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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
28/85

主従1





「以上が、ファルシオン襲撃事件に際する顛末です」


「負け戦だな」


「負け戦です」


「不可抗力か」


「不可抗力です」


「無茶を通すのが軍の勤めだろう。なんとかしろよ」


「また、大本営みたいなことを。戦争なんて、そもそもが外交諜報敗北の結果でしょう」


「ガイコーってなんだよ、そんなの死語なんだっちゅーの」


 責任とは押し付けあうものである。


「こういう時の為の諜報科(サルファル)でしょう、彼らは何をやっていたのですか!」


「ねーし! そんな機関、公式に存在しねーし!」


「クケーッ!」


「ムキーッ!」


 王都クルツクルフ。街を内と外に分ける円形城壁を有する、人類世界有数の巨大都市である。

 政治・流通・技術全ての中心地である人間世界の中心。地方を管理する貴族の総まとめたる国王もこの地に在住し、多くの業務を取り仕切っていた。

 町の中心にそびえ立つ荘厳な趣きの城。クルツクルフ城の執務室に少女達はいた。

 しばし唸りあっていた少女達であったが、やがて脱力し頭を垂れる。


「……いや、すまんまん、まんまん。お前ら軍人の責任じゃないわな。こんな事態、想定できねーよ」


 一人は土の国(アーヴェルア)国王フラン・ベルジェ・アーヴェルア。若干14歳の少女だが、一国を背負うという重責を滞りなくこなしきる有能さと、突拍子もない残念さを兼ね備えた才女である。

 国家が水の国(ミスティリス)土の国(アーヴェルア)のみとなり、前者が実質的な権限をほとんど持たない亡命政府となった現在においては彼女こそが人類の最高権力といっても差し支えはない。

 金紗のように美しいブロンド。彫刻のように整った顔立ち。その美しさは、まさに美姫と呼ぶに相応しい。

 無論容姿だけが優れているわけではない。途方もない重圧を受ける立場であるにも関わらず、自らの職務を全うしている彼女は年齢に見合わない有能な王と評していいのであろう。

 ある程度距離を置いた、客観的視点で見るならば。


「有能なら有能らしく、こんな非常時にギリギリなインモラル単語を使わないで下さい」


 もう少し真面目に立ち振る舞え、と半目で睨むイリス。

 イリスは細くたおやかな絹を思わせるブロンドを揺らす、エメラルド色の瞳の少女だ。一見未だ幼さを残す成長期の少女でしかない彼女こそが、世界最初のフォートレスドラゴン撃破を成し遂げた天才であることは誰にも見抜けないであろう。

 半年前に正規騎士となった彼女だが、その生活は訓練生たる準騎士(モンス)時代とそう大きく代わり映えはしなかった。むしろ元より所属も曖昧な彼女は爛舞騎士(ラウンドナイト)となって以来、前にも増して好き勝手に行動している。

 ようは、朝起きて空を見上げて朝飯食って空を見上げて体操して国営大工房(グランドレージェ)に詰めて昼飯食って空を見上げて騎士団の訓練を手伝って晩飯食って空を見上げて訓練飛行してシャワー浴びて寝るという毎日を送っていた。

 そんな彼女の様子を見て、フランは思った。「駄目だこいつ、早くなんとかしないと」と。

 爛舞騎士(ラウンドナイト)は称号である。地位や階級ではなく、命令系統にも影響は及ぼさない。本来ならば人事部が配属を決めるのだが、イリスは正規棋士となる前からフランの直属騎士として活動していた。それも、その存在そのものが仮面を被った仮初めの姿『軽銀(ジェラルミア)』ときている。

 存在しないはずの人物が階級を有しているはずがない。しかし、いつまでもイリスを曖昧な立ち位置にしておくことはやはり不都合なことが多い。

 そこで、フランは正式にイリスを自身直属の部下としたのだ。たった一人っきりの、好き勝手立ち振る舞う警護する気ゼロの近衛騎士に。

 そんな親愛なるたった一人の近衛騎士団であるイリスに、フランは溜め息を吐いた。


「人が死んでるんだぞ。やめろよ、そういうの」


「いらっ」


 何故かイリスがふざけていることにされた。

 こうやって権力者は事実を改竄し歴史を創造するのか、とイリスは戦慄する。


「仮によ。カリに、マンマンにモラルがギリギリとインしたからって、それがどうして卑猥なんだよ」


「…………。」


 イリスとて解っていた。彼女はあえて、普段通りのふざけたキャラを演じることで自身の心の安静を得ようとしていることくらい。

 なんだかんだで長い付き合いなのだ。公私共に親密な、信を置ける相手なのだ。

 イリスはただ黙って、フランに抱きつく。


「イリ……ス?」


「フラン……ッ!」


 そっと、イリスはフランを抱き上げて持ち上げた。

 そのまま仰け反り―――


「スープレックスッ!」


「あばー!?」


 我慢にも限度はあった。




 この日、フランはイリスを呼び出して今後について相談していた。

 決してイリスに軍事的決定権があるわけではない。しかし、彼女の突拍子もない発想は度々堅実な考え方をするフランを驚かせる。つまりは、参考程度ながら相談役としても面も持ち合わせているのだ。


「そんで、お前さんはあの日、地下で何を見てきたんだ? つーか、外に出れたのか」


 頭頂部をさすりつつ、フランは話題を変える。


「それはまあ、こうして今ここにいるわけですし」


 平然と宣うイリスに、フランは頭痛に堪えるように頭を振った。


「ただ地上に出た場所が問題なのです」


「ほう」


「星の高さから現在位置を把握する方法があるのですが、それを行ったところ……私が地上に出た穴は、暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)の向こう側だったのです」


「いやどんだけ地下で迷ってたんだよ」


 およそ1000キロメートル、丸一日彷徨っていたのは秘密である。


「私が見たのは、海沿いの穀倉地帯。専門家とも話し合ってみましたが、強奪した資料や敵の推定人口から併せて推測するにあの地は彼等の生命線と考えられます」


 収穫前の芋畑はこちらとそう変わらない光景でした、と感想を付け加えるイリス。


暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)の向こうだろ? なんで平然と生活出来ているんだよ、そいつらは」


「敵は黒竜(ダークドラゴン)を御する、何らかの術を有すると推測されます。そうでなければ現状が説明出来ません」


「そんな方法があるなら、この戦争の意義が覆るぞ」


「是非とも奴等を締め上げて、色々と技術提供して頂きたいですね」


「そもそもそんな場所からどうやって帰ってきたんだお前?」


「量産型戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)が格納魔法に仕舞ってあったので、それで一息にビューンと飛んで戻りましたが」


「あれ、開発進んでたんか!?」


 初耳であった。


「はい、進んでました。設計を最適化簡略化し、相当コストダウンを図った品です」


「聞いてねぇぞ、そんなの」


「個人的な趣味の範疇だったので」


「趣味で技術発展しないで貰えませんかねぇ」


 戦略強襲用(オーバード)超音速巡航推進装置(クルーザー)。以前イリスが開発した、名前通りの長距離移動装備である。

 ドラゴンにロケットをガン積みし、大陸を短時間で駆け抜ける特殊装備。当初製造されたワンオフ品は極めて高価な物であったが、その後イリスは設計を改め見直していくことで大幅な値下げを成し遂げた。


「あ、これ領収書です。私財で作ったので」


「ちゃっかりしてやが……ぶふぅ!?」


 フランが値段をみて吹き出す。


「どどど、何処が値下げしてんだよ!? 滅茶苦茶高価じゃねぇか!」


「初期型の、一台拵えるだけで国家が傾く金額よりはマシでしょう。騎士全員に配備することは不可能でも、特殊な用途に限定すれば量産出来なくもありません」


 深く溜め息を吐き、どうやって帳簿を誤魔化すか悩み始めるフラン。

 特殊すぎて計上することも出来ないが、ポケットマネーを投じるつもりも毛頭ないフランであった。


「さて、私の話は一旦置いといて。この戦争の現状を改めて確認しましょう」




「大反省大会だ。なんでこうも好き勝手されたのか考えようぜ」


「建設的ですね、大下ネタ大会よりよほど」


 フランは報告書をめくる。


「この報告にある、鉄竜車(アイランチャリオット)の対策についてはどうなってんだ?」


 下手な絵で描かれた、この世界において地上で動く物体としては最大となる新兵器。

 土の国(アーヴェルア)の軍部は、これを鉄竜車(アイランチャリオット)と名付けた。……そのままだが、得てして敵軍の兵器とは適当な名前を付けられるものだ。いい加減、という意味で。


「陸を走る戦列艦か、厄介なものを」


「陸上戦艦ですか。昔、同じような考えをもった人がいましたっけ」


 イリスはかつて生きた世界の、イギリスの陸軍少佐を連想する。

 奇妙な兵器ばかり作ることで有名なイギリスだが、たまに『当たり』がないわけでもないのだ。

 イギリスの生み出した陸上戦艦構想。それはやがて戦車へと変化し、世界的スタンダードに発展する。


「こういう敵には落とし穴が定石だろ?」


「敵の運用ノウハウによりますね。落とし穴を配置出来そうな細道に飛び込むほど、敵も間抜けではないでしょう」


 イリスは遠い過去の記憶から、地球における戦車の運用ノウハウの知識を思い出していた。

 地上兵器の運用には疎い彼女だが、基礎知識くらいはある。市街地ならばともかく、開けた土地にて装甲兵器を仕留めることがどれだけ困難かをイリスはよく理解していた。

 「戦車? キャタピラに丸太差し込めば楽勝だろ?」なんていうのは、完全に素人の発想なのである。


「そもそも半端な深さの落とし穴では乗り越えて脱出されます。ファルシオン周辺の荒れ地を突破可能な走破性を有しているのですから」


 鉄竜車(アイランチャリオット)に備えられた巨大な車輪は、どうみても塹壕突破用の備えであった。航空戦力が発達したこの異世界では塹壕戦術が発達していないものの、存在していないわけではないのだ。

 逆にいえば、敵の航空戦力を一掃出来る自信があるのならば、この世界でも塹壕戦術は有効。


「自身は陸空共に、攻めるも守るも自由。対して敵対者は、空を奪われ陸も蹂躙される。そういう戦術思想なのですね」


 まあそれくらい優位でなければ、たかが武装組織風情が国家に対する敵対など出来ようもない。イリスはそうも考える。


「なるほど、清奏派(セインレイト)にとって鉄竜車(アイランチャリオット)は新兵器であると同時に苦肉の策なのですね」


 清奏派(セインレイト)が運用するのは空対空戦闘に特化した風竜(ウォールック)。対地攻撃に対しては、適正は低い。

 だからこその鉄竜車(アイランチャリオット)。彼らなりの、地上兵掃討法。


「あの『穴』から、どうやって運び込んだんだ?」


「少数ならば土竜(アークリア)を有しているのかもしれません。ファルシオンにもいたでしょうし、一匹二匹確保するだけならば可能だったでしょう」


 土竜(アークリア)の格納魔法ならば、鉄竜車(アイランチャリオット)の運搬も不可能ではない。一時的ならば少数でも何とかなるはずだ。


「力業ってレベルじぇねーぞ! 無茶な運用をするぜ」


「長距離輸送は無理でしょうね。お爺様の目測では、重量およそ25トン以上でそうですから」


 パーツごとに分けて格納魔法にて運んだとしても、それなりの時間がかかる。イリスが地下で見た補給基地は、地上と地下拠点の直線距離を少しでも短縮する為の工夫であった。

 話し合いの結論からいえば、現在の土の国(アーヴェルア)が有する地上兵力(・・・・)鉄竜車(アイランチャリオット)を撃破することは困難。

 魔法ならばその限りではないが、個人差のある攻撃手段を普遍的な戦力として勘定することは出来ないのだ。


「他にも反省点はあるだろうさ。初期のファルシオン制圧は一兵卒による白兵戦だったそうだ、空を抑えられていたとはいえあっさりやられ過ぎだっての」


「この国の剣術は対魔獣用なのですよ、別に訓練の質が低いわけではありません」


 勘違いで訓練を増やされては堪らないと、イリスは慌てて訂正する。

 土の国(アーヴェルア)の剣は間合いや与えるダメージを重視し、敵の間接や理知的判断を考慮していない。方向性の違いというだけであり、決して技術として劣っているわけではないのだ。

 白兵戦を苦手とするイリスだが、対人戦闘に限れば多少は戦える。前世の経験から幾つか対人戦闘技術を心得ているからだ。

 それでも、生粋の対人軍隊である清奏派(セインレイト)には通用しないことは明白であった。イリスの手足は細く、到底接近戦に向いていない。


「ですがこれらは、結局のところ『戦術的敗北』です。そんなものは、物量で勝る我々ならば幾らでも取り戻せる」


 ファルシオンにおける敗北は、実のところ問題ではない。

 しかし、ファルシオン強襲事件とほぼ同時に清奏派(セインレイト)が打った手は、剛毅なフランを以てしても心底戦慄させられることとなる。


清奏派(セインレイト)のみならば充分に反撃可能なのです」


「ああ、それは軍務大臣もいってた。問題はアレだろ?」


「アレです」


 二人は揃って、壁に掛かった地図を見た。

 土の国(アーヴェルア)全域を記した地図。その全体に散らばるように、50以上の赤点が刻まれている。

 地上の穴―――暫定名称『蠕虫の喰穴(ワームホール)』を、人類世界の全土に大量に穿ったのだ。

 その数、優に88カ所。ある日を境に大陸はモグラ叩き台のようなザマとなってしまった。


「ぴょこぴょこと出てくるのが土竜(モグラ)なら、まだ可愛げもあるのですが」


「いや土竜(アークリア)が出てきても怖いもんは怖いだろ」


 如何なる原理か大量に穿たれた穴。繋がれた先はどうやら、暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)に直通しているらしい。

 その根拠は簡単。安全地域であるはずの人間世界に、突如黒竜(ダークドラゴン)が大量発生したのだ。

 黒竜軍(リストダーク)は遊撃戦などという策を労さない。清奏派(セインレイト)は、意図的に暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)土の国(アーヴェルア)を繋いだとしか考えられなかった。

 まさに正気の沙汰ではない。清奏派(セインレイト)が人類の敵であると、誰もが明確に理解させられた。


蠕虫の喰穴(ワームホール)は全て絶好調に稼働中。それは即ち―――」


土の国(アーヴェルア)全域が、危険地帯になっちまった」


 なんだかんだで安全地帯として、民間人も出歩くことが可能であった土の国(アーヴェルア)本土。しかし蠕虫の喰穴(ワームホール)発生後、国民は城壁に籠もり町や村に籠城することを強いられる。

 これまでの東部戦線は、防衛に有利な海峡があった。しかし本土にそんなものはない。完全に無防備な土地を突如襲撃され、既に二桁の町や村が壊滅した。


「余剰戦力を急遽編成し各町村を防衛していますが、完全にキャパシティーオーバーです。辛うじて黒字経営だったのが、一晩で赤字に転落してしまいました」


「財務大臣の進言していた軍事費削減案、承認しなくてまじ良かったわぁー」


 ここ半年、新兵器の実戦投入により黒竜軍(リストダーク)との戦争はかなり優勢となっていた。

 物理的な戦況の押し返しが成し遂げられたこともあるが、イリスがフォートレスドラゴンを撃破したことが人々を勇気付けていたのだ。

 国土防衛に限れば余裕が出てきており、これ幸いと各方面から軍事費削減を提案されていた。

 フランは流石に時期尚早と判断し、これを却下していた。不用意に軍備を減らしていた場合、黒竜(ダークドラゴン)の偶発侵攻を凌げなかったかもしれない。


「現在、戦力割合は都市部防衛8割、東部防衛3割です」


「全部で11割になってるぞ」


「それだけ無理しているということですよ。ちなみにファルシオンそのものに対しては0割です」


「敵に対して完全に無防備とか、ギャグじゃねーか!」


 地理的優勢もなく、単純な物量による対抗で抑え込んでいる現状である。今後戦術が確立されたとしても、あまりに広い戦闘範囲は土の国(アーヴェルア)にとって負担となり続けるであろう。


「完全な戦略的敗北です。これを覆すのは、本当に難しい」


「他人事みたいに言いやがって。お前も頑張れよ」


「頑張っていますとも。あんな連中がいては、おちおち空も飛べない」


「お前は人類滅亡しても空さえあればいいんだな」


「それが何か?」


 悟りきった温い視線を向ける国王に、イリスは名誉挽回といわんばかりに提案する。


「状況を打破する為には、どうやっても戦力が足りません。貴族の人質や各地町村に引き篭もることを余儀なくされている民間人の安全を無視するソ連式戦略ならばファルシオン奪還は可能でしょうけれど、穴の向こうに逃げられては無駄骨です」


「ソレンって何処だよ」


「手っ取り早く、蠕虫の喰穴(ワームホール)を土砂で埋められたら楽なのですが」


 無論真っ先に試された手だ。土竜(アークリア)ならば大量の土砂を空中から投下することが可能であり、質量爆撃という名の地上攻撃の常套手段として昔から行われてきた。

 しかし何故か、埋めども埋めども穴は塞がらなかった。

 吐き出されるのだ。ペッと。

 それこそまるで、スイカの種を口から出すように。

 蠕虫の喰穴(ワームホール)そのものが生き物である。そんな荒唐無稽な可能性が、現実味を増していた。


「イリス、お前、また突撃して地下都市ミソル・アメンとやらをとっちめてきてくれよ」


「私は空対空戦闘こそ得意ですが、大規模攻撃は不得手です。不可能ではありませんが、とても町など滅ぼせません」


 イリスのように少数精鋭の騎士を突入させもした。当然、全員未帰還である。

 イリスが器用にトンネル内を進めたのは、彼女の非常識なほど優れた感覚があってこそ。狭いトンネルを煌々と照明魔法を使用しつつ飛べば、当然進入が露見し襲撃される。イリスはほぼ視界0で飛んだからこそ発見されなかったのだ。

 彼女と同格の爛舞騎士(ラウンドナイト)ならば可能性もあるが、それで手詰まりだ。

 最強の代名詞たる爛舞騎士(ラウンドナイト)も、決して無敵の存在ではない。防御を整えているであろう敵に突っ込んでいくなどやはり無謀なのだ。

 軍には軍であたるしかなく、その手段は全て封じられた。イリスのいう通り、正しく全方位で敗北を喫しているのだ。


「そうだ、これ夢じゃね?」


「なるほど、その可能性は考慮していませんでした」


 少女達は得心したように頷き合う。


「なんだ夢だったのかよー、ビビって損したわ」


「まったくです。目が醒めたら気晴らしに甘イモパーティーと洒落込みましょう」


「うけけ、いいねぇ!」


 あはは、と笑い合う少女達。


『はぁ……』


 ひとしきり笑い、二人は盛大に溜め息を吐いた。


「そもそもなんでアイツ等、ファルシオンを占領したん?」


「たぶん植民地みたいなものでしょう」


「ショクミンチってなんだ?」


「扱いの悪い属国です」


「ゾクコク? あー、昔はそんな立場の国もあったらしいな。今じゃそれどころじゃないけど」


「試算された限り、彼らの内情はかなりカツカツです。誰かの犠牲なくしては組織として成り立たない、そして内部の人間にその犠牲を強いるわけにはいかない。だからファルシオンを占領された」


 軍隊が近代化されるより以前、兵糧の現地確保は普通のことだった。

 保存食の製造技術も低く、食べ物は遠征先で入手するしかない。正規の手順で購入することもありうるが、そもそも想定されていない人間に食べさせるほど食糧事情に余裕のある時代でもない。

 ならば当然、誰かに餓えてもらうしかない。それを清奏派(セインレイト)は実施しているのだ。


「……ファルシオンはつまり、搾取される対象か」


「植民地は豊かな土地である方が望ましいのですが、敵はおそらく老成土竜(アークヴィリア)を欲していた。それにたぶん、鉄資源も。―――あるいは、継戦能力自体を重視していないのかもしれません」


清奏派(セインレイト)は短期決戦を覚悟している?」


「あくまで憶測ですが」


 清奏派(セインレイト)の戦争目的が未だ不明瞭な今、明確な答えは出ない。

 『黒竜(ダークドラゴン)と呼ばれるドラゴンは人類を次の段階へと昇華させるべく遣わされた奏炎の使者団(ギルヌ・レーム)である。討伐など以ての外であり、むしろ積極的に捕食されるべきだ』。

 一般的に知られる彼等の教義の通りならば、この戦争は人類世界を崩壊させ黒竜(ダークドラゴン)に人間を献上すべく動いているとも解釈出来る。

 だとしても行動に矛盾が多く、言葉通りであるなどと誰も信じてはいないが。


「なんだろうな、目的。金? 女? 地位? この国一の美姫と謡われるフラン様?」


「なるほど、その可能性はありますね」


「だろだろ?」


 クネクネとしなを作るフラン。外見だけならば絶世の美女なので、歳の割にやたらと色っぽい。


「試しにその美姫とやらを渡してみますか。案外退いてくれるかもしれません」


「守れよ。国が滅んでも守れよ。それが国体ってもんだろ」


「国体を語るなら『テロに屈しない』とかの理由で拒絶してほしいものですが」


 イリスは改めて、真っ赤に染まってしまった地図を眺め嘆息する。


「ちょこちょこ嫌がらせしていればいい戦なんて、楽なものですね。しかも拠点は遙か遠く、大部隊を送り込んで焼き払うこともできない。なんだかんだで、勝てるとは踏んでいるのでしょう。死ねばいいのに」


「もうアイツらは大きな行動は起こさない、って思うか?」


「事実、我々はこの冬を越す算段が立っていない。食料の備蓄がないのでしょう?」


 目下、これこそが最大の問題であった。

 芋の収穫は年何度か行われるが、収穫と配給はほぼ同量の自転車操業状態だ。余分な備蓄などなく、大規模な不作とならばそのまま飢餓に直結する。

 多少の不作や病気の蔓延ならば、それでも耐えきれる。その為の日頃の食糧政策であり、配給制度なのだから。

 しかし、冬季の収穫が完全に行えないとなれば話は別。城外(この世界では標準的な町を囲む壁のこと)の畑には芋が大きく育っているというのに、その収穫が黒竜(ダークドラゴン)に邪魔され行えないのだ。

 決死の覚悟で収穫に動いた者達もいたが、結果は散々なものだった。統制もなく物量で攻めてくる黒竜(ダークドラゴン)から、無力な農業従事者を守りきることなど不可能に近い。

 現状、限界まで防衛線を後退させ守る範囲を狭めることで対処しているも、それでも軍に過剰な負担を強いている。

 このままでは、確実に人は滅ぶ。戦死でも捕食でもなく、餓死という形で。

 難しい顔でフランに訊ねたイリスに、土の国(アーヴェルア)国王は意外そうに訊ね返した。


「えっ、お前ビーチクねぇの?」


 マジかよ、とイリスの胸部を見つめるフラン。

 イリスは帰って屁をこいて寝たくなった。


「話の腰を折らないで下さい」


「誤魔化すってことは、本当に……」


「いやありますから。それより―――」


「何色?」


「……普通です」


「ピンク? 桜色? 薄紅?」


「貴女と同じです」


「黒かよ……」


「黒なのかよ……」


 イリスは立ち上がり、フランの前に立つ。

 そして腕を上げ、思い切りパッシーンとビンタをかました。


「さて、話の続きですが」


「はい」


「備蓄がないのでしょう?」


「仰る通りです。このままじゃ皆腹ペコです。やばいです」


「……? 私は貴方の部下なのですから、普通に話して下さい」


「殴らない?」


「殴りますが」


 イリスは話を続ける。


「とかく、蠕虫の喰穴(ワームホール)自体を何とかしなくてはいけません」


「なあ殴るの? あたし王様ぞ? そもそも美少女ぞ?」


「男女平等。私に考えがあるのですが」


 きょとんと目を丸くし、フランはイリスに詰め寄った。


「ほほーう、その心は?」


「敵の懐を攻めましょう」


 フランは「ふぇぇー?」と可愛いともいえなくもない声を漏らした。


「ファルシオン領を陥落させても無駄だって、おめー本人が今いったじゃねぇか」


「あそこは清奏派(セインレイト)本拠地ではありませんよ。ただの前線基地です」


「まあ確かに……お前が飛び込んだ穴の向こうには、それなりの規模の地下都市があったんだよな。それを叩くのか」


「いえ、地下都市ミソル・アメンはさすがに荷が重いです。狙うならばやはり、もっとか弱いポイントでしょう」


 イリスは地図の下半分よりやや右寄り、暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)の真っ直中を握った手の甲でコツコツ叩いて示す。


火の国(ラズマ)南部の海岸線、清奏派(セインレイト)の地図による名称はラサキ。ここを叩きます」


「―――その町があってこそ清奏派(セインレイト)は軍隊を動かせる、ってわけか」


 軍隊を単独で運用することも不可能ではない。現に彼等は現地にて奪っている。

 しかしそれは、侵攻し続け略奪し続けることが条件である。侵略前、平時に略奪は行えるはずがない。

 彼等にもあるはずなのだ、銃後(生命線)が。


「ラサキの近くには大規模な畑もありました。こちらと同じく、収穫前の芋畑が。あれを焼き払うことが出来れば、敵も相当な痛手を受けるでしょう。リメンバーファルシオンです」


「短期決戦上等な連中だろ? 食いもんなくたって気にしないんじゃないか?」


「略奪だけで全てを賄っているわけではないでしょう。先程も指摘しましたが、奴らもカツカツなのです。備蓄を叩けば、きっと餓える。そこに隙が生まれないわけがない」


「えぐいねぇ、でも嫌いじゃないぜ」


 うへへへ、と厭らしく笑うフラン。美少女台無しである。


蠕虫の喰穴(ワームホール)に飛び込んで魔法でも乱射するか?」


「地下トンネルの地図があるとはいえ、ラサキまで大部隊を突破させることは出来ません。魔法だって、どれほどの使い手であっても広大な畑を焼き尽くすほどの火力は―――」


 そこまで口にして、イリスは思い出す。


「クルツクルフの近所に大穴を開けた魔法使いがいましたよね。あの人であれば可能かも」


「あー? ソフィアージュか、いや駄目だって。忘れたのかよ」

 

 準騎士親善競技大会(アミテッド)にて目撃した、第一級魔法の使い手。彼女を名指しするも、フランはそれを否定する。


「あいつは半年前に行方不明になってる。どこほっつき歩いてるんだか」


「ふむ。となると、やはりある程度の戦力を一度に投入する必要がありますね」


「正確な場所も判らないのにどうやってだ」


「いえ、場所なら判ってますから。私は一度、あそこまで行ったのです」


 イリスが穴の先で見たものは多くない。空、彼らの町、そして海。

 風景を一通り見渡した後、イリスは帰還を優先し即座に撤退を開始した。今の自分に出来ることはないと判断し、イリスは西にひたすら飛んだのである。


「さっき星の高さで現在地を割り出したとかいってたっけ。それって船乗りの技能だろ、多芸なやつだなオイ」


「幸いなことに、蠕虫の喰穴(ワームホール)の向こうに着いた時点で時刻は夕方、夕日と月が綺麗によく見えました」


 イリスが取り出した大陸地図。大きく円が二つ描かれたそれを、少女達は覗き込む。


「こちらが特定の角度で太陽の見える場所、こちらが特定の角度で月が見える場所です。二つの条件が揃う地点、つまりここかここが穴の向こう側となるわけですね」


 二つの円線が重なる二カ所を、イリスは両手の人差し指でなぞる。

 一つは海洋のど真ん中、もう一つは陸と海の境界を示していた。


「……ほんっと、あいつらどうやってこんな場所で生活してんんだよ」


 円の描かれた範囲は、やはり大陸の南部海岸線上。

 暗黒領域(ヴェルゼルヴセンク)の勢力範囲内、普通の方法では到底到達不可能な土地であった。



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