっ面のギイハルトの存在から解った。


「右往左往していたから、連れてきたわ」


「誰のせいで右往左往してたと思ってんだ」


 ギイハルト達はイリスを連れてクルツクルフへ帰還しようと行動していた。しかし、それは上手くいかなかったのだ。

 そんな彼らをソフィーは発見、イリスが気を失い重体であることに一悶着あったものの不動の巨城(アルク=アンシム)へと案内する。


「……追跡はされていないはずだ。まあ、あいつら相手にどこまで騙せてるかは怪しいが」


 明確な根拠もないのに危機感を抱いている最大の理由は、やはりあの白い地面であった。

 ラサキのほぼ全てを舗装する白い地面。あれが何らかの装置や魔法であるのならば、ギイハルトもイリスもずっと監視されていた可能性が高い。

 ならば、不動の巨城(アルク=アンシム)へ向けて飛行したことが露見していても不思議ではないのだ。


「案外平気そうですわね。興奮で痛みが緩和しているのかしら?」


「そういうわけでは……脳内麻薬はもう止まっているみたいです」


 アドレナリンによる鎮痛効果はもうない。イリスが大人しくしているのは、単に彼女が痩せ我慢しなれているから。

 船に運び込まれたのは本当につい先程。今もイリスの右足は肉が露出し、断面から血が滴り落ちている。適切な止血がなければとっくに出血死している状態だった。

 むしろ、今この瞬間ショック死してもおかしくないのだ。


「他に適任がいませんわ、僭越ながら私が手術します」


 そう宣言するアスカに、イリスは冷や汗が吹き出すのを感じる。

 碌な専門教育を受けていないアスカの手術など恐怖でしかない。それでもイリスは笑ってみせた。


「アスカに頼むなら安心ですね。よろしくお願いします」


「そういうの、いりませんわ。死ぬ可能性の方が遥かに高いことはご了承下さいませ」


 ぴしゃりと告げられ、手術は開始する。

 肉を切り、骨を切断し、血管をつなぎ直し、皮膚を縫合する。

 あまりに原始的な手術。朦朧とした意識の中、イリスは罰だと思った。

 ちゃんと爛舞騎士(ラウンドナイト)を出来なかった罰なのだ、と―――







 血やら体液やら、様々な物で汚れたシーツを誰かが取り替える。

 イリスは生きていた。消耗しきっていたが、辛うじて片足を失いつつも命を繋いでいた。


「お前何がしたかったんだよ、アイツに攻撃したら駄目だって言ったろ俺は」


 苛立った様子のギイハルトが、椅子を後ろに傾けつつ問う。

 船の住人は合計5人と3頭と1匹となり、ついこの前まで当然であった人の気配も多少なり戻ったように感じられる。単に人数が増えただけではなく、その誰もが慌ただしく動き回っていることも理由の一つであろう。

 皆、自分の出来ることを必死に行っていた。イリスと付添いのギイハルトだけが、時間を浪費していた。


「ごめんなさい」


 イリスの言葉に覇気がないのは、術後の消耗だけが理由ではない。

 痛みに関しては、元々イリスは暗示魔法を使えたので、目覚めている限りは自分で誤魔化せる。久しく使った魔法だが、ソフィーに改めて教わったので精度に問題はない。

 イリスが消沈しているのは、主に精神的なものであった。


「お陰で俺達まで帰還不可能になっちまった。お前が爛舞騎士(ラウンドナイト)……軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンだっていうのなら、判るだろ?」


 イリスは首肯する。

 ギイハルトが王都クルツクルフからこの土地に来るのに戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)を使用したことは聞き及んでいた。当然、帰りの予定も戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)頼りだ。

 嵩張る高価な装備だが、格納魔法を使えば予備を含めて何セットでも持ち運べる。金のかかる作戦だが、敵の中枢を偵察・攻撃出来るということはその価値に見合う有効な戦術なのだ。


「高台を、抑えられましたか」


 しかし戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)は高い場所から離陸せねばならないという問題点がある。非稼働状態で飛ぶことは出来ず、第三世代(汎用型)工学竜鎧(カノンチェイル)の特徴たる空中武装換装も非対応。

 バールならばこの弱点は当然承知していたはずであり、離陸に必要な『ドラゴンに戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)を装備させる作業が可能な、開けた高台』という限定的なポイントを事前に警戒することが可能であった。

 ―――自分の失態のせいで、ギイハルトは帰還手段を失った。イリスはそう理解した。


「本当、やってくれたな劣等生」


「ごめんなさい」


「まったく、とんでもない爛舞騎士(ラウンドナイト)もいたもんだ!」


「ごめんなさい」


「……本当、お前クソだな」


「ごめんなさい……」


 今にも泣き出しそうなイリスに、ギイハルトの苛立ちは募る。

 ギイハルトが我慢ならなかった。この女々しい女に一発ぶちこまねば気が済まなかった。

 やおら立ち上がり、拳を握り締める。

 そして腕を振り上げ―――


「―――チッ」


 バックステップにて、魔法を避けた。

 側面より飛来した魔法の火。加減されたものであったが、充分殺傷性を持つ火力は『彼女』が本気であったことを証明している。


「イリスを馬鹿にするな」


 底冷えするような声。

 ソフィーは再度魔法を発現させ、いつでもギイハルトへ打ち込めるように待機させた。


「イリスを馬鹿にするな!」


「ソ、ソフィー?」


 今まで見たこともないようなソフィアージュの怒気に、イリスの方がかえって困惑してしまう。

 ソフィーの目はそれほどまでに鋭くギイハルトを射抜いていた。


「……ふん」


 鼻を鳴らし、ギイハルトは踵を返す。


「交代の時間だろ? 精々爛舞騎士(ラウンドナイト)同士で仲良くしていればいい」


 手をひらひらと振り、これ以上続ける意志はないとソフィーにアピールするギイハルト。

 しかし扉の前に立った彼は、だが扉を開こうとはしない。


「ギイハルト?」


 どうしたのかと訝しむイリス。

 彼は退室する前に振り返り、ギロリとイリスを睨んだ。

 ソフィーが魔力を手の上で結合させるも、イリスが手で制し止めさせる。元男児としての直感か、ギイハルトが何かしらの決意を固めたことを見て取ったのだ。


「イリス・ブライトウィル!」


「ごめんなさい」


「……何がだ」


「私は、殿方とお付き合いするとかそういうのは考えられなくて……」


「なんの話だ!?」


「私に告白しようとしたのでは?」


「違う!」


 元男児としての直感、アテにならなかった。

 腰を折られしばし憤慨し、重体の少女に当たる訳にもいかず悶絶していたギイハルトは、やがて改めてイリスに向き直す。


「イリス・ブライトウィル!」


「そこからやり直すのですね」


「さっきのは八つ当たりだ。八つ当たりに言い返しもしいないなんてどうしようもないクソったれだなお前は!」


「はぁ?」


 意味が解らない、と困惑するイリス。


「……すまん」


 きっちりと背筋を伸ばしての謝罪。

 筋を通さねば自分を嫌いになってしまいそうで、彼は自分の為に彼女に頭を下げた。


「ああ、えっと。お気になさらず。私がヘマをしたのは事実ですし。お互い水に流すと―――」


「お前のそういうところ、嫌いだ」


 ギイハルトはイリスを睨み、踵を返して今度こそ出ていくのであった。







 ソフィーが痛み止めの暗示をすることで、魔法の維持から開放されたイリスは泥のように眠った。

 自身より幼いのに、まるで母親のようにイリスの手を握り続けるソフィー。

 夜中に飛び起きて、敵地上空を飛び回ったのだ。ソフィーも疲れていないはずはないが、そんな様子はおくびにも出さずイリスに付き添う。

 暗示魔法の発動条件は『信頼』。無条件に相手を洗脳出来るわけではなく、細かな術式に加え相手に心を開く必要がある。

 ソフィーは出会った当初から、イリスに何ら抵抗なく暗示魔法をかけていた。爛舞騎士(ラウンドナイト)としての技能といえばそれまでだが、前々から彼女がイリスに対して特別な感情を向けていることはイリス当人も気付いている。

 それが何なのかはともかくとして。

 何故、ソフィーは自分をそこまで想ってくれるのか。夢の中、イリスはそんな疑問を抱えつつも、手から伝わる体温に感謝していた。

 子供の体温は一般的に成人より高い。しかし、ソフィーの手の平からは熱以上のものが伝播してくるような気がしたのだ。





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