船上生活4
「はぁっっ!」
「甘いわぁ!」
木剣と木剣がぶつかり合う。嫌に鈍い音が響き、床板を踏み抜かんとばかりに両者は飛んで距離を取った。
騎士と騎士の模擬戦はその覇気からして苛烈であり、下手をすれば相手を充分死に至らしめるほどに渾身の勢いで振られていた。
場所は船の中央甲板。訓練に励む2人のみならず、大勢の騎士が模擬戦を観戦している。
「さすが、正規騎士の試合は気合が違いますね」
「僕達は後がないからね! 常に背水の陣でやってるよ!」
「長生きしませんよ、そういうの」
艦橋の上に立ち、模擬戦を俯瞰するイリスとバール。
爛舞騎士である2人は模擬戦に参加しない。なにせ、レベルが一次元違うので試合が成立しないのだ。
「僕と正面から全力で戦える騎士は第四騎士団にはいないし、あまり訓練にならないんだ!」
そう言って、バールは愛用の槍を軽く投げる。
どこに向かったのかとイリスが目で追えば、海を跳ねた魚が槍に貫かれた。
「……今の魚、槍を投げた後に跳ねましたよね?」
「よく観察していれば、少し先の未来を読むのは難しいことじゃないさ!」
当然普通は無理である。バールの勘は、ある種未来予知の域に達していた。
恐るべきは、全ての攻撃が必中という事実。軽い牽制であろうと超長距離からの投擲であろうと、問答無用で当ててくる。
回避不可能。魔力も筋力も特別秀でていないこの男は、ただ一つの技能を磨き続けることで英雄の一画に上り詰めた。
「貴方とはやりあいたくないですね」
イリスは素直にそう思う。
丸腰の最新鋭戦闘機に乗っていたところで、一世代前の空対空ミサイル搭載戦闘機には勝てない。
イリスとバールの相性は、彼女にとってかなり悪いのだ。
「イリス君はどうだい!? ちょっと部下達を揉んでやってくれ!」
「いえいえ、私では彼らには勝てませんよ」
イリスは苦笑し手を横に振った。
これは謙遜でもなんでもない。単なる事実だ。
「私は地上戦が苦手なので」
「とはいえ爛舞騎士だ、苦手な分野であろうと戦えないわけではなかろう?」
「無理です。魔法ありならばともかく、武器の扱いは2流だと自負しています」
そもそも、その方面に関しては積極的に鍛えてなどいない。その身は航空兵力の1パーツであると割り切っているのだ。
「もし室内で戦うことになれば、貴方達騎士団にお任せします」
「それは無論だ! 女子を最前線に出すような真似はしないさ!」
はっはっは、と笑うバール。
その時はお願いします、と頭を下げ、イリスは艦橋上から飛び降りた。
「何をしていましたの? ……なんですの、これ?」
「軍に納品する試作機ですよ」
イリスが床にあぐらをかいて分解していたのは、巨大な模型飛行機であった。
巨大といえどもあくまで模型としては、である。全長全幅は1メートルほど。木製モノコックの機体、布張りの主翼。機首には剥き出しのシリンダーとプロペラ。
実際の飛行機を模した形状ではなく、ただ純粋に飛行することを目的とした簡素な設計。なんとなく、アスカにもそれが空を飛ぶものだということだけは判った。
「この玩具をどう使うんですの? 敵に体当たりさせますの?」
「いいですね、ミサイル。でもこれはちょっと違います」
「ひゃあっ!? ね、ネズミが埋め込まれていますわ!」
機体上部、飛行機でいうコックピット部分にはめ込まれたネズミの屍骸にアスカは声を上げる。
「ああ、受信機代わりですよ。無線は開発が難航しているので、魔術方面から代用したんです」
「み、見なかったことにしたいですわ……」
元々壊れていたわけでもなく、ただ単に暇だから整備していただけ。イリスはアスカの邪魔にならないように、手早く模型飛行機を組み立てて格納魔法に放り込んだ。
「釣れますか?」
船尾では、数名の船乗りが釣り竿を握っていた。
航海中度々目にしてきた光景である。船尾は絶好の釣りスポットと化していた。
「ん? おお、お嬢ちゃんかい。釣れてるよ、見たことがない魚も多いねぇ」
船乗りの一人がイリスに気付き、足元の木箱を見せる。
木箱の中には数匹の魚が、絞められた状態で氷漬けになっていた。
「この氷結魔法は貴方が?」
「漁師にとっちゃ必需魔法さね」
それもそうか、と自分の質問に呆れるイリス。
魔法は多種多様であり、中には専門職用のそれも少なくない。この世の大半の職人は、何かしらの専用魔法を習得しているのだ。
「でも、知らない魚を釣ってどうするのですか? 食べて大丈夫なのでしょうか?」
船での食事には魚も多く出ることを知っているイリスは、心配になり訊ねる。
「魚なんて基本的に全部食べられるさ。毒針なんかには気をつけるけどさ」
「そんないい加減な……作戦前に集団食中毒とか、やめて下さいよ?」
「一般に出回っている魚だって、よく判らないままに出回っているのも多いんだぜ?」
まじかよ、とイリスは渋面を浮かべた。
この世界は色々といい加減である。
「まあ経験則やなんやらで、危ない部分はちゃーんと避けて捌いているさ。気にするこたぁない」
「はぁ。皆さんは、普段は漁師をしている人達なのでしたっけ」
「おーよ。黒竜にびびりながら毎日漁に出てるぜ」
大きさや動力が違えど、やはり専門家も必要。そう判断され、彼らは船に乗り込むこととなった。
もっぱら仕事は船の操作、管理である。船に詳しくない者達に任せていいのか不安は残るものの、そもそも詳しい者は既に故人なのでどうしようもない。
「黒竜……やはり、防衛線を抜けてくる個体もいますか?」
「たまに、な」
小さな漁船が黒竜に対抗する術など存在しない。
航続距離に劣る黒竜が土の国本土まで到達することはほとんどありえないが、皆無ではないのだ。
「それでも誰かが釣らなきゃ、人は飢えちまう」
「貴重な食料ですから」
この世界の不自然な在り方は、常にどこかに犠牲を強いる。
それは強者であったり、奴隷であったり、時に貴族であったり。
犠牲はどうやっても0にはならない。大義名分として禁じようと、どこかで発生する。
理不尽なこの国の限界であった。
「きっと。きっと、何時かこの国を変えて―――」
「フィーッシュ!!」
「聞けよ」
イリスの誓いは、歓声にかき消された。
「人生どこに落とし穴があるかなんて判らんさ。なら精々、楽しく釣りでもやってた方が得だろう」
「というか、漁って一本釣りじゃないですよね。網でどばーっと取りますよね」
「スパイラルキャストー!」
「聞けよ」
漁師の放った疑似餌が、青白い稲妻を放ちながら飛翔する。
この屈強な海の男達に、細かな葛藤など無粋なのかもしれない。そう肯定的に解釈し、イリスは釣り場を後にすることにした。
しかし、イリスの手首に蛇のように釣り糸が絡まる。
「へっ?」
「ふぃーっしゅ」
手を糸に惹かれ、たたらを踏みつつイリスは少女の元へと牽引された。
「……釣れますか?」
「上物が釣れたわ」
釣り竿を握ったソフィーであった。
糸はソフィーが指を振ると、するするとイリスの腕から解けていく。
そして、海へと射出された。
「意外ですね、釣りなんてするのですか」
「魔法の練習」
釣り糸が海面から空中に浮上する。
糸は数匹の魚を貫き仕留めていた。
「……釣り?」
糸の先には餌も疑似餌も付いていない。最早だたの銛扱いである。
「いやーソフィーちゃんには敵わねーわ!」
「どうだいソフィーちゃん、俺の息子と結婚して漁師にならねーかい!」
「はっはっは、女の子まで釣るとはやるねぇ!」
年上の男性達に囃し立てられ、赤面してイリスの影に隠れるソフィー。
何故かイリスまで赤面してしまった。
「ちょ、ちょっと休憩しよ?」
「ええ、お話しましょうか」
ソフィーはどこからか箒を呼び、腰掛ける。
お誘いに乗ることにしたイリスは、ソフィーの後ろに腰掛けた。
「お魚はお願い」
「おうよ、きっちり処理しとくぜ」
捕らえた魚を預け、箒は一気に急上昇した。
「……それで、どうしたのです? こんな場所に連れ出して」
高度50メートル。帆のない不動の鉄城にはここまで届く構造物はなく、空はイリスとソフィーの貸し切りである。
「羞恥心で空に逃げた、というだけではないのですよね?」
眼下では、今度はバールが漁師達と談笑していた。イリスの視線に気付いたのか、上に目を向け手を振っている。
適当に振り返しつつ、イリスは訊ねた。
「どうしてそう考えるの?」
「私も同じですから」
積極的に船内を歩き回り、コミニケーションをとっていたイリス。
それは単に暇潰しや情報収集のみならず、本当の目的を裏に秘めていた。
「何か、裏で動いている気がします」
首肯するソフィー。同じ違和感を感じていた人間がいたことに安堵しつつ、イリスは警告する。
「しかし、貴女がやるには違和感がすぎましたね。そういうタイプではないでしょうに」
「むっ」
言葉に詰まり、箒の上ですっくと立ち上がるソフィー。
「この船の進路は、本当に一つだけなの?」
「さて、船は人と違って道を違えることは出来ませんからね」
海風は冷たく、しかしイリスの機嫌はいい。
風が吹いていると、基本的に上機嫌になる人間なのだ。
「何かあるとすれば、そろそろ行動を起こすはずです。警戒を」
「誰に?」
「とりあえずは、全てにです」
「……私は」
ソフィーはイリスをじっと見据える。
その瞳に、イリスは吸い込まれるような錯覚を覚えた。
「私は、貴女を信じる」
「違和感の正体は、私かもしれませんよ?」
かぶりを振るソフィー。
「貴女は私をシロと判断した。それは何故?」
「ええっと、ごめんなさい。信頼とか信じるとか、そういうのじゃないです」
イリスがソフィーを除外した理由。それは単純に、今までの観察からの消去法。
感情論を廃した、冷徹なロジックの結果であった。
「それに―――貴女も私も、イレギュラーな参加者です」
イリスとソフィーは、本来この『遠すぎる空作戦』には参加しないはずの人間であった。
イリス自身は当然除外。そして、明らかにイリスに影響されたと考えられるソフィーもまた例外。
「でも、他にもイレギュラーはいる」
「まあ、そうなのですけれど、ね」
考え込むイリス。
結論など出ようはずがない。だが、この漠然とした不安感は実に不快なものであった。
「空が啼いています。これから荒れますよ」
竜騎士の天気予報はよく当たる。義父のそんな言葉を、ソフィーはふと思い出した。
漫然とした焦りを伴いつつ、イリスの不動の鉄城での時間は進む。
なまじイリス・ブライトウィルという人間は、常日頃から様々な事態を想定し準備を心掛ける用意周到な性格だ。故にこの土壇場になって今更やらねばならないことなど多くなく、手持ちぶさたとなることも多い。
心身を休め作戦に備える、という点においては間違いではない。だがそれを良しと出来ない程度には貧乏性であった。
船がヘスコ島を出航してから3日目。遠すぎる空作戦全行程の半分を経過し、イリスは漠然と焦燥していることを自覚していた。
「イリス、イリス・ブライトウィル。起きていますの?」
「起きていますよ、どうかしましたか?」
冬の嵐に揺れる船内。イリスは無造作に書類を格納魔法に放り込み、カーテンの奥から問うアスカの声に返す。
『まだ起きている』とは言ったものの、そもそも船内生活において就寝とは夜に限らない。
船内生活は24時間ではなく、18時間で推移する。生活リズムをずらしていかなければ、夜勤の者はいつまで経っても夜にしか起きられない。
よって、生活リズムは毎日6時間ずつずれていく。同室のアスカは当然イリスの生活リズムも把握しており、彼女がそろそろ就寝する時間であることも把握しているからこその問いであった。
カーテンが開き、薄着―――メイド服のインナー姿のアスカが入室する。どこから調達したのか、彼女はお盆にボトルとコップを持参していた。
「ちょっと一杯、付き合って頂けませんこと?」
「お酒ですか? ううん、それはちょっと……」
小さな机の上に先のボトルを置くアスカ。
大きく揺れる船室においては、ガラスのボトルは実に危なげだ。どうせならペットボトルのような割れず蓋も閉められる容器に入れればいいのに―――と、そんなとぼけたことを考える。
「飲みませんこと?」
「すいません、アルコールは摂取しない主義で」
「つれませんわね。本当に一杯でいいから、お付き合い下さいな」
言い、ぼちゃぼちゃと酒を注ぐアスカ。その煩雑な動作はあまり貴族の令嬢といったイメージではない。
ぐいっとアスカは自分のコップに注いだ酒を飲み干し、もう一つのコップをイリスに押し渡す。
「どうしたのですか、急に」
「酒でも飲まなければやっていられませんわ」
微かに紅潮した頬で、ため息を吐くアスカ。
その様子が嫌に色っぽく、イリスはつい目を逸らした。
「飲め」
「一杯で悪酔い……」
これは面倒なことになった、と内心失礼なことを考えるイリスであった。
「まあ、これから休むのですしちょっとくらいなら付き合いますけど」
何しに来たのだろうといぶかしみつつも、イリスは渡されたコップに口を付ける。
「決着を、決着を付けにきましたわ」
「決着とは?」
「落とし前ですの」
アスカはやおら立ち上がり、直立する。
そして、90度きっちりに頭を下げた。
「……何に対しての礼でしょう?」
「色々ですわ。貴女に助けられて、お礼の一つも言っていなかったことも」
「意外と気にしいですね。まあ受けておきましょう」
「それと、……これからのこと」
やはり面倒事かと身構えるイリス。
そして、強ばらせたはずの体は弛緩し、イリスは床に倒れ込んだ。
「―――ん?」
困惑した声を漏らすイリス。
倒れた彼女を、無感情に見下ろすアスカ。
イリスは全てを察した。
「アスカ、貴女は―――」
「体が動かなくなる薬、だそうですわ。意識までは飛ばないと聞いています、ごめんあそばせ」
そう謝り、アスカはナイフを取り出した。
ここからが作者的に本編
先に書いておきます。ここから3話続くアスカ編ですが、かなりハードな内容です。
「これ書く意味あるのか、ただ悪趣味なだけではないのか」とは思ったのですが、アスカが何故このような行動に至ったのかを説明するのに必要な内容だったので一応文章にはしました。
精神的にキツイ内容が苦手な方は、ここから3話は飛ばして下さい。たぶん支障はない……と思います。たぶん。




