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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
29/85

主従2


 この大陸に名はない。人はこの大地こそを世界の全てだと認識し、この広大な土地で政治を、戦争を完結させてきた。

 大陸は左右に長く、4つの大国がおおよそ横並びに存在している。

 東より、炎を御する軍事国家 火の国(ラズマ)

 竜騎士(ドラグーン)発祥の地 風の国(ルークキャリング)

 水と精霊の海 水の国(ミスティリス)

 そして、鉄と鍛冶の民 土の国(アーヴェルア)

 暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)とは火の国(ラズマ)の東より広がった、黒竜軍(リストダーク)の支配圏を指す単語だ。現在水の国(ミスティリス)の中程まで侵攻が進んでおり、範囲は大陸の半分以上を占めている。

 清奏派(セインレイト)が穿ったトンネルは距離にして全長数千キロにも渡って張り巡らされており、戦略上極めて重大な危機を孕む状況といえた。




「……この地を攻めるとして、どんな手段がある? 戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)だって、現実的な方法論とはいえねぇしな」


「そんなこと、重々承知しています。あんな高価な装備、国家予算でもそうそう用意は出来ません」


 イリスは半年前の作戦において、数千キロ彼方の敵地に相竜(バディ)を置いてきてしまった。その際に使用したのが戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)である。

 不可抗力だったとはいえ、互いに切磋琢磨し多くの時を過ごした仲間を救助に向かえないのは彼女の心に大きなしこりとして残っていた。

 実をいえば、彼の地まで行って帰ってくる方法がなかったわけではない。フランが挙げた戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)を往復分用意すればいいのだから。

 しかし、この装備は1セット用意するだけでも莫大な予算と大量の精霊石を要する。作戦遂行が可能なほどの大部隊が往復する分ともなれば、逼迫した土の国(アーヴェルア)の財政ではどうしようもない。

 もっと、現実的でコストパフォーマンスに優れた手段が必要とされた。


「もっと長距離移動に優れた移動方法なんて、船くらいでしょうか」


 ぽつりとイリスが呟く。

 船は人類が最初に発明した乗り物だ。

 自動車のように複雑な機構も必要なく、飛行機のように強力なエンジンも不要。

 風さえあれば進み、技術によっては何年間も航海し続けられる。

 極めて完成度が高く高性能な部類の乗り物であり、伊達に大航海世界の立役者となったわけではないのである。


「いやいや、ここ外海だぞ? 水の国(ミスティリス)横断して幽霊海峡(ウーディン・ストーク)抜けてかなきゃいけねーだろ。波の荒い外海を進めるほどの大型船なんて、もう何十年も造られて……あ」


 フランは、随分と昔に放棄された巨船が存在することを思い出す。


「あったわ、外海もいける巨大戦列艦」


「ほう、提案してみるものですね。してそれはどちらに?」


水の国(ミスティリス)に置きっぱなしだって。外海に出られる大型魔法戦列艦として、50年前に建造されたんだけどさ。前線が後退して外海に出る余裕なんてなくなっちまったってわけだ」


 水際防衛戦略。人類が生き残る為に採用するこの戦略において、船の出番はない。

 水の国(ミスティリス)には島が多く、海上移動拠点など戦術上不要なのだ。活用すること自体は不可能ではないであろうが、コストがかかり過ぎる。

 イリスは記憶の片隅から、フランの言に該当する船を思い出した。


「もしかして、不動の鉄城(アルク=アンシム)のことですか?」


「そうそう、それだ。さっさと解体したかったんだけどよ、色々と利権が絡み合って今の今まで放置されてるんだよ。勿体ねぇ」


 フランは地図の上を指でなぞる。


「片道2000キロってところか? 行きだけで10日はかかるな」


「そんなに?」


 2000キロ。旅客機ならば3時間とかからない距離を、一週間以上もかけて移動するというフランにイリスは困惑してしまう。


「別に真っ直ぐ進めるわけじゃないぞ。色々と寄り道せんといかんから、結局そんぐらいはかかったはずだ」


 大陸中心に発展したこの異世界では、快速帆船などの船舶技術が発達していない。船の速度は徒歩に毛がはえたようなものなのだ。


「超音速で飛んだ私が、時速10キロ弱でのんびり船旅とは。落ちぶれたものです」


「狭い大陸、そんなに急いでどこにいく。ってな」


 フランは棚から資料を引っ張り出し、前例から必要な手続き等を確認する。


「食料、物資、人員……考えただけで目ぇ回るぜ全くよぉ」


「戦闘員も必要ですが、サポートの人員も乗り込む必要があるでしょう。私も準備をしなければ」


「……さっきから何か口走ってるが、お前も行く気マンマンかよ。護衛しろよ近衛騎士」


 お前の目的は別のところにあるんだろ、とフランは内心見抜いていた。


「駄目に決まってるだろ。おまえは代えがきかないんだぞ。お留守番だ」


「……ふんだ、王族だけ水虫になる病が流行すればいいのに」


「お前のルームメイトも晴れて水虫デビューだな」


 キリもよく話は纏まったと判断、フランは顔をぺちぺちと叩いて気合いを入れ直す。


「ありがと、参考になったわ。会議でテーアンしてくる」


「これから集まるのですか? 会議後でもいいので、少しは休んで下さいね」


 溜め息混じりに、腹をさするフラン。


「ああ、そうしたいところだが……くっそ、これからまた一仕事と考えるとウンコしてぇ……」


「腹痛も致し方がないでしょうけれど。トイレで思う存分書類と格闘して下さい」


「うっ、ちょっと実が出た」


 これからは退職届を常に持ち歩こう。イリスはそう決意した。







 今後の方針を定める為のイリスとフランの密談であったが、これはあくまでフランの個人的な相談。

 イリスに軍上層部へ働きかける権限はない。フランに軍事面における柔軟な発想はない。

 フランとイリスは理解者として互いに補い合える、得難い類稀な存在であった。

 船による敵拠点への直接的な戦力投射。あまりに大雑把で博打に過ぎる作戦案が承認されたのは、ひとえにそれ以外の選択肢がなかったからこそ。

 国の重鎮他、将軍や軍師、参謀に至るまで碌な反攻作戦を提示出来なかった。中には短期決戦による反撃を主張する好戦派もいたが、彼等の主張はある前例から否定された。

 実は、とある貴族が独断にて軍を動かして反攻を行っていたのだ。

 軍隊といえど、近代軍と比べれば遙かに独立独歩の気が強い地方軍。各自が独立した運用も可能であり、きっかけこそ短絡的であったものの反撃は速やかに実行された。

 結果―――町が一つ壊滅する。

 軍はある程度まで善戦した。しかし、反撃に戦力を割くあまり町の防衛が破綻。黒竜(ダークドラゴン)が居住地区へとなだれ込み、無防備なままに全滅。

 わずか30分の出来事であった。慌てて帰還した軍が見たのは、廃墟と化した町。

 物量と暴力の前には無力な民間人など、吹けば飛ぶ存在でしかない。僅かでも隙を見せればどうなるか、その実例を見せつけられて尚あまりに危険な賭にでようという者は皆無であった。

 当作戦もまた不確定要素が多いギャンブルには違いなかったが、普段から使用していない大型艦と最低限の人員を動員するということで国家レベルでの出費は小さいと判断されたのである。

 つまりは、駄目で元々。上手くいけばそれでよし、失敗したとしてもどの道他の打開策を考案しなければならないという現実は変わらない。そんな場当たり的な、末期国家に有りがちな決断であった。

 イリスの案を元に軍部は作戦の現実性・コストパフォーマンスなどを考察し、それを承認する。

 敵重要拠点強襲作戦。軍上層部はこれを、『遠すぎる空作戦』を名付けた。


「……名前からして失敗しそうな件」


 後日、イリスはそう呟いた。







 ファルシオンの町に、余った土地など存在しない。山中だけあって少ない土地をやりくりしており、平坦な場所などほぼ皆無だ。

 そんな町中でも希少な、ある程度平らな地面が広がる住宅地。その一帯を破壊し整地することで得られた土地を、清奏派(セインレイト)の軍隊は駐屯地として活用していた。

 住人を追い出して得られた場所にドラゴン用の厩舎を拵え、周囲の気に入った家を奪い、好き勝手生活する清奏派(セインレイト)の地上部隊清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)

 陸上戦列艦をコンセプトに製造された新兵器・踏破せし教化(レベデンコ)を有することから判る通り、彼等の前身は海軍であった。清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)の名はその名残である。

 海軍は閉鎖的な軍隊であるのが常。そして少数精鋭である故に課せられる教練は苛烈であり、良くも悪しくも自分にも他者にも厳しい。

 組織内は上下関係が過剰に厳しく、まして従属させた組織外となれば尚の事。主にファルシオン住人に横暴を働いているのは彼らであった。

 彼らは日頃の訓練を欠かしてはいない。いささか旧式ながら苛烈な訓練に励む彼らは住人にとって恐怖の対象であり、果敢に反抗した者は組織的かつ戦闘技能を有する軍隊という暴力の神髄を理解し、絶望しながら死んだ。


「はあっ!」


「甘い!」


 中年騎士の剣が、試合相手の槍を華麗に弾く。

 広場にて騎乗格闘訓練を行う騎士達。彼らを司令室であるファルシオン伯爵の館から見下ろすのは、清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)の最高司令官スクトゥム将軍。


清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)は強い―――いささか異教徒にとっては過剰なほど精強といえるな」


「そのようです。この戦に備え万事を尽くして来ましたが、敵の弱さはあまりに拍子抜けでした」


 この会話ももう何度目であろうか。将軍と士官の自慰じみた自己賞賛は、しかし彼らの心を何度でも踊らせる。


「我ら清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)土の国(アーヴェルア)の軍に勝る点はなんだね?」


「彼我の差は大きすぎて、一概にはいえません。竜騎士(ドラグーン)の練度、装備の差、戦術の違い―――地上であろうと空であろうと、敗北する要素は見あたりません」


 毎度のことながら、口上を変化させつつ返答する士官も苦労する。

 しかし今回の答えは、少しスクトゥムにとって面白くない部分を含んだものであった。


「―――ふん、清奏騎士団(ユニット・セイレイト)に関してはその限りではないがな。あの軟弱者が指揮する軍隊だ、風竜(ウォールック)を駆っていようともいつ失態を犯すか知れぬぞ」


 士官の言葉に、将軍の眉間に皺が寄る。

 地上部隊としての面の強い清奏地上軍(ゼンフ・セイレイト)と、航空戦力としての面の強い清奏騎士団(ユニット・セイレイト)は不仲が続いている。閉鎖的な環境で生き延びて来た彼らにとって比較対象は互いのみであり、むしろ反目しかいなどあり得なかった。

 競争原理といえば聞こえはいい。しかし、足の引っ張り合いをする域に達した競争意識は害悪でしかない。

 慌てた士官は、とってつけたように清奏騎士団(ユニット・セイレイト)を貶す言葉を口にする。


「無論、清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)こそが世界最強の軍隊です。清奏騎士団(ユニット・セイレイト)など時代遅れの古くさい体裁に拘る軍隊は、いつしくじるかと内心恐々としております」


「ほう、それは聞き捨てならんな」


「ひえっ!?」


 背後からの声に、士官は飛び上がった。

 どこからともなく現れたのは痩身の若い男性であった。清奏派(セインレイト)内部にて補佐役と呼ばれる男である。

 清奏騎士団(ユニット・セイレイト)の長にして、将軍職を勤める者。まさにエリート中のエリートたる彼は、それ故に疎まれることも多い。


「古くさい因習に囚われているのは、さて、どちらかな。あまり自分を疑わないようでは時代の変化に取り残されるぞ」


「ご忠告痛み入る」


 まったく痛み入っていない口調で応えるスクトゥム将軍。

 権力志向の強いスクトゥムも例に漏れず、補佐役を毛嫌いしていた。若くして実力のみで成り上がった彼を目の敵にしているといっていい。


「して、何用かね? 私は忙しいのだが」


「そうは見えなかったが。まあいい、私はスヴェル様の護衛として同行しただけだ」


 補佐役は進み、スクトゥムの隣に立つ。

 まるで対等だと主張されたようで、スクトゥムは眉を吊り上げた。


「護衛とは? まさかこの地に来られているのか?」


「おや、そちらは訓練中であったか」


 スクトゥムの疑問符を無視し、補佐役は外を見つめた。


「勇ましいものだ」


「……当然である!」


 嫌いな相手であっても、自分の部下を誉められると嬉しいスクトゥムである。


「将軍」


「なんだ」


「貴公は、どう死ぬつもりだ?」


 あまりに唐突な質問。その意図を読み切れないながらも、スクトゥム将軍は生真面目に返答する。


「無論武の中で、と言いたいところであるが」


 スクトゥム将軍は難しい顔で唸る。


「死を恐れはせぬ。玉砕であろうとな。だがあの弱さ、使命は果たされようと騎士の本懐は果たされぬ」


 補佐役は内心、諦観を多分に含んだ嘆息を禁じ得なかった。

 彼は清奏派(セインレイト)が嫌いであった。落とし所も考えず、ただ愚鈍愚直に自分達のコミニュティのみで通用する『常識』を振りかざし盲信している。

 補佐役がそのように考えられるのは、あるいは彼が土の国(アーヴェルア)に関する情報を統括する立場にあるからかもしれない。

 補佐役は知っていた。技術戦術の発展が遅々として進まなかったこの世界において、土の国(アーヴェルア)内部にて『変化』がおきていることを。

 10年前であれば、数で劣れど質で勝る清奏派(セインレイト)の勝利は十二分に有り得たであろう。しかし、今は違う。

 不確定要素と呼ぶにはあまりに大きな要因が、彼の国に生まれ落ちたことを把握していた。

 『イリス・ブライトウィル』。たった一人で世界を変えうる存在。

 意図的に組織への情報を遮断する男は、人知れずほくそ笑む。


「まあ余裕があるというのならば、こちらとしても安心だ」


「何か面倒事でも押し付けるつもりか。貴様らはいつもそうだな」


「私はスヴェル様の護衛任務後、長期で作戦行動に移る。しばし留守にする故、戦線の維持は任せるぞ」


「ふん。お前達はいったい何をしておるのだ。まるで暗部部隊ではないか」


 清奏騎士団(ユニット・セイレイト)の活動は不明瞭な部分が多い。清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)が表の戦闘部隊であるならば、清奏騎士団(ユニット・セイレイト)は裏であると評されるほどである。

 スクトゥム将軍すらも把握しきれぬ動向に、不信感を覚えるのは当然かもしれない。


「戦力は不足かね? なんならこちらから戦力を貸し出すが」


「不要だ!」


 声を荒げて申し出を断るスクトゥム。

 補佐役は知っていた。プライドの高いスクトゥムはこういう言い方をすれば、見栄を張ることを優先すると。

 実をいえば、補佐役としても戦力を分け与えるほどに余裕があるわけではないのだ。単に真意を気取らせない為のブラフである。


「惰弱で臆病な土の国(アーヴェルア)軍など、我々のみで充分!」


「数はあちらが上だぞ?」


「数など質で凌駕可能である。あれを見るがいい」


 スクトゥムは町の一画を指さす。

 そこには、奇妙な黒金の建築物が鎮座していた。


「―――ほう、あれが」


「然り」


 補佐役も、その計画を聞いた当初は耳を疑った。

 踏破せし教化(レベデンコ)は実のところ、この計画の副産物でしかなく。彼らが俯瞰するあの巨大兵器こそが、清奏派(セインレイト)の本命なのだ。


「『ラーテ』……あの鉄塊に、どれだけの怨恨が注ぎ込まれているのか」


 兵器とは、如何に平時の労力を収束出来るかが重要である。つまり銃が剣の5倍の戦闘力だとして、銃一丁作るのに剣の10倍の労力が必要であったとしても、同数であれば戦闘において圧勝出来る。

 彼等の切り札はまさにその類であった。ファルシオンの人々を酷使し、万の犠牲と多くの苦痛を強いて作り出される一騎当千。

 補佐役はラーテに関して、それなりに有効性を認めていた。


「有象無象の敵兵など、全て蹴散らしてみせよう」


「―――頼もしい限りです、スクトゥム将軍」


 背後からかけられた女性の声。

 スクトゥムは反射的に背筋を伸ばし、片膝を地に付ける。


「ス、スヴェル様!」


 そこに立っていたのは、指導者たる蒼髪の少女。スヴェル・クレンゲルその人であった。

 かつてのような、日常生活の為の略式礼装ではない。重苦しい本式の衣服に身を包み、その美貌と相まって信者ならざる者であっても神々しさを感じるほどに美しい。


「結果として、突然の視察となってしまい申し訳ございません。貴方が指揮する清奏海上軍(ゼンフ・セイレイト)、噂に違わぬ勇猛さですね」


「勿体なきお言葉っ……!」


 恐縮するスクトゥム将軍。彼の隣にて、同格である補佐役も並んで膝を屈する。

 スクトゥムは横目で補佐役を睨んだ。邪魔をするな、というアイコンタクト。

 無論補佐役は無視する。要望を受け入れる理由もない。


「あらぁ、来てたのスヴェルちゃん?」


「クカカカカ! 油断不断絶断ならぬ娘よのぉ! 我がカワイ子ちゃん、ラーテを見に来たのかね!?」


 そこに現れた人物。

 1人は相も変わらず凹凸のはっきりとした肉体を晒す美女、エカテリーナ。

 そしてもう1人は、狂った笑い声をあげる老人であった。


「エカテリーナさん、エンヘキさん。お二人もここにいたのですか?」


「戦場あるところにあたし有りよん」


「新兵器を見にきたきたのだあああっ、あっ、あっ。絶頂するっ」


 口調はともかく比較的まともな返答が期待出来るエカテリーナと違い、エンヘキに真っ当な反応を期待する者は今更いない。

 よって補佐役もスクトゥム将軍も彼の言葉遣いを正すことはなく、ただ頭を垂れるのみ。相手をするだけ徒労だというのが、仲間内からも共通した認識であった。


「急な訪問でしたが、清奏派(セインレイト)の誇る四将が揃うなんて」


 唯一本心から、四将の集結を喜んでいるのはやはりスヴェルであろう。

 狂信集団の指導者といえど、彼女の人当たりの良さは生まれ持ったものである。むしろ彼女相手だからこそ、エンヘキなる変人すらも御されている、という側面とてあるのだ。


「こうして全員で顔を合わせるのは久々ですね!」


 にっこりと笑いかけるスヴェルに、空気を読んだエカテリーナとエンヘキも騎士の礼を取った。

 清奏派(セインレイト)を統べる四将。彼らが一同に会するなど、滅多にない。

 最高戦力の集結。その光景は、さながら王とそれを敬う忠節の騎士達。

 ならばその忠誠に報いねばならない。スヴェルは、当然のようにそれぞれに労いの言葉をかける。


「知将スクトゥム。貴方の指揮能力、これからも存分に頼らせて頂きます。このか弱い女をどうぞお支え下さい」


「ハッ!」


 感涙しつつ頷くスクトゥム。その忠誠に偽りはなく、四将の中で最も軍人らしいのは間違いなく彼である。


「剣将エカテリーナ。世界最高であろう貴女の剣技で以て、我らが悲願への道を切り開いて下さい。……女の子同士じゃないと頼みにくいこともあるし、これからもよろしくね」


「任せて、スヴェルちゃん。貴女の身はあたしが守るわぁ」


 将の一人として、そして歳も近い同性として信頼を確認しあう二人。距離感という意味では、彼女達が最も強固な信頼関係を結んでいるのかもしれない。


「鋳将エンヘキ。その叡智が無ければ、この作戦自体が立案不可能だったと聞きます。大陸一の発明家が我ら清奏派(セインレイト)の一員であったことは、大きな僥倖です」


「任せい! 対価さえあれば頑張っちゃうぞう、アハハッ!」


 彼はむしろ自分の発明品を試す場所を欲したという意味合いが強いものの、そのアイディアは間違いなく有益である。将に列せられるまでの発想力は、間違いなく天才のそれであった。


「―――貴方には、いつもお世話になってばかりです」


 最後にスヴェルは補佐役に向き、頭を深々と下げた。


「お止め下さい、一部下に対しそのような」


「部下を愛せぬような指導者に未来がありましょうか。これからも、私をお願いします」


「無論。お任せ下さい」


 他の面子と露骨に違う補佐役への態度に、各々の反応は多様であった。

 嫉妬する者、呆れる者、興味のない者。

 兎にも角にも、補佐役と呼ばれる彼の扱いが別格であることは疑いようもない。

 補佐役は立ち上がり、スヴェルの手を取る。


「まずは空中会談(フィリクスフォルト)です。今日はもうお休み下さい」


「そうですね。では皆さん、失礼します」


 事前に手配しておいた土の国(アーヴェルア)への申し込みの手紙も、そろそろ女王フランに届いている頃合い。

 補佐役はその役職の名の通り、スヴェルを部屋へ案内しながらこれからの予定について考えていた。

 そんな二人の背中に、エカテリーナが声を弾んだ投げかける。


「何ソレ、面白そうっ! ね、スヴェルちゃん、あたしも一緒にイカせてぇ!」


「……なんだと?」


 補佐役が想定していない事態が発生した。





四天王(笑)

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