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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
60/85

作戦会議



「とりま、不動の鉄城(アルク=アンシム)を奪還しましょうか」


 イリスの提案に、3人+1匹はとりあえず感想を告げた。


「正気?」


「おバカさんですわ」


「無理だ!」


「なんか最近ノミがかゆうてのー」


 概ね反対意見であった。

 ぷくーっと頬を膨らませ、イリスは主張する。


「ならどうするというのです。国に帰ろうにもこの長距離、素人が飛んで帰還するなんて現実的ではありませんよ。私とソフィーだけならまだどうとでもなりますが」


 うぐぅ、と言葉に詰まる。主に軍人ではない2人が。


「どうせ彼らは、嫌でも船を手放さなければならない。その時まで待つのです」


 動力を喪失した大型船を動かすのは並大抵のことではない。水竜(ミスティ)を多数頭動員すれば曳航することも可能かもしれないが、清奏派(セインレイト)にそこまでの余力はないとイリスは踏んでいた。


「あの船は清奏派(セインレイト)にとって、貴重な戦利品じゃないの?」


「ちょ、やめ、煙が目に染みるんや、やめてぇなぁ」


 船は何とかして持って帰るのでは、とシロを煙で燻しつつ訊ねるソフィー。

 イリスとしてはその可能性は低いと判断している。


「うーん、推測ですが……そもそもバール達がこの作戦にノッた理由は、本当にラサキへの攻撃が痛手になりかねないからだと思うのです。船自体にはさほど価値を見出していないのではないかと」


「イリスを手ごめにする為じゃなくて?」


「仮にバールの目的が私のみだったとしても、他の騎士団員は協力しないでしょ、たぶん……」


 軍隊の命令が絶対であったとしても、そこまで自己中心的な作戦が曲がり通るとは考えにくかった。


「……判りませんわよ。あの男のトチ狂いっぷりは尋常ではありませんでしたわ」


「だから他の団員もトチ狂っている、と?」


「正気の人間が、あんな非道出来るものですか」


 忌々しげに歯を食いしばるアスカ。彼女にとって正気足り得るのはセラミーだけであった。

 彼女だけが、唯一真摯にアスカの言葉に耳を傾けていたのだ。


「まあ、そうですねぇ……」


 言われ、「確かに」と若干同意せざるを得ない気もしなくもないイリスであった。

 何かしら思うところがあり、想い焦がれてしまったからこそ彼らはあの場にいたのだろうとイリスは考える。

 臆面もなく、裏切る前提であったイリス達と笑い合い寝食を共にしてきたのだ。随分な面の皮の厚さである。


「とりあえず、現状をまとめましょう。我々は何をすべきか、何ができるのかを再確認しないと」




「ええっと、まず私ことイリス・ブライトウィルから。私の目的は土の国(アーヴェルア)の勝利、清奏派(セインレイト)の壊滅。ですが正直これは建前です。本命はアーレイとバルドディの確保です」


「ぶっちゃけたよこの人」


 ククリは慄いた。国の命運を二の次扱いすることは、到底騎士の発言ではない。


「正直、清奏派(セインレイト)なんてどうとでもなる相手にしか思えないのです。犠牲の大小はともかく、現時点で反撃したところで土の国(アーヴェルア)は勝利可能でしょう」


 質に関しては方向性が大きく異なる為に単純比較は出来ないが、そもそもの数の差というのはあまりに大きい。

 彼我の戦力差は百倍以上。問題は『どのように勝つか』であって、負ける方が難しい戦争であった。


「私が遠すぎる空作戦に参加した目的はこの通りです。ですがこうなっては、計画の見直しをせねばなりません。即ち、進むか戻るか」


 どちらにしろ船の確保は必要だが、その後の指針は完全に未定。


「それを踏まえての、現状の再確認の場です。では皆さんは……」


「ちょ、……ちょっと待って下さい」


 アスカが震える声で訊ねる。


「なら、どうして。どうして軍隊はファルシオンに助けが来なかったんですの?」


 あっさりと語られた戦況の真実は、到底許容出来る話ではなかった。

 自分達は救われたかもしれないのに、あえて放置された。そう聞こえたのだ。

 何より、それは間違いではない。


「上層部はファルシオンにおける犠牲を切り捨てたのでしょう。今の情勢はとても不安定です。上としては、博打を避けたいと考えるのは当然かと」


「……(わたくし)達が。我々が、あの地でどんな目に遭っていたか知った上で、そんな結論に至ったんですの?」


「把握はしていると思いますよ。ですが」


「ですが、なんですの!?」


 詰め寄るアスカを、イリスは宥めつつも冷徹に話す。


「ファルシオンにおける民間人捕虜なんて、人類の極々一部でしかありません。彼らの苦痛は、国を動かす上での指標にはならない」


 アスカは頭を掻き毟り、自身を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。


「……本当に、辛かったのですわ」


「残念ですが、こんな世の中です。地獄を住処としている人間は、戦争前から少なからずいました」


 救われぬ者が全体の1%から2%に上昇しただけ。ここで焦って行動すれば、より多くの被害が出る危険がある。

 国家が国民を守るのは当然のことだ。だが、1%を救わんとして10%の犠牲が出ては目も当てられない。

 清奏派(セインレイト)はそういう規模の敵なのだ。


「ババみたいな計算式やな、人間ってやつは面倒やわぁ」


「私としては肯定はし難いですが、否定もする気にはなれません。上も苦悩していることは理解して下さい」


「おんどりゃもババみたいなこと言うのう」


 否定出来ず、イリスは甘んじて受け入れるしかない。


「……次は(わたくし)ですわ」


 挙手し、アスカは顔を上げる。


「アスカ・ロウ・トラクトスリア……今はもうただのアスカですわね。(わたくし)の目的は、友人の奪還です。―――それだけです」


 一同が意外そうにアスカを見た。


「『清奏派(セインレイト)の滅亡』とでも言うと思いましたの? 無理ですわ、(わたくし)程度がどう足掻こうと世界は変わりませんわ」


「欺瞞」


 ぴしゃりと指摘するソフィーに、アスカはそれでも否定する。


「違いますわ。どの道清奏派(セインレイト)は滅ぶのでしょ? なら(わたくし)(わたくし)の目的を果たすだけですわ」


 アスカは西の空を睨む。


「皆のことを、国に任せられない」


 様々な焦燥の果てに心中に残るのは、国家に対する不信。

 それも仕方がないことだとイリスは思える。非情な判断を出来ない国は長続きしないが、やはり国営には人の心が必要なのだ。

 フランはそれが出来る人間だとイリスは信じているが、それでも尚万人にとって救いとなる決断などありえない。

 常に誰かが犠牲となる。


清奏派(セインレイト)は、人の世の業が名を得た存在なのかもしれません」


 小さな声は、誰の耳にも届かなかった。


「次はソフィーやで! ほれ、ガツンとかましたれ!」


 シロに促され、ソフィーはしばし黙考した後に口を開く。


「ソフィアージュ・アンドリュース。目的は探究」


「探究?」


「知識は至高。人は倒錯の果てに涅槃に至る。私はそれを見たい」


 ある意味、この中で一番自分勝手な理由であろう。大義も正義もなく、ただ無為な探究を目的としているのだから。

 そもそもが、ソフィーはただただ知りたいが為に人の世界を去り無人島での研究生活を送っていたのだ。この戦いはその延長でしかない。


「ええっと、その為にどうするの?」


 ククリがびくつきながら問うと、ソフィーはあっさりと答える。


「イリスは『進むか戻るか』と言った。この二択なら、私は進むわ」


「それは、まあそうなんだろうね」


 若干引きつった顔となるククリ。


「ククリは……問うまでもないですか?」


「正直、帰りたい。でも……」


 ちらちらとイリスを見やるククリ。ククリ視線に困惑するイリス。


「なにか?」


「えっとだね。イリスは昨日、話し方が違ったけれど、あれは一体?」


「ああ、昔からの性分で。戦闘中は口調が変化してしまうのです」


 根本的に、普段の彼女の丁寧語口調そのものが生まれ変わりという珍事に際し生じた違和感を誤魔化すための手段である。

 むしろ有事の際の荒々しい口調こそが、この人物の本来の姿に近い。


「一つ訊きたいのだけれど」


「何なりと?」


「昔、人さらいを退治したことはある?」


「あります。でもその時助けたのはエルフの『少女』なので、貴方の事例とは別件ですよ」


 ククリはしばし黙考し、決意する。


「僕も行くよ。確かめたいことがあるんだ」




 身一つで船から逃げ出したかのような4人だが、実を言えばそうでもない。

 格納魔法、正式名称アポートとアスポートは仮想領域魔導血界領域(ローフマギリア)に物体を放り込める魔法だ。

 その物理法則への喧嘩の売りっぷりとは裏腹に、汎用性は高く基本的な部類な魔法である為に大抵の者は習得している。

 例に漏れず4人共に扱えたのだが、その中身は割と個性が出ていた。


「イリスの格納魔法は変な物が一杯詰め込まれてますわね」


「失礼な、厳選したサバイバル道具に清潔な水、保存食に工作道具。それと某日本軍パイロットの著書を模写した本です」


「何か最後によく判らないものがありましたわ」


 イリスの所持品は実用性一辺倒であった。現状において重要な装備には違いない。


「この本は暖を取るのに使えそうですわね」


「鬼! 悪魔!」


 駄目出しばかりするアスカだが、彼女の魔導血界領域(ローフマギリア)は更に上を行く無人島に小判というべき物だった。


「……服?」


 下着からドレスまで。売れば一財産になりそうなほどの布の山が、目の前に現れた。


「女性の嗜みですわ。皆さんだって着替えがないと困るでしょう」


「洗えばいい」


「そういうの、着たきり雀っていうのですわ」


 アスカはソフィーの衣服への無頓着さに呆れる。


「ソフィーの白い髪はとても綺麗ですわ。そんな古臭い魔女用ローブではなく、イリスの騎士服みたいな可愛いドレスを着なさいな」


「嫌」


「断っておきますが、あの服は私の趣味ではありませんからね」


 今イリスは魔女外套をソフィーに返還し、自ら所持していただぼだぼのツナギを着ている。これはこれで人によっては好ましいかもしれないが、お世辞にもお洒落とはいえない服装である。


「そうですわ! 皆さんに私のドレスを仕立て直して差し上げますわ! 3人とも綺麗なお顔立ちですもの、きっと似合いますわよ!」


 何やらこの状況で楽しいことを見出してしまったらしいアスカは、イリスとソフィーの無言の拒否を無視して縫製を始める。


「えっと、僕にはそういうのは……似合わないかな」


「男性の貴方が何さらっとドレスを着ようとしているのですか」


「えっ。あ、ハイ」


 ククリはイリスに指摘され、何故か落ち込む。

 アスカは怪訝そうにイリスを見やった。


「何を言っていますの? ククリさんは女性でしょう?」


「え? そうなのですか?」


「……違うよ! 僕は男の子だ!」


「ほら男性ではないですか。確かに中性的な顔立ちですが、服装を見れば一目瞭然です」


 ドヤ顔のイリス。アスカは無言でククリの腕を引っ張り、離れた場所に移動する。


(わたくし)の目は誤魔化せませんわよ。貴女、女性でしょう!?」


 小声で会話するアスカとククリ。女子力が高い彼女にククリの中途半端な男装は通じない。


「だってほら、イリスがあの王子様だったのなら……僕が男の子でさえあれば、全部上手く収まるし!」


「何もかも上手く収まっていませんわ!」


 指で作った輪っかに、人差し指を抜き差しするアスカ。


「どうしたのです? 今は作戦会議中ですよー?」


 イリスの呼び声に、おずおずと戻る2人。


「まあいいですわ。ですが、一つだけ申し上げておきます」


「なんだい?」


「これは割と有名な噂ですが……軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーン、即ちイリス・ブライトウィルは―――レズですわ!」


「違います」


 イリスは取り敢えず根も葉ないともいえなくもない風評被害に関して否定した。

 ちなみにククリの所持品も大したことはなかった。お菓子やティーセットなどが放り込まれていたのみである。




 軽やかにスカートを翻し、イリスはその場でくるくると回った。


「ぴったりではないですか、起用なものですね。ここから生きて帰れたら仕立て屋になったらどうです?」


 アスカの私服を仕立て直した純白のドレスは、見事にイリスの貧相な身体にフィットする。とても胸の部分を大幅に減量したとは思えない自然な縫製であった。

 もっとも補足しておけば、微が無にランクダウンしただけでありアスカも別に大きくはない。


「治癒術者になれと言ったり仕立て屋になれと言ったり、貴女も適当ですわね」


「選択肢が多いのはいいことですよ。でもこのリボン取っていいですか、邪魔なので」


「それを取るなんてとんでもない!」


 軽銀の竜騎士ジェラルミア・ドラグーンの代名詞ともいえる白い騎士服。趣は異なっているものの、それが復活したともいえよう。

 ただ、新しいそれには以前と異なる部分があった。やたらとリボンやフリルが多いのである。


「前の騎士服はまだ大人っぽいデザインなので我慢出来ましたが……いえあれも嫌々でしたけれど。こんな子供服みたいな格好恥ずかしくて着れませんよ」


「この中で2番目に子供っぽい体型が何か言ってますわ」


 以前の痴女寸前な露出度の高さが軽減しているのは喜ばしいことであったものの、これはこれで別の趣向に見える。


「魔法少女?」


 どこからどういった定義で魔法少女なのかはイリスにはよく判らないが、ともかく彼女はそう感じたのだった。


「似合ってる」


 魔法という単語に反応し、ソフィーは似合わないサムズアップでイリスを褒める。


「どうも」


 全く嬉しくなかった。中身はもういい年したおっさんであり、暑苦しいガチムチのパイロットである。


「そうだ、アスカ。ソフィーにも新しい服を提供したらどうでしょう?」


 意趣返しに提案するが、アスカとしては既に準備を終えていた。


「お着替えの時間ですわ」


「え、え、え?」


 あっという間にすっぽんぽんに剥かれるソフィー。流れ作業のように、スポンと上に脱がされズボッと上から被せられる。

 まだ軽装なイリスのドレスとは異なり、布が何重にも折り重なったドレスはいかにも重量級の趣があった。


「これはまた、動きにくそうな服ですね」


「魔法使いですし大丈夫ですわ、きっと」


 ドレスの意匠は上質な生地と職人によって拵えられ、金の刺繍はけっして下品さを感じさせない。それどころか、高価な費用を要した飾り付けすら彼女の美貌の前には見劣りする引き立て役でしかないであろう。

 さながら雪の精霊、イリスは内心ソフィーをそう形容した。


「なんですか、この豪華な服」


「さあ、どこかの式典用だった気がしますわ」


「勿体無い。もったいないオバケがでますよ」


幽霊海峡(ウーディン・ストーク)ですもの。幽霊の一つや二つ、アクセサリーのようなものです」


「ここに出現する幽霊は生前は外人部隊か何かだったのですか」


「皆、お茶の準備が出来たよ」


 背後で食後の紅茶を準備をしていたククリであった。




 女が3人寄れば姦しいというが、4人集まればやかましい。

 幾度も会話は脱線し、逸脱し、果てにククリの所持品であったお茶会セットでティータイムなんぞを優雅に過ごした後に少女達は本題に戻る。


「とにかく、各自の目的と所持品の確認は終了しました。状況はとても逼迫しています」


「うーん、このお茶会必要だった?」


「カテキンが切れて禁断症状が出てしまったら大事ですもの」


「ここらで一旦落ち着くのは必要だと思ったので。甘いものはいいですね、頭が整理される気がします」


 甘党なイリスはクッキーに齧り付き少しだけ気力を回復させていた。


「ですがやはり、船の奪還は必須ですね。ここまでないない尽くしだとは思いませんでした」


 軍事力とは、物資である。

 如何に物資を調達出来るか、運び込めるか。精神論では覆せない人の限界を、物資は僅かに延命させられる。

 古代から近代まで果てなく続く単純明快だからこそ覆しようのない理論であるが、イリス達にはそれが致命的に欠けていた。


「その船の奪還自体も心許ないのが現実ですが……」


 沈めるだけならどうとでもなる。ソフィーというバランスブレイカーの魔法で一撃轟沈は確実だ。

 しかし奪うとなると難しい。効果的かつ確実に騎士達を無力化、あるいは追い出す作戦を考えなければならない。


「どうやって船を沈めずに奪い返すの?」


「うーん……」


 航空戦力が地球より遥かに速く実用化されたこの世界において、哨戒飛行の有用性は当然周知されている。当然ながら第四騎士団(メルオン・パル)も上空警戒は怠っていない。

 空にいる竜騎士(ドラグーン)と船内にいる騎士達を奇襲で一息に無力化する。数で劣るイリス達に許された戦法などこれくらいしか残っていない。


「イリスはんが空の護衛を倒すのは決定事項やな」


「どれだけ直護がいるか予測し辛いですが、第三世代(汎用型)工学竜鎧(カノンチェイル)を装備したアキレウスなら竜鎧(ドラゴンチェイル)しか装備していない風竜(ウォールック)相手に遅れを取ることはないでしょう。懸案事項になりそうなバールも、あの時相竜(バディ)に関しては確実に殺した手応えがありましたから少なくとも空には上がっていないはずです」


 やはり問題は船自体の制圧にあった。しかもこれに関し、イリスは手伝えない。他の3人で遂行せねばならないのだ。


「制空権を奪ったところで仕方がない。航空戦力だけで地上目標を制圧は出来ないというのは本当ですね」


「イリスが制空権を確保している間に、私が船内を制圧する」


「リスクが大きすぎます」


 ソフィーの提案は作戦とは呼び難い力技だ。イリス以外の唯一の戦力という意味では間違いではないが、無計画に突撃させるわけにはいかない。


「それに魔法の余波で船が沈むかもしれません」


「私を何だと思っているの……?」


 ジト目でイリスを見据えるソフィー。彼女は只今、愛猫を煙でいぶしていた。


「やめ、ノミはもうおらんから煙やめてー!」


「ノミを飼った状態で、私の頭の上に登ってた……万死に値するわ」


 杖の先から噴出する煙がシロを苦しめる。

 第三級害虫滅却究極魔法サンヴァール。多くの虫を効果的に死滅させる、究極の名に恥じない魔導である。


「あとで自分の髪も滅殺しないと」


「言葉は選んで下さいませ。世の中には滅殺する髪がない人もいますのよ」


 もくもくと煙が風に流れる。人体には無害な魔法の煙とはいえ、好き好んで吸いたいものでもないのでイリスは少し後退った。

 ククリも同意見であったのか、ソフィーに提案する。


「シロ君を箱に入れて、その中で煙を出せばいいんじゃないかい?」


「ククリワレェ、鬼かアホゥ!」


「かくして箱の中のシロは生死が観測不能となる……惜しい猫を亡くしました」


「まだや! 観測するまでまだ諦めるのは早いで!」


 シュレディンガーの白猫はごめんだと、必死に抵抗するシロであった。


「密室で煙―――密室?」


「どうしましたの、イリス?」


「……おお!」


 握り拳を手の平にぽん、と落とすイリス。


「ソフィー、毒ガスを発生させる魔法ってありませんか? それを船の深部で使えばいいのです!」


 発想のえげつなさにドン引きする他メンバーであった。


「煙ですよ! 煙であぶして無力化すれば、船内の隅々まで一気に駆除出来ます!」


「虫じゃないんだから!? それに、そんな都合のいい魔法はないだろう?」


 ククリの指摘に首肯するソフィー。殺虫程度ならばともかく、人を無力化するほどの魔素ガスを生じさせる魔法は彼女の知識にすら存在しない。


「そうですか、いいアイディアだと思ったのですが……」


 残念そうに項垂れるイリス。


「仕方がありません、気化爆弾でも作りましょう。全鉄製の船ならば内部での起爆でも耐えられるでしょうから」


 何故か更にえげつない発想に至っていた。


「でも、その『キカバクダン』? は船の外からでも使えるの?」


「まさか。ですが爆弾となれば、やはり爆撃でしょう。ふむ、何となく取り得る作戦が見えてきました」


 イリスは指を一つずつ折り、条件を上げていく。


「つまり、『風竜(ウォールック)の哨戒に引っかからないほどの速度と高度で速やかに船に接近し』『甲板上から放たれる対空攻撃を掻い潜り』『同時に制空権を確保しつつ』『船の最奥まで一気に気化爆弾を送り届ける』ことが必要なのですね」


 戦闘行動中の軍事施設に対する強襲は斯くも困難だ。されど、航空機は常にそれを成し遂げるべく試行錯誤を求められてきた。


「……ま、なんとかなるでしょう」


 イリスは早速、準備に取り掛かることにした。まずはありあわせの物で気化爆弾を製造せねばならない。








「もしバールが現れたら、どうやって対峙する?」


 ソフィーは誰にとでもなく訊ねた。

 非戦闘員のアスカとククリは論外。白兵戦を苦手とするイリスは既にバールに敵わないことがはっきりとしており、ソフィー当人も相性が悪すぎる。

 無詠唱魔法を操るソフィーであっても、神速の槍術を前にしては後手に回る。


「空でならばイリスが勝てる。でも船内にいたら?」


「その為の、安全確実に敵を全滅させられる『キカバクダン』だろう? っていうか生きてるのあの人?」


 ククリが首を傾げる。しかしそれは些か『爛舞騎士(ラウンドナイト)』を過小評価しすぎであろう。


「こうして我々が反撃を画策しているのです。バールもまた、予想外の対応をしてきても不思議ではありません」


 イリスのプランではソフィーは気化爆弾の効果範囲内に入る予定である。当然、気化爆弾を凌ぐ策も用意されている。

 同様のことをバールが出来ないなど、どうして断言出来ようか。


「あまり考えても仕方がないよ。ある程度のリスクは覚悟すべきじゃないかい?」


 ククリが頭を振って、その辺は割り切ろうと提案する。

 専門外の作戦立案に参加したことで、色々と思考がパンク気味であった。


「正面からバールに勝ちを拾える人がいない以上、バールがいない、あるいは一撃で無力化される可能性に賭けるしかない」


 そもそもが、『第四騎士団(メルオン・パル)がまだ撤退していないかもしれない』という可能性を前提の作戦である。現時点で動力喪失した船を完全放棄していれば、こうして考えている作戦は全て無為に帰した徒労となる。

 それでも尚、生き延びる確率を少しでも上げる為の行動。希望的観測を許されるのならば、バールは昨晩の戦闘で戦死した可能性とて低くはないのだ。

 考えすぎ、慎重すぎだと考える者もいるかもしれない。しかしイリスとしては、不確定要素は可能な限り潰しておきたかった。

 自衛官は常に人命第一で行動する。ましてや民間人を守らねばならない状況とあらば。


「―――止めませんか、やっぱり」


 自然、イリスの口からそんな言葉が漏れた。

 これまで積極的な攻勢ばかりを訴えていたイリスの本音。しかし、唐突に突き付けられた3人はぎょっと目を瞬かせるしかない。


「な、何を言いますの? この期に及んで」


「そうだよ、僕だってせっかく覚悟を決めたのに」


「戦力投入を躊躇うのは、余計な被害を増やす要因よ」


 出鼻を挫くような言葉に、非難轟々である。何より、最も客観的事実を元に奪還作戦の必要性を解いていたイリスが今更怖気づいたことが彼女達を怒らせた。


「ですが、不安材料を残したままに作戦を決行するなど愚行です」


「これ以上を望むのならば、現状では天に運を任せるしかないと思いますわ」


 議論は十二分に尽くされた。これ以上は不要であるとアスカもイリスを窘める。


「……そう、ですね」


 仕方がない。これが最善策。そう自分に言い聞かせ、イリスは作業を再開する。

 所詮は有り合わせ、工作魔法を駆使することにより準備は数時間で終了したのだった。







 動力を欠落した船の捜索は、時間と共に困難となる。よって作戦は僅かな仮眠の後に開始された。

 イリスらが船から脱出した翌日、1500(午後3時)頃。彼女達は戦の空へと飛び立つ。



机の角にぶつけて、足の小指を骨折しました。

無様な俺を笑うがいい。

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