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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
2章
27/85

ファルシオン陥落2


「ハハハ! なんて脆弱な戦士だ、これでよくも竜騎士(ドラグーン)を名乗れたな!」


「鈍足な土竜(アークリア)じゃ俺達の風竜(ウォールック)と対抗出来るわけがないさ。数は向こうが上だが、こちらには優れたドラゴンに加え『新兵器』もある。土いじり共など敵ではない!」


 意気揚々と我が者顔でファルシオンの街道を闊歩する異国の騎士。住人達は彼らを怯えた目で見やり、震えることしか出来なかった。


「スクトゥム将軍、敵兵士を全て確保しました」


「やはり軟弱者ばかりでした。素人のように剣を振り回すばかりで、碌な剣術も知らないようです」


 スクトゥムと呼ばれた男は嘲笑する。


「そういうな、元は銃後でコソコソと得物を作るしか能のない臆病者の国家である。身の程に合わない竜騎士(ドラグーン)を拵えてはみたようだが、本家本元である我らに敵うはずもない!」


「速度も運動性も次元が違いすぎます。比べてやるのは酷でしょう」


 若い騎士の指摘に、他の者達から笑い声があがる。


「違いない! 見たか、あの騎士達が無意味に逃げまどう様を!」


「弱者は弱者らしく、尻尾を巻いて逃げればいいものをな!」


 空戦理論に乏しいこの世界においても、敵騎の背後を取ることが必要なことは当然のように知られている。生まれついて高い飛行性能を有する風竜(ウォールック)は、古くから空において最強のドラゴン種とされてきた。

 その最強種を100匹。数十年の雌伏によって蓄えられた戦力は、遂に存分に振るわれることとなる。


「報告によれば、敵の数はこちらの十倍。質も頭もない蛮族とはいえ1000騎は揃えているのだ、注意は怠るな?」


 くだらない油断で失える戦力はない。スクトゥム将軍は敵の軟弱さを確信し浮き足立つ部下達を窘める。


「ですが、奴らの戦力は使者様との戦闘で東部に集中しているとのことです」


「それもまた道理。しかし、希望的観測に部下を賭けるなど愚の骨頂。万一に備えてこその軍師なのだよ」


「……使者様を拒むなど、蛮族の考えは理解し難いですな」


「仕方があるまい。この地の学士程度では到底英知が足りぬ。使者様の救済は、傍目から見れば暴虐と思えなくもあるまい」


「物事を表面的にしか見れないとは、なんとも愚かな!」


 騎士達は立ち止まり、支配下に置かれた町を嘲りを含んだ視線で見やる。

 彼らにとって、救済の使者たる黒竜(ダークドラゴン)を拒み殺すなど正気の沙汰ではない。

 使命を抱く自分達はともかく、惰性で生に縋る蛮族など早急に救済されるべき対象。彼等はそう考えていた。


「この世界は歪んでしまった。使者様は世をあるべき姿に戻そうとしているに過ぎんのだ」


 スクトゥム将軍は捕らえられ、拘束された土の国(アーヴェルア)軍兵士の元へと到着する。


「解るかね? この世界は本来、人間の物などではないのだ。あるべき姿をねじ曲げ、好き勝手に繁栄した人類こそ寄生虫、汚物を貪る羽虫でしかない。抵抗などするだけ、使者様の妨げでしかないのだ」


「な、何を言って……」


「誰が口を開いていいと言った?」


 反応した兵士を、将軍は躊躇いなく剣で串刺しにした。


「がはっ、あぁ」


「貴様らは生きているだけで重罪なのだ。無論、我らもな」


「おばえ、ら……まざか」


 倒れた兵士は、最期の力を振り絞り団長を睨み上げる。

 団長はその顔面を踏みつけ、彼の考えが正しいことを認めた。


「我々は清奏派(セインレイト)。人類最後の良心である」


 この日、ファルシオンに常駐していたアーヴェルア(ゼンフ・ユーニット・)国防軍(アーヴェルア)の人間はほぼ全てが処刑された。







 隣の町に滞在し難を逃れていたファルシオンの当主ファルシオン伯爵は、奪われた町を遠方より睨む。


清奏派(セインレイト)だと……あの異常思想者共が、竜騎士(ドラグーン)を運用していたというのか」


「生存者の証言からすれば、おそらく。敵は黒竜(ダークドラゴン)を『使者』と呼んでいたそうです」


「情報は多くはありませんが、敵は軍隊としての体裁を整えております。ただの武装組織ではありません」


 一般人からすれば、戦争と聞いて連想するのは最前線で戦う一兵卒かもしれない。しかしそれは誤りだ。

 勘違いされがちだが、軍隊とは最前線で戦う以外に多くの労力を必要とする。派手に動くのは軍隊の極一部でしかない。前線で戦う人間の、数十倍の人員を動かして初めて機能するものなのだ。

 部下の報告は即ち、敵の後方に強固なバックアップ体制が整っていることを指摘していた。


「私が不在の最中に、なんてことだ。しかも、大貴族が多数拘束されただと。最早失態なんて次元ではないな」


 ホスト側であるファルシオン伯爵が重要な会議の当日に不在であることは、例年ならばありえない。彼は緊急の用事でやむを得ず遠出しており、会議を部下に一任していたことが、彼にとっての幸運となった。


「しかし敵は占領すべき土地を誤ったな。この地は拠点としては不向きだ、出るも入るも容易ではないぞ」


 ファルシオンの町は、荒野で囲まれた僻地である。空路で通過することは容易いが、陸路では馬車どころか徒歩の突破も困難なほど荒れ果てている。

 それこそ、人の出入りに貴重なドラゴンを往復させているほどの、天然の塹壕地帯なのだ。

 よって、警戒すべきは空からの攻撃のみ。ファルシオン伯爵はそう判断した。


「魔導部隊、弓兵部隊! 対空警戒を厳とせよ!」


竜騎士(ドラグーン)を領地内から緊急召集しておりますが、上空待機させなくても宜しいのですか?」


「旧式装備では敵竜騎士(ドラグーン)には敵わん! むしろ迎撃の邪魔になる、待機させておけ!」


 ファルシオン伯爵は優秀であった。奇策を良しとしない凡将だが、決して判断を誤るようなことはしない。

 少なくとも、既存の戦術に収まる範疇であれば。


「哨戒だけを飛ばしておくんだ」


「しかし、弓矢と魔法だけでどこまで迎撃出来ますかね」


「ほぼ無理だろうな、焼け石に水というやつだ」


 無誘導の対空砲火などそうそう当たるものではない。ましてや、近年配備され始めた4連装対空(フルークアップヴェア)工学輪唱銃(スペルカノン)は前線から遠いこの近辺には存在していないのだ。


風竜(ウォールック)土竜(アークリア)ほどの硬さはない、だが矢が刺さって早々墜ちるほど脆くもない。魔法も同様だ」


 魔法技能によっては充分な効果を期待出来るものの、高位術者はそこまで多くはない。バカスカと大魔法を何度も行使するイリスはかなりのエリート魔法使いなのだ。

 急ぎ王都クルツクルフへ向け報告書を伴った騎士が飛んでいるが、敵もその程度は想定している。よって、襲撃者が動くまでに猶予はないと予想された。


「しかしやらねばなるまい。時間を稼げば、増援は来る」


 その時、空から友軍の竜騎士(ドラグーン)が伯爵の元へと降りたった。


「ファルシオン伯爵、敵が来ました! ですが、あ、あれは……!」


「どうした? 報告は正確に行え!」


土竜(アークリア)が、老成土竜(アークヴィリア)が……!」


 伯爵は眉を顰めた。

 確かにファルシオン領には、国中の老成土竜(アークヴィリア)が集められる。しかしそれは労働力としてであり、戦力としてではない。

 老成土竜(アークヴィリア)は自重のあまり空を飛べなくなる。空も飛べないというのに、如何様にして戦場へ参ぜようというのか。


老成土竜(アークヴィリア)が、巨大な竜車を引いて進軍して来ます!」


 それは、意味不明な報告であった。

 確かに人も馬も拒むような荒野とて、巨体を有する老成土竜(アークヴィリア)であれば踏破可能であろう。大きな二本の脚は荒れ果てた大地の隆起も崖も構わず越えて行ける。

 されど、竜車とは何事か。報告の意味を吟味するまでもなく、その答えはファルシオン伯爵の前に姿を現した。


「な、なんだあれは……!?」


 およそ2メートル、成人男性の背よりも高い段差を乗り越えて現れたのは鎧を纏った老成土竜(アークヴィリア)。そして、それに続く巨大な竜車であった。

 形状としてはチャリオットに近いか。しかし左右の車輪は直径9メートルにも及び、後部には申し訳程度の小さな車輪が付いている。

 子供用の三輪車を前後逆にしたようなレイアウトのそれには、鋼鉄の箱が据えられていた。


「こ、攻撃だ! 撃て、あの鉄箱を止めろ!」


 攻撃指示を出すファルシオン伯爵。無数の矢と魔法が謎の兵器へと集中する。

 その総数は100にも達する。未知の敵である故に過剰なまで集中された火力は、それを引く老成土竜(アークヴィリア)諸共爆炎と轟音となって包んだ。


「やったか―――!?」


 ファルシオン伯爵とて土の国(アーヴェルア)に生きる貴族として、老成土竜(アークヴィリア)が有する頑丈さはよく理解している。飛ぶ能力を失った彼らはそれと引き替えに、無類の防御力とパワーを得るのだ。

 あれだけの攻撃に晒されようと、老成土竜(アークヴィリア)は生存しているであろう。だが、その背後の竜車は別だ。

 人の作りし物体が、あの猛攻に耐えられるはずがない。そんな予想は―――


「ば、ばかなっ!」


 猛然と前進を続ける敵に、簡単に覆らされた。


「撃て、撃ち続けろ!」


 次々と放たれる長距離攻撃。されど、敵は止まらない。


「後続です! 鉄竜車、10はいます!」


 次々と出現する鉄の竜車。


「あの老成土竜(アークヴィリア)、我が領地で運用されていた者達か! 盗人共め!」


 苦々しげに睨むファルシオン伯爵。

 良質な鉄鉱石が採掘されるファルシオンには、竜車や簡単な機械の動力として多数の老成土竜(アークヴィリア)が飼育されている。その数は土の国(アーヴェルア)随一といっていい。

 時間的に用意出来ようはずがないことから、後部の竜車は彼らの自前であろう。しかしそれを引く馬車馬を、敵は鹵獲にて確保したのだ。


「速度は遅いです! 後退して安全圏からチャンスを―――」


「どこまで逃げようというのだ! あの荒れ地を進めるのだ、地形で足止めは出来ないぞ! 援軍が来るまで逃げ続ける気か!?」


 鉄竜車の速度は、人間の駆け足程度。しかし24時間進撃し続けるならば、いったい援軍到着までにどれほどの領地を奪われるのか。


「なればこそです! あの敵はあの鉄の怪物だけではありません!」


 敵もまた、時間との勝負であることは理解しているはず。止まるはずはないのだ。

 上空より飛来する敵竜騎士(ドラグーン)


「くそっ、奴等さえいなければ……!」


 無制限の貨物を異空間へと収納する能力、通称・格納魔法を使用可能な土竜(アークリア)は対地攻撃において最強のドラゴンだ。ようは大きな岩を落とし続けていれば、どのような地上目標でも撃破出来るのだから。

 しかしそれをさせないのが敵竜騎士(ドラグーン)である。空を敵に奪われている以上、一切の有効な反攻作戦は封じられていた。


「ぐはっ!」


「ぎゃああっ!?」


 兵士が突然倒れ、燃え上がる。

 見れば鉄竜車には無数のスリッドが開けられており、そこから矢や魔法が放たれている。


狭間(さま)、だと……!」


 ファルシオン伯爵は自分の迂闊さを呪った。考えれば当然のことなのだ。

 鉄の竜車を敵陣深くまで突破させたところで、安全に外へ出られないのならば意味はない。兵器とは防御と機動力に加え、攻撃力も有していなければならないのだ。

 安全圏からの一方的な攻撃。片や鉄壁の防御に守られ、片や空と地上からの挟撃に晒される。

 戦況は土の国(アーヴェルア)側にとって、著しく不利であった。


「―――全軍突撃」


 伯爵は、遂に最後の手段に出ることにした。

 数の優位を活かした人海戦術。しかし、それは多くの犠牲を前提とする最悪の戦術。


「それは……!」


「このままでは、全軍磨り潰される! 懐に入れば、せめて間合いに入れば一矢報いれるかもしれぬ……!」


 苦渋の決断であった。鉄竜車に対して接近戦が有効かも判らぬまま、大勢の部下を死地に向かわせねばならないのだから。

 だがそれでも、誰かがやらねばならないことであった。不可能なら不可能でいいのだ、その戦訓を以て防衛本部は新たな戦術を考案するであろう。


「突撃、突撃ィィィ―――!」


 誰もが悲壮な覚悟で、巨大な鉄の怪物へと駆ける。

 空からの攻撃は一方的な恐怖であったが、火力自体は限定されている。充分に近付く余地はあった。

 そんな微かな希望。それを、赤いドレスの女性が全否定する。


「あっはぁん、嫌いじゃないわぁ!」


 数名の兵の首が、人形のように冗談じみて跳ね飛んだ。

 戦場を疾風のように駆け抜け、人が解体されていく。それを成したのは、ただ一本の細身の剣である。


「決死ぃ! 決死の覚悟! すっごく滾っちゃうの、興奮しちゃうのぉ!」


 女性は返り血を浴びるような不手際を侵すこともなく、ロングスカートのドレスを翻した。


「な、何者だ……!?」


「あたしぃ?」


 コテン、と愛らしく首を傾げると、その反動でたわわとした胸が大きく揺れる。

 血生臭い戦場にあまりに不釣り合いな官能的光景に、誰何した兵士は生唾を飲んだ。

 そして、その谷間を凝視していた景色は左右にずれていく。

 兵士は、彼が気付かぬほどの速度で切られていた。


「あたしはエカテリーナ。エカテリーナぁ、ブダノア。清奏派(セインレイト)内では剣将って呼ばれてるの、宜しくねぇ」


 くねくねとしなを作りながら、エカテリーナと名乗った女はウインクする。

 それは、鉄竜車に迫らんとする兵達を出迎える死神に他ならなかった。


「見せて、診せて、魅せてぇ。貴方の大切なブブン(臓器)、見せてちょうだい?」


 エカテリーナが嗤う度、戦場には血の花が咲く。

 彼らの布陣に隙などない。絶対的な優勢は覚悟などという言葉を蹂躙し、前線はひたすらに進み続ける。


「……逃げるぞ」


 ファルシオン伯爵は、爪が食い込み血が滲むほどに手の平を握る。


「後退戦だ! 負け戦などするだけ無駄だ、今は生き残ることを優先せよ!」


 領民もプライドも切り捨てた判断。しかし伯爵は、少しでも戦力を残す為の決断をした。







 巧みといわずとも無難と評していいファルシオン伯爵の撤退戦にスクトゥム将軍が向けたのは、賞賛ではなく嘲笑であった。

 否。笑っていたのは将軍だけではない。参謀も将兵も一兵卒に至るまで、皆敵を見下している。


「はっはっは、惰弱なモグラなど鎧袖一触である!」


 完全勝者の余裕。背中に風穴を開けられた敵兵の苦悶、逃げ遅れた者達の阿鼻叫喚こそが彼等の勝ち鬨。

 誰もが敗北など考慮していなかった。数の不利を最低限気にかけていたスクトゥム将軍ですら、圧倒的優位に酔い興奮を隠し切れていなかった。


「一番槍は騎士の誉れ。我等の新たなる力、『踏破せし教化(レベデンコ)』は有用であることがここに証明された」


踏破せし教化(レベデンコ)なくしては少々苦戦を強いられたかもしれません。我々は今、最新鋭工学技術においても蛮族の遙か先にいることが証明されました」


「さて、どうだかな? これだけ脆弱な兵しかおらぬとなると、存外踏破せし教化(レベデンコ)なしでも楽勝だったかもしれんぞ?」


「あり得ぬと言い切れないのが困りどころですな」


 何が可笑しいのか、再び彼等は大きく笑った。


「作戦の第一段階は満了、我等清奏派(セインレイト)土の国(アーヴェルア)内部に拠点を得た。これにて継続的な作戦能力を得たことになる」


 清奏派(セインレイト)にとって、これは不要だが必要な手順であった。土の国(アーヴェルア)を攻撃するにあたって、どうしても拠点となる安全地帯が必要だったのだ。

 それだけではなく、戦時にて大きく損なわれる供給能力を補うことも可能となる。物資の現地調達という、原始的ながら効率的な方法で。


「スクトゥム将軍、『穴』の開通時刻です!」


「で、あるか。王手であろう、後は使者様との共同作戦となる。数の不利も終わりだ」


 堪え切れぬ愉悦に、将軍の頬をひくつかせた。

 既に勝利の為の条件は揃っており、負ける要素は皆無。既に土の国(アーヴェルア)は四肢をもがれた虫に等しい。

 弛緩した雰囲気に当てられたか、参謀の一人が将軍に伺いを立てた。


「スクトゥム将軍、捕らえた者達ですが、その―――」


 煮え切らない態度の彼に、だが将軍は言わんとすることを察し口の端を吊り上げる。


「ふっ、部下の慰安もまた重要である。選別は参謀に任せるぞ」


「はっ!」


「他の者も待ちこがれているであろう、ここはもう大丈夫だから行くがよい」


「では、失礼致します!」


 喜色を浮かべる参謀。返事の元気の良さが、彼の上機嫌さを表していた。

 以心伝心の会話に着いていけなかった若い参謀が訊ねる。


「あの、慰安とは?」


「男のサガというやつだ。奮進する騎士に報いるところは必要であろう」


「はあ」


 未だ理解していないらしい参謀に、スクトゥム将軍は苦笑する。


「役に立たぬ老人と子供は使者様への供物。成人男性は労働力として徴用する」


「それは確かに、事前に聞いておりましたが」


「ふむ。そして、若い娘は騎士達の慰安にあてがうのだ」


「なっ!」


「思想の違いから反抗的であろうが、彼女達も理解するであろう。誰が正しいのか、自分達の役割がいったい何なのかを。つまりこれは教化であり、慈悲なのだ。兵を労い女性達も更正させられる、一石二鳥なのだ」


 それは詭弁ではなく真実であった。少なくとも、将軍にとっては。

 騎士達を労うことにもなり、歪んだ思想に囚われた者達を再教育することにも繋がる。誰も損をしていない、彼はそう考える。


「それは、それでは―――!」


 参謀は顔を赤くして、スクトゥム将軍に詰め寄って訊ねる。


「じじ、自分も、世話になって宜しいでありますか!?」


「はっはっは、当然である。君は女は知っているのかね?」


「いえ、ラサキに婚約者がいますので―――」


「ならば今のうちに経験を積んでおくがいい。婚約者に恥をかかせぬようにな」


「はっ!」


 急にそわそわし始めた若い参謀に、これはもうしばらく使い物にならないかと将軍は笑いを必死に堪えた。







 元より、事前準備のない撤退戦とは不利になりがちなものである。

 敗退に次ぐ敗退。町も村も切り捨てた逃避行だが、被害は出続けた。

 鉄竜車による執拗な襲撃。空からの神出鬼没の攻撃。人数は次第に減っていき、疲労と絶望感ばかりが募る。

 増援は望めない。情報の伝達速度が遅いこの世界において、清奏派(セインレイト)の初歩的な電撃戦はあまりに革新的すぎたのだ。

 ファルシオンの悲劇が伝わり、反撃作戦が始まるのは何日後になるか。焦燥が募る中で、しかし清奏派(セインレイト)は唐突に、前触れもなく侵攻を止めた。

 丁度ファルシオン領から脱出したあたりで止まった戦線。兆候もない敵の新たな動きに警戒するも、それ以上のアクションはなかった。

 つまるところ、彼らが有する戦力の支配限界に達したのだ。

 北部辺境の地ファルシオンを短期間で占拠した彼らは、土の国(アーヴェルア)に対して一方的な殲滅宣言を行う。

 元より前線より離れた彼の地には最低限の軍備しか用意されておらず、完全な奇襲によって守備隊は壊滅。

 領地を脱出したのは少数の軍人と僅かな住人。大半の民間人は現地に残され、襲撃者の支配下にある。







 ファルシオンに処女なし―――後にそう称されるほどの現住人に対する非道の数々。

 人類が忘れ去っていた、人の人による人に対する地獄の釜が開いた瞬間であった。





ここまでが当初予定していたプロローグであるという事実。

とにかく分量がプロット段階の想定より増えてます。


データ量からざっと計算してみましたが、このペースで投稿していったら終わるまで二ヶ月かかるのですよね。いっそ毎日2話投稿しようかと思ったのですが、皆さんはどう思います?

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