空中会談1
敵重要拠点強襲作戦。軍上層部はこれを、遠すぎる空作戦を名付けた。
「……名前からして失敗しそうな件」
縁起でもない、とイリスは作戦指令書をひらひらとうちわのように揺らす。
「マーケット・ガーデンでもあるまいし」
『遠すぎる空作戦』。今作戦における概要や目的、そして何より作戦名はイリスに古い戦争映画を連想させた。
「発案しておいてなんですが、不安要素が大すぎる」
その戦争映画は、かつて地球において実際におこった歴史的大敗北を描いたものだった。杜撰な計画、希望的観測を交えた諜報、様々な面で不備ばかりが目立つ当作戦は元より無謀でしかなく。
その結果が、度重なる予定変更の末の作戦目標達成失敗であった。
杜撰さでいえば、遠すぎる空作戦も大概であった。突然の敵の強襲から始まり、ままならぬ戦線維持の中での『やけくそ』気味に承認された作戦なのだから。
無論、軍上層部もイリスと同じ懸念を抱いている。それでも尚、不確定要素があまりに多い作戦が決行されることとなったのは、一重に『それ以外に手段がないから』という世知辛い理由でしかない。
真っ当な反攻作戦を許されないほどに、人類は―――土の国は追い込まれてしまったのだ。
「どうしたんですか?」
場所はイリスの住処たる宿舎の一室。ランプの灯りを頼りに書類に目を通す彼女の前に、ティーカップが置かれる。
顔を上げれば、そこにはお盆を胸に抱いた美少女が立っていた。
「ああ、ありがとう。丁度喉が乾いていたところです」
イリスのルームメイトたる少女、アーレイ・バーグ。透明感のある青髪が浮き世離れした感覚を抱かせる、イリスの旧知の人物である。
海より青い蒼の長髪が美しい、年齢以上の色艶を感じさせる少女。アーレイとは偽名であり、本名はアイギス・クレンゲル・ミスティリスというれっきとした王族であったりする。
先に記した(実質的)亡国水の国王家の正当な血を引く、正真正銘のお姫様なのである。
どうしてイリスがお姫様とただならぬ関係なのかは割愛しよう。何故そのお姫様がイリスに執拗に執着しているかも割愛しよう。大体諸君らの想像通りである。気になるのならば前章参照である。
「ここ、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
イリスの対面に座り、紅茶を啜るアーレイ。
既に人生の半分を共に過ごした仲。友人というより家族に等しいが、それでも見目麗しい少女を見れば殺伐、というよりやさぐれていたイリスの気分が癒される。
「騎士服の凛々しいアーレイも好きですが、普段着にエプロンというのも悪くない。私が男性だったら求婚していたところです」
ティーンエイジャーに差し掛かった彼女は、他の同年代女性より発育がいいこともあって実年齢以上の色香を纏っていた。幼さを残すも、あるいは若妻と勘違いされかねない
「そ、そうでしょうか? 水の国を再建した暁には、同性婚を合法化しましょう!」
「どうぞご自由に。困難な道のりでしょうが頑張って下さい」
「……もうっ、いけずぅ」
イリスは恋愛事に興味のない人間である。否、それ以上に別の存在へ恋いこがれてしまっている。そこに割り込む余地などありようがない。
埴輪と遮光器土偶を足して2でかけたような顔をするアーレイを無視し、イリスは作戦司令書を格納魔法内に放り込む。機密保持に関して、アスポートの魔法は極めて有効である。
「ああそうだ、アーレイ。貴女には特殊任務が下っていますよ」
「私にですか? いったいどのような任務でしょう?」
「慰問ですよ。例の武力勢力に関して重要作戦が始まるので、参加する騎士を激励してほしいそうです」
「えっ? 何故私に?」
首を傾げるアーレイ。表向きには一兵卒でしかないアーレイが、わざわざ出向く理由が判らなかった。
「作戦は第四騎士団が担当するそうです」
「ああ、なるほど。彼等ならば私が指名されることも納得です」
「はい。というわけで、3日後には出発してほしいそうです。あ、護衛は勿論着くそうですよ」
「……イリスは来ないのですか?」
信じられないことを聞いた、と言わんばかりに訊ねるアーレイ。
イリスは至って飄々と答える。
「私はテロリスト対策で忙しいので」
「……任務期間はどれくらいでしょう?」
「おそらく一週間程度では?」「行きません」
彼らの問答が小説であったならば、改行すら許さないほどの即答であった。
「彼等とて子供ではありません! 私の激励などかえって気をつかわせるだけでしょう、ここは一つ手紙でも届けてサクッと済ませるべきかと!」
意訳すれば、行きたくないでござる、である。
「いや私にいわれても……派遣を決めたのはフランですし」
「カチコミかけましょう。水の国王家の末端として、遺憾の意を表明するのです」
国際問題が発生した。
「駄目ですよ、アーレイ。この任務は重要かつ危険なものです。作戦自体が極秘であり、彼等には名誉すら与えられないかもしれない。せめて、貴女の言葉くらいはかけねば報われません」
「むぅ……」
ぐうの音も出ない正論に、アーレイもたじろぐ。
溜め息を吐き、彼女はしぶしぶ頷いた。
「…………わかりました。納得します」
言葉を絞り出すまでの間が、いかに彼女が渋っているかを如実に表していた。
「しかし、そこまで徹底するならば参加する面々は相応の騎士なのでしょうね」
「爛舞騎士が投入されるそうです。つまりは『彼』、ですね」
「彼ですか……実力的には不足はない、でしょう」
彼の騎士団と縁があるアーレイは、複雑そうな顔で反芻する。
「作戦の詳細を伺っても?」
「なんてことはありません。船で敵地に乗り込んで、清奏派の喉元を食い千切るだけです」
極秘作戦といえど、アーレイから情報漏洩するとは考えにくいことからイリスはあっさりと暴露する。
「船旅での遠征ですか。思い切った作戦ですね」
逡巡し、俯き、アーレイは観念したかのように顔を上げる。
「……では、明日にでも必要な物を揃えましょう。第四騎士団の方々に挨拶するとなれば、私も礼を尽くさねばなりませんから」
早々に寝支度を始めるアーレイに、イリスは指令書を手渡す。
「フランから直々に具体的な要望が提示されています」
「珍しい、彼女はそんな細々としたことに注文を付けるほど几帳面な性格ではなかった気がしますが」
「当日はメイド服着用だそうです」
「えっ? ……えっ?」
一領地が制圧され、誰もが急く中。それでも、人々は目の前の問題を一つ一つ片付けていくしかなく。
遅々と進まぬ泥沼のような業務の最中、クルツクルフ城に一通の手紙が届く。
それは小さな便箋に綴られた、信じられない内容の手紙であった。
清奏派から、首脳会談の申し込みがきたのだ。
空中会談。その起源は、二人の若き貴族達であった。
とある国にて、不幸な行き違いから武力衝突に至った二つの貴族領。幾度かの戦闘の後、決戦に挑むこととなる。
未だ地上での戦闘が行われていた時代。数が戦力であり、兵が消耗品の時代。
彼我が衝突すれば、互いに数千数万の被害が出かねない。それを良しとしなかった貴族達は、決闘にて勝敗を決することを決める。
一対一の、竜騎士同士の戦い。ドラゴンに騎乗しホバリングする両者は静かに近付き、互いにしか聞こえない声量で提案した。
『は、話し合おう……!』
二人は平和主義者であった。
言い換えればヘタレであった。
「こちらとしては譲渡する用意がある!」
「舐めるな! 土下座でもなんでもしてやる!」
「笑わせるっ、退いてやるさ、どこまでもな!」
「外交の神髄を見せてやろう……!」
剣を交え殺し合うフリをしながらの、引け腰合戦。
観戦する双方の部下達は、その決闘に戦慄する。
「こ、これは……」
「なんて、なんて苛烈な……」
「互いに一歩も退かぬ……」
「へっぴり腰の決闘なんだ……」
日頃から訓練に勤しむ騎士達からすれば、彼等が決闘を演じていることなどバレバレだった。
お互いの体を掴み、ダンスのように空中をくるくると回る貴族達。茶番である。
されど、この決闘をきっかけに事態は好転。二人の交渉によって戦争はあっさりと終結し、両者共に知能派の名君として評されることとなる。
やがて、一切の邪魔立てをされない空中での首脳会談を、彼等の名前から空中会談と呼ぶようになる。
戦争における、最後の一線。フロントラインの上で行われる、最終交渉の場。
フランは、そのステージに招待されたのである。
「本気で受ける気ですか、フラン」
「最小の労力で解決するなら、それに越したことはねーよ」
ライン領―ファルシオン領の国境。高度2500メートルに、イリスとフランはおもむいていた。
空中会談に挑むにあたり、考え得る最高の装備を持ち込んだイリス。背後にフランを乗せている為に全力戦闘は厳しいが、それでも上級騎士であろうと対抗可能な自信が彼女にはある。
戦闘能力のない王が空中会談に臨むのならば、自衛手段は同行する竜騎士のみ。とはいえ、相手にあまり新型装備を観察させるわけにもいかないので、回転式推進装置などの重要な機材は装備していなかった。
回転式推進装置は新型装備の中でも最も重要な装備だ。これがなければ、工学竜鎧を搭載していようと素のドラゴンに毛が生えた程度でしかない。
「寒いぃ。息苦しいぃ」
「短時間で済ませるとはいえ、この高度は素人には厳しいです。頭痛や吐き気があればすぐにいって下さい」
フランは温もりを求め、イリスに後ろから抱きつく。空に慣れている彼女とは違いフランに相応の負担が掛かっていることは重々理解しているので、普段なら拒絶するセクハラ行為も今回ばかりは好きにさせていた。
フランの手がイリスのスカートの中に伸びたあたりで、考えを改めフランの手の甲を抓る。
「何をしようとしているのですか」
「服の上からじゃ寒いんだよぉー、生足触らせろよぉ」
「それは……はぁ、まったく」
自身の足を撫で回す手を我慢していると、フランは耳元で囁く。
「うっぷ」
「……今吐きそうになりましたね!? 気分が悪いならそういいなさい!」
「美少女をあたしのドロドロで生臭い体液まみれにするのがエロいんじゃねえかよ」
「嘔吐物は体液ではない! 落とされたいかド変態!」
珍しく本気で嫌がるイリスである。
イリスは高度を下げ、フランはイリスが持参した酸素缶(圧縮酸素ではなく、ただ金属缶に酸素を無造作に積めた物。見た目はただの一斗缶)を吸う。
「あひゃひゃひゃひゃ」
「怪しい成分など入れていないはずですが」
「うひひっ。……とりあえず敵が来る前に断っておくけどよ」
落ち着いた様子のフランが語る。
「空中会談は一見間抜けみたいな絵面だが、それでも公式な国家間の交渉の場だ。相手に危害を加えるのは御法度だぜ」
「理解しています」
事前説明を思い返しつつ、イリスはフランに対して内心おののく。
互いの安全が最低限保証される空中会談とはいえ、これほど怪しい招待を受けるなど。
イリスを以ても尚、剛胆、と思わざるをえなかった。
ふと気配を感じ見上げると、数キロ先に騎影を見つける。
「―――来たようです」
「ゲストを待たせやがって」
「まあ、私達が余裕をもって来たのですが。時間自体はぴったりです」
「不敬罪で捕まえようぜ」
「御法度とはいったい……おや?」
イリスは清奏派代表の顔に、眉を顰める。
「ア、アーレイ?」
清奏派の竜騎士は覆面を被っており、その容姿は窺えない。
しかしその後ろに乗る女性は、青い髪も露わに堂々と素顔を曝していた。
その容貌に、イリスはよく見覚えがあった。
「ん、おいあれ、どういうことだよ」
イリスの駆るドラゴンも上昇。接近したことで、フランもようやく顔に気付く。
「アーレイそっくりじゃん」
「そのようです。よく見ると別人ですが、雰囲気も瓜二つです」
高度2500メートル。他者の介入がほぼ不可能な空域にて、この世界屈指の権力者二人は対面する。
初手を放ったのは、イリス達の想像とは裏腹に溌剌とした敵軍代表の挨拶だった。
「初めまして! 私はスヴェル・クレンゲル。清奏派の代表をしております」
お飾りみたいなものですけれどね、と舌を出して苦笑するスヴェル。
まったく毒気のない挨拶に、フランは鼻を鳴らして対応した。
「初めまして、クソテロリストの雌豚が。空中会談は命乞いの要望か? それとも一思いに殺してくれとの懇願か?」
「ひっ」
スヴェルはちょっと泣いた。なにこの人、怖い。




