アスカ・ロウ・トラクトスリア3
何故か満足げに立ち去ったスヴェル。残されたのは死への明確なカウントダウンが開始された虜囚達。
アスカ達にとって、状況はある意味悪化したといえる。屈辱的行為は厳禁とされ衣食住に大幅な改善が見られたものの、これまで曖昧であった死がはっきりと目の見える距離まで近付いたのだから。
これまでのペースが続くのならば、救済という名の供物は一日に数名。誰かが必ず部屋からいなくなる、という現実は精神を苛んだ。
「アンタが余計なことをしなければっ! もう少しで士官の女になって、まともな生活に戻れたのに!」
「どうしてくれるのよ! やだっ、私もういやっ!」
「明日、明日は誰が、私だわ、いっつも私ばっかり……ああっ、あああはぁ」
これまで見たこともないほどに混沌とした監禁部屋。それを、アスカは冷めた瞳で見つめる。
ファルシオンが陥落してから一月半。彼女の心は、もう疲れ果てていた。
「―――生きがいいのが一人いると聞いていたが、期待外れだったな」
声にアスカは顔を上げる。
そこにいたのは補佐役であった。
「……なんですの」
「お前は生きたいか?」
訊ねられ、アスカは黙考した。
生きたいかと問われ、否定する可能性など今まで考えたことはなかった。アスカは常に成功し続け、常に勝利し続ける人間であった。
しかし完璧な人間だったアスカ・ロウ・トラクトスリアはもういない。負けて敗けて敗北し続けた底辺しかいない。
アスカはよろよろと立ち上がり、補佐役を見据える。
「間違っているのは、私ではありませんわ」
目に力はなく、体は風が吹けば折れてしまいそうなほど衰えている。
それでも尚折れていない心に、補佐役は笑った。
「お前は強い人間ではないな。つまるところ、単に折れ方を知らないだけの世間知らずだ。だが無知も貫き通せば道理が通るのかもしれん」
お前には特別な仕事を与える。そう告げて、補佐役はアスカを連れ出した。
また嫌なことをされるのかな、とアスカはぼんやりとした頭で考える。
「おい、この女を貰い受けるぞ」
「はっ、あ、いえ。その女はスクトゥム将軍のお気に入りでして―――」
「別に抱こうというわけではない。そもそも、私には想い人がいるのだ」
監視役の兵士は納得した。スヴェルが補佐役に熱い視線を向けていることは、多くの者に知られたゴシップだ。
補佐役もそれを拒絶していないことから、2人は裏で交際している―――というのが、彼らの中での通説である。
「スクトゥムのことは気にするな。奴は別の場所に飛ばされることが決定している」
「あの、それで我々は……」
「スヴェル様はお怒りだが、今更処罰している猶予はない。そもそも関与している兵士が多すぎる、独房が足りん。これまで通り任務に当たっていれば不問で終わるだろう」
兵士は安堵した。虜囚への虐待は騎士団全体で行われていた故に、ほとんどの関連した者が内心戦々恐々としていたのだ。
だが清奏派内の実質ナンバー2とされる彼が不問といえば、それはほぼ確定事項として扱える。一部の管理責任者の処罰は免れられないものの、大半にとっては娯楽がこれまで通り行えなくなるというだけの軽い処分となったことがはっきりとした。
「ぼうっとするな。行くぞ」
「きゃっ」
腕を引かれ、アスカは頭から転倒しそうになる。咄嗟に自分の体重を支える体力すら失われているのだ。
だがアスカが怪我をすることはなかった。補佐役が素早く受け止め、アスカを抱き上げたからだ。
「……離して下さいませ」
「お前のペースで歩いていては日が暮れる。文句を言うな」
補佐役とアスカは迷いなく廊下を進んでいく。
閉じる扉。木製のそれを、多くの双眸がじいっと見つめていた。
アスカは女性兵士の手を借りて、久々に風呂に入れられた。
全身を磨き抜かれ、香水までふりかけ髪をセットする。
痩せてしまったとはいえ、怪我の傷は魔法で塞がれていた。その姿は以前の高貴なお姫様と何ら変わりはないと称して良いであろう。
もっとも、当然といえば当然であるが、補佐役はアスカの味方ではない。
「なんですの、これ」
「名簿だ。我々の管理下にある捕虜のな」
アスカの前に提示された紙。そこに羅列された名前は4桁。
これほどまでに多くの人間が捕まっていたのかと、アスカは初めて知った。
彼女が閉じ込められていた場所にいたのは、全体のほんの一部でしかなかったのだ。
「適当に番号を振っていけ。全てだ」
「選んで、どうするんですの」
「その順に祝福―――いや、殺していく」
アスカは耳を疑った。
「殺すって、何を?」
「あの人間共をだ。いかんせん、数が多すぎる。欲望の捌け口にすら出来ない人間を飼っている余裕はないのだ」
「どうして?」
「黒竜に一々食わせるのは手間だ、適当に訓練の的にでもする。教示も結構だが、運用とは所詮は効率だ」
「なんで?」
「先程から疑問符ばかりだな。お前はバカか?」
補佐役はやれやれと頭を振る。
「これはお前に与える褒美だ」
「そうなんですの?」
「そうだ。お前は強い。これほどまでに抵抗し続ける奴はそういない。だから、優先順位を与える権利をやる」
目の前に広げられた紙に視線を落とす。
名前。多くの名前。誰かの名前。誰かが付けた名前。
一つ一つ違い、全てに文字数以上の意味がある。
「捕虜にはお前の友人も多いはずだ。優先順位を低くしておけば、あるいは助けが来るかも知れないぞ」
「……優先順位が高い人は?」
「先に殺してく」
「いや、ですわ」
いや、いや、と子供のように拒絶するアスカ。
頭を抱えて否定の言葉を繰り返す。狂ったように無意味な行為を繰り返すアスカは、急に衝動に駆られている自分に気付いた。
衝動といってもなんてことはない。食欲だ。
彼等2人のいる部屋に、食事が運ばれてきたのである。
「―――っ」
ごくり、と喉を鳴らすアスカ。
机に並ぶのは普通の料理だ。特別高級な素材を使っているわけでもなく、特別手が込んでいるわけでもない。しかし安物を使っているわけでもなく手を抜いているわけでもなく、そして皿いっぱいに盛り付けられたそれはあまりにアスカの脳髄を刺激していた。
一月半前までならば普通の食事であったろう。むしろ、貴族としてはあまり口にしない種の食事だ。
しかし、今となってはあまりに食欲をそそるご馳走であった。
「食うか?」
補佐役はアスカの目の前で食事を始める。
食うか、と問うものの、それは明らかに二人前であった。アスカの分が用意されているのだ。
アスカはふらふらと机に歩み寄り、食事を凝視する。
呼吸が荒くなり、目が血走り。
次の瞬間、アスカは料理をなぎ払い床に全て叩き落とした。
「いりませんわっ! こんなの、豚の餌ですわ!」
「…………。」
補佐役は頬に跳ねたスープを無言で拭い、立ち上がる。
そして、アスカの頬を引っ叩いた。
「君はやはり、貴族の娘なのだな。食事に矜持などあるものか」
補佐役は丁寧に、床に落ちた食事を皿に拾っていく。
「今まで飢えたことはなかったか? このご時世、どこでも飢えた子供などいるというのに。羨ましいことだ」
ぐう、と鳴るアスカの腹。
補佐役は自分の分を拾い上げ、手早く食べてしまう。
「次に来るまでに番号を振っておけ。さもなくばこちらで適当にやる」
振り返ることもなく、退室する補佐役。
残ったのは地面に落ちた料理と、空腹の少女。
アスカは周囲を見渡し、泣きながら完食した。
アスカは初めて泣いた。惨めだった。
自分の境遇をではなく、この環境から駄々を許されると無意識に思っていた自分の弱さが惨めだった。
アスカは名前を凝視した。
誰かの名前ではあることが確かだが、その文字だけでどのような人物像か判るはずがない。
それでも、必死に凝視した。
そして、一つずつ、番号を振っていった。
アスカは学んだ。人が人に価値を定めることが出来ることを。
人が人を家畜とできることを。人が人を人と思わずに扱えることを。
アスカは自分の心を守る為、やがて事務的に番号を振っていった。
それは誰かを見捨てる、ということだった。
『飼育小屋』に戻されたアスカに対し、住人達は冷たかった。
アスカの様子は出る前と一変していた。充分な食事をしたことで血行は戻り、衣服も髪も美しく整えられていた。
ただ、目だけが死んでいた。
「ははっ、何よ、アスカだって同じじゃない」
パタが笑う。
「あの人、清奏派の中でも凄く偉いんでしょ? どうだったの? 優しくしてもらえた?」
「……勘違いしないで下さいませ」
パタを押しのけ、定位置であった壁を背に座り込む。
「さっすがアスカね。こんな場所でも、しっかりと美味しいところは持っていくんだもの。でもどうして戻ってきたの? あそこの具合が悪いって返品された?」
「お下品ですわよ、パタ」
嗤う女性達。
アスカも笑う。
嘲笑う。
誰をと問われれば、きっと自分を、と答える乾いた笑い。
「……私、やっちゃいましたわ」
人を殺した。
優先番号最初の名前は脳裏にこびりついている。
明日から、あの番号の通りに人が死んでいく。
アスカが殺していく。
「―――甘えないでよ」
傷心のアスカを、パタは突き放す。
「もう貴女は貴族じゃないの! みんな、色んなことを妥協してやっていくのよ!」
「そんなの、そんなの……敗北主義者の考えですわ!」
「勝てない勝利主義とやらに何の意味があるのよ!」
パタは悦んでいた。
思えば、ずっとずっと待ち望んでいた。そうとすら思えていた。
パタはずっと、アスカのこの表情を見たかったのだ。この期に及んで、それを自覚したのだ。
「何度も脱走して、何度も反抗して! 敵にすら甘えるような奴に何が出来るのよ!」
アスカは長い間、気付いていなかった。努力は必ず報われる、そんな綺麗事が通じるのは一部の者だけであると。
自分がその一部に属するだけの凡庸である存在であることを、気付いていなかった。
自分が何度でも挑むことが可能なほど、周囲の人間に愛されていることを知らなかった。
自分が諦めないことを挑まれる側が許容していること、いよいよ解っていなかった。
アスカは自分が矮小な存在であると、この時認めてしまった。
「君は致命的に間違えている」
「間違い?」
どれほど時間が経ったのか。
再び2人きりで相まみえるアスカと補佐役は、恋人達の密会のように穏やかに語らう。
「そうだ。強い心というのは、自分の為に使うべきものだ。他者に恵むものではない。それは君の、君の為の力だ」
「…………。」
「君は頑張った。今後は、自分の為に動いてみたらどうだ?」
「そんな自由、ないくせに」
「私ならば、君を解放する権限を有している」
アスカは補佐役を凝視した。
この男の権限を、アスカは何度も目にしていた。何の交渉材料にすらならないアスカを解放するなど造作もないのは嘘ではないと理解していた。
補佐役の気まぐれ一つで、明日の我が身が左右される。あまりに軽い自分の命運に、アスカは笑ってしまう。
「当然対価は要求する」
「……何が望みですの」
「ある娘を殺してほしい。それだけで、お前は自由の身だ」
「殺す? 私が、人を?」
アスカは自分の手を見る。人どころか、動物すら捌いたことのない手だ。
「もう『処女』でもないのだ、どうということはなかろう?」
だというのに、アスカには自分の手が血濡れて見えた。
「どうせ他人だ。どうでもいいだろう?」
心が揺らぐ、というのはこんな状態を指すのであろう。アスカはそう感じた。
盤石だと盲信していた大地はあまりにか弱く、生活の基盤は瞬く間に崩壊する。
いいではないか。お前はもう頑張った。充分やった。大したものだ。
お前はお前の責任を果たした。そうですわ。こんな無力な小娘がこんなに抗ったんですもの。これ以上何を望むといいますの?
自分の幸福を優先すべきですわ。誰もそれを責めたりしない。誰だってそうやって自分を守ってますわ。自分すら守れない矮小な貴女が、ちっぽけなプライドを守ったところで何の利益もないのですわ。
「―――――――――…………見くびらないで」
「パタは友達ですわ、ずっと一緒だった親友ですわ」
「見捨てない、私はあの子を見捨てませんわ」
補佐役はいよいよ呆れた。
「狂ってる」
アスカの顔からはあらゆる表情が抜け落ちていた。
漂白剤で洗い流したかのように、能面のように何の色も映してなどいなかった。
まるで人形。自分の心を矜持の対価として捨てたかのような、灰すら残らぬ残滓。
「そんな顔で綺麗事を口にするか。もう信じられないのだろう、あの娘を。それでも尚、それを貫くのか?」
アスカは頷いた。
頷くだけで嫌悪感が、憎しみが湧いた。
もう何を憎んでいるのかも忘れていた。
「……大したやつだよ君は。いいだろう、僕の依頼を聞き遂げたのなら、君の指名する人間を開放すると約束しよう」
こうして、アスカはファルシオンからの脱出を果たす。
ヘスコ前哨屯地の浜辺に打ち上げられたように偽装された彼女は、補佐役の指名した作戦目標へと接近するのであった。
薄ら寒い空元気と、この行為に対する意味に自嘲しつつ。
アスカ・ロウ・トラクトスリアは、不動の鉄城へと乗り込んだ。
アーレイの小細工は、ある意味正しく成果に結実した。今まで表沙汰にはならなかった清奏派内の不和が顕著となり、全体の脆弱化が確かに起こったのだ。
元より活動限界が見えていた宗教団体を母体とする軍隊とはいえ……否、だからこそその損失は小さくはなかった。何より、スヴェルが清奏派を絶対的に肯定すべき身内であると認識出来なくなったのは大きな前進であろう。
清奏海上軍の現地人に対する組織的虐待が露見し、スヴェルの指示の元、その権限は大幅に縮小される。
対比して清奏騎士団の発言権は大きく増した。
「貴様、何故スヴェル様をファルシオンに連れてきた!?」
スクトゥム将軍は補佐役に掴みかかる。
補佐役は当然、彼女の要望に答えた時点でこうなることを予測していた。むしろこの状況こそ彼の望みだったのだ。
清奏派は既に、補佐役が一人でほぼ完全に掌握している。スクトゥム将軍は地位を追われることこそなかったものの、ラサキ司令官への転属辞令が正式に下っている。
ラサキは清奏派の食料事情を支える重要な穀倉地帯を擁する町であるが、決して将軍職が守らねばならないような最前線ではない。
誰に目にも明らかな左遷であった。
「これが貴様のやり方か! 気に食わない男だとは思っていたが、まっこと卑怯なりっ!」
「私は何もしていないぞ、逆恨みをするな」
補佐役は本来の作戦に復帰すべく、既に風竜に騎乗し出発直前であった。
彼の相竜に強引に登り、補佐役の胸ぐらを掴むスクトゥム。
しかし風竜は煩わしげに身を捩り、スクトゥムを地面に落とす。
「ぎゃっ!」
「ドラゴンの扱いも知らんのか、貴様は?」
補佐役はこれみよがしに溜息を吐いてみせる。
ドラゴンは相人以外の者、それも気を許していない者に踏まれ穏やかでいられるほど御しやすい魔獣ではない。
力関係がはっきりした途端の、明確な愚弄。スクトゥムはこめかみに血管を浮かび上がらせながら叫んだ。
「貴様、自分がしたことが解っているのか!? 精強たる兵士にも休息が必要だ! 娯楽を度外視して軍隊は動かん!」
事実であった。軍隊には優先的に良質な食料が配分され、劇団が訪問し、女すら同行する。
古来から現代に至るまでこの仕組みは変わらず、常に兵士達の精神的安定は将兵の悩みどころであったのだ。
だが補佐役はその一画をあまりに強引に崩してしまった。組織内の力関係の崩壊などという単純な話ではない、士気自体の大幅な低下は免れられないであろう。
しかし補佐役は取り付く島もなく、相竜を飛翔させる。
地上数メートルでホバリングしつつ、スクトゥムを見下ろす格好で彼は話を強引に打ち切った。
「言いたいことがあるならば、スヴェル様に直接進言することだ。では失礼する」
「この裏切り者が、貴様のせいで清奏派が破綻するかもしれないのだぞぉ!」
スクトゥムの予想は正しかった。この事件をきっかけに、清奏派内には修復不可能な軋轢が生じる。
宗教団体の内部崩壊。それは、故意の誘導があったとはいえ必然であったのであろう。
「なぜここまで面倒なことをして、あの娘を追いつめたのですか?」
補佐役の奇妙な行動を見ていた部下は、編隊飛行を組みつつ補佐役に訊ねた。
「君は子供の頃、欲しかったものはないか?」
「欲しかったものですか?」
「玩具でも、服でもいい。欲しくて欲しくて堪らないものだ」
「それはまあ、人並みにありましたが」
「そうだろう。私もそうだ」
上司の言わんとするところが理解出来ず、部下は困惑する。
補佐役はそんな彼に構わず、上機嫌に続けた。
「僕の所望する『もの』は、おそらくああいうタイプに弱い」
望み薄の鉄砲玉だがな、とアスカを称する補佐役。
部下はアスカを哀れんだ。祝福されることも解放されることもなく、駒として本懐を抱いたまま死ぬことがほぼ決まった手札の一つでしかないのだ。
「しかしそれほどご執心とは、貴方にとってそれはよほど魅力的なのでしょうね」
「ああ、是が非でも手に入れたい」
魔王を殺すのは勇者だ。だが、勇者を殺すのは小娘と相場が決まっている。
まして、『顔見知り』ならば―――爛舞騎士といえど、堕ちるかもしれない。
「必要なのは命と心、双方への強いショックだ。彼女とて女、そういうシチュエーションが嫌いなはずがない」
随分と手間がかかったが、と補佐役は苦笑する。
やがてそれは、恍惚とした笑みに転じた。
「―――ああっ、もう少しだ。もう少しで君は僕のものだ。ああっははは、はははっうへへぇ」
「きもいです、補佐役」
補佐役から殺すように指示された相手、イリス・ブライトウィルはアスカにとってよく解らない相手であった。
息苦しい船内生活において気紛れに仕事を手伝い、意味もなく調理場に立ち、机に向かい不可思議な図面を引く。
見た目自分よりも幼い少女であるが、それでもイリスは爛舞騎士であった。万事を尽くさねば殺すことなど叶うはずがない。
アスカは不自然にならぬように気を配りながら、イリスの信用を勝ち取るべく接していく。
補佐役より、彼女が近い距離感での戦闘を苦手としていることは聞いていた。しかし素人が掴みかかったところで勝てるはずはない。
慎重に、彼女は機会を伺い続ける。そうしているうちに、アスカはイリスが嫌いになった。
「なんなんですの、あのぼんやりとした娘が爛舞騎士だなんて……!」
イリスもそうだが、ソフィーもまたかなりのマイペース星人だ。
自分より幼い娘達。しかしその魔力は絶大であり、仮にファルシオンに放り込まれたとしてもどうとでも脱出出来る存在。
持たざる者と持ちうる者。その格差は歴然としており、前者たるアスカに安泰など許されない。
純粋に生まれた時から定められていた差。アスカが知らなかった、弱者の感情。
「ずるい、ずるい、あんなのがのほほんと生きられるなんて……!」
アスカはイリスとソフィーに妬んでいた。
そんな感情は一度燻るとどうにも鎮火することはなく、しかしあっさりと失せる。
まるで、山火事が雨で容易く消火されてしまうように。
「何を遊んでいるのかって顔ですね。解っています、私もアーレイ救助の為の最善手を模索します」
イリスはドラゴンのアキレウスを、そう笑って窘めた。
仮面のように薄っぺらい笑顔であった。
アスカがパタ達の命を背負っているように、イリスも誰かの命を背負って忍び耐えていたのだ。
アスカはもう何度目になるか解らない羞恥を覚えた。
残るのは、必死に火事に抗っていた自分の惨めさだけだった。
―――それでも、止めるわけにはいかない。
大局的にそれが正しい行為なのか、視野狭窄に陥っているアスカに判るはずもない。
それでも、アスカにはそれしかなかった。
船内で薬品を手に入れ、酒に混ぜてイリスに飲ませる。
糸の切れた操り人形のように倒れたイリス。
自分より明るい金髪の少女を見下ろし、アスカは謝る。
「体が動かなくなる薬、だそうですわ。意識までは飛ばないと聞いています、ごめんあそばせ」
決意などとうに済ませた。処女など既に切っている。
無力化された子供を殺すには充分な凶器、汎用ナイフを取り出したアスカは―――
「は、離して下さいませっ!」
―――5秒後には、イリス腕を捩じ上げられうつ伏せに組み伏せられていた。
やりすぎたとは思ってます。




