空中会談3
「弾道飛行開始」
ユーは微かに上昇し、曲線を描いての飛行を開始する。
物を放り投げた際の放物線、それが弾道である。弾道飛行とは能動的な上昇も下降もしない、疑似的な無重力となる飛行方法として知られる。
後ろのフランが慣れぬ無重力に「チンフワチンフワ」と喚くのを無視し、イリスはユーに次なる指示を出す。
「魔導血界領域同調」
魔力をリンクさせ、イリスの指示により彼の有する魔導血界領域より巨大な物体を現実世界へと引きずり出す。
「アポート、実弾砲」
イリスの駆るドラゴン・ユーの下部、小さな両腕の合間に生じる空間の歪み。
格納魔法と俗に呼ばれる、亜空間に収納されていたパーツ。重厚な鉄塊が、一瞬にして顕在した。
弾ける大気。衝撃波が鼓膜を揺らし、フランが目眩を覚えイリスの胸を鷲掴みにする。
後部搭乗者の顎にひじ鉄砲を打ち込みつつ、イリスは眼下の鉄塊を肉眼で確認した。
それは、イリスがかつて父親を越えるべく生み出した異端の兵器。長距離攻撃=魔法か弓矢という、この世界の常識を根底から覆した異世界の刃。
圧縮空気にて鉄鋼弾を秒速500メートルまで加速させ、リボルバータイプの弾倉にて安定した給弾を確保。
約2・5寸口径の砲弾は初速の遅さを補うのに充分な破壊力を有し、本体全長は4メートルにも達する巨大な装置である。
父ルバートを討つべく作り出された異世界の剣。当初急造品に過ぎなかった大砲は、この半年で更なる進化を遂げていた。
重心の改良、空気抵抗を減らす外装。そして、小さな翼―――安定翼の追加。
それらが成し遂げるのは、砲単独での安定した『滑空』。
出現した実弾砲は空を滑るように真っ直ぐに進み、ユーはそれに寄り添うように飛行する。
「誘導魔力受信。補正プログラム起動」
ユーの尾に追加されたアルミニウムの尾翼が、本人達の意志とは別に小刻みに動き出した。
生物であるドラゴンには不可能な、微細かつ繊細な挙動。実弾砲とイリス達は鎖で手繰り寄せられるように、少しずつ近付いていく。
「3、2、1……ランデブー」
ガチャン、と金属のぶつかった音。
続いて甲高い金属音を響かせ、鉄塊がユーの鎧に備え付けられたレールに飛び込む。
「連結器固定。火器管制同期開始」
魔電演算機のソフトウェアがデバイスを認識し、自らの一部と化す。
魔力と電気が実弾砲の隅々まで走り、彼は即座に臨戦態勢へと移行した。
「最終安全装置解除。試射……は残念ながらお預けだな」
イリスの目の前に浮かぶ、魔法の光。
様々な情報を纏め上げた情報投影器の中心に、ひときわ大きな十字が出現した。
弾道飛行を終了し、照準器の中心に敵ドラゴンを納める。
工学竜鎧。イリスが開発した機械の鎧は、便宜上初期型を旧型、アルミニウムで再設計され運動性能向上装備を追加した量産前提品を次世代型と呼ばれていた。
そして、更なる改良を加えられた新型には、正式に第三世代の名が与えられることとなる。
第三世代の大きな特徴の一つこそ、装備の空中換装能力である。量産型第二世代の汎用性をそのままに、装備関連の改良を行うことで更に使い勝手を向上させた世代だ。
イリスがドッキングさせた実弾砲もまた、そのシリーズの一つである。地球ならば特別専用機を用意しなければならない尖った能力の兵器も、格納魔法さえあれば全てのドラゴンに装備することが可能。
すなわちこの第三世代が普及した暁には、朝は偵察機として超高速飛行していた竜騎士が昼には戦闘機として敵竜騎士を撃ち落とし、夜には攻撃機として地上を焼き払うことも可能なのだ。
絶対的兵力の不足を補う為にイリスが提案した、汎用兵器という新たな系列。無論イリスとてこのタイプの兵器に付きまとうある種の『欠陥』―――器用貧乏化や少数の竜騎士への過度の負担などは承知しているが、そんなことを言っていられる現状ではないのも事実であった。
「―――フォックス3」
躊躇いなく、イリスは引き金を引いた。
放たれる鉄鋼弾。遅いとはいえ音速を越えた弾頭は吸い込まれるようにスヴェル達へと飛翔する。
狙いが違うことはない。情報投影器に映される照準は固定されたものではなく、重力や加速度、敵との距離までもを計算して表示されている。素人であろうと、照準に納めてしまえば確実に当てられる。
800メートル先にまで離れていたスヴェル達のドラゴン。音速以上で接近する鉄鋼弾は、凡そ1,6秒で着弾する。
彼等は完全に前方を見ていた。様々な角度を注視するのが竜騎士の基本だが、イリスの砲撃速度は監視の目が一巡するより速く作業を終えていた。
音は弾頭より後に彼等を襲う。よって、耳で発射を悟られる可能性はない。
多くを考える間もなく、スヴェル達は鉄鋼弾に内包された炸薬によって爆発した。
空に咲く血色の花火。
「スプラッシュ―――」
ワン、と続けようとしたイリスだが、背中を焦がすような違和感に言葉を止める。
煙が晴れるのを待つ。撃墜判定は、肉眼で見てからでも遅くはない。
鷹のような眼光で空を睨むイリス。フランはその後ろで、陽気に喜ぶ。
「やったか!?」
「…………。」
「清奏派といえど、ひとたまりもあるまい」
「…………。」
「ふん、他愛もなかったな」
「…………。」
「あたし、帰ったら甘イモとワインで一杯やるんだ」
「…………。」
「このロケットの絵を見てくれ。愛犬のクドリャフカが今度5歳の誕生日を迎えるんだよ」
「…………。」
「ちょっと芋畑の様子を見てくる」
「……少し黙ってろ」
「あっはい」
爆炎が風に流れる。
そこに浮いていたのは、健在なままのスヴェルと補佐役が乗るドラゴンであった。
「防がれた、やるじゃないか」
魔法や並の装甲で防げるものではない。元より、それらを問答無用で貫く為の大口径砲なのだから。
ならばどのように生き延びたのか。それを見極める為に、イリスはもう一度実弾砲による狙撃を狙う。
しかしそれは遅すぎた。僅か一秒弱、しかし回避運動には充分すぎる時間。
ランダム回避を行う敵竜騎士に、イリスは長距離攻撃を断念する。
「むっ」
補佐役が何かを唱えると、彼の周囲に水壁が舞う。
何らかの魔法の使用、しかしその意図は不明。
次の瞬間、自分に迫る何かをイリスは視認していた。
「これはっ!」
回避も魔法も間に合わない。イリスは水剣を腰から抜き、飛来した物体を切り捨てる。
それは細長い何かであった。幸い爆薬が仕込まれていることもなく、そのまま落下する。
「命中コース、800メートルを当てに来たか」
仮面で表情など見えないものの、涼しい顔をしているであろう補佐役にイリスの警戒は一層深まる。
おそらくは短槍、しかし800メートルの投擲など人間業ではない。何らかのトリックが露見することを防ぐ為の先の魔法であろうとイリスは推測する。
しかしこれで確定してしまった。両者は長距離攻撃の手段があり、双方にそれを防ぐ手立てがある。このままではじり貧であった。
敵がイリスについてどれだけ調べているかは不明だが、イリスは敵についてほとんど何も知らない。
もし背中を見せて逃げ出そうものなら、そのがら空きの背後を貫かれる。イリスと補佐役はそれを感じ取っている。だからこそ、下手な撤退も叶わず彼等は静かな戦いを継続していた。
両者は大きく旋回しつつ少しずつ近付き、やがて声の届く距離まで迫る。
「どういうつもりですか! 空中会談で相手を襲うなんて!」
スヴェルが信じがたいものを見る目でイリスを―――正しくはフランを見つめる。
偏狭的といえど教育を受けているスヴェルからすれば、それは正しく『野蛮』な行いであった。ある種神聖ですらあるべき国際的慣例を、王族が率先して破ったのだ。
しかしスヴェルは勘違いをしている。自分のことを平和主義者だと自認している者ほどしがちな勘違いを。
「お前ら国じゃねーし! 別にルール違反じゃねーし!」
「これが民に知られれば、権威は地に落ちるのよ!」
「お前達から襲ったことにすればいい! どうせこの場には目撃者なんていないんだよ!」
国際関係においては、『野蛮』な者こそが強者なのだ。
仲を取り合ってくれる優しい先生も、ルール違反をした者を取り締まる警察もいない。横暴も無法も裁く者がいないならばそれが正解となりうる。
自称平和主義者ほど、世界の残酷さを理解していない。
「なっ、ならばこちらから公開します!」
「誰がテロリストの言葉を信じる、事実を作るのは常に多数派だ! 勝てば官軍、歴史は勝者が作るんだっての!」
「ひっ、ひどい! 卑怯者!」
「ははは、いいぜ吠えろ泣き叫べ! 負け惜しみは敗者の特権だからな!」
イリスは愉悦の極みにビクンビクン興奮しているフランに、軽い頭痛を覚えた。
フランの言い分が間違っているとは思わない。このストイックさこそが人類滅亡をくい止めているのだと理解している。
にしても、もう少し部下の前で取り繕うことを覚えてほしかった。
「にしても―――」
イリスは敵竜騎士を注視する。
風竜を操る補佐役は依然、仮面越しにイリスと視線を交えたまま無感情に飛び続けていた。
「―――よくついてくる」
速く、鋭角に飛ぶだけがドッグファイトではない。その神髄は如何に有利な位置を確保出来るかだ。
その点、敵竜騎士の飛行は絶妙であった。双方全力飛行にはほど遠いが、一切隙を見せずに大きな旋回を続けるのは並の忍耐で出来ることではない。
それは、あるいは剣の試合に近いのかもしれない。熟練者同士の決闘は挙動を把握しての読み合いに終始するというが、彼等もまた互いの出方を窺い硬直してしまっているのだ。
如何に自分のペースに乗せるか。そのきっかけを、両者は決めかねていた。
「ふわぁ、飽きてきたぜ」
「欠伸をかます余裕があるなら大丈夫だな」
無理に突破口を開く方法など幾らでもある。しかし焦れて良いことなどない。
イリスと補佐役は生憎、戦闘の緊張で焦燥するほど繊細ではなかった。変化さえなければ、いつまでも読み合いを続けていたであろう。
むしろ真っ先に参ってしまったのは、第三者―――スヴェルであった。
命のやりとりという緊迫した空気に、不自然な重心移動、加速度。短時間ならば、平時ならば耐えられるそれも蓄積すれば常人にとって負担となりうる。
彼女の呼吸が微かに荒くなる。些細な変化、それを見逃すイリスではない。
「行け、ユー」
イリスはユーを加速させた。当然反射的に行動を始める補佐役のドラゴン。
だがあえて、イリスは彼に後ろを取らせた。
尻に敵意をピリピリと感じつつ、イリスは不敵に笑う。
「少し荒っぽく飛ぶぞ」
「雑じゃなければいーよ」
左右にドラゴンを大きく旋回させ、敵からの攻撃を回避する。
本来ならば減速し敵を前に出さねばならない運動だが、イリスはあえて速度を落とさぬように下降しつつ飛んだ。
それでも本来ならば、小回りの利く敵の風竜にとって鈍重なイリスの駆る土竜は絶好の獲物であることは変わりなく、優勢には違いない。しかしスヴェルの存在が計算を狂わせた。
強烈な加速度が上下左右に暴れる機動に、スヴェルの体力が限界を迎えたのだ。
「ううっ……!」
補佐役の胴に回していた彼女の腕が緩む。補佐役は慌てて背後を確認し、体勢を落ち着かせる。
「―――ここだっ」
イリスはすかさず、急上昇した。ハイヨーヨー運動によって一気に敵ドラゴンへと向かい、決着をつけるべく照準を合わせる。
しかし補佐役はイリスの想定より早く行動を開始した。スヴェルの安全を度外視しての、急降下を行ったのだ。
それでも重く頑丈なユーの方が、急降下能力は上。速度オーバーにて暴れる翼を抑えつけ必死に落ちていく補佐役達を、イリスは猛然と追尾する。
地表近くに達すれば、追われるスヴェルと補佐役のドラゴンは減速し上昇するしかない。イリスはその瞬間を狙っていた。
しかしその瞬間は訪れなかった。敵ドラゴンは、速度を保ったままに蠕虫の喰穴へと飛び込んだのだ。
「そのクソ度胸、評価してやる!」
流石のイリスも制動し、突入することなく水平飛行へと移行する。
しばし警戒、そして溜め息。
「すいません、逃しました」
「いいさ。そう上手くいくはずがない」
「あの補佐役と呼ばれていた男、爛舞騎士級です」
「まじか」
互いに荷物を載せていたとはいえ、イリスが攻めきれなかったのだ。相当の実力者であることは明らかであった。
「次、重荷なしで戦えばどっちが勝つ?」
「当然私が勝利します。背負うものの重さが違う」
「そりゃあたしがスヴェルより重いってことか、コラ」
「―――へぇ、勝てるつもりなんだぁ」
戦闘後の、気の抜けていた会話に第三者が割り込んだ。
赤い閃光が、地上よりイリス達を掠めて上昇する。
イリスは超人的動体視力にてその攻撃を見切り、身を逸らす。
掠める剣の切っ先。低空飛行していたとはいえ、超人的な脚力にて飛び上がった敵はイリス達の上までジャンプだけで昇りきり、そして降下してきたのだ。
「自惚れにもほどがあるわよぉ? あはっ、お嬢さーん?」
赤い何者か―――真紅のドレスを纏う女性はユーの上に着地。スカートを回し、優雅に一礼する。
「……何者だ?」
「四将が一人―――剣将エカテリーナ。冥途の土産に覚えておいてねっ」
女臭さ、としか称しようもない妖気を撒き散らしながら細剣を揺らすエカテリーナ。
この間合いならば絶対に負けない、という圧倒的自信。イリスは目を細め、苦笑する。
「軽銀、と名乗っておこうか。しかし、余程剣に自信があるようだな、女」
「そうよぉ、あたしは負けない。この距離では負けようがない。竜騎士たる貴女に出来ることは、大精霊サマにお祈りだけ」
ほう、頬を紅潮させ熱い息を漏らすエカテリーナ。
「見てたけどぉ、貴女達はダァメ。全然エレガントじゃないわ。スヴェルちゃんの方が、ずっといい子よぉ」
「お、おい! やばいんじゃないか、このネーチャン強そうだぞ! おっぱいデカイし! 尻もデカイ!」
「ウエストの細さにも注目してぇぇっ」
困ったようにクルクル回るエカテリーナ。
本気でビビるフランを背に、イリスは心底不思議そうに訊ねる。
「なあ、アンタ?」
「なぁに? 可愛いお嬢ちゃぁん?」
「不思議なのだが……何故、空で私に勝てるつもりでいる?」
エカテリーナを殺害し、クルツクルフへと帰還すべく巡航するイリスとフラン。
早速一角を削った四将とやらの話もほどほどに、彼女達は会談でずっと気になっていた部分を語り合う。
「スヴェル・クレンゲルといったか」
「いいましたね、クレンゲルと」
スヴェルの自己紹介。重要な単語を聞き逃すほど、彼女達は間抜けではない。
「イリス、明日にはアーレイが出陣式に出席する手筈だったな」
「はい」
「お前もついてけ。さっきの女を見たろ、なんらかの関係があるかもしれん」
「了解しました」
四天王(笑)




