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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
1章
12/85

9話 上

 イリスの発案による新装備、空戦高揚力装置(エアローブフラープ)。状況に応じて翼を変形させ、揚力を制御する技術だ。

 ドラゴンや鳥が生物である以上の限界。遺伝子の悪戯では決して辿り着けない、最大公約数的成果を求めた理想の翼。

 それを実現する為の金属の補助具だが―――その開発は困難を極めた。

 寸分の狂いも許されない油圧装置、ドラゴンの重量を支える強度を確保した木材モノコック構造。それらを最適な設計に詰め込むことは、優秀を自負する国営大工房(グランドレージェ)の職人達ですら容易ではない。


「これでいいのじゃな!? これで完成じゃな!?」


 血走った目で孫娘に詰め寄るランスに、当の孫娘イリスも溜め息を吐きつつ首肯する。


「まあ、及第点でしょう」


 最終実地演習に間に合わせる為、イリスもこの数日は過剰労働気味であった。疲れているのだ。


「ここまで苦労するとは、モノコック恐るべしですね」


 モノコックとは応力外皮構造とも呼ばれる、骨格ではなく外壁によって構造物を保持する設計方法である。

 飛行機・自動車・鉄道などありとあらゆる乗り物に採用される、軽量かつ強度の高い設計思想。哺乳類のように骨によって支えるのではなく、昆虫のように外殻によって全体を支える構造だ。


「これまでの設計方法では重すぎるとのことじゃったが、まさか外側で保持しようとは。ここまでする必要があったのかのう」


「避けては通れない道です。運動性能向上を目的としているのに、重量が増加してしまっては元の木阿弥ですから」


 モノコックは基礎研究を行ってきた地球においても高度なノウハウを必要とする、コンピューターによるシミュレートが望ましい設計技術である。概念だけを知るイリスが見よう見まねで再現するには、あまりに敷居が高すぎた。


「魔導部隊から風魔法の使い手をかき集めての風洞実験も大概じゃったが。まさか、鉄加工を中心とする国営大工房(グランドレージェ)に家具職人や楽器職人を招くことになるとはの」


 様々な実験と試行錯誤の結果、空戦高揚力装置(エアローブフラープ)を組み込んだ翼の補助具はこともあろうか木製での製作が決定した。

 ドラゴンの翼に上から被せるように装着するこの装置は、強度と軽量さを両立する必要がある。それを実現する為に採用されたモノコック構造だが、ノウハウのないジェラルミンでの高度な加工作業は時期尚早と判断されたのである。


「そもそもジェラルミンが高価ですからね。量産を考慮すれば、ケチれる部分はケチらないと」


「仕事斡旋にもなると労働大臣も喜んでおったぞ」


 高価な家具や楽器は、ある種の『贅沢品』である。生きることに必要不可欠ではない以上、不景気な昨今では需要が減少していた。

 仕事が減った木工職人達に空戦高揚力装置(エアローブフラープ)の製造過程を分散させれば、失業者対策と金属資源の節約を同時に果たせる。


「……こうして出来上がった試作品が、これですか」


 ドラゴンの翼にフィットさせる為、空戦高揚力装置(エアローブフラープ)一連の装置は稼働部も多く、小型自動車程の大きさまで折り畳める。

 一応の完成を見た装置は、窓もない室内においてランプの光を反射し鈍く輝く。地球にも異世界にも存在しなかった新たなる機械は、辛うじて屋内に収まるほどの規模にも関わらず豪邸が建つほどの費用がかかっているのだ。


「……開発費用、どれくらいかかりました?」


「考えたくない程度じゃ、気にすることはないぞ」


 言葉とは裏腹に、ランスの目は遠くを見ていた。




 連日重労働を続けていたイリスは、一候補生を演じる日中はうたた寝をしていることが多かった。

 こっくりこっくりと船を漕ぎ、揺れに驚き顔を上げる。


「う、うー。眠いです」


「いいご身分ね。こっちは飛び続けで足腰バリバリだっていうのに」


 ぱしぱしと目をしばたたかせせるイリスの呟きに、フランシスカは気だるげに反応した。

 高度3000フィート。雲も疎らな晴れ。イリスを含めた5人の少年少女は、いよいよ最終試験遠征へと挑んでいた。


「隊長! そろそろお腹が空いたのであります! 休憩を提案しますです!」


「もうすぐゴルワーム湿地に到着だ、我慢しようぜ」


「リーダァー、後ろの子がグラグラして飛びにくいんですけどー。ちょっと引き取ってよ」


「ご迷惑をかけます……ぐう」


 編隊飛行する4匹のドラゴン。バルドディを見せるわけにはいかないイリスは、フランシスカのドラゴン、パッブに相乗りしている。

 時おり眠ってしまいバランスを崩すイリスは、フランシスカにとっていい迷惑だった。


「そういうわけにはいかないだろ、女の子なんだから」


 5班隊長のグラウディス・フレスコが、至極当然と紳士的な意見を述べる。


「う、うん。イリスさんも男に抱き付くのは嫌だろうし……」


 それに同調したのは、気弱な少年ファルカタ・ファーマ。


「むしろ女の子が密着して二人乗りしているのは、ちょっと興奮するであります」


 軍隊所属の軍オタク、コピス・フィッシュベッドはずれたことを言う。


「別に私は構いませんが」


 イリスが色々と無頓着な述懐を漏らし、フランシスカ・フォージャーは胡乱な視線を彼女に向けた。


「貴女も女の子でしょ、男に簡単に触れちゃだめ」


「は、はぁ」


 妙な色気を持つフランシスカの仕草に、変に説得力を感じイリスは思えず首肯した。




 湿地とは水の浸入しやすい、標高の低い土地である。

 土の国(アーヴェルア)水の国(ミスティリス)の境界に位置するゴムワール湿地だが、水の国(ミスティリス)がほぼ海に覆われた国であることから当然湿地の水も塩分を含んでいる。

 少しぬかるんだ土地に着地したドラゴン達は、ずぼりと沈む足に不快そうに鳴く。


「あまり見ない植物ね」


「塩水でも平気な、独特の生態系なんだよきっと」


 フランシスカとファルカタが会話しつつ、目的地に到着した5人はそそくさと拠点の準備を行う。

 といってもそこは魔法の世界。地盤の強固な場所を探し、土竜(アークリア)固有能力の無制限格納魔法で運び込んだプレハブ小屋を設置するのだ。

 運ぶこと以上に、むしろ湿地帯にて磐石な土地を探すことのほうが重労働である。




「もうちょっと右です、はい、いいですよー!」


 休憩を挟み回復したイリスも参加し、次々とプレハブを固定していく。ドラゴンでなければプレハブを引くことは出来ないので、如何にぴったり整然と拠点準備が行えるかも腕の見せどころだ。


「グラウディス、ずれてます! 行きすぎですよ!」


「ええい、めんどくせえ! 誰か困るわけでもなし、これでいいだろ!」


「こういうところがダメダメチームの所以よね……なんて名前だったっけ、チーム名」


「水場の確認終了したであります! 水量水質共に問題ないであります!」


「獣道の確認してきたよ。魔獣じゃなくて普通の獣だね」


「よっしゃ、肉が食えるぜ!」


 ファルカタの報告にガッツポーズをするグラウディス。

 イリスは呆れて指摘した。


「肉はそれなりに持参しているでしょう?」


「ほとんどが保存の効く塩漬けや薫製じゃねーか」


「生もありますよ?」


 格納魔法内では生物も腐らない。


「食える分には食った方が嬉しいだろ? 芋ばっかりじゃ他の連中も飽きるさ」


 確かにそうかもしれない、とイリスは頷いた。獲物が仕留められれば、調理の幅も多少は広がる。


「美味しい物を用意して部隊の士気を高めるのも、重要な任務ですね」


 有事における食事の重要性はあらゆる時代で重ね重ね論じられている。腹が減っては戦は出来ぬ、保存食なども工夫して美味しくしなければならないのだ。


「一段落着いたな、全員集合ー!」


「全員といってもこの場の5人だけですが」


 グラウディスの号令に、若干散らばっていた面々が集まる。


「俺達雑務班には色々な仕事がある! その中でもメインは、やはり炊事だ!」


 首肯する一同。


「だが俺は料理なんて出来ねー! ぶっちゃけ、下手だ! だから調理に関しては隊長責任を放棄する!」


 堂々とした宣言にがくりと崩れかけるイリス。他のメンバーはグラウディスの実力を知っているのか、特に異論は出なかった。


「でもグラウディス、この面子のお料理スキルなんて五十歩百歩じゃない? 皆平等にヘタクソよ?」


「そこでだ! 調理責任者を決める為、今晩はそれぞれが別に調理しようと思う! 皆で食べ比べて責任者を決めるぞ!」


 グラウディスの提案に、イリスとグラウディスを除く3人はげんなりとした表情となった。


「隊長! 自分は面倒なので最初から辞退するであります!」


「私だって嫌。練習しても一向に上手くならないんだから、惨めなだけよ」


「僕も、そういう仕事はちょっと……適正がないというか」


 文句ばかりいう3人をグラウディスが睨む。


「これから何日間も野営し続けるんだぞ、その間ずっと不味い飯を食い続けたいのか? 別にそれでもいいのなら辞退でもなんでもしろ、僅差でも美味しい飯が食べたいのなら参加しろ!」


 というか責任者にならなくても仕事はあるんだからな、と締め括るグラウディス。どの道不味いなら多少でもマシな料理にありつきたいと、3人はしぶしぶ調理責任者決定戦に参加することを同意した。




 軍人の教育課程には調理に関するものも含まれている。食べられる植物動物を見分け適切に加工することは、戦地では重要な能力だ。

 しかしながら、味に関してはどうしても二の次になりやすい。栄養学が発達しているわけでもなく、経験則から来る食べ合わせが奨励されている程度だ。壊血病を防ぐべく遠征用の物資に果物が含まれているだけでも上出来だろう。


「万年訓練漬け、調理実習も情勢悪化による訓練期間短縮の煽りを受けてカット……料理下手が増えるのも当然なのでしょう」


 手際よく調理を進めるイリス。彼女もまた生まれてこのかたロクに料理したことがないが、生憎と生まれる以前にはそれなりの経験がある。


「貴女、手際いいのね」


「手先は器用だと自負しています」


 隣で科学の実験をしているフランシスカを見ないようにしつつ、イリスは鍋を翻す。


「おいこら、つまみ食いするな!」


「まずっ!? 劇薬であります、兵糧攻めであります!」


「てめ、言うに事欠いてそれか!?」


「うわぁ! ぼ、僕の鍋に大クマムシが飛び込んだよ!?」


「泡を吹いて死んだであります!」


「馬鹿な! 体重の大半を占める水分を1パーセント以下まで減らすことで極度の乾燥状態に耐え、150度以上の高温から絶対零度の低温にまで耐え、57万レントゲンの放射線に耐え、75000気圧から真空状態にまで適合する大クマムシが死んだだって!?」


 阿鼻叫喚の騒ぎと化した男性陣を尻目に、マイペースに調理を進めるイリスであった。


「やっぱり男はダメね」


「極彩色の何かを鍋で錬成する貴女もどうかと」


 フランシスカの鍋からは触手が飛び出ていた。

 動いていた。




 結局、食料が食料という名称を死守したのはシチューを作ったイリスの鍋だけだった。


「調味料が足りないので、若干大味かもしれませんが」


「いやうめーよ、食堂の飯より旨いって!」


「おかわりであります!」


「無いわよ、小さな個人用の鍋なんだから」


「これは決まりだね」


 イリスも面倒だったのでお断りしたかったのだが、こうも他が悲惨な状況では致し方がない。彼女は調理責任者の任を受けることを了承した。


「はぁ、お手軽な化学調味料が懐かしいです」


 その手の製品を使わず味を整えられるだけ、イリスもそれなりの調理技量を有している。妙に凝り性な前世の経験が奇妙なところで活きていた。




 食後、後片付けを済ませ5人は焚き火を囲む。


「意外とイリスって普通な奴なんだな」


「藪から棒に失礼ですね、グラウディス」


 唐突なグラウディスの感想に、イリスは憮然と返答した。


「そうね、親の七光りって聞いていたけれど真面目じゃない」


「ドラゴンはいませんけどね」


 相竜(バディ)のいない候補生は問答無用で追放、その原則に堂々と反しているイリスは異端である。

 イリスの相竜(バディ)バルドディはこっそりとイリス達に同行している。イリスが口笛を吹けば直ぐ様駆け付ける距離に控えているのだ。


「あ、私は時々いなくなるかもしれませんがご了承を」


「やっぱ不良であります」


 空戦高揚力装置(エアローブフラープ)搭載型工学竜鎧(カノンチェイル)の実戦試験も今任務の重要な項目だ。他の4人に見られるわけにはいかないので、イリスはどうしても抜け出さねばならない。

 5人しかいない状況でサボるのは、他者への負担が大きい。イリスは他の班が到着するのを待ってから試験をするつもりであった。


「クルツクルフで防衛本部を抜け出すのは解るけど、こんな場所でサボってどうするの?」


「サボりといったらゲーセンと、相場が決まっています」


「げぇせん?」


 何気ない雑談。どうしても他者との交流が少なくアーレイとばかりつるんでいたイリスにとって、それは久しくなかった関係だった。

 7年間同じ組織にいて、初めてまともに会話をした少年少女達。もう少し積極的に話しかけておけば、とイリスはちょっとだけ後悔していた。




 体を清潔に保つことは精神衛生上重要な意味を持つ。慣れてしまえば気にならないとはいえ、やはり不潔なのは嫌なものだ。

 女子となれば尚更であり、それは元男子であっても例外ではない。


「ふぅ……生き返ります。まさに命の洗濯ですね」


「ちょっと、親父くさいわよ」


 野外入浴セットのプレハブ内。およそ戦地とは思えぬほど呑気に漂う湯気の中、二人の少女がしなやかな肢体を晒す。

 上気した肌を暖かな湯が滑り、ぴちょんと床に落ちる。イリスもフランシスカも、蕩けた表情で湯船に浸かりふやけていた。


「いいですねぇ、これ。風呂がどれだけ士気の維持に重要か、軍部はよく理解してますね」


「そうかも。もう女風呂ってことにして、男共は閉め出しちゃおっと」


「それは可哀想では?」


「いいのよー。男子の出汁が出たお湯に、貴女も入りたくないじゃない?」


「気にしませんが。お湯だって魔法で洗浄するわけですし」


 水を調達する方法は多々ある。魔法も手段の一つだが、やはり既に存在するものを汲むのが一番手っ取り早い。

 水竜(ミスティ)がいれば無尽蔵に水を産み出せるので最も簡単な手段といえるが、生憎水竜(ミスティ)は今や希少種である。


「いやよ、蕁麻疹が出たらどうするのよぉ」


 艶やかにお湯が滴る脚を湯船から伸ばし、扇情的に上げて見せるフランシスカ。


「お肌の手入れも重労働だしね、イリスもそう思うでしょ?」


「え? 手入れなどしたことはありませんが」


 フランシスカはイリスの肌と自身の肌を見比べ、愕然と消沈した。


「なによ、いけず。この色香にどれだけ私が努力していると思っているのかしら?」


「まだ青バナナより青臭いのに、何を言っているのですか」


 かつて男性であったイリスだが、今更女体へと興味を抱くことはない。無論男性に興味が移ったわけでもないが、正直今生にて見飽きているのだ。

 無論、幼さを残すフランシスカの裸体など論外。


「世の中不公平よ」


「世界が平等であった試しがありますか。どうせなら平和な時代に生まれたかったです」


「あっは。お互い貧乏くじね」


 ガタン、とプレハブの外で物音が聞こえた。

 咄嗟に身構えるフランシスカ。立て掛けてあった愛用の杖を握り、静かに立ち上がる。


「……ねえ、男連中は何していた?」


 僅かに先に風呂に入ったフランシスカが、後から入ってきたイリスに訊ねる。


「さあ、特に気にしていませんでした」


「ちょっと! ちゃんと警戒しないとダメじゃない!」


 イリスやアーレイと比べ、フランシスカは愛嬌がある分男受けをしやすいタイプだ。故に、こういう状況で男子達がどのような行動に出るかも把握していた。


「あいつ等、絶対外に張り付いているわ……!」


「いいではないですか、見られたって減るものじゃないんですし」


「良くないわよ!」


 フランシスカは再認識した。イリス・ブライトウィルという人物は変人であると。


「見られたらそれはそれで。脅迫して労働を押し付ければいいのです」


「あ、悪女なのねぇ」




 プレハブの外では、案の定男子3人がたむろしていた。


「お、おおっ! イリスが立ち上がったぞ!」


「隊長、湯気でよく見えないであります!」


「そこは脳内で補完するんだよ! すっげー色白だな、アイツ……」


「でも起伏は皆無であります」


 好き勝手に異性の裸体を批評するグラウディスとコピス。


「だ、ダメだよ二人とも!」


「とか言いつつどうしてここにいるでありますか、ファルカタ?」


「そ、それは」


 しどろもどろに口ごもるファルカタ。真面目ぶっている彼とて一端に興味はある。なければここにいない。

 グラウディスがプレハブ内の状況が動いたことに気付き、叫ぶように報告する。


「立った! フランシスカが立った!」


「どけや微笑みポッチャリィィ!」


「グラウディスの性格が豹変したであります!?」


 コピスを押し退け窓に飛び付くファルカタ。

 その彼の頭部を炎が包んだ。


『ファルカター!?』


 偉大なる大義に殉教した同志の名を叫ぶ、グラウディスとコピス。

 しかし彼等に、他者を気遣う余裕など与えられなかった。


「なーにしているの、二人とも?」


 壮絶な笑みを浮かべ、上気した肌にタオルを巻いただけで外へと踏み出すフランシスカ。


「話せば判る!」


「ラヴアンドピースであります!」


「言い訳から入るのは男らしくないです」


 ぽつりと背後で呟くイリス。続けて2人の悲鳴が上がる。


「悪は滅んだ!」


「変わりといってはなんですが、新たに介抱する仕事は生じました」


 男性陣が行動不能となったことで、結局仕事は増えてフランシスカは一晩ご立腹であった。




 5班がゴムワール湿地に陣営を築き、早数日。

 規則である早朝のミーティングにて、彼等は顔を合わせていた。


「きょきょきょお、今日のぉ! 仕事の予定と緊急時のっ! 戦闘配置について確認したいと思いますぅっ!」


「サー! イエッサー!」


「意義なし! 意義なーし!」


 ビクビクとフランシスカの顔色を窺いつつ真面目に仕事をこなす素振りを見せる男子3人。

 素振り、である。注意が散漫しているあたり、真面目とは言い難い。


「あははっ。今日もやる気一杯だね?」


 意地悪く笑うフランシスカ。彼女はイリスの提案を採用し、彼等を連日こき使っていた。

 そんな様子を呆れ顔で眺めるイリス。


「流石に冗談だったのですが……そろそろ許してあげてもいいのでは?」


 3人にはイリスが天使に見えた。なんだ、いい奴じゃん。七光りでもいい奴じゃん。


「うーん、じゃあ今日中は頑張ってもらっちゃお」


 がっくりと項垂れる3人。出来心の代償は存外重かった。


「ほらリーダー、今日の予定はどうするの。非常時の役割分担を打ち合わせるんでしょ?」


「あ、ああ。といっても出発前の打ち合わせ通りだ」


 グラウディスは地面に石を並べ、周囲の地形を再現する。


「ここら辺までが黒竜軍(リストダーク)の勢力範囲だ。ゴムワール湿地よりずっと東だな、最前線なんていいつつも結局ここだって安全圏ってわけ」


 木の枝をペンに、離れた場所に縦線を引くグラウディス。


「飛び地って感じだよね」


「かつての最前線であります。この補給地点の確保に、多くの英霊が散ったであります」


「補給線が伸び気味ですね、前にも後ろにも。もっと堅実な戦略を敷くべきかと」


「それを俺に言ってどうする、イリス」


 無為な雑談を交えつつ、遅々と打ち合わせは進む。


「なんだかんだで、ここらは安全といっていい。とはいえはぐれ黒竜(ダークドラゴン)が現れる危険性は捨てきれないんだけどな」


「地上戦は避けたいであります」


 コピスは足踏みすれば、湿った地面が僅かに沈む。

 軽い人間ですら歩きにくいのだ、重いドラゴンではほぼ身動きが取れない有り様だった。


「それは大前提だな、地上格闘戦は絶対に避けるように。いや、頼まれてもやらないだろうけどさ」


 頷く一同。離陸してしまえば、彼等のドラゴンが黒竜(ダークドラゴン)に劣ることはない。旧来の装備である竜鎧(ドラゴンチェイル)装着状態であったとしても、だ。


工学竜鎧(カノンチェイル)があればもう少し大胆に動けるんだが……まあ、まだまだ未知数の部分が多い兵器だしな」


「本部の方針では工学竜鎧(カノンチェイル)は過度の信頼はせず、深追いするなと通達が出ていたであります」


「焦れったいわねぇ。さっさと全員に配備すればいいのに」


「そこまで数がありませんから。だからこその敵指揮系優先討伐布陣(ハイローミックス)なわけですし」


「戦術の構築もまだまだだから……本隊が積極的に反攻作戦にでないのも、不安が拭いきれていないからって聞くしね」


 実は『慎重に性能の限界見極めと戦術構築を行うように』と指示したのはそもそもイリスである。

 彼女も、自分の考案した兵器が元で大きな被害が出たとあっては後悔してもしきれないのだ。


「とりあえず、ポジションは俺とファルカタが前衛、フランシスカ様とコピスが後衛でいいな?」


 それぞれ得意な間合いを考慮した結果である。誰も異論は挟まない。

 フランシスカが様付けなことにも異論は挟まれない。


「っつーても俺達はしょせんヘッポコ、ここが特別重要な拠点であるわけでもないし基本逃げるぞ」


「堂々とへたれるのもどうかと思うよ?」


「仕方がないだろ、弱いんだから」


 意地を張っても実力が変化するわけではない。彼等は劣等生の寄せ集めであり、グラウディスの戦法は合理的だ。

 無論、イリスとしても意義はない。


「他の班がゴムワール湿地に来るまでにはぐれとでくわした場合、魔法で目眩ましをしたらすぐに離陸だ。そんで縦列編隊で距離を取りつつコピスとフランシスカ様が魔法で攻撃、俺とファルカタは殿で追撃に備える。それでいいな?」


 速度差からして追撃はほぼ有り得ない。とはいえ、前衛がいるかいないかでは後衛二人にとって安心感が違う。

 慎重に狙いを定められる状況であれば、長距離攻撃が成功する可能性も格段に上がるのだ。


「それでも仕留められなければ距離をとって仕切り直し。間合いに注意しながら魔法を浴びせるぞ」


「どこから突っ込むでありますか?」


「んー、臨機応変で」


 イリスは渋い表情となった。


「間違っても水平に突っ込まないで下さいね」


「え?お、おう……どこから突っ込めと?」


「上です上、上空からの奇襲は基本です」


 この世界の騎士はやたら、戦術を平面的に考えたがる。

 それこそ騎士道なのか、あるいは高低差を利用した戦闘をイメージしにくいのか。何にせよ、イリスとしてはもう少し戦術を練ってほしいものであった。


「接近戦が得意なグラウディスとファルカタが最初に攻撃して下さい。反撃されないように、深入りしない距離を保って構いません」


「仕留め損なったらどうするでありますか?」


「攻撃されれば黒竜(ダークドラゴン)も動揺し、動きが単調になります。そこをフランシスカとコピスが狙い撃ちすればいいのです」


 納得した一同。こうして、イリスの発案は採用された。




「私等女子が優位を保てるのは今日まででしょ?」


「そうですね、男子を酷使するのは今日までと断ってしまいましたし」


 日が沈んだ後、イリスはフランシスカに誘われ歩いていた。


「だから、今日中に仕返ししてやるわよ!」


「仕返し、ですか」


 イリスは呆れた。これまでの労働と罰とは別腹らしい。


「今日は私達が、あいつ等の裸を覗いてやるわ!」


 辿り着いたのは件の風呂プレハブであった。


「覗くって……何を?」


「男子風呂をよ」


「失礼します、フランシスカ。私はもう、ふて寝します」


 ペコリと頭を下げて踵を返そうとしたイリスを、フランシスカは首根っこを掴んで阻止した。


「何よ、貴女だって男の体がどうなっているか興味があるでしょ!?」


「ないです」


「噂では男子は股が女子と違うらしいわ……」


「見たことはないのですか?」


「な、ないわよ!」


 そういえば、とイリスは思い返す。

 性教育の授業も高度な情報メディアもないこの世界、異性の体の構造など実物を見る以外に知る術はないのだ。

 家族に男性がいない場合などに限れば、知識がなくても不思議ではない。


「な、なにその余裕の態度? イリスだって見たことないでしょ?」


「いえ、見飽きています」


「えっ?」


「えっ?」


「えっ?」


奇妙な空気が流れた。

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