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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
1章
15/85

11話 上


「どうして葬式には雨が降るのでしょう」


「気を遣ってくれているのですよ」


 壊滅した演習5班の合同葬儀当日は、細かな雨の降る日だった。

 訓練過程終了間際での同期の死。若き騎士達は悲しみ、そして目の前にまで迫った戦場という現実に動揺した。

 クルツクルフ防衛本部の広場に喪服姿で整列する準騎士(モンス)達。彼等の前を空の棺が5つ、ゆっくりと運ばれていく。

 ただの木箱でしかないそれを見つめる彼等の様子は、正しく人それぞれだった。涙を堪えきれない者、真っ青になり俯く者、闘志を瞳にたぎらせる者。

 自分なりの方法で仲間を見送る彼等を、イリスとアーレイの二人は本部屋上から見下ろしていた。


「気遣う、ですか?」


 やはり喪服に身を包むアーレイが曇天を見上げると、普段着のイリスは幼子のように天に手を伸ばしながら答える。


「雨風は涙を洗い流し、そして乾かしてくれます。実に気の利く奴ではないですか」


 霧雨の下、傘もささずにイリスはくるくると踊る。

 アーレイにはイリスが泣いているのか、確かに窺い知ることは出来なかった。


「この雨が何者かの意思ならば、それは一体誰なのですか?」


「空の神様です。これほど恋い焦がれているのですから、神様もちょっとは依怙贔屓してしまうというものでしょう」


 傲慢な物言いに、それでもアーレイは納得しかけてしまった。

 竜騎士(ドラグーン)は皆、空に片想いをしている。しかし或いは、イリスと空は両想いなのではないか。

 そう思わせるほどには、イリスは空を見上げてばかりいるのだから。

 そんな幻想に捕らわれて、アーレイはここに来た理由を思い出した。彼女はイリスを葬儀に出席させる為に建物の上にまで登ってきたのだ。


「イリス、貴女の自由な気質は好ましいものですが……今日くらいは、喪服を着るべきではありませんか?」


 友人だからこそ、アーレイもイリスに意見することはある。イリスの行いは、彼女の倫理観にあまりに逸脱していた。

 しかしイリスは、にべもなく切り捨てる。


「彼等に合わせる顔なんてありません」


「5班の方々の魂が、イリスと話したいと思っているかもしれません」


「あははっ」


 イリスは屈託なく、カラカラと笑った。


「アーレイ。死ねばもう、なにも解らないのですよ。今更生者が泣こうが喚こうが、謝ろうが憤ろうが……『あちら側』に行ってしまったらそれっきりです。もう、『こちら側』がどうなったかなど解りません」


「貴女の宗教ですか?」


「経験です」


「……おかしな人ですね、死んだ経験があるわけでもないでしょうに」


 半目でイリスを見やるアーレイ。視線に気付いていようと尚、イリスは不格好な、くるくると回転するだけのダンスは終わらない。

 アーレイは少し頭に来た。つい、言葉にも棘が乗ってしまう。


「イリスが死んだ時、私も葬式に出なくていいのですね?」


 イリスのダンスが静止した。


「ええ、勿論」


 歌うように答えるイリス。他者が聞けば、それが本心だと確信してしまうであろう響き。

 アーレイは呆れたように溜め息を吐く。彼女の友人は、意外と嘘が下手だった。


「心配しなくても出席します。なので、私の身に何かあった時はイリスも葬儀に来て下さいな」




「4人死んだんだってな。ケーッ、高い金出して訓練したってのによ!」


 クルツクルフ城内、謁見の間。玉座にて上下逆さまかつ仰向けで寝転がり、土の国(アーヴェルア)の国王フランはペッと唾を吐く。

 当然の帰路として、重力に導かれた唾はフランの顔に落ちた。


「ぶっ殺すぞゴラァ!」


「自分にキレないで下さい」


 天に唾を吐く、を実演する祖国の国王にイリスも呆れを禁じ得ない。


「なあよお、騎士一人育てんのにどれだけ金がかかるか知ってるか?」


「詳しい試算は知りませんが、相当な金額でしょうね」


「一般ピーポーが一生働いたって稼げないくらいだよ。ヴァッカじゃねーの! ヴァッカじゃねーの! 死ぬならフォートレスドラゴン程度は道づれにして死ねっつーの!」


「今日は私に愚痴を聞かせる為に、わざわざ呼び出したのですか? いえ、それでも構わないのですが」


 フランの心労を垣間見る身としては、イリスとしても辛辣な物言いを責める気にはなれなかった。

 フランは服を脱ぎつつ、イリスの提出した報告書を眺める。


「んなわけねーだろ。真面目な話だっつーの」


「どうかしましたか?」


 フランはイリスをじっと見る。


「お前、どうもしてないのか?」


「むしろ貴女がどうしたのです、急に全裸になって」


「ちゃかすんじゃねーよ、せっかく心配してやってんのに」


「心配?」


 イリスはきょとんと目を丸くした。


「親父が敵で、仲間を親父に殺されたんだ。色々思うところはあるだろ」


「さて、どうなのでしょうね。不思議と落ち着いています」


「そういうのは落ち着いてるって言わねー。考えてないだけじゃん」


「事後処理に追われてましたからね。そろそろ休みたいのですが」


 イリスは帰還以来、様々な場所を周り仕事に終われていた。実家は勿論、防衛本部の宿舎にも戻れていない始末だ。

 城の客室を借りたり、工房の仮眠室で休息をとったりなど、御世辞にも健康的な生活とはいえない。いい加減休みが必要なのは明らかだった。


「すぐに休暇を出すから我慢しろ。たまには実家に帰れよ、お前のカーちゃんも他人事じゃなんだから」


 多少軍事機密を漏らしても構わんぞ、とニタニタ笑うフラン。機密漏洩は避けたいもののスピアに説明するには避けて通れぬ道であり、イリスも躊躇しつつ頷いた。

 イリスの生真面目さを知った上での、無駄に緊張感を孕んだいじり発言である。




「で、だ」


 ぱんぱん、と話を仕切り直すように両足の裏で拍手するフラン。

 イリスの目の前には今、全裸で逆立ちする変態がいた。


「お前を呼んだのは、これからの具体的な対策を話したいからさ。お前さんなら、意味わからん対策も思い浮かぶかもしんねーしな」


 前世の記憶などという突拍子もない発想には至らないものの、フランはイリスが単純な天才などではないこと程度は見抜いていた。


「失礼します」


 メイドがノックをした後に入室し、巷で話題の白亜の騎士(ジェラルミア)と敬愛すべき雇い主(一国一城の主)の姿を直視する。

 イリスが身に纏う純白のドレスとベネチアンマスクはともかくとして、フランは未だに全裸だった。


「こ、この狼藉者が我の服を無理矢理っ!」


「不敬罪キック!」


 思わずイリスはフランの横っ腹を回し蹴りした。


「け、軽食をお持ちしましたー……」


 ひきつった笑顔でテーブルと紅茶、サンドイッチを準備して退散するメイド。


「謁見の間でお茶会でもする気ですか?」


「ちょいと長くなりそうだからな、飯のついでで進めさせてもらうぞ」


 王は多忙だった。




黒騎士(ナイトメア)対策、ですか?」


 イリスもイチゴクリームサンドをご相伴に預かりつつ、フランの言葉を復唱した。


「親父の殺し方を考えろ、ってのも酷な話だけどよ。元爛舞騎士(ラウンドナイト)汚染兵(コンタサール)ってのも厄介極まりない存在だし、万全を期して手は打っておきたいんだ。……おい、ちょっとは遠慮しろ」


「苺も小麦も、今や貴重品ですから。ここは味わっておかなければ罰があたるというものでしょう」


「別に残しても捨てるわけじゃないし、罰はあたらねぇから! それ以上食うな!」


 慌てて残りのサンドイッチを確保するフラン。イリスは名残惜しげに手を引いた。


「しかし、黒騎士(ナイトメア)ですか? 他の爛舞騎士(ラウンドナイト)をぶつければいいではないですか。空席があるとはいえ、まだ居たはずでしょう?」


「勿論そうだが。英雄と英雄をぶつければ勝率は五分五分だ、これほど分の悪い賭けはねぇよ」


 黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)もいるしな、と付け加えるフラン。

 聞き覚えのない単語に、イリスは聞き返す。


「なんでしょう、その黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)とは?」


「ああ、お前等が報告してきた新種のドラゴンだよ。防衛本部が付けたコードネームだ、黒曜石みたいに黒光りして大きくてご立派なんだろ?」


 なるほどと得心するイリス。


「詳しい発表は後日だな、お前を連れて帰ってきたバカっぽいアイツ……なんだっけ?」


「ギイハルトですか?」


「そうそう、アイツの報告してきたもう一つの新種ドラゴンに関してもその時に発表されるはずだ」


「もう一つの新種?」


 イリスにとっては初耳であった。


「あー、いいや報告書の写しを用意すんのもめんどいし。新種に関しては正式発表で確認してくれ」


 それでいいのかと首を傾げるも、とりあえず頷くイリス。


「父上を確実に倒す為に、私の考案する対策を施した爛舞騎士(ラウンドナイト)を討伐に向かわせると?」


「そうだ。確実に『殺す為』、な。―――ああそれと」


 訂正しつつ、フランは釘を指す。


「お前は挑むなよ。爛舞騎士(ラウンドナイト)みたいな英雄はちょくちょく現れるけど、ドラゴンを機械的に強化補助するなんて思い付く奴は過去1000年2000年現れたことがなかったんだからな」


 希少価値という意味では、イリスの存在は爛舞騎士(ラウンドナイト)より遥かに重要であることをフランは正しく理解している。多少は世間一般にて評価され始めたイリスジェラルミア・ドラグーンだが、それは厳密に正当な評価とはいえないのだ。

 仮面という隠れ蓑にて欺瞞する以前の問題であり、フランとしてはこれも幸いなことだった。天才が悪目立ちして利益を得ることなどないのだから。

 フランの真摯な視線を受け、イリスは苦笑した。


「……何故? 私がそんな危険を望んで犯すとでも?」


「ならいいんだが。ま、国営大工房(グランドレージェ)の方に製造許可は出しておくから、テキトーに考えといてや」


「承知しました。実をいえば、問題点の洗い出しも済んでいますからね。『次』は勝てます」


 ご馳走さまでした、と立ち上がり踵を返すイリス。

 その背中が扉の向こうに消えるまで見送り、フランは嘆息した。


「次、ねぇ。かえって背中を押しちまったかもな」




 ブライトウィル家は、一般家庭としてはかなり裕福な部類に入る。

 夫が戦死したとはいえ貯金も多額を蓄えており、祖父ランスも国営大工房(グランドレージェ)の大頭だけあって給金は多い。娘も準騎士(モンス)として収入を家に入れており、家計を預かる母スピアとしてはもて余すだけの余裕がある。

 無論、スピアもだからといって贅沢をするような性格ではない。日頃から倹約を心掛けており、故に客観的には裕福層ではなく、サラリーマンの収入に支えられた一般家庭なのだ。


「あの人が残した貯金とおじいちゃんの収入さえあればやっていけるから、イリスには平穏な生活をしてほしいのだけれど」


「金の為に飛んでいるわけではないじゃろう、あの娘は。空を奪ったらそれこそ死に等しいじゃろうて」


「さすがにそれは言い過ぎ……でもないのかしら?」


 娘を思い返せばどの記憶でも空を見上げていることに、スピアは思わず目眩すら覚えた。


「さぁて、芋もそろそろ冷めたわね」


 ポテトコロッケや揚げ芋の蜜和えが湯気を上げるテーブル。スピアは小柄な体躯を忙しく動かし、夕食の準備を進めていた。

 食卓テーブルに並ぶ胃袋を刺激する料理の数々に、ランスの喉がごくりと鳴る。


「腹へったのう、まだかのスピアよ?」


「もう少し待ってねお父さん、今日はイリスが久々に帰ってきたお祝いなんだから」


「当人は自室に引きこもっておるではないか」


 甘い香りが芳しい蜜のかかった芋に、祖父ランス・ブライトウィルの腹はぐうと唸った。

 だめ押しといわんばかりに、濃厚なチーズの匂いが室内に広がる。


「ポテトピザの出来上がり。さて、イリスを呼びましょうか」


 久々に実家へと戻ってきた娘を呼ぶ為、スピアはエプロンで手を拭いて廊下へと向かう。


「イリス、ご飯よー? 今日はちょっと張り切っちゃったわ」


 部屋の外から呼ぶ声に、しかしイリスは気付かず作業に没頭する。


「やはり燃焼室の強度は確保したいところですが。さて、どう削ればいいものか」


 眉間に皺を寄せ図面と睨み合うイリス。


「イリス、寝ているの?」


 何度目かの母の呼び掛けに、ようやく意識が扉へと向いた。


「あ、すいませんすぐに」




 限られた食材から精一杯端正込めて作られた母の手料理に舌鼓を打ち、ご満悦のイリスはソファーで蕩けるように転がる。

 ごろりと仰向けとなり、台所で洗い物をするスピアに声をかけた。


「ご馳走さま、美味しかったです母上」


「ふふ、ありがとう」


 何気ない一家団欒、しかしイリスは未だに言い出せていないでいた。

 黒騎士(ナイトメア)の正体がルバートであったこと、そして自分が父親を殺害する方法を模索していることを。


「……お爺様、見て頂きたい物があるのですが」


「む? また何か作ろうというのか?」


 多少げんなりとしつつも、今まで無益な物を考案したことがない孫娘の提案にランスは重い腰を上げイリスの隣に座る。

 イリスが懐から取り出した巻き紙は、設計図と呼ぶほどの詳細は記されていない概念図であった。


「ドラゴンに搭載する新たな兵器です」


「ほう、火力を強化するのか? いやしかし」


 ドラゴンに必要なものは何か、この議論は当に終了したものだった。


「魔法機銃で充分にドラゴンを落とせる、という結論に落ち着いたはずではないか?」


 厳密にいえば、魔法機銃の火力は小さすぎてドラゴンを1発2発で落とせるものではない。

しかし1発でも当てればドラゴンは怯みバランスを崩す。使い勝手の良さや実用面の有用性を買い、魔法機銃は小火力に設計されたのだ。

 更にいえば、魔法機銃の魔力は騎士から供給される。あまりに強力な火器は術者への負担に直結してしまう。


「だからこそ、それ以上の火力は個々の魔法で補うのが効率的と結論付けたではないか」


「それでは足りないのです。奴には魔法より速射性に優れ、魔法機銃より強力な砲が必要なのです」


 ルバートの剣技を以てすれば威力の弱い魔法機銃に採用される魔法など防がれてしまう。しかし、小回りの利く黒曜竜(ナイドイルヴドラゴン)に発動が遅い従来の魔法を当てるのは困難だった。

 単純にもっと威力の大きく、弾速も速い火器が必要。イリスはそう考えたのである。


「この装備は作戦に応じた選択式の物です。元より、工学竜鎧(カノンチェイル)はそういった追加装備に対応すべく余裕を持って設計されているのですし」


「確かにあれだけ遊びがあればの、こんなデカブツを載せてもある程度なんとかなるかもしれんが」


 ランスは性能だけに拘れば、工学竜鎧(カノンチェイル)が更なるスペックを叩き出せることを知っていた。過剰なまでの遊びを残した設計に、職人のドワーフ達の幾人かは性能向上を提案しつつもイリスは拡張性を残すことを押し通したのである。


「それほどの魔法となると、魔力の消費もバカにならんのう」


「ご心配なく。これは、『実弾砲』ですから」


 ランスは思わず唸った。

 実弾砲。それは、計画こそあれどデメリットが多すぎたことでお蔵入りとなった禁断の領域だったのだから。




 工学輪唱銃(スペルカノン)は便利だ。撃っても反動はなく、砲身も磨耗しない。軽量で使い勝手の良さは実弾砲の比ではない。

 その魔法の万能性故に、これまで物理的な実体を持つ実弾兵器はほとんど研究されてこなかった。技術的には拳銃程度ならば発明される下地は充分あったものの、結局は魔法の方が手軽ということもあり精々弓矢の運用が関の山だったのだ。

 だが、魔法や工学輪唱銃(スペルカノン)にもデメリットは残る。どのような形式であっても魔法である以上魔力は消費し、その消耗率は攻撃の規模と比例するのだ。

 次々と発展強化されていく工学竜鎧(カノンチェイル)に対し、個人の魔力で賄える限界はすぐに訪れる。イリスは遅かれ早かれ、実弾砲に手を出す予定だった。


「幸い実弾砲―――マテリアルカノンと呼称しましょうか。これもまた、格納魔法と相性がいい」


「いい笑顔じゃのう」


 ランスはイリスの研究がルバートを打倒する為のものであることを承知している。その上で、新兵器を何故か嬉々と語る孫娘に、ランスは諦めた様子で耳を傾ける。


「わしにとっても義理の息子なんじゃが、うぅむ」


「どうしましたか、お爺様?」


「のう、イリスは……アレを殺すことをどう思っておるのじゃ?」


 食器を洗っているスピアに聞かれぬように声を潜めるランス。

 またその質問か、とイリスは溜め息を吐いた。


「陛下にも訊かれました。色々と考えましたが、答えになど辿り着けてはいません」


「じゃろうな、元より『答え』なんてお行儀のいい割り切り方など誰にも出来まい」


 ランスは孫娘が妙な思考の袋小路に陥っているのではないかと危惧していたが、そうではないことを感じ取った。

 人生、割り切れる問題などそうない。皆割り切れないままに前に進む。イリスもまた、今はっきりしている物事だけを足掛かりに行動をしているのだ。

 尤も、祖父としてはそうと解れば安心出来るものでもない。


「私としましては」


 ちらりと母の背中に視線を向け、元々スピアに聞こえないように話していた声量を更にすぼめる。


「父上も苦しんでいるように思えるのです。だから、それを止めることに否はありません」


 だから、新兵器の開発自体に躊躇いはない。イリスはそう言い切った。


「イリス」


「はい」


「別にお主が気負って、決着をつける必要はないのだからな。誰かに任せてもいいのじゃ」


「……どうして皆、そう思っちゃうのでしょう?」


 イリスは困ったように苦笑いいしつつ小首を傾げた。


「お主が何度、命をチップに生き延びてきたと思っておるのじゃ」


「好きで賭けてきたわけではありません」


 死にたがり野郎だと言われた気がして、不服とばかりに頬を膨らませる。


「そも、私は臆病者なので、万全を期さねば落ち着かないのです」


「問題は万全を期した後じゃ。やれることをやったら、それだけでイリスは命を放り投げる。普通はの、どれだけ万事を尽くそうと躊躇うものじゃよ」


「いえいえ、躊躇えばそれだけ行動が遅れるではないですか」


 だから自分の行動は特に矛盾していない、と主張するイリス。


「迅速に行動するのも、生存率を高める手段の一つです」


「死地に飛び込むことが、生き残る為の最善手だと?」


ランスはイリスをじっと見つめる。


「おかしいぞ、イリス。人間はそこまで合理的には動けん」


「合理的? 私が合理主義ならば、軍人ではなく政治家になってますよ」


 イリスはおかしくなってしまい、思わず吹き出した。


「ならばイリスは何を望んでおるのじゃ、何故騎士となったのじゃ」


「私が空を飛ぶ理由は、空を飛ぶ為なのです」


 野望も目的も手段もない、ただ天望を主軸とした価値観。

 ランスは孫娘が、何か恐ろしい魔物のように思えた。




 特別休暇を得て実家に戻っていたイリスだったが、朝から晩まで自宅に引きこもっているわけではなく。


「はあ」


 予定を合わせ、イリスとアーレイは久々に外で待ち合わせていた。


「どうしましたか、イリス? 家ではゆっくり出来ていないのですか?」


「いいえ、充分休養させて頂いてます」


 そういうイリスだが、その表情は晴れない。

 イリスは今だ、実地演習でのことをスピアに話せてはいなかった。


「自分の不甲斐なさが情けなくなってしまって」


 数日間の休暇中、名目上の目的である体力的な回復は充分果たせていた。しかし、心労に関しては悪化したと評していいであろう。

 人間、余裕が生まれれば余計なことばかりを考えてしまう。イリスとしては仕事に集中している方がよほど気が楽なのだ。

 無論、言動とは裏腹に曲者な国王フランがそれを考慮していなかったはずがない。そうなるであろうことを承知して、その上で今のイリスにはそれら「余計なことを考える」ことこそ向き合わねばならないと一考していた。

 故に自宅でも製図台にしがみつき母と話せなかったイリスは、つまるところ敵前逃亡していたのだった。


「―――あるいは、戦場にいた方が気楽なのかもしれません」


「いけません、イリス。それはいけません」


 地獄に等しい今の時代に、言ってはならないことを口走るイリスにアーレイも思わずたしなめる。


「イリス、今は『有事』なのです。それを忘れてはいけません」


「……これほどに混迷した状況下で、それを失念するほど耄碌してはいませんが」


 そうではない、と首を横に振るイリス。


「人類に敵対する大規模ドラゴン群……黒竜軍(リストダーク)。奴等を駆逐してようやく、『有事』は終わるのです」


「60年以上続く有事ですか、当たり前すぎて忘れていました」


 この世界にも、かつて人類の時代があった。

 新たな大陸を切り開き、領土を求めて凌ぎ合い、主義主張を掲げて殺し合い、利益の為に騙し合ってきた時代。

 今ではそんな余裕すらほとんどなく、絶対君主制にてこれ等は強く封じられている。

 健全ではなかったであろう。しかし、彼の時代は間違いなく人類の時代だった。


「いつかきたる人の時代に、戦いしか知らない者の居場所はありません。だから、イリスも向き合って下さい―――多くの人々も戦う、つまらない現実と」


 イリスは苦笑した。同い年ながら年下であった彼女の言葉は胸に突き刺さり、彼女の成長を伺わせる。

 否、イリスは思い出す。アーレイは最初から、幼い頃から自分よりよほどしっかりしていたではないか。

 自分が空のことばかり考えている時も、彼女は記憶にすらない祖国奪還を志していたのだから。


「そうですね。ありがとう、アーレイ」


「いえ。……偉そうなことをいってしまいました。黒竜軍(リストダーク)打倒にはイリスの発想で作られた新兵器が必要不可欠だというのに」


 無力な名ばかりの女王だと自嘲するアーレイ、その頭をイリスは撫でる。


「ふぇ!?」


 赤面するアーレイ。

 イリスはアーレイの目をしっかりと見ながら、誓いを一つ立てた。


「いつか一緒に、水の国(ミスティリス)を旅して見てまわりましょう」


「二人旅、ですか?」


 頷くイリス。


「貴女も自分の国を見て回る必要があるでしょうし、私も見てみたいです。貴女の故郷を」


「は、はい! 是非!」


 きゃっきゃと喜ぶアーレイ。


「平和になった世界を、一緒に旅しましょう! きっと素敵です!」


 「平和」を知らない子は、未だ見ぬ世に夢をはぜる。

 イリスは来るかも判らない戦後が楽園などではないことを知っていた。枷の外れた人間は、つい最近まで一丸となって史上最大の敵と戦っていたことも忘れて殺し合うだろう。

 アーレイとフランに関しては良好な関係を築いているが、周囲が未来永劫それを許すとは限らない。また、僅かに残る風の国(ルークキャリング)火の国(ラズマ)の生存者達が独立を求め戦火のきっかけとなるかもしれない。

 利益を追求する商会、資本、少数派の民間信仰。戦後を憂いる理由など星の数ほどある。しかしアーレイはそれを指摘するつもりはなかった。

 常に周辺国との軋轢を抱え軍事力を備えざるを得なかった前世からして、アーレイの夢はあまりに眩しすぎた。楽観といえばそれまでだが、指摘するのはあまりに無粋というものだろう。


「守りましょう」


「何を、ですか?」


「色々です」


「ふふっ、そうですね。色々守らないと」


 貴女の夢も、とイリスは声に出さずに付け加えた。


「さて、甘イモでも食べに行きましょうか。話を聞いてもらったことですし、奢りますよ」


「ありがとうございます!」


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