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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
39/85

無人島2




 人はそれを呪いと呼んだ。

 人はそれを懲罰と怖れた。

 人はそれを災厄の顕現であると称した。

 人はそれを絶望そのものであると仰ぎ見た。

 イリスはそれを「まあ、ジェット戦闘機よりは弱いのでは?」と評した。







 フォートレスドラゴンについては、研究こそ行われているものの多くは判っていない。

 個体数は少なく、一体一体にコードネームが定められている。

 知性が認められており、それぞれ特殊な能力を有している。

 如何なる原理によって生じたかも不明だが、共通点も存在する。

 巨大なこと。強大なこと。そして敵であること。

 要するに、何も解っちゃあ、いない。


「新種か。相も変わらず、よく判らない連中だ」


 知らず男言葉で話しつつ、鼻先を近付ける未確認のフォートレスドラゴンを睨むイリス。

 手にした不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)を思い出し、ならばやりようもあるかと開き直る。


「イデアの波動よ、エイドスの粒子よ。爆ぜよ、マグネス!」


 生憎高速詠唱用人工言語(ピリアグリフ)での詠唱を修得していなかった為に、通常詠唱で紡がれた呪文。

 眼前のフォートレスドラゴンが悠長に待ってくれるか不安ではあったが、幸い敵に動きはなく魔法は完成した。

 閃光。視界を白く染める、刹那の激しい光。

 突然の光にフギャーッと変な鳴き声を漏らすフォートレスドラゴン。


「な、なんやこのまぶいの!?」


「しゃべった……」


 思わずフォートレスドラゴンは仰け反り、イリスは跳ね起き距離を取った。

 眼前のフォートレスドラゴンが人の言葉を発した気がするも、奇妙な個体ばかりのフォートレスドラゴンについて一々驚いてなどいられない。

 彼我の距離、凡そ5メートル。あまりの巨体を有するフォートレスドラゴン相手となれば、依然として目と鼻の先な距離。


「むっ。殺されるより先に体が動かなくなるか?」


 全身の傷口より吹き出す血液。処置され辛うじて塞がっていた傷が裂け、脳への酸素供給が滞る。

 気合いでどうにかなるものではない。早急に決着を付けねばならないとイリスは再確認した。

 奇跡的に倒せても、結局出血死する。どの道変わらない。

 だが、しかし。


「最速でコイツを倒し、治療を改めて行う。何も間違ってなどいない」


 方針を決め、イリスは剣を構えた。

 絶望の代名詞。恐怖の具現。悪夢の魔獣。

 フォートレスドラゴンは特殊能力を有するだけではなく、根本的に『強い』。

 速度が速く、力が強く、鱗が堅い。

 イリスの会得した魔法でも、フォートレスドラゴンに通用するものは多くない。そしてその全てが上級魔法だ。

 だからこそ、イリスは最速で放てる攻撃を選ぶ。

 不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)機械仕掛けの神刃(ラウ・フィーリカ)。父から受け継ぎアーレイに託された宝剣の刀身が、数十メートルにも『伸びた』。


「うおりゃああああああっ!」


「ふおおおっ、なんやコイツ!?」


 フォートレスドラゴンが乗る大岩を、横に薙ぎ切る。

 両断された岩が滑り、フォートレスドラゴンは突然のことにバランスを崩した。

 翼を持ち空が飛べるとはいえ、離陸には地面を蹴る必要がある。否、本当は必要ないのだが、そう体に染み着いている。

 それはドラゴン全般の習性であり、幸いフォートレスドラゴンでもそれは変わりがなかった。

 小規模な地震を発生させつつ浜辺に落ちる白いフォートレスドラゴン。イリスは即座に次の行動へと移った。


「空の遥は巨人の豪腕。無垢となりて暴虐を体現す。偽りの四肢は幻影。されど剛鬼の血は鏡像にあり」


 フォートレスドラゴンが予想以上に盛大にずっこけたので、イリスは自身に許された最大の攻撃を選択した。

 父から受け継いだ魔法。ただの一撃で全てを使い尽くす、第一級魔法。

 間に合う。イリスは勝利を確信し―――


「―――っ、これは!?」


 知らずのうちに忍び寄っていた蔦に絡め取られ、両手両足を拘束された。


「これは、土魔法! 誰が!?」


「……ジ・アクト。ルバート・ブライトウィルが得意とした超近接特化魔法」


 蔦に絡まれ宙に浮いたイリスに、一人の少女が歩み寄る。


「そんな魔法を使われたら、シロが死んじゃう。やめて」


 イリスは空中で傾いたままに、新たに現れた少女を視認する。

 病人のように白い肌。真っ白な髪。

 人形のように整った容姿。その眼差しはどこか虚ろで、しかしイリスをはっきりと見据えている。

 非生物感すら放つ中、胡乱なアメジストのように青い瞳だけがアクセントとなっていた。


「貴女は―――」


 髪の毛も肌も真っ白な少女。歳の頃は二桁に達した程度、小学校上級生くらいだとイリスは予想する。

 古き良き、今時本職ですら着ないような紺色のローブに尖り帽子。お手本のような魔女ルックで、肌と髪の白さがやたら栄える。

 色々な意味で強い印象を与えるであろう美人さん。イリスは、これらの条件が当てはまる人物をただ一人だけ知っていた。


「―――ソフィアージュ・アンドリュース!」


 行方不明となっていた、史上最年少の爛舞騎士(ラウンドナイト)

 人類最強の年少女児二人は、こうして奇妙な出会いをはたしたのであった。







「せやせや、ガツンと言ったれソフィー!」


「元は貴方の悪戯が原因。少し黙ってて、シロ」


「うぐぐ……」


 ソフィアージュが叱ると、白いフォートレスドラゴンはみるみる萎んでいく。

 そして最終的に、品の良い綺麗な毛並みの猫となり果てた。


「……なんですかこれ」


「シロ」


「いえ、固有名詞を訊ねているのではなく」


 名前の通り、猫は真っ白な毛の持ち主である。


「もしかして変身魔法、とかなのでしょうか?」


 首肯するソフィアージュ。


黒竜軍(リストダーク)ではない?」


 再度頷く。

 ともなれば、イリスのしたことはただの器物破損だ。

 刑事事件。罰則。懲役。嫌な汗が流れる。

 爛舞騎士(ラウンドナイト)といえど罪を減刑されるわけではない。少なくとも、そんな前例はない。

 先に魔法にてイリスを脅かせたのはシロなので、実際裁判となってもイリスが罰せられる可能性は低い。とはいえ彼女の小市民的な部分が、俗物的に彼女をビビらせていた。

 そしてソフィアージュの返答は、更にイリスを困惑させる。


「シロは黒軍(ダークドラゴン)の親戚のようなもの、そこは否定しない」


「……武器を構えたほうがいいですか?」


「シロは悪い猫じゃないわ」


「はあ、まあいいです」


 現にシロと呼ばれた白猫は大人しくしていることから、イリスは深く考えることをやめた。この辺、地球のメンタリティが残っていた影響であろう。

 この世界の人間では、フォートレスドラゴンが敵であるという前提を拭えない。例え正体が猫でした、なんて種明かしをされたとしても警戒は解けないであろう。

 しかしイリスは人間同士の戦争を知っていた。争いとは善悪で割り切れない曖昧なものであると知っていた。

 日本に迫る爆撃機を許しはしないが、それを差し向けた国の住人を憎んでいるわけではない。集団というものを善悪で綺麗に割り切れなどしないことを、よく理解しているのだ。


「はあ、すまへんなぁ。ちょーっと悪ふざけがすぎたわ」


 ましてや、この地方訛りの強い大陸共通語を話す猫を前にしては、毒気が抜かれるというものであろう。


「……運ぶ」


 ソフィアージュの魔法により、イリスの体が浮き上がる。呪文詠唱がなかったことを、イリスは見逃しはしなかった。

 有無を言わさず魔法で船内の最初の部屋まで運ばれ、覚束ない手つきでイリスの治療をするソフィアージュ。


「そこはきつく縛って下さい……これ以上血を流すわけにはいきません」


「これくらい?」


「ペンくらいの棒はありますか? 隙間に入れて、くるくる回すんです」


 既に軽い貧血状態。早急に輸血しなければ、本当に行動不能となってしまう。


「はあ、無駄に血を流してしまいました」


「……でも生きてたわ」


 儚げな目が印象的な少女は、一言感想を述べた。


「死んで堪るものですか、痛ッ」


 ぶりかえした痛みに顔を歪めると、ソフィアージュはイリスを無感情に見つめて呟く。


「痛い?」


「えっ?」


「暗示魔法、きれているみたい」


 そういって、ソフィアージュは無造作にイリスに口づけをする。


「―――あの」


「痛くない?」


「あ、はい。そうですね、まったく痛くありません」


 キスは魔法使いにおいて様々な意味を持つ。

 契約、術式の接続、魔法のトリガー。どうして愛情表現の動作が特別な意味を持つのかイリスはまったくもって理解し難かったが、ともかく何かしら魔法に関わる行為が行われたことは理解したために同性からの接吻に動揺することはなかった。


「あっさりしとるのぉ、もっとブチューってやってもええんやで!」


「暗示魔法と言いましたよね。痛み止めに使ったのですか。ありがとうございます」


 隣で騒ぐ猫を無視し、イリスは頭を下げる。

 暗示魔法は決して便利な魔法ではない。何しろ他者の精神に作用し、洗脳に近い作用を及ぼすのだ。

 人の精神は外部からの干渉を拒絶するように出来ている。それを突破する為の手順は多く、決して無言でキスしただけで発動するほど手軽では決してない。

 そのことを、イリスはかつての経験から知っていた。


「八割方、もう駄目かと思ってた」


「二割希望があるなら上等です」


「食べ物持ってくる」


「こいつはワイが看とるで」


 ソフィアージュは部屋を出て行く。残されたのはイリスと一匹のみ。

 イリスは、白い猫に付き添われベッドの上に横たわる。

 白猫のシロはイリスの腹の上に飛び乗り、数回その場で回って座り込んだ。


「はぁ、温いのぉ」


「邪魔です」


「ふぎゃ!」


 重いので叩き落とした。

 ついでに満足に動かない体をなんとかよじり、ベッド周囲を観察する。

 消毒液の匂い。乱雑に用意されている機材。

 雑多で手狭な様子だが、一応ここは医務室であるらしい。


「なにすんねんワレェ! 動物虐待やで!」


「貴方には意味もなく驚かされた恨みがあるので、というか何故喋ってるのですか貴方」


 しかも可愛くない、と内心付け足す。

 黙っていれば愛らしい白猫だが、言動がどこか親父臭く五月蠅い。愛玩動物としては完全失格であろう。


「あれや! ワイはラブリーマスコットや! 魔女には黒猫の使い魔がデフォルトなんや!」


「なるほど」


 ツッコんでほしい、とシロの目が訴えていたので無視するイリス。

 痛みがないとはいえ、傷がなくなったわけではない。あまり騒がないようにしなければと自制を心がけることにする。


「しかし暗示魔法ですか、確か条件の一つが相手への信頼であったはずですが」


 初対面の人間には使えない。相手のことをよく知り、イメージを確固としていなければ干渉すら出来ない。

 信頼と一言でいっても、生半可なものでは不可。実に扱いにくい魔法であった。


「……ん?」


 イリスは首を傾げる。

 さて、自分がかつて暗示魔法を真面目に調べたのは何時、何の為だっただろうか、と。

 しばし唸るも、やはり思い出せず落ち込む。


「うーん、歳でしょうか。まあ随分と昔のことですし」


 今回の件とは全く別件であろうデジャブを振り切り、天井をぼんやりと見上げる。

 木目を意味もなく視線で辿っていると、とりとめのないことに思考が進む。


「……アーレイ」


 思考の海に沈むと、必然のように感情は『彼女』へと帰結した。


「どこに連れていかれたのでしょう」


 惚けたように、イリスはじっと天井を見上げ続けた。

 鮮烈に蘇る、気を失う直前の記憶。

 深夜の襲撃。呆気なく受けた致命傷。

 必死の反撃。残酷なまでの致命傷。

 連れ去られる友人(アーレイ)。冷たい河に棄てられた我が身。


「……本当、よく生きていたものです」


 イリスの心情はまさしく、胸にぽっかりと穴が開いたようであった。

 現場では激しい怒りに駆られたというのに、今の彼女にはむなしさしかない。

 彼らが何者なのか。アーレイをどこに連れ去ったのか。何もかも不明なのだ。


「まずは、怪我を治して。それから情報収集」


 努めて冷静に考え、順序立てて成すべきことを確認する。

 バターン、と扉が倒れ開いた。


「あぎゃあ!」


 シロが叫ぶ。


「……ソフィアージュさん?」


「立て付けが悪いみたい」


 倒れたドアの外側で、ぼうっと地面と一体化するドア板を見下ろすソフィアージュ。

 立て付け以前に蝶番付近の木材が腐っていることにはツッコまないことにしたイリスであった。


「よいしょ」


「のばばば!」


 ドアの屍を乗り越えていくソフィアージュは、何事もなかったかのように小さな椅子に腰掛ける。

 ドア板の下敷きとなった小動物が叫んでいたが、誰も気にはしなかった。

 ソフィアージュは何事もなかったかのように椅子に腰を下ろす。


「あっ―――」


「ちょ、待ちぃ、やめふばー!?」


 椅子の足がへし折れて、ソフィアージュは盛大にひっくり返った。

 シロがクッションとなったので、彼女に怪我はない。


「ピンクですか」


 豪快に股をおっぴろげにするソフィアージュに、手を差し伸べることも出来ないのでとりあえず下着の色をチェックするイリス。

 3度に渡る小動物虐待に、そろそろどこか団体から訴えられるのではないかとイリスも不安になる。


「ネジが緩んでいたみたい」


 腐った椅子の脚は見ないことにしたイリスであった。

 倒れたまま、微動だにしないソフィアージュ。


「どうしたのです、やはりどこか怪我でも―――」


 ふと、気付く。ソフィアージュはイリスの側に置かれていた剣をじいっと見つめているのだ。


「……不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)


「あっ、こら」


 ソフィアージュは不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)を手に取り、色々と弄くり回す。

 刀身ぽろりと落ちた。


『あっ』


 少女達の声が重なった。







 不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)

 水の国(ミスティリス)の名を冠するこの剣は、文字通り刀身が水で形成されている。

 しかしその刃は決して、欠けることも砕けることもない―――なんてことはない。

 力を加えれば曲がるし、更に押せば折れる。あまりに堅いものを切ろうとすれば欠けるし、高温の炎で炙れば溶ける。

 だが、必ず元の姿に戻る。

 常に最高の切れ味を維持し続ける魔剣。彼の国の宝剣であったこの品は、だが同時に使い勝手がいい武器では決してなかった。

 当然である。鋭さは通常の剣より優れているものの、武器としての性能が特別鋼鉄製より勝っているわけではない。ただ単に、どれだけ粗雑に扱っても最高の状態が保たれるというだけなのだ。

 よって、この剣の特性を活かしきれる騎士はこれまでほとんどいなかった。極数名の変わり者達以外は。


「私なりに、この剣をどうやって活かそうか考えた結果です」


 酸っぱいリンゴをかじりつつ、イリスは語る。

 理由は解らないものの、ソフィアージュがイリスを信頼していることは暗示魔法の件ではっきりとしていた。故に、彼女は誠意に対し誠意で応えることにする。

 愛剣を貸し、解説までしてみせるのはその現れであった。

 興味深げに不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)を触るソフィアージュは、やがて結論を出す。


「空気圧モーターで送り出す? モーターと減速機を介して直結された工学輪唱杖(スペルカノン)? 魔力結合を無効化するタイプの結界?」


 イリスは驚いた。彼女は二進法言語(機械語)を即座に読みとってみせたのだ。

 その難易度はモールス信号のように読む前提のものとは比較にならない。イリスでさえ、この鞘に組み込まれた複雑な工学輪唱杖(スペルカノン)を一瞬で読みとることなど出来ないのだ。


「その通りです。これは刀身を延長する機械ですね」


 不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)機械仕掛けの神刃(ラウ・フィーリカ)。その動作原理は、さして複雑ではない。

 不変の聖水剣(リオ・ミスティリス)は折れた場合、一瞬だけ形態を保つものの即座に分解。水へと戻り、再び刀身を形作る。

 この機械の鞘には結界魔法が仕込まれている。瞬間的に展開される魔法無効化の結界は刀身の根本、鍔あたりの魔力結合を解いてしまうのだ。

 そうすると、当然刃は柄から切り離される。そこで挟み込むように配置されたローラーで送り出せば、疑似的に刃を伸ばせるという寸法であった。

 この剣の再生行程だが、実は刀身が消失するより回復する速度の方がずっと早い。よって、刀身が解れる前に延長と切断を繰り返すことで、刃の射程範囲を飛躍的に延ばすことが可能となったのだ。

 その距離、ゆうに数百メートル。魔法より手軽に使える長距離攻撃手段として、充分に有効なものであるといえよう。


「原理は単純ですが、むしろ機構の同調が大変でした」


「興味深いわ。こんな発想、私にはなかった」


「光栄ですね。魔法の権威たる貴女に誉めて頂けるとは」


 ふと我に返るイリス。敵か味方か判らない相手につい話し込んでしまっていた。

 大きく深呼吸して、まず真っ先に言うべきことを言っていないことを思い出す。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げるイリス。ソフィアージュは立ち上がり、窓を開け放つ。


「お礼なら、ここまで運んだ貴女の相竜(バディ)にいってあげて」


「私の相竜(バディ)?」


 窓の外に見覚えのあるドラゴンが浮遊していた。

 アーレイの相竜(バディ)、アキレウス。イリルムの厩舎にいるはずの彼が、何故かそこにいた。


「……本当に聡い子ですね、私達の危機に気付いて海まで追ってきたのですか」


 イリスとアーレイが襲撃されたことを理解し、単独で捜索。海に流された挙げ句浮遊していたイリスを発見して手近な島へと運び込んだのである。

 イリス・ブライトウィル。悪運の強さは人類最強レベルであった。


「ソフィアージュさん」


「ソフィーでいい」


「ではソフィー。色々と訊きたいこともあるのですが、宜しいでしょうか?」


「いい。私も、聞きたいことはある」


 少女達は、互いに現状把握すべく情報収集の質問を開始するのであった。


「……とりあえず、アレ、なんです?」


「……猫?」


「にゃー」


 シロの鳴き声が露骨な棒読みであった。







「イリスとアーレイが行方不明……だと?」


 クルツクルフ城の執務室。報告書を読み終えたフランは、愕然とした面持ちで紙を取り落とした。


「バカな、アイツが早々死ぬかよ。フォートレスドラゴンの群れに放り込まれても帰還する女だぞ」


 バールから直通で届けられた報告書の文面を、何度も確認するフラン。四度目読んで文面を丸暗記した頃となり、フランは大きく溜め息を吐いた。


「―――くそ、めんどくせぇ」


 最近はフランも寝不足気味であった。清奏派(セインレイト)に起因する問題は多岐に渡り、そして解決法は見えてこない。それでも多くの書類は彼女の元へと届けられ、処理を怠るわけにはいかないのだ。

 イリス達の件に関しても、その中の一つでしかない。情勢は不安定であり、悲劇など国中で慢性的に発生し続けている。

 国そのものが息絶えようとしている。女王である彼女は、それを肌にピリピリと感じ取っていた。


「捜索を手配しましょう」


 偶然居合わせたスティレット・アンドリュース大臣が提案するも、フランは首を横に振る。


「いらん。ここで死ぬなら、それまでだったってことだ。公表もなしだ、爛舞騎士(ラウンドナイト)が襲撃されて生死不明なんて志気に関わる。お前も他言無用だぞ」


「……ですが。彼女の発想は希有な才覚です。人類の勝利には、彼女は必要不可欠であります」


火の国(ラズマ)が滅ぶ時代に、イリスという人間がいれば結果は違ったと思えるか?」


 フランはあえて、かつて祖国が滅んだ人間にそれを訊ねた。


「……思いません。あの物量は、知識や発想で覆せるものではない」


「そうだ。これは兵士と兵士が戦う戦争ではない。種族と種族が戦う生存競争だ。労力を未来に投資している余裕なんてないんだよ」


 人類は重要な決断に迫られていた。行動せねば餓死、行動しても戦死。ならば動くしかない。

 そしてその決断をするのが、未だ10代前半の少女であるのがこの世界の現状なのである。


「何かあれば相談はすっからよ。今は出てってくれ、書類に集中させろや」


「はい、では失礼します」


 一礼し、退室するスティレット。

 フランは椅子を後ろに傾け、天井を仰ぎ見た。


「食料に限りがある以上、タイムリミットは存在する。民の犠牲を承知の上で反撃するか、或いは西に進むか」


 西に広がる生存不可能領域。すべてを拒んできた不毛の地、そのさらに向こうがあることを想定し往復する体力すら費やし前進する。

 この国は、そんな無謀すら考慮にいれなければならない域に達していた。

 生存不可能領域といえど、その『果て』が確認されているわけではない。調査隊がかつて進み、戻ってこられた範囲内ではなにもなかったというだけだ。

 宛もなく限界まで不毛地帯を前進し、新天地を探す。あまりに考えなしな計画書が大臣より提出された時は怒鳴り返してやりたい気分であったフランだが、それすらも考慮に入れねばならない現状が現実に横たわっていた。


「冗談じゃない。冗談じゃ―――」


 敗走か、死か。

 人類の未来か、名誉ある勝利か。

 あまりに極端な選択肢しか残されていない現状に、フランは頭を抱える。


「くそっ。なんで、頼むよ」


 現在進行中の現実的な作戦は『遠すぎる空作戦』のみ。


「少数精鋭なんて本来避けるべき状況だ、博打なんて趣味じゃねえ。英雄なんていらないんだ」


 個々の能力に大きく依存する国など長続きはしない。

 だが―――


「イリス、アーレイ……あたしを一人にしないでくれよ」


 ―――それでも、人は独りでは弱くなってしまう生き物なのだ。





漆黒の王虎(ティーゲル・ナハト)


深淵より復活した絶望と怨念を糧とする邪神、その魂の欠片を移植されたディバンダー(適合者)。『結社』より逃れた極一部の生存者サバイバーが第超級禁術カトリセンコガンバ・バルサンゴキシネを施すことで超々越者として蘇りし姿。

その魔力は神域に達し物理法則すら歪め、眼力のみで空間すらねじ曲げ敵対者を圧壊させる。亡き仲間達の悲しみと怒りを背負い、悠久の刻を生きる幻想の伝説。幾千もの戦場を渡り歩き、幾億もの命を刈り取ってきた彼が抱くのは希望か絶望か。その答え(終焉)は、解放の刻にならねば出ることはない。







尚、上記の情報は全て本人談である。

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