船上生活2
獣臭さから逃れたいというアスカの要望から、一度甲板へと上がった少女達。
湿度と騒音と生臭さの3重奏から開放され、アスカのみならず全員が一息ついた。
先程まで見飽きるほどに見つめ合った木造甲板。
船を通して観察するに際し、イリスは気付いたことがあった。
「この船、バイタルパートもへったくれもないですね。仮にも戦艦でしょうに」
全鉄製が謳い文句の不動の鉄城であるが、設計自体は戦列艦を踏襲した極めて古い思想である。
強度的に重要な箇所を鉄に置き換えただけであり、装甲も鉄板を単純に張り合わせているだけ。
まるで継ぎ接ぎのクレイジーキルトだ、とイリスは連想した。装甲板が規格化すらされていないのだ。
「その癖、繋ぎ目は生意気に溶接も併用してます」
正確には溶接ではなく魔法での結合だが、リベットすら発展途上だというのに溶かし込んでの金属結合技術が確立していることがイリスには奇妙に思えた。
銃もないのに空中戦が行われている時点で、今更過ぎる違和感だが。
「バイタル、セラミーから教わりましたわ。患者の生命維持に関する情報、でしたわね」
「この場合は船の生命維持に最低限必要な区画、です。ここを破られれば沈みます」
イリスは戦列艦を名前から戦艦の一種と勘違いしていた。
この船の設計思想に首を傾げつつ、イリスは上甲板を進む。
「セラミーとは仲良くしているのですか?」
「医術を教わってますわ。私の親はファルシオンで亡くなりましたから、手に職をつけませんと」
「それは、お悔やみ申し上げます」
タフな少女だ、とイリスはアスカに敬意を抱いた。肉親がいなくなり、自分も散々な目に遭ったというのに先を見据えられるのは並の精神力ではない。
「強いのですね、貴女は」
「ただの現実逃避ですわ」
表情もなく答えるアスカ。
「目下のことすら片付かないから、ありもしない未来に逃避しているんです」
それは、あるいは貧しい生活から抜け出せずに宝くじを買うようなもの。
アスカは眼前の問題解決を、完全に諦めていた。
「アスカは……」
色々な感情を秘めた目に、イリスは言葉に迷う。
「アスカは、優しいから医者に向いていると思います」
「何を言いますの?」
「何を言っているんでしょうね?」
自分の不器用さが少し嫌になるイリスであった。
「変なことを言ってすいません。でも本心です」
「優しくなんてないですわ」
「貴女みたいな面倒見が良くて気の利く人は、きっと患者にとってありがたい存在です」
「聞いちゃいませんわこの人」
「貴女が何に縛られているのか判りません。だから、逆の方向で私も貴女を縛ります」
イリスはアスカの手を握り、命令した。
「アスカ。貴女はこのまま医術を学んで、立派な医者になりなさい」
「無茶苦茶ですわ!」
イリスの手を振り払い、ずかずかと船尾に向かって進むアスカ。
残されたイリスからはアスカの表情は窺えない。
「なんなんですの、もうっ」
握られた手を擦るアスカ。
「……この感触は、嫌いじゃないですわ」
「…………。」
「な、なんですの!」
無言で先行していたソフィーは、そんなアスカの様子をちゃっかり観察していた。
船の最後部に到着した少女達は、船尾から海を覗き込む。
ぐわんぐわんと回る大きな車。それは水を跳ね上げ、船を漕ぎ進める。
「この船、車輪で走るのですわよね」
「船尾式外輪船、でしたっけ。バイタルエリア云々といっても、動力室も後部にあるのは道理です」
機関部が船体中心にあったとして、後部までシャフトを通すのは並のことではない。船体を押し進めるほどの力が加わる動力シャフトを作るのは、並の冶金技術ではまず不可能。
この世界の技術力では、重要区画を船体中心に集中させるのはあらゆる意味で困難なのだ。
「さて、残るは士官居住区と動力室ですが……」
士官居住区はイリスがいる船尾甲板の真下、動力室は更に下である。
「ソフィーは士官居住区に住んでいるのですよね」
「ずるいですわ」
「そんなことはない」
アスカの文句を、淡々と否定するソフィー。
「一人部屋は寂しい」
あまりに素直な吐露に、思わず顔を見合わせるイリスとアスカ。
「アスカ」
「な、なんですの?」
「部屋、交換して。私がイリスと暮らす」
「そ、それは困りますわ」
「どうして?」
「どうしても!」
「さっさと降りますよー」
言い合う二人を無視し、タラップを降りるイリス。
慌てて着いてきた二人。イリスはソフィーに確認する。
「士官室のあたりにはいないのですよね?」
「最初に確認した。でも行き違いで戻ってきているかも」
「とりあえず、動力室とやらに行きましょう」
三人はスペランカーが如くタラップを降りていく。
そして、その部屋を発見した。
『動力厩舎室』
「……はあ?」
見慣れぬ単語に首を傾げ、イリスは恐る恐る入室する。
「ククク、回れ廻れ舞われ輪廻れ……! 魑魅魍魎の闊歩せし海原を貫き、叡智の鉄城は戦略すら駆逐踏破するのだ―――!」
変なのがいた。
「随分と声の大きな独り言ですわね」
「危ない人」
「また訳の分からない単語を羅列しています」
「何奴っ!?」
振り返る少年。
いつぞやの中二病患者、ククリ・キャンピアンであった。
「お前は―――そうか、転成者だな!」
「何故ばれたし」
確かこの少年は老成土竜の御者だったはず、と思い返すイリス。
しかし室内を見渡すことで、イリスはこの船における彼の職務を理解する。
「なんですの? この獣臭い部屋は?」
アスカが鼻をハンカチで抑える。
動力厩舎室。そこにいたのは、見事な老成土竜であった。
航空戦力として運用される軍竜よりも一回り大きなドラゴン。手入れも行き届いているのであろう、輝かしいほどに見事な鱗の土竜。
そんな彼がひたすらに車輪の上に乗り、それを回していた。
「ふっ。見れば判るだろう、踏み車だ」
「踏み車……って確か、イギリスで昔囚人が踏んでいた拷問器具でしたか」
「イギリスという場所は知らないけど、なんで真っ先に拷問器具を最初に連想するんだ君は」
イリスはイリスで素っ頓狂な発言に、思わず素で返すククリ。
踏み車。一般的には水田に水を入れる為の器具である。
船尾にあったのは、巨大な踏み車であった。そしてそれは外部から見た際の特徴である外輪と同じ物である。
それを、ひたすらドラゴンが踏んで回しているのだ。
「ええっ……せめて空圧レシプロ機関を期待していたのですが」
部品点数、踏み車一つ。
あまりにシンプルな構造の動力船に、イリスは凄くがっかりした。
「まあシンプルなのは美点です。機械は病的なまでにシンプルを追い求めなければならない」
突然の来訪、そして落胆。そこからの納得。
イリスの奇行に困惑しつつも、ククリは気を取り直し訊ねる。
「貴様―――何をしに来た?」
「見学です」
「そうか、ならば視るがいい―――この世の全てをな」
「いえ船内だけで結構なので」
見ればみるほど、そこはただの厩舎であった。イリスにも馴染み深い掃除道具やドラゴンの手入れに関する道具が揃えられている。
狭い室内にレイアウトされた設備は工場のような機能美を感じさせイリスを楽しませたが、どこまで行ってもやはりただの厩舎であった。
「ソフィー、あまり土竜に近付いてはいけませんよ」
「然り。我が半身は海氷が如く冷静な魂を保有せし者だが、巨竜の一挙一動はそれだけで人を殺めかねない。不用意に近付かぬことだ―――死ぬぞ」
「その内容、3分の1くらいに纏められないものですかね?」
ククリの判りにくい言い回しを適当に解釈しつつ、イリスは時間を潰す。
この特殊な環境にて、老成土竜を宥め労働させ続ける。それがどれだけ困難か判らないイリスではない。
ドラゴンは神経質な魔獣であり、進行方向も見えない環境で一定の仕事をさせ続けるなどイリスとバルドディでも難しいであろう。
ククリ少年が見た目にそぐわぬ熟練の御者であることを感じ取った。
「貴方は第四騎士団だったのですか? いえ、でも……」
「否っ! 断じて否っ! 我は群れることを好まぬ―――そう、この身を一言で言い表すならば」
「軍属でしたよね。騎士団お抱えの御者なんて聞いたことがありませんし」
なんでもかんでも民営化する昨今の風潮は如何なものと思うイリスだが、経費削減に一役買うのも事実。
アーヴェルア国防軍でも独自に老成土竜の運用は行っているものの、専門的な業務ともなればやはり餅屋でなくてはならない。そういう場合に限り、外部に委託するのだ。
「よくもまあ、こんなやばい依頼を受けようと思いましたね」
「ああ、うん……長期航海に関する作業とだけ通達されててさ」
遠い目をするククリ。素の表情は案外普通の少年であるらしい。
「妙に報酬が大きいから同業者も怪しがって受けなかったんだ。酷い話だよ」
「まあ、そうですね。詐欺でしょう」
「その通り! こんなの詐偽だろう! まったく!」
ぷんすかと憤慨するククリ。
「あなた、その話し方の方がずっといいですわ」
「ふっ、いい趣味だ。我が美学を理解するか娘よ」
「そっちじゃありませんわ」
歩み寄り、談笑を始めたアスカとククリ。
イリスとソフィーは二人を遠巻きに、興味深げな眼差しで見ていた。
「仲良し」
「相性がいいのかもしれません。まったく別のタイプですから」
「似てないのに仲良くなるの?」
「磁石だって、同じ極ではくっつけません」
そういいつつ、実験用磁石の同じ極を力技でくっつけて遊んでいた過去を持つイリスであった。
「男と男では愛が芽生えないのと同じ?」
「世の多くの男性は、同姓に魅力を感じたことがあるという調査結果を見たことがあります」
「ちょっとそれマジですの!?」
アスカが話を中断して食いついた。
「しかし、この依頼に胡散臭さを感じなかったわけではないのでしょう? 何故受けてしまったのです?」
「前の仕事でミスをしちゃって、その賠償がこれで出来ると思ったら戦場……僕、この仕事向いてないのかもね」
「泣いても笑っても船は引き返すことはありません。今はこの作戦を最後まで遂行することを考えましょう」
「そんなことより、この世の殿方が潜在的に野獣を秘めているという学説について詳しく」
ククリは首を傾げる。
「不思議なことをいうね。男と男でも愛情は芽生えると思うけど?」
「いやまあ、エルフの貴方はそれが一般的なのでしょうけれど」
イリスは地球のファンタジーによく登場する『エルフ』とこの世界の精霊亜人種を同一視している。美形で寿命が長く、耳が尖っているという共通点からその意識上の翻訳は間違いではないであろう。
ただ、イリスの知識との差異というべきか、現実の存在となったエルフには彼女の知らない習性があった。
「エルフは同性間で性交し、生殖する人科種族。人間種のような器官としての生殖器を持たず、魂を張波同調させることにより新たな個体を作り出す。かつては単為生殖の一種と考えられていたが、昨今の研究によりむしろ雌雄同体に近い生態であると判断されている。張波同調はエルフの固有能力だが、他種族との生殖も不可能ではない。ただしその場合『ハーフ』の妊娠確率は同種族との性交より大きく下がることが経験則的な統計だが事実として確認されている」
「はい、説明ありがとうソフィー」
ソフィペディアと化した彼女はどこか得意気であった。
「貴方も殿方に懸想したことがありますの?」
「ああ―――うん。相手の名前も判らないんだけれどね」
ククリは照れくさそうに頬をかきながら答える。
「ちょっと前に人さらいに攫われかけてさ。もうダメだ、って思った時に男の子が颯爽と助け出してくれたんだ」
「人さらいとは……一応非合法なのですが、そういうのはなくなりませんね」
声に嫌悪感を滲ませるイリス。平和な国での生活を知るからこそ、その感情は人一倍強い。
「それからずっとその人を探しているんだけれど……もう見つからないかな、って諦めてかけてるんだ」
「いけませんわ! 愛は尊いもの、諦めるなんて言語道断!」
何故か激昂するアスカ。彼女は割と夢見る少女であった。
「とは言ってもね。もう10年前のことだ、その男の子だって風貌も変わってしまっているだろうし」
エルフの『ちょっと前』は全然『ちょっと』ではなかった。
「しかもその口ぶりでは相手は人間ですか、男の子と言いましたが何歳くらいでした?」
「うーん、これくらい?」
ククリが腰あたりに手を当てて、身長を示す。
1メートルもなかった。
「犯罪者だー!?」
「ホモでショタとか……」
「薄い本が熱くなるでホンマ」
「ま、待ってくれ! 確かにあの時点ではあまりに若すぎるが、今ならもう君達と同年代に成長しているはずだ! よって僕は合法だ!」
慌てて弁明の持論を展開するククリ。
「とある国にかつて『ヒカルゲンジ』なるロリコン王子がいましてね……」
イリスはククリの真摯な瞳に、日本最古のハーレムラノベ主人公の面影を見た気がした。
「ふむ、しかし人さらいですか」
前述の通り、イリスはこの手の犯罪者を毛嫌いしている。
だからというわけでもないが、かつて空を飛ぶ手段もままならず若気の至りでヤンチャしていた時代に、犯罪組織を襲撃していたことがあった。
手当たり次第に魔法を打ち込んで憂さ晴らしをしていたのだが、その時に囚われていたエルフの少女を助け出したことがあったのだ。
「まあ全くの別件でしょうけど。性別が逆です」
イリスの記憶では助けた側も助けられた側も女性だ。しかし、ククリは男性であり助けた側も男の子だったと言っている。
「むぅ、話すんじゃなかったかな。……っと、おっとっと、どうどう」
ぎゃおぎゃおと喚き出した老成土竜。慌てて宥めるククリ。
人が騒いだ為に興奮したのであることは、イリスにもすぐ解った。
「あまりいても迷惑ですね、もう出ましょう」
あまり居座っても邪魔だと判断し、イリスは回れ右。
首だけ振り返り、ククリに訊ねる。
「その子、名前は?」
「……我が半身の名か。―――ブージ、そう呼ぶがいい」
「ブージですか。いいドラゴンですね」
イリスも竜騎士、ドラゴンの目利きは出来る。
ブージは実に見事なドラゴンであった。艶、筋力、そして目の力が満ち満ちている。
「その子をそこまでしっかりと管理出来るのです。向いていない、なんてことはないのでは?」
船に積み込める老成土竜は一体のみ。失敗を許されないこの作戦に選ばれるあたり、優秀な人材なのだろう。
「えっ、あっ、そ、そうかい? ははは、実は僕もそうじゃないかと思っていたんだよ!」
一瞬で図に乗った。
「そういえばまだ、お名前を窺っていませんでしたわ」
ふと気付いたようにアスカが訊ねた。
ククリは待ってましたとばかりにかっこいいポーズを取り、堂々と名乗る。
「我が真名は漆黒の王虎。またの名を―――」
「エビですの?」
「ちゃうわい」
「結局見つかりませんでしたね、シロ」
探索は徒労に終わった。
船の前部から後部まで、入れるところはおおよそ全て回った。しかし見つからないとなれば、考えられる可能性は一つ。
「やっぱり海の藻屑ですか」
「土左衛門ですわ」
「南無南無」
甲板に上がると、外は赤く夕日に染まり始めていた。
3人は並び、赤い海を見つめる。
「惜しい猫を亡くしました」
「ふんっ、清々しますわ」
「シロ……」
「ふにゃあー? なんやなんや、センチになってからーの……」
イリスはソフィーに、紙で作った花束を渡す。
しばし花束を見つめていたソフィーは、やがて意を決し花束を海に投げた。
「さようなら、シロ」
ソフィーの目には光るもの。
イリスはアスカの肩を叩き、頷いた。
「一人にしてあげましょう」
「そう、ですわね」
「シロ、貴方も行きますよ」
「よう解らんが、その平らな胸で迎え入れてぇや」
ソフィーのとんがり帽子から這い出たシロは、イリスの腕に飛び込む。
踵を返すイリスとアスカ。アスカはシロに一瞬目を向け、興味を失ったように視線を正面に戻し、そして何かに気付いたかのように再びシロを凝視した。
「えっ? ……!? …………!?!?」
「頭の上のメガネがどこに行ったか判らなくなる現象、あれ名前あるんでしょうか?」
「知らんわ」




