15話
「航空機が最も撃破されやすいタイミングを知っているか?」
大きさ故に緩慢に飛翔へと移行するフォートレスドラゴン達、イリス達はその直上へと高速で回り込む。
「空戦機動の最中? 巡航飛行の途中? 否」
180度ロールし、逆落としによる急降下強襲を仕掛ける。
ほぼ直角のダイブ。翼を広げブレーキ代わりにするも、その速度は軽く500キロを越えた。
情報投影器の十字にマザーフォートレスを納め、間髪入れず引き金を引く。
「それは地上待機中、或いは離着陸中だ」
瞬間、バルドディの正面に白い水蒸気の花が咲いた。
直径7・5センチの鉄鋼弾が実弾砲より放たれる。真上からの射撃故、重力の影響も受けず弾頭は真っ直ぐフォートレスドラゴンを貫いた。
何故か最初の地点から動かないマザーフォートレスではなく、離水中であったウィザードフォートレスを。
金切り声のような悲鳴を上げ、ウィザードフォートレスが大きな水飛沫と共に僅かに浮かび上がっていた巨体を湖に沈める。これで即死していれば話は早いが、精々無力化出来ただけであることはイリスも理解していた。
「どうせマザーフォートレスに撃ち込んだところで、黒竜を盾に召喚されるだけだろう。最初にお前を沈黙させてもらうぞ、ウィザードフォートレス」
先の戦闘より、マザーフォートレスが瞬時に黒竜を喚んで肉の壁にすることは知っていた。如何に強力な実弾砲といえど、一度物質を貫通すれば大きく威力が減退するのだ。
だからこその目標変更。しかし、イリス自身間違いではないと考えている。
「かつて町を軽く焼き滅ぼしたフォートレスドラゴン、ウィザードフォートレス。その火力は十二分に脅威だ、少し黙っていろ」
鉄鋼弾残り10発、無駄使いは一切出来ない。
マザーフォートレスは既に腹部から無数の黒竜を召喚し始めている。
「まあ、数だけは多いからな。消耗など問題ではないのだろう」
工学輪唱銃で黒竜を蹴散らしつつ、次の行動を決めるべく旋回飛行に移行しフォートレスドラゴン達の現在位置に視線を走らせる。
「マザーフォートレスは何故動かない? いや、動けないのか?」
充分考えられる可能性であった。大規模魔法の準備中であることと関連して、身動きが取れないのかもしれない。
「サイレントフォートレスとドライデッグフォートレスは―――クソッ、見失ったか!」
目を離したのは一瞬であった。だが、その僅かな時間でイリスは二体のフォートレスドラゴンを見失ってしまった。
それはある意味、仕方がないこと。何せ、そういう能力を彼等は有しているのだから。
サイレントフォートレスは完全なる透過能力。即ち、姿が見えなくなる。
そしてドライデッグフォートレスの能力は―――
「―――っ!」
素早く機動を変更、回避。
それに完璧に反応し、ドライデッグフォートレスはバルドディの背後へ着いた。
「極めて高い、運動性!」
ドライデッグフォートレスは特別速くはない。火力も防御も並みである。
されど、低速での運動性能は尋常ならざるものがあった。
3対6枚の巨大な翼は、莫大な揚力を発生させる。その鋭角な機動は、さながら未確認飛行物体の如き様。
何を隠そう、先程も真っ先に離水したのは彼であった。停止状態でイリスを認識してから、僅か数瞬でトップスピードまで達したのだから。
そのままあっという間にイリスの高度まで昇りつめ、簡単に背後を取ったのである。
「上昇を! 速度はこちらが上だ!」
必死に逃げるバルドディ、それを時に直角に近い軌跡で追走するドライデッグフォートレス。
その動きは、物理法則すら無視しているが如きものであった。だが、それも敵が旋回してこそ発揮される。
イリスはひたすら直線的に逃げる。速度に劣るドライデッグフォートレスはすぐにイリス達から引き離された。
「奴は油断しなければ問題ない、三葉相手にドッグファイトなどやってられるか」
人が搭乗していないからこそ、ドライデッグフォートレスはあらゆる航空機をも超越する機敏な旋回を可能としている。逃げるのはそう難しくはない敵だが、決して舐めてかかっていい相手でもない。
窮鼠猫を噛む。かつて速度で勝る猫の延髄を噛み砕いたのは、鼠ではなく侍であったが。
「っと、と!」
正面から迫る炎を見切って回避し、返礼とばかりに実弾砲をぶっぱなす。
勘のみで撃った為ヒットするはずなどなかったが、超音速で放たれた鉄鋼弾が生じさせる衝撃波が空中に奇妙な輪郭を浮かび上がらせた。
「そこにいるな、サイレントフォートレス!」
見えぬ敵との戦いなど、イリスも初体験だ。だが対処法を知らないわけではない。
ドライデッグフォートレスとの戦いとは逆に、高度を落とすバルドディ。不可視の敵と広い空で戦うのはおよそ無謀であった。
だが、湖の上にはマザーフォートレスが召喚した50匹ほどの黒竜が低空飛行している。イリス達を追走するだけの能力もなく、下で待機しているしかなかったのだ。
その合間を潜り抜け、水上機のように水を翼端で切る低空高速飛行を敢行する。頭上から無数の炎が水面を叩き、流れ弾で何匹かの黒竜が焼け死んだ。
「低空の大気は濃厚だ、押し戻されるな!」
大気圧は高度が上がれば上がるほど低くなり、空気抵抗も減じる。だが、イリスが指摘しているのはそれだけではない。
高空と低空では速度感覚がまるで異なってくるのだ。対比物が近いだけに、低高度の方がずっと速く飛んでいるように感じる。
狭い路地と高速道路、それぞれで走る時速100キロの自動車が全く異なるのと同じだ。低空で高速飛行するということは、後ろへ流れる景色の速度、衝突する危険性の高い地形、双方を前に目を回さない度胸が必要なのである。
物理的空気抵抗と恐怖というプレッシャー、それらを克服したものだけが超低空飛行を可能とする。バルドディにとっては容易きわまりない課題であるが。
バルドディの側に水柱が立つ。少し狙いがずれていれば直撃。
彼等が向かうのは湖に半身を沈めその場から動かないマザーフォートレス。雨あられとばかりに降り注ぐ光や炎を掻い潜り、真っ直ぐに敵へと迫っていく。
「『 』『 』『 』『 』『 』クロックブム」
手早く詠唱すると、イリスの手の平にズシリと大きな石が出現する。
「確かにお前に並みの一点集中攻撃は効かない。だが、面による攻撃ならどうだ?」
この魔法は使い勝手はいいものの破壊力は大したことはない。だが、敵が水中にいるのならば話は別だ。
思いきり石を水中へと叩き込む。石は勢いのまま水中を進み、やがて起爆した。
「水中では大気中とは比べ物にならないほどに衝撃が伝わりやすい。こんな陳腐な爆弾一つでも、充分殺れる!」
5級魔法クロックブム。炎と土の融合系統魔法である。
物質化するほどに固められた炎の精霊が数秒固体として世界に出現し、次の瞬間崩壊することで炎を撒き散らす。爆発ではなく燃焼だが、それなりの衝撃波も発生する。
発動も速く威力もほどほどだが、本来ならばフォートレスドラゴンに通じる魔法ではない。だが水中は爆弾の威力を格段に増幅させるのだ。
炸裂すれば確実にマザーフォートレスを殺傷可能な距離。しかし、それは阻まれた。
爆発の瞬間、何者かが水中より魔法の爆弾を水上へと吹き飛ばしたのだ。
空中で爆破した爆弾は周囲に僅かに被害を与えるだけで終わり、続いて水中より爆弾を阻んだ存在が姿を現す。
それは、5体目のフォートレスドラゴンであった。
凹凸がない艶やかな鱗、出目金のように大きな目と犬を彷彿とさせる耳。
やはり巨大な翼を翻し、新たなフォートレスドラゴンはイリスへ向け強烈な水鉄砲を放つ。
「あれは、サブマーシブルフォートレス!? そんな、まだ居たのか!」
攻撃失敗し上昇するイリスが悲鳴のように悔しがる。
天地逆転した滝が如く、太い水の奔流が空へ吹き上げバルドディを襲う。サブマーシブルフォートレスの攻撃手段である水鉄砲だ。
このドラゴンは炎のブレスは吐けない。だが、口から水を吹き出して攻撃するのである。
放水車よりもずっと強力なそれは、僅かでも接触すればバランスを崩し墜落するであろうことが容易に推測可能。
「こんのぉ!」
イリスは大岩を出現させ、サブマーシブルフォートレスへと落とす。直径3メートルもある岩は直撃すれば戦闘不能は確実。
だがサブマーシブルフォートレスは水流を細く圧縮し、レーザー光線のように振るった。
何度か大岩を繰り返し通過する水流。やがて、岩はバラバラに切断されて無力化される。
「ウォーターカッター? まずいな、あれではどんな攻撃も止められてしまうぞ」
命中率には不確定故の疑問符が残るが、あの攻撃はイリスが用意した「切り札」すら無効化しかねない。それだけは避けたかった。
ヘッドオン、正面に回り込んだドライデッグフォートレスを牽制射撃しつつやりすごす。しかしそれは罠であった。
突如揺らぐ景色。進行方向に出現した気配。
「しまっ―――」
イリスはまんまと誘導され、サイレントフォートレスに待ち伏せされていたのだ。
バルドディが身を半回転させ、不可視の敵に脚から着地する。
回避も間に合わないと判断したバルドディは独断でサイレントフォートレスに体当たりし、無 理矢理方向転換を行う。だがその代償はイリスへと降りかかった。
脆弱な人間の体は強い衝撃に耐えきれず、イリスは僅かに失神する。
指示が途絶えたところでバルドディは闇雲に回避行動を取るも、戦術的に辛うじて凌いでいた状況は逆転しあっという間にドライデッグフォートレスとサイレントフォートレスに頭を封じられてしまった。
「―――バルドディ、急降下」
意識が戻ったイリスは状況を解し、直ぐ様指示を出す。
再度マザーフォートレスにむけクロックブムを投擲するも、やはりサブマーシブルフォートレスのウォーターカッターに迎撃されてしまった。
「だろうな、期待していなかったよ」
更に降下するバルドディ。残る高さは150メートル。
すぐに上昇へと移らねば水面へと叩きつけられる高度。だが、イリスは機首上げを命じなかった。
それは即ち、突っ込めということ。バルドディは愚直に急降下を続行する。
「『 』『 』『 』『 』『 』クロックブム!」
三度、同じ魔法を発動させる。
だが異なるのは、今度は投げずに手に魔法爆弾を保持し続けたことだ。
よもや特攻する気かと、フォートレスドラゴン達は次の行動を判断しかねる。
ともかく迎撃せねばと無数の火球や水流がバルドディに迫るが、たかが石一つ抱えるだけの彼を闇雲な弾幕が止められるわけもない。
次の瞬間、イリスとバルドディは一切の減速もないままに湖に突っ込んだ。
刹那、爆発。破壊力を伴った激震は時速数千キロで球状に広がり、水中にいたサブマーシブルフォートレスとマザーフォートレスにも大きなダメージが伝播する。
御世辞にも軽い衝撃ではない。健康な湖ならば、沢山の魚や水棲魔獣が浮かび上がってきたであろう。
衝撃波をもろに浴びたサブマーシブルフォートレスは昏倒、湖の底へと沈み落ちる。
マザーフォートレスもまた意識が混濁し、判断力が一時的に低下する。
だがこれにて襲撃者の脅威は排除されたはず。
そう安堵したフォートレスドラゴン達は、もうもうと立ち込める水蒸気の中に一匹と一人の姿を認め目を疑った。
イリスとバルドディは生きていた。鼓膜や破れゼェゼェと荒い呼吸を繰り返していようと、それでもイリスは自らの足で岸に上がり、バルドディもそれに続いた。
痛みを感じ腹を擦るイリス。内蔵が一部破裂しているのだ。
「これはまずい感触だ。早く片付けないといけない」
撤退、治療などという選択肢は元より存在しない。そもそもイリスに治癒などという信仰と願いを根源とする魔法はほとんど扱えない。
バルドディは犬のように体を揺すって水を切り、実弾砲をマザーフォートレスへと向けた。
「どうした、寝ぼけているのか?」
脳震盪を起こし前後不覚な状態のマザーフォートレスをせせら笑うイリス。
何故大きなダメージを受けたフォートレスドラゴンに対し、イリス達は意識を保っているのか。その理由は、オーバースピードでの水中突入にあった。
水面に叩き付けられていいことなど何一つとしてない。高速の世界では液体がコンクリートの如く固まり、容易に人を死に至らしめる。
しかし、事前に構え、遂には水中へと潜り込んでしまえば。
そこにいるのは、大量の気泡に守られた「水中を飛ぶ」ドラゴンなのである。
衝撃波を防ぐ方法など案外単純である。水に触れなければ、伝わりようがないのだから。
原理上は水中での音速飛行すら可能となる理論、スーパーキャビテーション。それを応用したのである。
「寝ぼけ眼でうろちょろするな見苦しい。顔洗って出直してこい」
躊躇もなく、鉄鋼弾が撃ち込まれた。
呼吸が停止し、だが苦悶するマザーフォートレス。しかし、強固な鱗は貫けない。
「頑丈ではないか、誉めてやろう」
2発目、3発目と火花が咲く。撃つ度にマザーフォートレスが声にならぬ悲鳴を上げる。
「っこの、頑丈が過ぎるぞ貴様」
5発、6発と撃ち込めばさすがにダメージも免れられない。鱗が砕け、肉が裂け、激痛のあまり敵は泡を吹く。
「だが数で貫けるのがお前の限界。本当の装甲とは、一定以下の破壊力を完全に無効化するものだ」
続けざまに引かれる引き金。
カチリと落ちる激鉄。されど、7度目の花弁が咲くことはなかった。
「―――動作不良?」
僅かに目を向け、圧縮室を確認し、気にせず引き金を再度引かんとするイリス。リボルバー形式の給弾装置は不発に強く、特殊な操作も必要とせず次弾装填可能であった。
まだ命運は尽きていない。攻撃続行を即断したイリスだったが、その瞬間致命的に注意が逸れていてしまった。
背後より迫る迫力、イリスは攻撃が迫っていると悟り、それでも眼前を直視し引き金を引く。
刹那、一人と一匹は宙を舞った。
側面からイリスとバルドディを凪ぎ払う巨木。気配と姿を消したサイレントフォートレスが、イリスの意識の逸れを突き尾を振り回したのだ。
「万事を尽くしたつもりだったが、届かなかったか―――」
だめ押しとばかりに、水流がイリスとバルドディを飲み込んだ。
湖底よりサブマーシブルフォートレスが、先の反撃とばかりに吠える。
強烈な放水に飲み込まれるイリス達。バルドディは咄嗟にイリスの下へ潜り込み、身を呈して主を守る。
大型魔獣すら揺るがす質量を秘めた水柱は、バルドディの骨を砕き四肢をねじ曲げる。
相棒の凄惨な姿を、イリスは目撃してしまった。
「バルド、ディ……!」
追撃こそ優秀な相竜が防いだものの、サイレントフォートレスの一撃はイリスに重傷を負わせていた。元より内蔵を傷付けられていたのだ、まさに致命傷といっていい。
激痛が全身を駆け巡り、死の予感が彼女を苛む。
無様にクルクルと、フォートレスドラゴン達の頭上上空で宙に舞うイリス。
最早上下も判らなかった。イリス自慢の視力は霞み、落ちているのか吹き飛ばされているのかも判らない。
一つ明確なのは、遅かれ早かれ自分が地面か水面に叩き付けられて絶命することだけ。
「ここまで、なのか……?」
冷静さを欠いた瞬間などなかった。全てにおいて、その場で最も正しい判断を繰り返してきた。
それでも果たせぬというならば、もうどうしようもない。
国家予算をつぎ込み、一兵を敵陣深くまで乗り込ませての特殊作戦。元より無茶以外の何物でもなかった。
成果としては、そう悲観すべきものでもない。この場にいる全てのフォートレスドラゴンに、大なり小なりダメージを与えられている。対費用効果としては充分割に合う作戦といえる。
勝てないならば、せめて退避しようか。この場で無駄死にするよりは有意義であろう。
尤も、その手立てもないのだが。
「きっと、なんとかしてくれる。フランは優秀な王だ、騎士達も精鋭揃いだ。人類の叡知はバケモノなんかに敗けやしない」
だから、自分はもう眠ろう。人類はこれからも繁栄し続ける。イリス・ブライトウィルなどというイレギュラーなくとも発展し続ける。
瞼を閉じ、思考の溶けた場所へと落ちていく―――
「なんてわけにも、いかないのだろうな」
―――そんな絶望を甘受するほど、イリスは素直な人間ではなかった。
必死に目を見開けば、空は青い。
大地が死に絶えようと、草木の一本もなかろうと、空だけは暗黒領域の果てであっても青いままだった。
なら戦える。まだまだ自分は翔べる。イリスは笑った。
空中で姿勢を建て直し、腰から小降りの剣を抜く。
フォートレスドラゴンにとって刺繍針に等しい得物、これでどのようにして攻撃しようというのか。
無謀。見苦しく、勝てる見込みなど万に一つも残っていない。
それでもイリスは戦う心積もりだった。何故なら、まだ生きていたのだから。
まだ蒼空を見上げられるのだから。
「さあ、大蜥蜴ども。次はどうやって凌ぐ?」
落下し、フォートレスドラゴンへと向かっていくイリス。
満身創痍となりつつも牙を向く彼女に、フォートレスドラゴン達は言い様のない不快感を覚えた。
心の臓が鷲掴みにされる、冷や汗の流れる感覚。勇猛の中に生じた、小さな綻び。
全てのフォートレスドラゴンは、いよいよ恐怖していた。矮小な存在でありながら自分達と渡り合い、死が迫ろうと迫ってくる未知数の敵に。
理解出来ない存在とは恐怖である。限界が見えないからこそ、あるいはと考えてしまう。
この小さな生物は、ドラゴン以上の魔獣なのではないか、と。
恐怖に駆られたフォートレスドラゴンは、マザーフォートレスの元へと集結する。
彼等の意を組み、マザーフォートレスは用意していた魔法を発動させた。
乱れる景色。歪む湖面。莫大な魔力が迸り、空間が歪んでいくのをイリスは肌で感じとる。
「まさか、もうクルツクルフへ転移するつもりなのか!? 逃げるなぁ!」
5秒後に死んでも不思議ではない人間のいう台詞ではなかった。
「戦え!戦って死ね! 卑怯者!」
この期に及んで、イリスには勝利以外の未来は見えていなかった。いっそ清々しいほどの蛮勇。
―――そんな主の姿に、バルドディは行動を以て応えた。
全身の肉が千切れようと尚衰えぬ咆哮。獰猛に空を蹴ったバルドディは、イリスの側に近付き彼女を自らの尾先に乗せた。
「バルドディ?」
バチバチと紫電を散らし、空中に巨大な円柱が出現する。
巨大な、あまりに馬鹿馬鹿しいほど大掛かりな槍。
対要塞竜投擲槍。バルドディより大きな鋼鉄の兵器は、イリスが可能とする最大の攻撃手段だった。
自由落下する対要塞竜投擲槍。空気抵抗もなく10トンもの重量があるこの兵器は、イリスやバルドディよりずっと速く沈下する。
バルドディはそっと、優しくイリスを押し出した。彼らしかぬ繊細で儚げな最後の一撃であった。
「バルドディ、お前―――」
対要塞竜投擲槍とイリスは共に落下していく。バルドディをただ一人残して。
振り返れば、バルドディのあまりにいつも通りのふてぶてしく図々しい笑み。
イリスは二度と振り替えることはせず、対要塞竜投擲槍に直接触れての落下進路修正に集中した。
転移を控えている故に、身動きをとれないフォートレスドラゴン達。最も大きな戦果を得るべく、慎重に対要塞竜投擲槍を押し出す。
鈍い太鼓のような音が空に轟く。音速突破音である。
超音速から更に加速する対要塞竜投擲槍。迎撃すべく無数のブレスや火球が巨大鉄杭に殺到するも、弾頭を特殊鋼で固められた対要塞竜投擲槍を撃墜することなど叶わない。
愚直に直進する対要塞竜投擲槍。人類がこれまで被ってきた恨みが凝固した、ひたすらに武骨で防御不可能な一撃。
自分達の能力で止めることは不可能。そう気付くには、既に時遅かった。
血の花が湖に咲く。強固な大地すら深度数十メートルまで抉る鉄槍は、フォートレスドラゴン達の肉骨を削ぎ落とし一瞬で湖底まで貫通した。
僅か刹那の出来事。瞬きする間も許さない刺突は、未曾有の巨竜へと前代未聞の大打撃を与える。
ドライデッグフォートレスへのダメージは残念ながら認められなかった。加速性能に優れる彼のドラゴンは、寸前に空へと離脱したのだ。
だがサイレントフォートレスの被害は甚大だった。片翼が根本から断絶されたのだ。
サブマーシブルフォートレスは水中に逃れるも、対要塞竜投擲槍の秘めた慣性エネルギーは簡単には衰えず被弾。続いての爆裂により、絶命寸前まで追いやられる。
これだけの傷を負おうと、フォートレスドラゴンの再生力ならば完全治癒が可能。だがしかし、それにはかなり長期の時間が必要となる。
残るは一体。マザーフォートレスのみ。
未だ落下途中であったイリスとマザーフォートレスが接触した瞬間、一帯が光に包まれる。
「これは―――?」
四肢が浮かび上がる感覚。本能的に感じとる、空間の湾曲。
次の瞬間、イリスとマザーフォートレスの姿はそこにはなく。
ビャーク湖に残ったのは、重傷を負った4体のフォートレスドラゴンのみであった。




