空中会談2
いきなりメンチを切ってきた先方。しかしスヴェルは気を取り直し、改めて言葉を伝える。
「我々は、無闇な出血を望んでいません。その為に、補佐役にも無理をいってこの場を用意してもらいました」
「補佐役?」
覆面の竜騎士が無言で一礼する。
補佐役と呼ばれた男をしばし見つめ、フランはスヴェルに視線を戻した。
「あたし等としては、お前達の無惨な出血を望んでいる。ちょっと自害してくれよ。首括れよ、なぁ」
「ひいぃっ」
スヴェルはぐすぐすと泣いた。なにこの人、怖い。
内心圧倒されつつも、必死に意志を伝えんとする。
「は、話し合う余地があるとは思いませんか? 我々の考えを聞いて下さい。きっと、聡明な陛下ならば理解して頂けます」
「なんであたしがお前達の妄言に時間を割かねばならなんだ。文面で伝えろ。手紙で届けろ。クソした後にケツを吹く為に使ってやるからよぉ」
スヴェルの頬を涙が伝った。なにこの人、怖い。
それでも尚、彼女は食い下がる。
「聞いて下さい! お願いします、少しだけでいいのです!」
「少しだぞ。あたしの寛大さに感謝しろ。まずは服を脱げ、あたしは美少女が大好きだ」
スヴェルは呼吸を整え、改めて清奏派の方針について語り始めた。
「黒竜について、貴方達はどこまでご存じですか?」
「獣にも劣る知能しかないクソトカゲ」
「ち、違います! 使者様は、我々人類を導く為にこの世に降り立った存在なのですよ!?」
スヴェルは、目の前の少女が実は影武者であるという可能性について真面目に考え始めた。
無論、清奏派もフランの肖像画を入手し顔を確認している。残念ながらイリスをも巻き込んだ欺瞞工作というわけでもなく、フラン本人である。
「あたしの行き先はあたしが決める。なんで人に指図されんきゃならんのよ」
「ですがそれは土の国の総意ではないでしょう? 貴女には、多くの人々の意見に耳を傾ける責務があるはずです。それは決して、我々清奏派とて例外ではない」
「いやあんた等ウチの国民じゃねーし」
「残り少ない人類にして、価値観を共有する同志です。この世界は土の国人だけのものではないのですよ」
「宇宙人みたいなイミフな理屈並べやがって」
けっ、とフランは唾を吐き捨てる。フランはスヴェルの器の程度をこの時点で確信した。
ちなみに唾は狙いが外れ、自分の足にかかった。
「……あたしは王だ。何を以てして例外かはあたしが決める」
フランは足をイリスの騎士服で拭いつつ、威厳たっぷりに切り捨てた。
人知れず、イリスの眉間に血管が浮かび上がる。
「フラン様は名君であると理解しています。破天荒であれど政策は評価されており、暴君とは一線を画く傑人であると」
高圧的な態度は演技であると理解しているぞ、と暗に伝えるスヴェル。
しかしフランは態度を改めなどしない。元より、対等に交渉するつもりなどないのだ。
「最初にいったろう、お前達はテロリストだ。犯罪者だ。そもそもあたしの国民ではない。何故、暴力に訴えた無法者の言葉に耳を傾けなればならない?」
「この場に来た時点で、我々との交渉の余地はあると解釈しています。ファルシオンに関しては……申し訳ありません」
「謝るということは、ファルシオン制圧に関してもお前達清奏派の『総意』と解釈してもいいんだな?」
詭弁の上で便利な単語をそのまま使い返してみせるフラン。しかし、その程度で怯むスヴェルではない。
「最終的に私も承認しました。ですが、それも人類の被害を最小に抑える為の―――」
言葉を止め、スヴェルは愕然とする。
「ふぁあああああっ」
こともあろうか、フランは空中会談の最中に大欠伸をかましてみせたのだ。
「あぁあぁぁぁああぁぁー……おいおい、それはギャグか? なら何故土の国に全てを打ち明けない? 一地方を滅ぼして人類が救われるなら、あたしは喜んでファルシオンを切り捨てられる人間だぞ?」
「それは……我々と土の国の価値観が違い過ぎます。話したところで、そちらは受け入れられないでしょう」
「なら話し合う余地はないな、早速殺し合おうぜ」
フランが指を鳴らすと、イリスと補佐役が同時に武器を構える。
「ま、待って下さい! 本当に、私は犠牲を減らしたいだけなんです! 現に、我々は黒竜と共存しています!」
「黒竜軍を操って一網打尽か、そいつはイカしてやがる。射精しちまいそうだ。技術提供してくれよ穴兄弟さんや」
「一網打尽にしないで下さい! 共存共栄の方法はお教え出来ません、これは我々のアドバンテージですから」
「いい加減話の腰を折るなよ、お前は結局何しにここに来たんだ」
散々話の腰を折り続けてきた女の言葉であった。
「……清奏派からの提案は、黒竜に対する抵抗活動の停止です」
「頭に蛆沸いてるのか?」
「沸いてないわよっ! 黒竜は確かに人間を食べるかもしれませんが、それは意味があってのことなのです! 使者様は人を改革する為に、補食という手段をとっているに過ぎません!」
「なに、お前等の教義では食われた人間は楽園にでも導かれることになってんの? たぶんそれ誤字だぞ、導かれるのは胃袋だぞ」
「汚染兵―――人類がそう呼ぶ存在については、ご存じでしょう?」
フランが初めて言葉に詰まる。
なるほど汚染兵と清奏派は相性がいい。彼等は補食されても尚、生きているのだから。
「汚染兵は使者様の目標、その一端であると考えられます」
「ほう?」
「考えてみてほしいのです。人類皆全てが、汚染兵のような存在となったならば、と」
「きっと皆アホ面で平和を甘受するだろうな、反吐が出る。―――いや、待て」
フランの脳裏に閃くものがあった。
「お前達、まさか―――汚染されているのか?」
何故清奏派が黒竜に襲われないのか。その答えが、『人工的な汚染兵』の開発成功だとしたら?
フラン達から見て、スヴェル達は通常の人類と変わらない。理性を保ち、人間と見れば襲うような衝動を堪えているわけでもない。
汚染兵の原理解明、及び応用技術。それは、土の国においても研究されている対象である。
清奏派がその実用化を成し遂げたとしたならば、是が非でも欲しい。先にフランが述べたように、黒竜軍を一網打尽にすることとて可能かもしれないのだ。
「我々は侵食などされていません。自意識を保ったままに、敵意がないとご理解頂くマジックアイテムを生み出したのです」
「そこんところ詳しく」
「軍機なのでお答え出来ません」
ふぅむ、とフランは声に出さずに唸る。
「ですがご理解して頂けるはずです。我々にはその手段がある。既に、奏炎の使者団と共存共栄する為の鍵は揃っているのです」
フランは『手段』という言い回しに胡散臭さを感じた。
優位を示したいのなら、技術があると言い切ればいい。なのに何故、手段という単語を使用したのかと不審に思ったのだ。
「―――人為的に、人類を全て変質させることが可能であると?」
「準備はほぼ完了しています。別に無抵抗で使者様にされるがままにされてほしい、とは言いません。来る時まで、無闇に攻撃をしないで欲しいのです。使者様も、人類も等しく大切な命なのです」
「『ほぼ』なのに完了なんて言葉を使うなよ、よく判ってないモノに頼っているクセに」
「っ!」
僅かに怯むスヴェルを見逃すフランではない。
「お前達がファルシオンを占領した理由さあ。鍵が揃っている、なんて嘘なんだろ?」
スヴェルの表情が強ばったことから、フランは自分の推測が正解であることを悟った。
「ほぼ完了した研究の最後の一歩、それがこの国にあるんだな。だからこそあんた等はファルシオンを占領した。違うか?」
「―――軍機です」
声に苦々しいものが混ざる。フランは嘲笑した。
「なるほど綺麗事だが、あんたの言い分は理屈は通っている。現にお前等は黒竜に襲われていないって実績もある。もしかしたら、一考の価値はあるのかもしれない」
「なら」
「だが論外だ。やっぱ信用出来ねぇ。お前さんはなんつーかよ、裏がないんだよ」
感情論じみた、子供のような拒絶。スヴェルはしかし、後ろめたいところなどないと毅然と答える。
「それは当然です。私は黙秘せざるをえないことはありますが、嘘はついていません。鍵とて、揃ったも同然です」
「そんな言葉、信用することが出来るかっての」
「意固地になっていませんか? 最初に暴力という手段に訴えた我々にも非はありますが、逆にいえばそれ以上の侵攻はしておりません。その点に関しても理解して頂きたいのです」
「なにその家庭内暴力夫理論。殴った後に優しくして懐柔するとか、マッチポンプってレベルじゃねーぞ」
フランがスヴェルの乗るドラゴンに飛び移り、彼女と額が着くほどに接近する。
後ろでイリスが慌てているが、それを気にする王ではない。例え補佐役が手を出そうと、イリスならば対処出来るという信頼があってこその行為でもある。
ほぼゼロ距離でスヴェルを睨むフラン。後ずさることも許されず、女王の覇気をまともに浴びるスヴェルはそれでも睨み返す。
「いいか小娘? 人間ってのは汚い動物だ。どうやったって裏を隠し持っている。むしろ、それを前提に世の中は成り立っている。裏がない人間ってのは、つまり世の中を直視していない人間ってことなんだよ」
フランは補佐役に一瞬だけ目を向ける。
補佐役は一切反応を示さない。無反応もまた、リアクションの一つであった。
「わ、私を信用出来ないと?」
「最初からそう言っている」
当然のように頷くフランに、スヴェルは顔をひきつらせた。
「わ、我々は、不要な殺傷はしていません。それだけは胸を張っていえます」
容姿のみならず、体付きもアーレイによく似て起伏に富んだ胸を張って堂々と言い切るスヴェル。
そんな純粋なまでに真っ直ぐとした瞳の彼女を、フランは腐った卵のような目で見据えた。
「―――お前、ファルシオンの現状についても把握していないよな」
「えっ?」
それは問いかけではなく確認。
フランはほぼ最初から見抜いていた。スヴェルが対外用の、あるいは内部宣伝用の傀儡でしかないと。
もっともらしい説明を行い内部情報を知り得ていたとしても、おそらく肝心なところからは完全に隔離されている。そんな人間と会談したところで、得られるところなど多くはない。
「ま、収穫ゼロじゃなかっただけ良しとするか……」
フランは小声で呟く。
イリスには終始、実のない罵り合いにしか聞こえなかった。しかしフランには得たところがあった。
スヴェルという少女の存在。清奏派の目的。そして、『補佐役』なる要注意人物。
どれもが未確認に留まる情報だが、それでもないよりはマシだ。
「空中会談は終いだ。じゃーの、スヴェルちゃん」
フランは無造作に、敵ドラゴンより飛び降りる。
イリスは慌てて追いかけ、フランを空中で拾い上げた。
「残念です、フラン様」
心底無念そうに肩を落とし、一礼するスヴェル。
旋回し帰路につく敵竜騎士をじっと睨み上げつつ、フランはイリスに語りかける。
「イリス、空中会談は正式な国交の場だから手出しは出来ないと、さっき説明したよな」
「はい」
「やれ」
「はい」
イリスは懐に忍ばせていた辞表を破り捨てた。




