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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
34/85

港町イリルム2




「まさか、門前払いをくらうとは」


「敗因はやはり、イリスが仮面を付け忘れていたことでは?」


 二人は軍施設の門を潜ることも出来なかった。


「そもそも民間人として任務に参加する手筈でしたから。なんで爛舞騎士(ラウンドナイト)なんて名乗ってしまったのでしょう私」


 うっかりイリスである。


「黄金柏陽剣付金剛双翼勲章も、レプリカも相当数出回っているそうですしね」


「これ、複製禁止されているのですが」


 イリスは首掛けタイプの、メダルのような勲章を取って見せる。

 本物はさすがに精巧な細工が施されているが、そもそも比較出来なければ贋作か否かを見極めることなど出来ない。なんとも使えない勲章だとイリスはチェーンをくるくる指で巻き取った。


「あるいは、正規騎士だと自己紹介すれば多少は信憑性もあったかもしれません」


「最初に勲章を見せたせいで、思いっきり不審がられてしまいましたか」


 イリスは勲章を服の下に戻す。

 まだ幼さの残る少女二人が、黄金柏陽剣付金剛双翼勲章を引っ提げて暢気にやってきたのだ。疑ってかかってしまうのも仕方がなかった。

 この世界では、多少有名人であっても顔はそうそう知れ渡らない。

 一国の王フランですら、平気で城下町に繰り出し遊び歩くくらいだ。爛舞騎士(ラウンドナイト)となったばかりのイリスなど、勇名の割にほとんバレしていない。


「まあ、素顔バレしなかったと思えばむしろ万々歳でしょう」


「ほっ。そういうことなら、いっそ今晩は民間の宿屋を探します?」


 金こそ掛かるが、基地ではなく宿屋に泊まるという選択肢がないわけではない。

 隣で溜息を吐き喜んでいるらしいアーレイに、イリスは違和感を覚える。

 視線に気付き、アーレイは苦笑した。


「何と言いますか、あの人のしせ……」


「やあ! 先程は部下が失礼したね」


「ぴゃーっ!?」


 背後からの声に、アーレイが飛び上がった。

 彼女はおそるおそる振り向き、背後の人物を確認してすぐにイリスの後ろに隠れた。

 若干顔をひきつらせる男性。


「アーレイ、それはさすがに失礼では?」


「い、いえ、今のはちょっと驚いてしまって……すいません」


 おずおずと前に出て、素直に頭を下げるアーレイ。

 男性は気を取り直して再び白い歯を光らせた。


「こちらこそ申し訳ない! 窓から君達の姿が見えたのでね、急いで追いかけてきたんだよ!」


 ほぼ必ず語尾に『!』が付く、テンションの高い話し方。アーレイが苦手に思うのも理解出来る、とイリスは思った。

 彼は青年と呼ぶには丁度いい頃合いの、されど若輩者とするには風格のある男性騎士であった。

 彼の名はバール・ド・デュラン。かつてアーレイの護衛任務に関する業務を纏めていた人物であり、現第四騎士団(メルオン・パル)の団長だ。

 数年前まではクルツクルフに在住していた彼だが、騎士団団長に任命されると同時に防衛拠点であるイリルムに異動となっている。それまで勤めていたアーレイの護衛任務と団長業、どちらが格上かは難しいところだが、名誉職に 実力者を振り分けている余裕はないとの上層部の判断だった。

 実質的な影響力のほぼ皆無な女王アーレイに、あまり有力な人手を割き続けられなかったのだ。


爛舞騎士(ラウンドナイト)になったそうじゃないか。最初に会った時は小さな子供だったというのに―――今でも小さかったか?」


「なんだとこら」


 イリスとバール、二人には面識があった。当然である、イリスとアーレイは幼馴染みでありバールはその片割れの護衛だったのだから。

 とはいえ護衛があまり前に出るはずもなく、姿を見掛けたら軽く雑談をする程度の関係。だがイリスはそれなりにバールのことを知っていた。

 なにせ、彼はイリスと同じ爛舞騎士(ラウンドナイト)なのだ。

 爛舞騎士(ラウンドナイト)第六位バール・ド・デュラン。個性の強い爛舞騎士(ラウンドナイト)の面々において、横の繋がりは希薄になりがちだ。そういう意味でも、イリスとしては同格となる以前から交友のある信頼に足る人物であった。


「しかし、なんともありがたみのない称号だなこれは。実をいえば、僕も役に立った覚えなんてない!」


 はっはっは、と笑いながらバールは懐から取り出した勲章の鎖を指先にかけ、くるくると振り回す。どうやら爛舞騎士(ラウンドナイト)が考えることは同じらしい。

 イリスの有するものと同じ爛舞騎士(ラウンドナイト)の証明。彼もまた人類最強の一画なのだが、どうにもそう感じさせないのは威厳がないと評するべきか人徳の成せる業だと讃えるべきか。


「せっかくだイリス君、爛舞騎士(ラウンドナイト)ということで今度模擬戦でもしようじゃないか! よければアイ……アーレイ君もどうだい?」


「いえ、私は遠慮しておきます」


 相竜(バディ)のいないイリスの戦闘能力は、最盛期よりかなり落ちている。爛舞騎士(ラウンドナイト)との戦闘など到底臨める状態ではないのだ。


「ふむ、そうかい? せっかくの機会だと思ったんだが」


「任務後に時間は幾らでもあるでしょう、全力戦闘は難しいですがお相手します」


「ん? ああそうか、そうだったね! いやすまないうっかりしていたよ!」


 ははは、とバールが笑っていると、その背後より数名の騎士が駆け寄ってきた。


「団長!」


「団長、こんなところにいましたか!」


「おや、すまない仕事をすっぽかしてきたんだった! 失礼するよ!」


 足早に立ち去るバール。しかし彼が向かうのは、何故か近付いてきた騎士達とは逆方向であった。

 イリス達の前を騎士達が通過する。


「団長ー! 金返せー!」


「洗濯物を色物と混ぜるなとあれほどー!」


「ちゃんとゴミ出し当番やってくださーい!」


 逃げるバール。追う騎士達。

 イリスとアーレイは、唖然と彼らを見送った。







「―――ほう、奴らが動き出したか」


 男は、町を見渡せる高台の上に立っていた。

 彼はまだ年若い、少年と称して構わない年齢であった。少なくとも、外見は。

 到底戦争中とは思えぬほどに活気に満ちた、多くの人々が働く港町を前に少年は一人独白する。


「計画を察知された? 否、旧き大精霊の導きか」


 漆黒の外套を風になびかせ、少年はクツクツと嗤う。

 その容姿は不自然なまでに整っており、尖った耳は彼が人類種ならざる存在であることを示していた。

 ―――エルフ(精霊亜人種)。例え彼の姿形が年若い少年であったとしても、果たして本当に彼が見た目通りの存在かなど誰にも判断は出来ないのだ。


「まあ構わん。『上位存在』への宣戦布告は規定事項だ。解放の刻は近い」


 抑え切れぬ笑い声。愉悦に染まった表情を、彼は突如歪める。


「―――ッ!? クッ、目覚めてしまったか……封印も限界が近いと見える」


 彼の片手に刻まれた深紅の刻印。朱いそれを抑え、脂汗を流す少年。


「ハア、ハア、……っ、急がねばならない、な」


 自らの限界が近いと知りながら、それでも悠然と宣言する。


「さあ、この世始まって以来、最高最大に狂ったチキンレース(闘争)の始まりだ。パーティー(饗宴)は未だ始まってすらいないぞ、有象無象のイケニエ(供物)どもよ……!」


 高笑いをあげるエルフの少年。

 それをドン引きした目で観察する少女達がいた。


「うわぁ……厩舎の裏手に回ってみたら、何か変なのがいました」


「こらイリス、見ちゃいけません!」


 手作りらしいマントをバタバタと風に持って行かれ気味に押さえつつ、一人悦に浸っている少年を見つめるのは当然イリスとアーレイである。

 ごたごたがあったものの、イリス達は基地の一室を借り受ける手続きをようやく済ませるに至った。

 バールによれば宴会―――イリス達の『任務』の開始時刻はしばし先だという話なので、腹ごなしの散歩を兼ねて基地の周辺を歩いていたのだが……


「これは、見なかったことにするのが優しさでしょうか」


「というより、見なかったことにしたいです」


 木々に隠れ、ひそひそ話す少女達。

 エルフの優れた聴覚は、拾わなくてもいい声をしっかりと聞き取った。


「うわぁ!? だ、誰!? ……そこにいるのは誰だ!」


 慌てた様子で振り返るエルフの少年。


「言い直しました」


「言い直しましたね」


 狼狽し、深呼吸。落ち着きを取り戻した少年はイリス達に問いかける。


「やれやれ、子猫が紛れ込んでいたとはな。まずは部下の警戒を突破してきたことを誉めてやろう」


「森には誰もいませんでしたが」


「無意識に認識を妨害した……? 貴様ら、まさか目覚めし者(ニンル・ウィル)……!?」


「その単語、絶対今後出てきませんよね」


 少年は気取った仕草で髪をかきあげる。


「覚醒しきっていない目覚めし者(ニンフ・ウィル)? 珍しいこともあるものだ、よくぞ今まで生き永らえたと関心するよ」


「さっきと発音変わってますよ」


「イリス、もう行きましょう。あまり関わってはいけない人ですよ、これ」


 この手の知識のないアーレイには、彼が異常者にしか見えていなかった。


「大丈夫ですよアーレイ。これはある種の病気です」


「まあ、脳が?」


「ククク、中々に辛辣なお嬢さん達だ」


 手の平で顔を半分隠し、不敵に笑う少年。


「自己紹介がまだだったな」


「あ、もう戻るのでお構いなく」


「我が今生の名はククリ・キャンピアン。前世の名前は伏せておくとしようか」


「私は今生の名前も前世の名前も伏せておきますね。犯罪に利用されてはたまりません」


 病気とガチの邂逅であった。

 踵を返し、撤退しようとするイリスとアーレイ。


「ま、待て! ……お願い待って!」


 少年……ククリは慌てて引き留める。呆れ顔で振り返ったのを確認し、右手の甲を示すククリ。

 そこには、赤い紋章が浮かんでいた。


「ククク……これを見るがいい。邪神の復活は迫っているのだ」


「なんでしたっけ、あの魔法」


楔脈系継承魔法(ハーグルダルド)ですよ。血脈に刻まれ、子孫へと遺伝していく魔法の術式です。でも普通は見えないものなのですが……たぶん、それっぽいだけの化粧かと」


 エルフならその手の知識に長けていても不思議ではないですし、と補足するアーレイ。


「ハーハッハッハ!」


「笑って誤魔化しているようです」


「イリス、この人憲兵に突き出した方がいいのでは?」


「そうですね、ここ基地敷地内ですし」


 いよいよ犯罪者扱いされ始めたククリは、さすがに顔色を変えて手を振り否定する。


「ままま、待ってくれ! 僕は雇われの身だ! これ、これ!」


 提示された許可証には、確かに基地内を自由に歩いても構わないという旨が書かれている。

 軍事基地にいるのは軍人ばかりではない。許可を得て仕事をする外部業者や個人事業主も多く、彼もその一人なのだ。


「つまりは軍属ですね」


「竜車を操ったりする人、ですか」


 地球のイメージでは、トラックの運ちゃんである。直接関わることはなくとも、この世界では身近な職業であった。


「もう戻りましょう。息抜きのつもりが、余計疲れてしまいました」


 溜め息を吐き、今度こそはと宿舎に向かう二人。

 その背中へとククリは叫んだ。


「覚えておくといい―――我は『漆黒の王虎(ティーゲル・ナハト)』。近く蘇るであろう天空の城にて、君達を迎えに行こうぞ!」


「結構です。空に城があるとすれば、尚更こちらから乗り込むのみです」


 イリスは振り返らぬままに手を振る。


「さようなら、ブラックタイガーさん」


「エビじゃないよ」




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