エピローグ
かつて、英雄がいた。
神話に等しい物語。常識をなかぐり捨てた、荒唐無稽なお伽噺。
遠い遠い古の英雄談。母親が子供に語り聞かせるような、絵本の中の童話。
―――彼は敵を射ち倒し、敵軍を押し返し、何度倒れても立ち上がった。
彼は、戦い続けた。
何度致命傷を受け墜落しても諦めなかった。敵地深くに取り残され、大軍の追撃に追われても逃げおおせた。
遂には片足を失ってしまうも、病院から逃げ出して戦へと飛び立った。
時の王は彼を讃えた。彼はまさしく英雄であったから。
英雄には報奨が必要だ。彼には勲章が授与された。
活躍の度に襟元の勲章は増え、人々は彼に憧れた。彼は国の希望そのものだった。
―――王は、やがて危惧する。
彼の謀反などではない。彼は愚直な軍人であり、王にも基本的には忠実だったのだ。王も彼に大きな信頼を置いていた。
王が危惧したのは、彼の死である。
彼は戦死すれば、国民は希望を失う。戦力の喪失も極めて大きい。
一つの死が国家を揺るがすなど、あってはならなかった。
だからこそ、王は一つの勲章を新設する。彼のような騎士が他にも現れることを願い、更に12個用意された最高位の栄誉なる勲章を。
やがて、時代が経ち。
その勲章は一時的な戦果を称える報奨から、一定の実力を認められたという身分の一形態へと変化する。
国境を問わず、世界全土より選出された最大13名の最強。
抗竜戦暦78年。この年、新たな名が爛舞騎士の歴史に刻まれる。
敗退し続けた人類世界の中心地、王都クルツクルフ。その中心地にて、今日叙任式が執り行われていた。
本日の主役である数十名の少年少女。家族や知り合いが見守る中、厳かに儀式は進む。
「小さな王よ。我が手綱をお預かり下さい」
クルツクルフ城の城前広場に、若い騎士とドラゴン達が整列していた。
等間隔に並び直立する騎士、その隣に大人しく鎮座する相竜。
騎士服姿のギイハルトが手綱を差し出すと、礼装したフランは手の平を革製のそれに添える。
「良かろう、されど貴官に問わねばならぬことがある」
フランは真摯な瞳でギイハルトを見据え、問うた。
「未熟なる騎士よ。汝、己が力と誇りに忠誠を誓えるか?」
「誓います」
「最上の騎士よ。汝、大精霊の名の元に誠実を誓えるか?」
「誓います」
もしこの場に地球に人間がいれば、何かしらの違和感を覚えたかもしれない。
彼等の問答に、王や国家への忠誠に関する確認はない。ただひたすら、自己と精霊への敬服を問うのみだ。
それは一重に、竜騎士という存在の微妙な立ち位置に起因する。
「嗚呼、偉大なる四司族の精霊よ。この若き騎士に幸あらんことを。勝利あらんことを」
―――古来より、ドラゴンは人智を越えた力の持ち主とされてきた。
そして、それを御する竜騎士はある意味、ドラゴンと同格の存在とも評される。
即ち、人でありながら人を越えた力の持ち主。大きな戦力を個人所有するからこそ、竜騎士は大きな責任と同時に権利も有している。
自衛権、逮捕権、外交権、その他エトセトラ。極小さな個人国家と例えてもいいほどに、様々な法律や規則に関わってくる彼等竜騎士は、実は王と対等の社会身分である。
無論、あくまで名分上であり、実際に国王へ対して反抗する権限があるわけではない。されど、王は所詮最も弱い駒。
ある意味力そのものの化身であるドラゴンに、忠誠を誓わせる権利も道理もないのである。
だからこそ、竜騎士が忠誠を誓うべきは自分自身。王への忠誠とは、原則として「自らの力を一時的に預けている」のである。
「我が名の元に、貴官の手綱を借り受けよう」
彼等は全ての訓練過程を終了し、今日正規騎士となる。
手綱はドラゴンを操る最初の道具である。それを王へ一度渡すこの儀式は、「自らの騎士としての能力を王へ預ける」という意味の他にも、「自分は完全にドラゴンを制御出来ている」と示す意味もある。
ドラゴンとは基本、気紛れで狂暴な魔獣である。それを叙任式の間、微動だにさせず待機させ続けることこそ竜騎士としての大きな能力の証明となるのだ。
「―――ギイハルト・ハーツ。貴官を、正規騎士に任命する」
ギイハルトは胸に手を置き、静かに頭を垂れた。
フランは一歩後退し、隣の騎士へと進む。
略式とはいえ、この儀式を今年度の新正規騎士全員に行うのだ。
時間はかかる。だが、これを苦痛に感じる参加者はほとんどいない。
皆、この8年間を思い出していた。死と隣り合わせの訓練、相竜との出会い、そしていなくなってしまった仲間達。
誰もが目頭に込み上げるものを感じていた。
「アーレイ・バーク。この名、貴官で相違ないか?」
「はい」
表向きは一候補生であったアーレイもまた、今日から正規騎士となる。尤も彼女に関しては、内心複雑な想いを抱いて見守る大人も多かったが。
それは主に彼女の部下にあたる、水の国からずっと付き従ってきた騎士だ。8年間の訓練を耐え抜いた主を誇らしく想う反面、自分達の存在意義が霞むほどに逞しくなった彼女には曖昧な苦笑を禁じ得なかった。
(……おい)
(どうかしましたか?)
周囲に聞こえぬように、叙任式の最中だというのに小声で話すフランとアーレイ。
(一人、見当たらないんだが?)
ちらちらと周囲を探るフラン。なにやら一時停止した様子の儀式に、周りの者達も視線を集中させる。
そんなことなど気に止めない二人の少女は、特に問題もなく内緒話をする。
(『彼女』なら抜け出しましたよ。つまりはサボタージュです)
「なああああぁぁぁにいいぃぃぃぃ?」
フランの顔が美人にあるまじき表情へと歪む。
具体的には、眉がつり上がり、眉間に皺が寄り、唇は捲れ、口は挙げ句「 Д 」である。
つまり意訳すると、「私だって嫌々参加しているのに何逃げ出しているんだあのアマ」である。
なまじ視線が集まっていた故に、誰もが国王の変顔にびくりと揺れた。
(今日の主役はアイツだぞ、どーすんだこれ)
(あはは……)
苦笑するしかないアーレイ。対等な立場の彼女であっても、フランが参加する式典を無視する度胸などない。
「でも、『彼女』らしいではないですか。あの人はいつだって風のように生きてこそ、ですから」
そう言って、アーレイはにっこりと笑って諦感を推奨する。
(言ったな。なら責任とって、お前が代理で叙勲式に立ち会え)
(あー、失言でした)
ペロリと舌を出すアーレイ。
(まったく、せっかく用意したっていうのに……)
フランは台座に飾られた、小さな勲章を見やる。
黄金柏陽剣付金剛双翼勲章騎士の証である、美しくも質素な勲章。未だ磨耗していない新品の鎖が、持ち主を探すかのようにキラリと輝いた。
―――風が吹く。
大気が駆け抜ける緑の丘、草原に寝そべった少女は静かに瞼を開いた。
「……寝ていましたか」
可愛く欠伸を一つ、少女は緩慢に立ち上がりクルツクルフの町を眺める。
「すいません。ああいうのは苦手で、適当にやっておいて下さい」
その場で回れ右。次に見つめるのは、遥か東の地。
人類は東に様々な物を置いていった。手に持てるものだけを持ち、この西の国に逃げてきたのだ。
ある者は家を。ある者は家族を。ある者は国家を捨てて、土の国までやってきた。
そして、少女もまた彼の地に忘れ物をしている。
「迎えに、行かなくちゃ」
強い絆で結ばれた相竜。彼はきっと、主たる少女のことを絶望の地で待ち続けているから。
「寂しくてピーピー泣いているでしょうし。ご近所迷惑で訴えられる前に、こちらから行くとしましょう」
さて、何から始めようか―――
少女は、一歩踏み出した。
これにて一旦完結です。
評判が良ければ続きを書こうと考えていたのですが、この反響ではモチベーション的にも難しいなぁ、というところが正直なところです。
自分の非才を嘆くばかり。まあそれは今更ですし、小説を書くことを止める術もないので今後もマイペースに書いて行きますが。
これ以降の物語、つまり2章の構想もあったのすが、とりあえずお蔵入りということになりそうです。1章のみでも一応完結するように書きましたから、これはこれということで。
約20日間お付き合いいただき、まことにありがとうございました。
追記
2章を書くことにしました。
※但し予定は未定にして、決定に非ず。




