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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
45/85

ヘスコ前哨屯地2



「敵は南西より接近! 数80、陽動である可能性を考慮し2班3班で対処する!」


「非戦闘員は速やかに地下壕へ避難しろ!」


「くそっ、セラミーたん口説いてる途中だっていうのに!」


「てめぇ抜け駆けしやがったな!」


「恋愛と戦争ではあらゆる手段が合法化するんだよ童貞がっ!」


「どどど童貞ちゃうわ!」


 にわかに騒がしくなるヘスコ島。夜間の突発的かつ変則的な襲撃にも慣れた第三騎士団(ラ・コペル・パル)は、唐突な状況変化にも迅速に対応する。


「さすがは勇名轟くコッペパン、夜襲を受けても余裕がありますね」


 イリスはといえば、ひたすらに船へ運ばれていた。彼女は紛れもなく安静状態であり、そもそもまともに戦闘参加する権利も手段もない。


「あの、お構いなく」


「…………。」


「おこなの? ソフィーさんおこなの?」


「…………。」


 無言でイリスを浮かべて運ぶソフィー。サイレン直後に颯爽と翼箒(ブルーム)に乗って空から降り立ち、問答無用でイリスの運搬を買って出たのだ。

 そんなソフィーだが、機敏迅速な行動とは裏腹にしょぼしょぼと睡魔の船を漕いでいる。イリスは魔法で浮遊させられた上で、箒の後ろにロープで繋がれて引っ張られているのだ。


「築地のマグロってこんな気分なのでしょうね」


「むしろ市中引き回しの刑や!」


「別にあれ、縄で牽引されるわけではありませんから」


 こっちにも江戸の刑罰に似たものがあるのだろうかと訝しむイリス。

 戦闘の邪魔とならないように、ソフィーの箒は高度をむやみに上げず地上数メートルを低空飛行している。地面に近い分、イリスの気分としてはやはりマグロであった。


「あ、海岸線沿いから回り込んで下さい」


「遠回りよ」


「内陸の道は騎士が行き来する動線です、竜車と衝突しかねません」


 見れば、島の中を工学輪唱銃(スペルカノン)を引く老成土竜(アークヴィリア)が疾走している。素早い展開能力もまた、竜車牽引式の地上砲の利点であった。

 一見ただの大型機銃砲だが、それ以上のものをソフィーは目敏く感じ取る。


「あの竜車、精霊の気配がするわ」


「最新鋭の4連装対空(フルークアップヴェア)工学輪唱銃(スペルカノン)です。情報投影器(ホロライザー)を搭載し高い命中精度を有する最新兵器です」


「あれ欲しい」


「クリスマスまで我慢しなさい」


 人気のない島北部の浜辺を進む二人。上空には竜騎士(ドラグーン)が待機しているが、地上は不釣り合いなほどに静寂が降りている。


「あれ、ショーテルです」


 高度1000メートルほどを飛行する騎士の顔までもを、イリスの視力は識別してしまう。

 先程別れたばかりのショーテルが既に空へと上がっていることに、イリスは関心した。悪くない展開速度である。


「精々自分の身は自分で守るとしましょう」


 不動の鉄城(アルク=アンシム)まで数百メートル。北部海岸に敵の気配はないものの、イリスは警戒を怠りはしない。

 故に、その小さな影を見落とすことはしなかった。


「―――ソフィー」


「なに?」


「海に何か浮いています。舟?」


 夜の海で小さな漂流物を発見するのは至難の業であり、まして上空からともなれば騎士達が見逃しても不思議ではない。

 まして騎士達は空からの侵入を警戒しているのだ。海上戦力を有さない黒竜軍(リストダーク)に対して目下を警戒する必要性は薄く、見逃しは致し方がない部分もあった。

 当の舟の大きさは精々数メートル。むしろボートと呼ぶべき小型船であり、とても沿岸から離れられる代物ではない。

 なぜそのような小舟が、波に揺られるがままに浮いているのか。


「ソフィー、9時方向の浮遊物へ上空から接近して下さい」


第三騎士団(ラ・コペル・パル)に任せた方がいいと思う」


「目を離しただけでも見失いそうのなのです。最悪の場合を想定すれば早急に確認が必要です」


 イリスの考える最悪の場合とは、生物兵器等の小型でありながら島を全滅させられる戦術である。

 そこまで特殊な攻撃を黒竜軍(リストダーク)が行うとは考えにくかったものの、なまじ黒竜(ダークドラゴン)が有機的な兵器としての側面を有するが為に、可能性は否定しきれなかった。

 闇魔竜(ウィザードドラゴン)という前例がある通り、敵は必要とあれば生物として意図的に進化する場合があるのだ。


「あくまで念の為です。あの小舟が海を越えてきたなんて考えにくい、現実的に考えれば単なる漂流物でしょう」


「それ、単なる漂流物じゃないフラグやないか」


「奇遇ですね、私もそう思います」


 箒に必死にしがみつくシロに、思わず同意するイリスであった。

 嫌な予感をひしひしと感じつつも、慎重に小舟へと接近する。

 上から見ればやはり小さい舟であった。月明かりに照らされ、舟の中心あたりで何かが反射する。


「人?」


「そのようです。子供……いえ、女性ですね」


 船体に横たわっているシルエットから、その正体を推測する。


汚染兵(コンタサール)でしょうか?」


「違う」


「……信じましょう」


 確信こそ得られないものの、黒竜軍(リストダーク)の生態に関して一家言を持っているソフィーの言葉ともなれば参考にする値はあった。

 舟に降り立つイリス達。少女達の体重で大きく揺らぎ、乗員であった少女の体が転がる。

 ごん、と眠る少女の後頭部が船体に衝突。


「うごっ」


 少女の口から奇妙な声が飛び出た。


「生きてますね」


「死後硬直かもしれないわ」


「死後硬直で動くことはあっても、発声することはないかと」


 警戒を解くことはなく慎重に少女の肩を蹴っ飛ばし、仰向けに再度転がす。


「嬢ちゃん相手でも容赦ないのワレ」


「戦場で不用意に手は使えません」


 幼さが残るも端麗な顔立ちの、どこか気が強そうな美少女。

 ひまわりのように鮮やかな金髪に、細くしなやかな四肢。目を開けば気の強そうな視線が飛んでくる、そんな確信をイリスは抱く。


「何処かで見たような、あっ」


 印象に残る少女だったからこそ、記憶はすぐに探り当てられた。


「ファルシオンで会った子です。確か名前は―――」


 ―――アスカ・ロウ・トラクトスリア。

 ファルシオン襲撃以来、行方不明となっていた少女が何故か小舟に乗ってイリス達の前に現れたのであった。


「知り合いなの?」


「顔見知り程度ですが、身元の保証は出来ます。とりあえず彼女も船に運びましょう」


 イリスの記憶ではドレスを着ていた彼女も、今は薄汚れた布切れを身に纏っている。

 頬も痩け、髪の毛は色艶を失っている。これまでどのような生活を送ってきたかは判らないが、禄なものではなかったのは見て取れた。


「小舟ごと引っ張るわ」


 舟の舳先にロープを縛るソフィー。ケッテンクラートが如き便利っぷりにイリスも思わず関心する。


「便利ですね翼箒(ブルーム)。私も修得しましょうか、でもそれって飛んでいるというより浮いているのですよね」


 翼箒(ブルーム)はイリスの感覚には合わないものであった。彼女はベルヌーイの定理至上主義者なのだ。

 その割にヘリコプターも毛嫌いしているのだが、この世界には幸いヘリコプターどころかオートジャイロすら存在しない。

 ソフィーの箒に引かれ、モーターボートのように急発進する小舟。

 再び舟は大きく揺れ、アスカは床板に顔面を衝突させた。


「あぐっ」


「ソフィー、私も乗っているのですからもう少し静かに動かして下さい」


 体勢を崩したイリスがそっとクレームを入れる。


「先程から、何なんですの……!」


 幽鬼のようにゆっくりと顔を上げるアスカ。

 散々の雑な扱いに、その目は怒りを湛えていた。


「目を醒ましたかのように見えますが、きっと死後硬直でしょう」


「なんやイリス、これ死後硬直かいな。驚かせやがってかいに」


「生きでますわっ、ごほっ」


「喋っているように見えるけれど、きっと死後硬直ね」


「なんやソフィー、これ死後硬直かいな。驚かせやがってかいに」


「貴女達、いい加減になさい! とんでもない方々に拾われましたわ!」


 小舟が浜辺に乗り上げ、砂の航跡を引きながら砂上を疾走する。

 意外と元気そうな様子に安心するイリス。何故こんな場所で漂流していたかはともかく、見知った顔が無事であったことは喜ばしいことであった。

 ゴンドコゴンドコと跳ね回る小舟、翻弄されるイリスとアスカ。


「あばばばばば」


「あががががが」


「ソフィー、船の二人がポップコーンみたいに跳ねとるで」


 遂には小舟が真っ二つに割れ、二人は盛大に投げ出される。

 浜辺に転がり、微動だにしなくなる少女達。


「イリス! 大丈夫!? 今、治癒魔法をかけるから……!」


 血相を変えて浜辺に降り立つソフィー。

 注釈すれば、ソフィーに治癒魔法の適正はない。


「私のことよりアスカを看て下さい」


「惜しい人を亡くしたわ」


 イリスとアスカの扱いに歴然とした格差があった。


「殺さないで下さいませっ……!」


 アスカは存外逞しかった。

 口に入った砂を吐き捨て、よろよろと弱々しくも自らの足で助けも借りずに立ち上がる。

 そんな毅然としたアスカの様子に、ソフィーは感嘆のように結論を紡いだ。


「イリス」


「なんですか?」


「やっぱり引っ張るのは駄目ね」


「その推測は行う前にするべきでした」


「なんなんですのっ! なんなんですのっ!? せっかくあの場から逃げてきたというのに、この扱いはなんなんですのー!?」


 半狂乱となって長い髪を振り乱すアスカ。

 そこに一騎の竜騎士(ドラグーン)が上空から降りてくる。


「君達は、さっきから何をしているんだ」


「ショーテルさん?」


 下で繰り広げられるコントに、呆れた竜騎士(ドラグーン)ショーテルまでもがおびき寄せられる。


「ここは戦場だぞ、もう少し緊張感を持ちたまえ」


 弛緩してしまった雰囲気。彼女達の真上でホバリングするショーテルに、イリスは溜め息を吐いた。


「私達を心配して下さったのは解りますが、それはお互い様では?」


「む、何が言ったかね?」


「不用意に高度を下げるなんて。ここは戦場です」


 空が赤く染まる。

 イリスの目の前で、ドラゴンが騎士諸共炎に包まれた。

 ショーテルは自ら位置エネルギーの優位を放棄した。いつ魔法が降り注ぐか判らない状況で、知り合いの心配をするという感情論でその判断をしてしまった。

 イリス達の間の抜けた問答に当てられたとはいえ、弁解のしようのない失態であった。


「――――――ッァァ!」


 強度に優れる土竜(アークリア)はともかく、背に乗る騎士はすぐに炎に巻かれてしまう。

 墜落する土竜(アークリア)と、投げ出される炭化した人型。

 真っ黒となった人間に、目を逸らしたのは意外にもソフィーだけであった。


「うっ」


「なんてこと。ショーテル、見事に生焼けステーキになってしまって」


 肉の焼ける臭い。脂肪が肌をべたつかせ、肌から水蒸気が昇る。

 えずくソフィー。イリスは冷めた瞳でショーテルの脈と呼吸を確認する。


「表面は黒こげですが、まだ息があります。炎に巻かれたのが一瞬だったので気管まで火が回らなかったのかもしれません」


「助かるの?」


「治癒魔法で皮膚を再生すれば、あるいは」


 ショック死や感染症の危険はあれど、こういった点においてはこの世界の医療技術は地球より優位である場合がある。

 イリスの素人診察を聞き、アスカは押し退けるように前に出て魔法を発動させた。

 アスカの手の平から溢れる、治癒の光。


「治癒魔法に適正があるのですか?」


 人は見かけによらないものだと関心するイリス。

 患者から目を逸らさないのは、その辺の経験故だろうかと呑気に推測するイリスの様子にアスカは激高した。


「な、なんで、なんで見捨てましたの!?」


「見捨てるとは人聞きが悪い。対処手段がなかっただけです」


 アスカに詰問されるも、イリスはあくまで平然と返す。


「あの角度ではショーテル達が邪魔で迎撃は難しかった。私もソフィーも行動出来ませんでした」


 更に付け加えるならば、とイリスは言葉を続ける。


「不用心に位置エネルギーを捨てた彼自身のミスです」


「知り合い、なのでしょう!」


「知り合いであろうと家族であろうと、命の価値に上下なんてありません」


 内心どの口が言えた義理かと自嘲するイリスだが、非情な言葉は止まらない。


「人が死んだくらいで、いちいち心を乱していられません」


 そのあまりに冷酷な言い分に、アスカは鼻白む。

 それはかつてのイリスとは明確に異なる成長であり、そして喪失してしまった部分であった。


「それに、人の心配をしている場合ではないかと」


 彼ら4人を炎が包んだ。

 海中よりの不意打ち。ソフィーすらも感知困難な近距離からの魔法発動により、イリス達は完全に後手に回る。

 植物のように蛇炎が地面よりのたうち、焼き尽くさんと4人を圧迫する。


「ひっ」


 突然の炎壁に、悲鳴を上げることしか出来ないアスカとは対照的に。


「伏せてっ!」


「―――メルトリンクス」


 白亜の爛舞騎士(ラウンドナイト)は、後出しであるにも関わらず敵以上の魔力で以て迎え撃った。

 『無詠唱』にて発動した風魔法によって大気が流動し、空気中の熱によって火の精霊がチリチリと発火するほどに圧縮される。

 それは風であった。あくまでも風の領域でありながら、普通はありえない現象を引き起こすほどの異常な風であった。

 風精霊すら壊死するほどの飽和魔力にて固体としての性質すら有する風は、全方位より迫る炎を叩き潰す。

 ―――瞬間、余波が浜辺の砂を凪ぎ払う。

 さながらクレーター。数十トンにも及ぶ砂石を、個人の魔法、個人の魔力が吹き飛ばしたのだ。


「っ、咄嗟に放った魔法でこれとは。やり過ぎです」


「そうかしら……?」


「判っていたつもりですが、ソフィーは大概火力特化型ですね」


 これだけの惨事を巻き起こしたというのに、イリス達周囲数メートルはまったく被害がない。付近の砂が失せてしまい足下が不安定になった程度なのだ。

 これまで何度か無詠唱での魔法発動を目撃する機会に恵まれたイリスであるが、第三級魔法すらも詠唱不要ともなればあまりに凶悪な技能と考えざるを得ない。

 何せ、第三級魔法をまともに詠唱しようと思えば本来10秒以上かかるのだ。それに加え、高度なイメージと魔力制御を伴わなければ発動すら許されない。

 10秒が1秒。些細なようで、戦場ではこれ以上となく大きな差。

 単純計算で1分間に60発。これは即ち、超弩級戦艦の火力投射能力すら超越することを意味する。

 彼女一人で、町どころか国を滅ぼしかねない戦略兵器と成りうるのだ。


「今の余波で海中に潜んでいた者も吹き飛んでいればいいのですが」


「水中に潜伏していた時点で望み薄よ」


 二人の爛舞騎士(ラウンドナイト)は海へ向け手を翳す。

 先の魔法攻撃、そして海中からの接近。これほどトリッキーな攻撃をするとなれば、ドラゴンとは考えにくい。


汚染兵(コンタサール)、生前は魔法系の騎士だったのでしょう」


 吹き飛んだ海水より、影が立ち上がる。海中に適応すべく発動していた魔法は、偶然ながらもメルトリンクスの衝撃波を緩和しダメージを防いでいた。

 空からの物量攻撃と見せかけての、海中よりの侵攻。多数の魔法を駆使すれば海中行動も不可能ではなく、そのような作戦を立てる相手となれば小さな油断が命取りとなる。


「面倒です。手っ取り早く、火力で制圧してしまいましょう」


 人影は咄嗟に手にした杖を向けるも、イリスの第十級魔法アークが敵の四肢を撃ち抜く。

 威力こそささやかだが、発動速度に関しては最速に近い。あっさりと無力化された汚染兵(コンタサール)は海中に沈み、微動だにしなくなる。


「ソフィーは周囲に警戒して下さい。とどめは私が刺します」


 今度こそはと、幾分強力な魔法を詠唱するイリス。

 狙いを定める過程で汚染兵(コンタサール)の顔を直視してしまい、その女性が何者であるか気付いてしまった。


「―――えっ?」


 思わず魔力を霧散させ、攻撃を中止する。

 それほどまでに、汚染兵(コンタサール)の正体はイリスにとって禁忌であった。

 歳はイリスと同年代。背は成長最中ながら、気怠げな雰囲気が妙な大人らしさを感じさせる。

 人間世界と隔絶された環境にいたにも関わらず、身嗜みはイリスよりずっと行き届いている。人間ではなくなったにも関わらず、どのようにして調達したのか化粧までもしっかりと手を抜いてはいない。

 諦観したような眼差しは、死んでしまったからというよりは生来のものであろう。イリスの記憶の彼女もまた、そんな眼差しの持ち主であった。

 どうして騎士を志したのか、どうにも不可思議であったお洒落好きな同期生。イリスの怠慢、油断で命を落とした彼女の失態の象徴。


「あっれ、イリスじゃない。やっほぅ」


「え、ええ、お久しぶり、です、フランシスカ」


 フランシスカ・フォージャー。 イリスと同じ落ちこぼれチームに配属され、実地演習中に襲撃された末に自害した少女であった。


「お、お元気でしたか?」


「んー、ぼちぼちかな?」


 かつてイリスが見殺しにした少女が、空の棺と共に土中に眠った過去の登場人物が、今この場に確かに存在している。

 折り合いをつけたはずの悔恨、それが目の前にいるという現実。

 イリスは混乱した。二律背反に直面し、鎖で雁字搦めにしたはずの行動理念は破綻した。


「―――イリス!」


 ソフィーの声に、イリスは咄嗟に腕で自分を守るように構える。

 上空から墜ちてきた黒い炎が着弾し、再びソフィーの魔法が業火を弾く。

 炎色反応ではありえない、漆黒の炎のオーロラ。それが晴れた時、空には巨大なドラゴンが浮かんでいた。

 巨大といえど、フォートレスドラゴンほどではない。基本4種より僅かに巨大な、独特の黒い艶を有するドラゴンだ。


「な、なんですの、このドラゴン……!?」


黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)です、見るのは初めてですか」


 アスカが困惑するのは当然だ。この変種ドラゴンを一般人が目にすることはまずないのだから。

 黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)。基本4種族全ての能力を保有する、小型種最強のドラゴン。

 土竜(アークリア)のように魔導血界領域(ローフマギリア)を展開することで無尽蔵の物資を格納し、水竜(ミスティ)のように水中行動を可能とし水を操る。

 風竜(ウォールック)のように最速の翼を有し、火竜(ラズマ)と同等の黒炎のブレスを吹き出す。

 兵器として生まれた新種のドラゴン、その背に乗るのはやはりフランシスカであった。

 彼女はイリス達をちらりと見、手綱を揺らす。

 翼を翻す黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)。イリスは我に返り、ソフィーに問う。


「ソフィー、あれを撃ち落とせますか?」


「手段を選ばなければ―――でも」


 続く言葉を、イリスは正確に汲み取った。

 空にいるのはフランシスカと黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)だけではない。友軍の竜騎士(ドラグーン)も、依然として多数飛行しているのだ。

 既にフランシスカはかなり高く昇ってしまっている。黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)の上昇能力はイリスも認めるところであり、瞬く間に空を駆け昇ってしまう。

 強力な翼と軽い骨肉が可能とする、鋭いまでの上昇率。反面黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)は航続距離・交戦時間に難があるという弱点を持つが、一度ドッグファイトに陥ってしまえば最新装備をフル搭載したドラゴンであっても容易ならざる相手なのだ。

 あれほどの高さの標的を地上から狙うには、弾幕による面制圧系の魔法を使うしかない。しかしそれを行えば他の騎士も巻き添えを食う。

 こうなっては、地上にいるイリス達は完全に部外者であった。

 ちらりとフランシスカが振り返り、何かを呟く。当然、地上のイリス達には聞こえようがない。


「―――余計なお世話です」


 イリスは苛立たしげに返事をした。

 複数の竜騎士(ドラグーン)が、黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)の背後を取ろうと旋回する。

 イリスは小さく舌打ちした。味方の失策と、敵の立ち回りの巧さに。


「私の知るフランシスカより、ずっと手強い」


 不運なことに、丁度上空で警戒していた味方の竜騎士(ドラグーン)達は黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)との戦闘経験が不足した若者達であった。土竜(アークリア)より遙かに優れた上昇力に戸惑い、焦りのあまり後ろを取ることに執着してしまった。

 フランシスカが駆る黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)も、上昇する為に速度を大きく減じてしまっていた。冷静に速度の差を活かした戦法を取ればいいものを、黒竜(ダークドラゴン)と同じ対応をしてしまったのだ。

 ドラゴンの性能は差し引き0でほぼ同等だが、フランシスカは魔法を巧みに放ち騎士達の攻撃を凌ぐ。

 戦闘機のかくあるべき戦い方とも違うそれは、しかし空戦における究極の神髄であるとイリスは知っていた。


「なんて泥臭い戦い方ですか」


 魔法で攪乱し、照準を邪魔し、ひたすらに生存確率を高める努力をする。

 敗軍の戦法であった。

 フランシスカの目的が空域よりの離脱であることはイリスもすぐ気が付く。


「あの人、結局何がしたかったの?」


 陽動を動かしての海中よりの接近。それも単独、極めて少人数となれば可能性としては一つしかない。


「破壊工作の類でしょう。アーヴェルア(ゼンフ・ユーニット・)国防軍(アーヴェルア)は対空戦闘に特化していますから、こういう搦め手には対策が充分ではない」


 とはいえ、生身の汚染兵(コンタサール)が少数で攻め込んだところで軍隊の防御を破れる算段は低い。まして単独で何が出来ようというのか。

 汚染兵(コンタサール)にとって、黒竜(ダークドラゴン)など幾らでも使い捨てて構わない消耗品である。とはいえこの襲撃はあまりにお粗末である感があった。

 自分ならばせめて、複数方向から特殊作戦員を送り込む。そう考えて、イリスは小さく声を漏らした。


「あっ」


 遠くで、大きく炎が立った。

 赤く染まる夜空。島中から見えるほどの巨大なきのこ雲が昇り、数秒遅れて爆音が轟く。


「ですよね、それはまあ。保険くらい用意しときます」


 やられた、と顔をしかめるイリス。

 沈静化する戦闘。島に迫る黒竜(ダークドラゴン)は全て討伐され、戦場は静かな夜へと戻った。

 戦闘終了時での死者は2名。重傷数名、軽傷多数。ショーテルは不動の鉄城(アルク=アンシム)の医務室へと運び込まれた後、事態の収束後に野戦病院へと移送される。

 敵の数からすれば、被害は小さいといえるであろう。

 しかし物資の集積場を爆破され、継戦能力は喪失した。複数に分けて保管されていたとはいえ、軍隊としての機能を果たすことは不可能となったのだ。

 そして数時間後、第三騎士団(ラ・コペル・パル)現団長は決断する。

 間引き任務の続行―――餓えてでも戦うことを。




たぶんこの人の再登場を予想できた人はいないはず。

でも、生き返るなら彼女だと1章のころから思ってました。

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