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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
62/85

急降下爆撃2




 不動の鉄城(アルク=アンシム)の甲板には、甲冑を着込んだ男達が眠るように死んでいた。


「皆はここで待っていて下さい」


「イリス、どうするの?」


 少し時間を置き、船に降り立ったイリス達。

 イリスは仲間達に甲板の開けた場所で待機しているように伝え、手近に頃がっていた槍を手に取った。

 そして、近くにあった死体に突き刺す。


「な、何をしていますの……!?」


「死んだふりをしていないかの確認だよ」


 若干顔を青くしつつも、ククリが説明する。

 激戦後は多くの人間が倒れているのが常だ。そして、それら負傷者は大抵の場合かなりの数が生存している。

 体を銃弾で撃たれようと、手足を大きく裂かれようと人間は簡単には死なない。猛烈な痛みで立ち上がることも出来なくなるが、それでも戦闘終了後に放置され数時間後やっと死ぬ、なんてことは珍しくないのだ。

 そして、戦場の勝者には一つの仕事が生じる。それが敵兵の生死の確認である。


「一人一人脈を確認するわけにはいかないから、ああやってトドメを指すって聞いたことがあるよ」


 泥臭いと思うことなかれ。この作業、現代軍でも銃剣にて行うものである。

 銃の先にナイフを取り付けた簡易の槍、銃剣。世界各国にて未だに採用され続ける原始的な武器だが、これは銃剣突撃などの白兵戦以外に敵兵の生死の確認も想定されている。離れた場所から死体を突いて、死んだフリをしていないか確認するのだ。


「……野蛮ですわ」


「戦争だもの」


 イリスは後味の悪い仕事を少女達にやらせまいと考えたが、ソフィーは指示を無視した。

 倒れている騎士に魔法を打ち込み、生死の確認に参加する。

 しばし葛藤するも、意を決したアスカも槍を手に取った。


(わたくし)も―――」


「参加しないで下さい」


 ピシャリと止めるイリス。


「この仕事をしていい最低条件は、刺されまいと反撃してきた敵に対抗出来ることです。ソフィーはともかく貴女に出来ることはありません」


 それは半ば咄嗟についた出鱈目だったが、あながち間違いでもなかった。

 イリスやソフィーならばとかく、アスカでは手負いの騎士にも遅れを取る。

 黙々と騎士を突くイリス達。悪名高い燃料気化爆弾の致死性は遺憾なく発揮されており、爆心地から離れた甲板上だというのに一人も生存者は確認されない。


「イリス、ところで(わたくし)はククリの後ろで工学輪唱銃(スペルカノン)を構えている必要ありましたの?」


「まあ急降下爆撃機の後ろにはガンナーが乗るものですし」


 何言ってんだコイツと言わんばかりのジト目を後頭部に感じ、イリスは咳払いで誤魔化す。


「ですが地上に残してくるというわけには行かないでしょう? それに哨戒が私を無視し貴女達を追う可能性もありました、その時は後部機銃の出番ですよ」


 死体を集め、甲板に並べていく。

 皆綺麗な顔をしており、爆弾で死んだようには到底見えない。

 イリスはおおよその人数を数え、眉を潜める。いたはずの顔が何割かいなくなっているが、第四騎士団(メルオン・パル)の総数と死体の数は大差がなかったのだ。


「思ったより人が船から脱出していない。こちらの空き巣計画を看破されていましたか」


「住人を殲滅する空き巣……?」


「なにそれ怖い」


 少女達の燃料気化爆弾に対する感情は当然ながら恐怖であった。

 ただ一発の鉄の筒。それを落とした結果が、騎士団数十名の全滅。

 それに伴う巨大なキノコ雲もまた、異様な畏怖を煽っていた。

 規格外な規模にて生じる、異形の爆炎。人工のものとしては世界で初めて空を貫いたであろう特殊な積乱雲は、人類の罪を具現するかのような錯覚を覚える。


「僕達が落として、この人達は亡くなったんだね」


「気化爆弾の使用を判断したのは私です。この兵器の詳細を知らなかった貴方達に背負うべき責任などありません」


「知らなかったんやなくて教えなかったんやろ?」


「少し黙ってろ畜生」


 シロの顎をこしょこしょするイリス。


「ごろごろぉぉぉ、あかん、いってまうぅっ! らめぇぇ!」


「こんなに強力な武器があったのに、これまで一度も使われてなかったのは何故なの?」


 軍属故に軍事に造詣のあるククリだが、燃料気化爆弾については初見であった。

 もっとも、その理由に関しては単純だ。


「派手さの割に殺傷範囲は狭いし扱い難いし、いうほど優れた物ではありません」


 燃料気化爆弾とは主に地上攻撃に特化した爆弾であり、飛行目標に対しては費用対効果が悪いのである。

 無意味とはいわないが、ソフィーが真空の層で容易く爆圧を防いだ通り、ある程度の装甲厚を有する存在―――つまりドラゴン等には効きが悪い。

 今回は船内での起爆だったので、不動の鉄城(アルク=アンシム)内部にいたドラゴンも全滅(軍事的に言い換えれば殲滅)している。しかしこれは室内であったからこそ。

 開けた空間で爆発しても、騎乗する騎士はともかくドラゴンに対してはほぼ無意味に終わってしまう。黒竜(ダークドラゴン)との戦闘がメインである抗竜戦暦(エンレムドミニ)では効果があまりに薄い、それが燃料気化爆弾という兵器であった。


「―――どうやら、綺麗に全員死んでくれたみたいですね。しかし……」


 隅々まで調べ尽くしたイリスは、死体の奇妙な点に気付く。


「なんでしょう、この体液は?」


 亡骸から漏れ出す、ネバネバとした液体。

 体液が漏れ出すには早すぎる。槍先で突っついてみると、その白い液体は槍の先端に付着して餅のように伸びた。


「アスカ、これが何か判りますか?」


「し、知りませんわよ!」


「……死体を海中投棄しましょう」


 イリスも自慢出来るほど死体を見慣れている訳ではない。気化爆弾で生み出された死体はそういうものなのかと、これ以上は気にしないことにした。

 船上で戦死した者を片付すにも相応の習わしがあるのだが、逼迫した状況では簡素化されることも珍しくはない。まして敵ならば尚更だ。

 かつての経験から死者の弔いは丁重に行いたいイリスであったが、膂力に乏しい女子3人男子1人となればそれは物理的に難しい。

 少女達はただひたすら作業的に、亡骸を海に捨てていった。


「厩舎のドラゴンはどうしますの? (わたくし)達では甲板まで運べませんわ」


「船の横っ腹に穴を開けてしまいましょう。でも強引にやるとリベットが……」


「えいっ」


「うわわっ!? 金具が跳ね回ってるぅ!?」


 魔法で無理矢理甲板を剥がすソフィー。慌てて確認し、怪我人がいないことに安堵しつつイリスは亡骸の処理を続ける。

 数々の遠征任務で一騎当千の如き活躍をしてきた騎士達も、圧倒的火力の前には蹂躙されるだけ。イリスは戦争の理不尽なまでの一面を垣間見た気がした。


「―――ああ、そういえば」


 ヘスコ島にて、黒竜(ダークドラゴン)が不自然に船を襲わなかったという情報があった

 あの時は汚染兵(コンタサール)による何らかの作戦行動かと疑ったが、そうではなかったのだ。

 清奏派(セインレイト)黒竜軍(リストダーク)から狙われない何らかの技術を有している。だからこそ、船は攻撃の対象とはならなかったのだ。


「……重い」


 人間は軽くない。

 鍛えた人間の体重はイリスの倍に達する。単にイリスがチビなだけでもあるが、彼女にとって死体を引き摺るのは重労働だった。

 死体の顔を見る。出陣式でイリスにセクハラかましてきた男であった。

 彼女の選択した行動の結果。人を殺したのは別に初めてでもなく、葛藤こそあれど割り切れはする。

 自分に関しては、自身に降りかかるべき責任に関しては。


「……やはり、リスクが大きすぎます。作戦は決行するべきではありませんでした」


「まだそんなことを言っていますの? 作戦は危なげなく成功したように見えましたが」


 くどくすらあるイリスの悔恨に、アスカは溜息を吐く。


「なんとかなりましたわ。貴女は少し考えすぎです」


「う、ん」


 立ち去るアスカ、残されるイリス。


「やっぱりだめだ。こんなの、だめだ」


 イリスは決意した。


「自分は、ラウンドナイト(自衛官)なのだから―――」







 ややあって、不動の鉄城(アルク=アンシム)は東へと舳先を向けた。

 イリスが音頭を取り船を進めること10時間ほど。連日慣れない作業と疲労が蓄積し、彼らは消耗し始めていた。


「僕、航海術なんて判らないよ」


「安心して下さい。私も同じですから」


 動力厩舎室にて、ブージを踏み車の上で歩かせるククリ。彼にイリスはそっと笑いかける。


「そっか。不安なのは僕だけじゃ……ええっ……」


 ククリは自分と同じ不安を抱いていた者がいることに安堵し、すぐに絶句した。


「ちょ、それじゃあこの船どこに向かっているの!?」


「右」


 イリスは地図の右方向を指差す。古典的な地図を読めない者の回答であった。


「これ深夜開けのテンションだわ」


「実際皆眠ぅしのう」


 くあぁ、と欠伸をかますソフィーとシロ。


「頼まれていた仕事、終わったわ」


「お疲れ様です、ソフィー」


 丁度よく4人が揃ったことで、今後について改めて打ち合わせる流れとなる。


「どうするにせよ、まずは情報収集です」


「殴り込みですわね!」


「威力偵察はなしですよ。我々の存在をわざわざアピールするだけです」


「間諜やで」


「カンチョー……」


 赤面するアスカ。色々あれだが、根はウブっ娘である。


「はい、少数精鋭でぶすっとイキましょう」


「おっさん臭いですわよ貴女」


「ぎくっ」


 航海術を知らないイリスだが、航行術は知っている。

 むしろ船の速度は遅く、充実した設備で観測出来ることから難易度は航空機のそれより低い。


幽霊海峡(ウーディン・ストーク)を抜けて南大洋(アトルフィック)を航行中。海岸線から目視されないように、12海里より外側を進みます」


「12海里ってどこから出てきたの?」


「利権とか実権とか色々くだらない議論からです。まあそれだけ離れていれば、まず肉眼で発見されることはありえません」


 大陸の南には、人の調査の及ばぬ大海が広がっている。黒竜軍(リストダーク)の侵攻が始まる以前から、あまりに広大な海の前に人は行く手を阻まれ地図すらも碌に描かれていないのだ。

 大海の西側、魔獣が支配する太西洋(パシランティス)。大海の東側、人類がかつて探索の手を伸ばしていた南大洋(アトルフィック)。この航海において突入することはないが、当時の船舶技術では厳しい太西洋(パシランティス)の外洋航海であっても不動の巨城(アルク=アンシム)ならば不安はない。


「ないんですの?」


「……カタログスペック上は」


 海棲魔獣の攻撃に耐えられる強度が確保されている、という情報は気休め程度にはありがたいものであった。


「ラサキって町は漁業はやってないの?」


 漁船と出くわしたらお終いだと主張するククリ。しかし、イリスはその危険性を否定する。


「ここいらはもう、風の国(ルークキャリング)の国土なのですよ」


 それがどうした、と返す各々の視線にイリスは説明を続ける。


黒竜(ダークドラゴン)の支配域は暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)と呼ばれ、その深度が深まるにつれ生物の生存には適さない環境へと変質していきます。最初は動物がいなくなり、やがて植物も死滅する。この現象はもうこの近辺から始まっているんです」


 イリスは窓から海を覗き込む。

 当然海底など見えなどしない。精々深度数メートルが限度だ。

 しかし、この海が塩害ならざる理由から死海と化していることはアキレウスによって確認されている。


「ここにもう、捕るべき魚なんていません。漁船なんて操業しているはずがないのです」


 ごくり、と誰かが息を呑んだ。


「ぼ、僕達は大丈夫なの?」


「ちょっとくらいならたぶん問題ありません」


「この人たぶんって言った! たぶんって!」


清奏派(セインレイト)の人々だってラサキで生活していますし」


「あの人達、何らかの方法で黒竜(ダークドラゴン)の目を掻い潜っているし参考にならないんじゃないかな!」


「つーかのう、言わへんとっと思っとったんやけど」


 おずおずと挙手するシロ。

 その小さな毛むくじゃらの手を、イリスはぐわしと掴んで肉球をふにふにする。


「こん船、なまらごっつう揺れるんやが」


「船が揺れるのは船が浮かんでいる証拠なので大丈夫です」


不動の巨城(アルク=アンシム)は航続距離削っとる代わりに運動性能狂っとる輸送機かいな……」


 造船技術が発達した地球では、小型のヨットであっても外洋航海は不可能ではない。しかし木造船の流れを捨てきれていない不動の巨城(アルク=アンシム)は、妙に重心が高く復元率の低い設計が成されていた。


「いっそいらない部分を改装しましょうか、4人の為にこの船は過剰です」


 考え無しに口にし、意外と現実的なアイディアかもしれないと思い直す。人員が足りないのならそれ以外で補えばいい。

 勿論複雑な改造など出来っこない。だが、復元力を高めるべく上部構造物を撤去したりなどといった力技ならば決して不可能ではない。

 しかし行うとしても、何をどのような、という点でノープランである。全ては情報収集を終えてからだ。

 イリスは緯度経度から現在位置が当初の目的海域に達したことを確認する。


「投錨するので手伝って下さい」


「あいあいさー」


 ソフィーが船乗り流の返事をする。4人は船首に移動し、車地をひぃひぃ呻きながら回す。

 ガラガラと太く無骨な鎖が海に沈んでいく。やがてズン、と船に重い揺れが鎖から伝わった。


「良かった、海底はそんなに深くありませんでしたか」


「これでいいの? 錨、海底に引っ掛かったかしら?」


「錨は海底に引っ掛かけて船を固定する物ではありませんよ。重い鎖を長く海底に這わすことで、摩擦力にて船を移動しないようにするものです」


「へぇ」


「というわけで、鎖は全部伸ばしてしまいましょう」


「ようそろー」


 正しくは錨鎖を適切な長さで、かつ船を移動させながら降ろさねばならない。しかしイリスはそこまで知らず、かなり適当な投錨作業となった。

 投錨完了した不動の巨城(アルク=アンシム)はやがて行き足を止める。


「海底地形図の重要性が身に染みますね」


 船舶の往来一つとっても、海の深さは重要な情報だ。海面は変わらなくとも浅くて船が入れない海、深すぎて投錨出来ない海など船の行動は様々に制限される。

 港町ではその周辺海域を知り尽くした案内人―――水先案内人という職業が成立するほどに、船の運用に重要な事柄なのだ。


「現在位置ラサキの南方22キロ、そして……」


 アーレイが人柱になるまで、5日。


「……ま、焦ってもことを仕損じます。作戦を練るので、今日は休みましょう」


「そんな悠長な。ねえ、皆さんもいけますわよ……ね?」


 友人が捕まっているアスカは行動の続行を主張するも、疲労を隠せないソフィーやククリを見て語尾を濁す。

 何を隠そう、当のアスカ自身目の下に隈が浮かんでいる。連日の疲労は間違いなく蓄積していた。


「とにかくここまでくれば後一歩です。休むべき時に休むのも大切ですよ」


「……判りましたわ。でも」


 じっとイリスを見るアスカ。

 その瞳に感情は伺えず、意図は読み取れない。


「そう言うからには、貴女も休むんですわよ」


「当然です。私だってもうクタクタなのですから」


 苦笑するイリス。その言葉通り、彼女はその後の時間を休息に当ててのんびりと過ごした。

 4人で夕食を作り、3人が失敗し、1人が全員分調理し直し、4人で身体を洗い、4人で肩を寄せ合い寝静まる。

 そして当然のように、深夜にイリスは単身ラサキへと乗り込んだ。




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