8話
クルツクルフ城外の埃っぽい酒場。湿気た演奏が反響し、酒と煙草の臭いが充満する店内の一角にて男達は酒瓶を傾けていた。
店の隅の薄暗いテーブルは、自然と声をすぼませ後ろ暗い話をする場にもってこいだ。
「少しは景気も良くなってきたんじゃないか?」
「どうだろうな、税は高いまんまだぜ? 日雇いの給料は少し上がったけどな」
尤も、話題は他愛もない噂や愚痴ばかり。それらしい内容を、専門家ぶって素人が語るに終始する。
相槌変わりにジョッキを傾け、男は調子よく話題を振る。
「ってよ、最近じゃ例の新兵器? とやらで黒竜軍も逃げ回っているって話じゃねぇか」
「信じられねぇよな、一度はこの町まで侵攻されたっていうのに」
「チャイルカノン様々、ってな!」
「工学竜鎧、な」
俄に浮き足立つ民衆。騎士団の武勇は老若男女共通の朗報であり、彼等の活躍は多少の脚色を交えつつも逐次人々へと伝わっている。
ある種の集権を目的としたプロパガンダだが、民衆はそれ自体には気付いていない。
「でも軍部は追撃は控えているって噂だぜ。勝っても深追いしないんだとよ」
「けっ、びびってんじゃないのか?」
「お前は水の国からの避難組だったか……まあ焦んなよ、あんなモノを作ってたんだ。陛下もこのままで終わるつもりはないんだろうさ」
「ってもよっぉ、カアチャンの墓を残したまんまなんだよぉ。いつになったら墓参りできるんだっつーの! うーっ」
「あー泣くな吐くな、きったねぇなぁ……」
新兵器の出現は多くの戦況を変化させてきた。
投石器、火炎放射器、大砲、銃、航空機、戦車。これらは既存の戦術を覆し、数という絶対の有利すら否定する。
異世界においても新たな技術が戦局を変える、という原則に変わりはない。むしろ長く発展が停滞していたからこそ、変化はより劇的だった。
若干の試行錯誤や混乱があったものの、結果としてイリスの開発した新技術は準騎士親善競技大会における『お披露目』を達成し人々に実用性を示したのである。
実績を残したことで大臣達の合意を強引に勝ち取ったフランは、先行量産型の工学竜鎧の開発を指示。軽銀氏主導の元、構造の簡易化と扱い易さの向上を図りつつ再設計された工学竜鎧はロールアウトした。
何せ職人達の手工業を主とした産業革命以前の生産方式である。イリスの知識から流れ作業による高効率な生産体制を採用したものの個々の品質差は生じ、ある程度余裕を持った堅牢かつ簡単な設計は必須だったのだ。
また、生産数も問題。腕利きの職人を動員しようと年間で50セット製造するのが限界であり、とても軍全体にまでは普及しない。そこでクルツクルフ防衛本部は、数少ない工学竜鎧を効率的に運用する為の戦略を考案した。
知性を有する汚染兵は黒竜軍の前線指揮官として機能している。そこで、これを最優先で撃破すべく部隊で最も優秀な騎士に工学竜鎧を装備させたのだ。
優秀な騎士を更に強化し、一息に敵指揮官を潰す。その後、従来の装備を有する騎士達が黒竜を掃討する。これこそ、新たな人類の基本戦術『敵指揮系優先討伐布陣』である。
こうして工学竜鎧を第五騎士団の精鋭騎士が訓練し、およそ一年。彼等が最前線へと赴き前線維持作戦に参加して以来、その戦果は目に見えて現れていた。
黒竜軍に戦術をもたらした汚染兵が効率的に駆除され始めたことで、戦いはここ数年ありえなかったほどに人類に優勢となって進んだのだ。
珍妙な装置に最初こそ半信半疑であった騎士達も、工学竜鎧の有用性に気付けば後は早い。我先にと支給を望み、新兵器の地位は戦場の華となった。
回転式推進装置が可能とする圧倒的速度による一撃離脱戦法。従来の攻撃手段を過去の物としてしまう工学輪唱銃と情報投影器による圧倒的攻撃力。
空戦において、どれだけの技量があろうと速度に勝る相手を下すのは難しい。不利なポジションを奪われたところで加速して逃げきってしまえばいいのだ、これほどの不条理はそうそうない。
発明者としては不満の残る出来であっても、その新兵器は間違いなく人類にとって画期的な変革であった。
混乱のうちに終わった準騎士親善競技大会より2年。ようやく黒竜軍に対抗する術を得た人々は、過激なまでに奪われた土地の奪還を望み、華々しい戦果を次々と上げる騎士団に熱狂していた。
―――それは、ある意味イリスの想定以上の暴走ですらあった。
「大丈夫なのでしょうか」
「心配しても仕方があるまい。わし等に出来るのは工学竜鎧の改良くらいじゃよ」
祖父と孫娘、ランスとイリスは国営大工房の一室にてお茶を嗜みつつ、現状の街の様子を憂いていた。
「しかし、ようやくアルミ合金のサンプルが出来上がりましたね」
イリスが前世の世界から持ち込んだ曖昧な知識を元に、錬金術士達が苦心して生み出した合金。鉄より軽く、かつそれなりの強度を保った金属は、極めて高い発展性を秘めている。
地球のジェラルミンより完成度は低いものの、それでも及第点の成果であった。
「少し打ってみたがの、なかなかに手強い金属じゃぞこれは。くっつかん」
「この金属を使用した前提で工学竜鎧を設計し直しましょう」
「鬼じゃ、お主」
ランスは言った側から複雑怪奇な工学竜鎧を設計し直す、と気安く提案する孫娘に戦慄した。製造工程の複雑さは鋼製の現行型以上となるのは確実だ。
イリスは黒騎士との戦訓から、工学竜鎧に足りないのは運動性能だと判断していた。
「私がかつて黒騎士と戦った時、重い装備のせいで小回りの効かないバルドディは黒騎士に致命傷を与えることが出来ませんでした。これは、可及的速やかに解消すべき問題です」
速度大きく増強する推進装置を追加した現状でも、敵との戦いようは充分ある。イリスがしたように一撃離脱に徹すればいい。
しかしそれだけでは、結局は融通の効かない特化型となってしまう。多用な状況に対応するには様々な性能を等しく向上させる必要があるのだ。
「重いですからね、工学竜鎧は。新素材による軽量化と並んで、製作しておきたい装置……アイディアがあるのです」
「聞こうではないか。次は何を作る気じゃ?」
イリスは自信満々に懐から取り出した紙を広げた。
「空戦高揚力装置、と呼称する予定です」
「幸い、工学竜鎧には既に加速度計と速度計を搭載している……というより、この装置の実装を見越して搭載しておいたといった方が正しいな。これらの数値から必要な揚力を算出し、翼を自動可変させれば高い運動性を発揮出来るのだ」
サラサラと黒板に記入していくイリス。部屋には腕利きのドワーフ達が集まり、仮面を被った彼女の言葉を真剣に聞いていた。
彼等にはもう、仮面を着けたずっと年下の少女に対する違和感はない。国営大工房長く入り浸り、突拍子もない提案ばかりする彼女だが、その発想の適切さと工学竜鎧設計という実績は頭の堅い職人達であっても耳を傾けるほどに信頼を勝ち取っている。
一人のドワーフが挙手する。
「理屈は判る……が、ドラゴンの翼をどうやって動かすのだ?」
ドラゴンとて既に、本能的に最も効率的な翼の運用を行っている。物理的に何らかのアプローチをしない限り、これ以上の高揚力は望みようがないのだ。
イリスの知識と経験からして、ドラゴンの翼はとても洗練されているとはいえない。ドラゴンの翼はコウモリのそれのようで胴体と比べて小さく骨張りであり、到底合理的ではないのだ。
「ある程度の速度まで達した巡航飛行中は、まあ、あの翼で妥協しても構わないのだがな。低速飛行時や旋回時ではあの翼面積では心許ない。ましてやそれを魔法で補っている有り様だ」
この世界の人々はあまり意識していないが、ドラゴンは離陸の際にある種の『魔法』を使用している。そのお陰で滑走をさほど必要とせず、ほぼ0距離での離陸が可能なのだ。
ちなみに、バルドディは脚力のみで必要な初期速度を稼いでいる。それが可能な筋力を有するバルドディもバルドディだが、乗っていて振り落とされないイリスもイリスである。
「ドラゴンの翼は鳥類とは違い、傘のように張った骨に薄い皮が張った構造をしている。前縁は堅い骨だが、後部は手で引っ張れるほどに柔らかい。ようはここを飛行中に支え、下に曲げれば揚力は増すはずだ」
イリスは簡単に説明したが、単に曲げただけでは効率が悪い。生物としての構造を考慮し、イリスは翼上面の気流を要領良く流す為の薄い板を貼ることまで想定していた。
上面の板は真っ直ぐのまま動かず、下面の皮膜だけが下がるのだ。空気抵抗は増えるものの、高揚力装置としての完成度は単純に曲げるより高い。
「可動範囲は小さいが、ドラゴンの重量を支える以上かなりのエネルギーが必要だ。人力でワイヤーを引っ張るというわけにもいくまいし、魔力をなんらかの形で利用するのも現実的ではない」
人間の魔力は有限であり、こういった使用頻度の高い装備の動力に回すのは向かない。
「では、回転式推進装置から動力を拝借するのか?」
「いや、機械的に推進装置の動力を取り出すのは難しいだろう。パワーが違い過ぎる、減速機などを考えればかなり大がかりの機構となってしまうことが予想されるな」
「となるとどこから?」
「電力でいいだろうさ。どうせ重量的ネックの鉛電池は最初から積んでいるのだ」
魔電演算機の稼働用に、バッテリーは初期から搭載されている。ようはこの電力でモーターを回せばいい。
「回転式推進装置に組み込まれている発電機、あそこで得た電力を逐次鉛電池に充電しているわけだが……あの装置は軸を回せば発電するが、電極に電流を流せば逆に軸を回転する装置としても動く。基本は同じ物だ、製作に手間取ることはあるまい」
用途の違いから細々した設計は異なってくるものの、発電機とモーターはほぼ同一の装置である。
「ただこれも金属の塊だ、重くならないように搭載は一つに限定するぞ」
怪訝そうな顔をするドワーフ達。翼は左右に二つあるのだ、動力一つでは足りない。
「この装置で油を送り出し、その圧力でもってシリンダーを稼働させる。高い工作精度を要求されるが、諸君ならきっと出来るだろう」
所謂、油圧装置。これからの技術発展を望むのであれば、避けては通れない道だった。
「ただいま戻りました……」
イリスが音を立てないように静かに部屋に入ると、もう一人の住民は顔を上げた。
「お帰りなさい、イリス」
「まだ起きていたのですか、アーレイ?」
時刻は深夜。日々の訓練がある準騎士は当に寝ていなければならない時間帯だ。
アーレイは、健気にも本を読みつつイリスの帰りを待っていたのだった。
「ふふっ、本の続きが気になってしまって。夜食を準備しておきましたが食べますか?」
ベッドの上に準備されたサンドイッチらしき物を差し出すアーレイ。
「……すいません、マーマイトは苦手で」
「そ、そうなのですか? 申し訳ありません」
しゅん、と落ち込むアーレイ。そんな友人の姿に胸が痛み、心情としては無理にでも食べたかったが、苦手なものは苦手なのだ。
「この前腐って糸を引いた豆を喜んで食べていたので、こういうのが好きなのかとてっきり……」
「腐ったのではなく、発酵した豆です」
反論するも、こればかりはアーレイが正しい。腐食と発酵は科学的には同じ現象である。
「ではお茶を煎れますね」
二つ分のカップを取り出したことから、アーレイも飲むものと判断しイリスは遮る。
「私が用意しますよ。せっかくのサンドイッチを無下にしてしまったお詫びでです」
「イリスは疲れているのですから、大人しくしていて下さい」
少し強い口調できっぱりと断られ、イリスも思わず手を引っ込めてしまう。
「アーレイって、時々押しが強いですよね」
「そ、そうでしょうか?」
何故わざわざ帰りを待っていたのだろう、とイリスは不思議に思う。
「―――では、お言葉に甘えて。私は少し横になっています」
しかし、すぐに友人の身を案じての行動だろうと思い直す。
イリスの副職を知るアーレイが、祖国奪還の為に彼女のサポートを積極的に行っているという可能性も脳裏を過りはした。だが、彼女はそこまで非情になれる人間ではないことくらいイリスも知っている。
「でも、二人っきりの時間はもうすぐ終わりです……」
「アーレイ、どういう意味ですか?」
「そういえばイリスは教官に聞いていませんでしたね。私達も、いよいよ正規騎士ということです」
イリスは思い出す。準騎士が正規騎士となる最終課題の時期となっていることを。
「最終実地演習、ですか」
いわば、これまでの訓練の総まとめ。
これまで何度も行われてきた模擬遠征ではなく、実際に最前線基地へ向かい戦闘に参加するのだ。
今までも事故死する可能性はあった。しかし、この演習では殺害される危険性が発生する。
この差は、些細なようで限りなく大きい。明確な殺意に晒されるのは、大半の準騎士にとって初体験なのだ。
「私は万が一のことがあってはならないと……安全圏にて待機だそうです」
「まあ……そうでしょうね」
軍役であろうと、特別扱いを免れることは出来ない。それがアーレイの身分。
アーレイはイリスの手を握り、額をくっ付けて祈るように目を閉じる。
「―――御武運を。帰って来て下さいね、イリス」
「勿論です。私の帰る場所はこの相部屋なのですから」
アーレイは何故か赤面した。
「騎乗格闘訓練、始めっ!」
騎士の監督に従い、準騎士達が組手相手との模擬戦を開始する。
汚染兵との戦闘を想定した騎乗格闘戦。近年一層重視されているカリキュラムだ。
「そいやっ!」
「ってめ、死ね!」
「今死ねって言った! 死ねって!」
「真面目にせんか馬鹿者!」
一対一で戦う準騎士とその相竜達。手に握るのが刃を潰した模擬剣であり、ドラゴンの爪にカバーをして事故防止に努めているとはいえ、かなり危険な部類の訓練である。
故に彼等も、言葉と裏腹に油断など一切しない。
1秒にも満ちないロスすら死へと直結する。鍛練の成果を試される瞬間は、2週間後に確実に来るのだ。
油断などしようがない。怠惰の見返りは己の命で払うこととなるのだから。
騎士候補生となり6年。大怪我や事故死による名誉退団、適性なしの烙印を押され追放された者。少なくない同胞を失いつつ、騎士として必要な技術を心構えを培ってきた彼等の雑談は―――あるいは、軽口と呼んでも構わないのかもしれない。
「せいっ!」
「はっ!」
訓練場の一画にて訓練に参加する彼女達もまた、6年間同じ部屋で生活してきた友だ。
金髪の少女イリスと、青髪の少女アーレイ。同年代と比べても身長の低い彼女達は、外出中に準騎士と見破られたことは一度もない。
華やかな容姿の二人が正規騎士と同レベルの模擬戦を行っている光景は、初見の者からすれば二度見することは間違いないほど鉄と油の臭いがする訓練場には場違いだ。
「っとと、この!」
「アキレウス!」
アーレイの槍を屈んでかわし、剣を横薙ぎに振るうイリス。しかしイリスが騎乗するのは大人しい気質の余り物のドラゴンであり、意思疏通も成せていないこともあって、どうしても踏み込みが浅い。
対しアーレイの相竜たるアキレウスは、主の指示を待たず回避を開始していた。余裕をもってイリスの剣を回避したアーレイは、勢いのままアキレウスの巨体を一回転させ矛先をイリスへと突き付ける。
互いに静止する少女達。僅かな間の後、イリスは呟いた。
「……参りました」
「はい。ありがとうございました」
ぺこりとお行儀よく頭を下げるアーレイ。イリスも遅れてそれに倣う。
決して手を抜いているわけではないが、模擬戦にてイリスがアーレイに勝ち星を得ることは少ない。
他の戦闘の邪魔とならないように速やかに外周へと避難すると、イリスはほっと息を吐いた。
「強くなりましたね、アーレイ」
「ふふっ。それほどでも」
誉められたのが嬉しく、ニコニコと笑うアーレイ。地力で上回るまでは、アーレイもイリスの小細工に苦戦させられることが多々あった。
「でも、バルドディも工学竜鎧もなしのイリスに勝たせてもらったところで、誇れることではないかと」
ドラゴン達が身に付けるのは旧式の竜鎧だ。工学竜鎧が実用化された今となっても主力はこちらである。
「んっ、どうどう。貴方は頑張りましたよ、私が弱かっただけですからお気になさらず」
済まなそうな表情で鼻先を擦り付けてくるドラゴンをイリスは撫でる。比較的誰にでも懐く温厚な個体であり、イリスとも長い付き合いの子だ。
他の騎士と違い、イリスはバルドディと日頃から接しているわけではない。よって、訓練では余ったドラゴンに乗って参加している。対外的には相竜なし、だ。
本来は相竜を得られなかった候補生は退学なのだが、イリスはなぜか退学されない。この辺も親のコネではないかと噂され、イリスの評判が落ちている一因である。
「バルドディは国営大工房で生活しているんですよね」
「少しは有名なドラゴンですから。今では工房の奥でグータラしていますよ。貫禄ばかりが爛舞騎士級です。そのうち腹の贅肉まで爛舞騎士級になるんじゃないでしょうか」
ボロクソであった。
「私と戦う機会があれば、狭所に追い込むことですね。きっと挟まって動けなくなります」
「まあ。追い込まれる気もさらさらない癖に」
冗談めかして目を丸くし、くすくす笑うアーレイ。
雑談をしている間に模擬戦は全て終了し、正規騎士が集合をかける。
「よし、全員集合!」
駆け足でわらわらと集まる準騎士達。
「慣れませんね、この雑な集団行動は……」
異世界には異世界のやり方があるとはいえ、集合といえば縦横しっかりと等間隔で動くものと刷り込まれているイリスからすれば、このなんとなくで集まるやり方は違和感を禁じ得ない。
教師役の騎士は集まった顔ぶれを一望し、説明を始める。
「もうすぐ最終実地演習だ! これまでのおままごととは違う、本物の殺し合いだぞ! 万全を期せとはいわん、やるべき準備は自分しろ! 俺達はお前達の命に責任はもう持たないのだからな!」
突き放したかのような言い分、叱咤激励であると理解しつつも候補生達は身を竦める。
「演習地はクルツクルフより遥か東、ゴルワーム湿地だ。ドラゴンで3日、徒歩で一月程度の距離だな。人類の生存圏より先に位置する為、補給線を頼りにはしない。しばらく美味い物は食えないと思え!」
小さく小声で「えー」とブーイングするイリス。地球の豊かさに慣れた彼女は、異世界基準では割とグルメである。
「作戦内容は湿地の地形調査だ。最前線で水を補給出来る要所だ、いい加減な仕事をすれば誰かが死ぬものと思って行動しろ」
嘘臭い、とイリスは一人ごちた。片道3日の補給基地が調査されていないはずがない。
実地演習といえど、最初から重要任務など任せるはずがないのだ。
「演習中は1班5人で行動する。振り分けはこちらで済ませてある、後で掲示板に張り出しておくから目を通しておくように。それぞれの顔合わせや打ち合わせは勝手に済ませろ」
しばし黙考。次にどのような言葉が飛び出すかと警戒する面々だが、それぞれの予想はほぼ裏切られる。
「今日をもって俺もお役御免だ」
堅物として有名だった講師騎士はこれまで見たこともないような笑みを浮かべる。さながら、やっとお守りが終わって清々した、と言わんばかりに。
「これは遠足じゃない、各自タイムスケジュールを提出し各々の都合で出発しろ。それによって生じた問題や責任はお前達自身に回帰する。何せこれは実戦なのだからな」
「アーレイは……特殊任務班?」
「流石ですアーレイさん! 正規騎士に加わっての任務だなんて!」
ここぞとばかりにアーレイを褒め称えるギイハルト。
班分けを確認しにきた彼等は、すぐに一つだけ別枠の班が存在することに気付いた。
5人で1班であるにも関わらず、特殊任務班なる枠だけはアーレイ一人だけが名前を載せられている。
「他のメンバーは熟練の騎士達なんだよね」
「さっすが優等生だよな」
「エリートって奴だ。その上美人でおしとやかで、結婚してぇ」
口々に褒め称える候補生達。生まれ持った名声がなくとも、アーレイは人の目を引く存在だった。
アーレイの成績はかなり上位だ。生来の才能だけではなく、イリスの英才教育や本人の努力を積み重ねた結果は明確に数値として現れていた。
それを隠れ蓑にしての特例扱い。幸い他の候補生達は信じたが、それが取って付けた理由でしかないことを知るイリスからすれば中々に白々しい。
「俺も同じ班に入れれば良かったのですが……口惜しいです、貴女との残された時間が残り少ないなんて!」
仰々しく腕を広げアーレイを口説くギイハルト。
「……ところで、貴方はどうしてここにいるんですか?」
「あっ? んだよ、お前には関係ないだろ」
イリスが問いかけると、ギイハルトは露骨に態度を変えて掃き捨てた。
気にせず問いを続けるイリス。
「準騎士になった時点で就職すると言っていたではないですか。我々が参加した準騎士親善競技大会がトラブルによって中断されたとはいえ、貴方の雄姿はなかなかに高評価されていたと記憶していますが」
「我々って……お前はさぼっていたじゃねぇか」
戦場に取り残された出場選手達を指揮したギイハルトは、権力者達にそれなりに大きな印象を与えた。あの時点で割のいい職業を探すことも出来たはずなのだ。
しかし、ギイハルトはなぜか防衛本部に残り、こうして正規騎士となる一歩手前まできている。発言と行動が一致していない。
「お前には関係ないだろ! 結局最後まで七光りで居座り続けやがって!」
「若いですね。人生、図々しい人が得をするものなのですよ」
意外と青いことをいうギイハルトを、イリスは以前より肯定的に見ていた。損得はさておいて、馬鹿は嫌いではないのである。
いっそ頭でも撫でてやろうかと考え、手を叩き払われるのが目にみえているのでやめておく。
「さて、私の班は……5班ですか」
見れば覚えのある名前の羅列。当然だ、親密か否かはともかく6年間寝食を共に生活していれば名前くらい全員暗記している。それは、防衛本部内では微妙な立ち位置のイリスとて例外ではない。
「グラウディス、コピス、フランシスカ、ファルカタ……あぁ、なるほど」
面子の共通点に思い至り、露骨過ぎるとイリスは呆れた。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない」
訓練場の隅に集まった5班の面々。グラウディスがありもしない眼鏡を直す仕草をして、にやりと笑みを浮かべる。
「コペス君。我々の共通点を述べたまえ」
「はっ! 我々は成績劣等者、即ち下から数えた方がハヤイーズであります!」
びしっ、と敬礼し答えるコピス。そんな彼を、癖っ毛の少女が半目で見た。
「ばっかみたい。胸を張ることじゃないでしょ、ふわぁ」
小さく欠伸を手で隠し、イリス以外の唯一の女性―――フランシスカは気だるそうに髪をかき上げた。
そんな何気ない仕草に反応する少年。
「そ、そうだよ。これから実戦なんだから、気を引き締めないと!」
「まあ、ファルカタの言い分も違いないな。この街にきっちり帰ってくる為にも、打ち合わせはちゃんとやっておこうぜ」
成績の低いグラウディス、コピス、フランシスカ、ファルカタの4人は日頃からつるんでいた。それぞれ役割分担が出来上がっているのである。
グラウディスは4人のリーダーだ。陽気で人を纏めるのが上手く、候補生の中でも大きな信頼を得る人物である。
その適正を考慮してであろう、5班の隊長も彼が指定されている。
コピスは軍属の軍隊オタクという奇妙なようで、実はよくいるタイプだ。成績はともかく口さえ開かなければ、愚直な軍人と称して差し支えない志の持ち主。
フランシスカは場違いに容姿に気を使う、所謂「ギャル」風の少女だ。なぜ竜騎士を目指しているのか誰にも解らないものの、飄々と候補生の一員として生き残っている。
ファルカタは他者より一歩引いてしまうタイプの少年。その癖色恋沙汰には相応に興味があるらしく、フランシスカにちょくちょくアプローチしてはシカトされている。気質の割にめげない少年である。
イリスが改めて各人のプロフィールを思い返していると、いつの間にか4人の視線が自身に集まっていることに気付く。
「ええと? ……ああ、イリス・ブライトウィルです。よろしくお願いします」
初対面ではないものの、会話の機会に恵まれていた間柄でもない。挨拶は必要だろうと察する。
「グラウディス・フレスコだ!」
「コピス・フィッシュベッドであります!」
「フランシスカ・フォージャーよ」
「ファルカタ・ファーマです」
滞りなく自己紹介を終え、細々とした打ち合わせに入る。
イリスは顎に人差し指の先を当て、打ち合わせ最初の議題を提示する。
「そうですね。まずは―――」
「チームの名前だな!」
イリスはずっこけた。
「え、ええと。いえそんなの適当でいいのでは?」
「なにいってやがる、重要事項だろ」
本気の瞳で訴えるグラウディス。他の3人も異論はないらしい。
「とりあえずかっこいい名前がいいよな。正義とか英雄とかさ」
「可愛い名前でしょ。動物の名前とかどう? 最近アルバカにはまってるの」
「あんまりイロモノにしない方がいいよ……曖昧な言い回しにしとけば後々便利だと思う」
「勇ましい名前こそ部隊の誉れであります!」
「…………せめて、最後は『隊』とかそれっぽい単語を入れて下さい」
不毛な議論が続いた結果、それぞれの提案を統合した名称と決定された。
実地演習5班『ジャスティスアルバカ的な勇猛果敢自衛隊』爆誕の瞬間である。
結論からいえば、この名称がこの場以外で使用されることはいよいよなかった。
ジャスティスアルバカ的な勇猛果敢自衛隊の打ち合わせは続く。
「俺達の仕事は陣地の保全、物資の管理、野外炊具の運搬だ」
「つまり雑用じゃない。めんどくさぁい」
「野外炊具は重いのです! 重労働なのであります!」
屋外で食事を準備する道具一式を野外炊具と呼ぶ。キャンプ道具に近いものがあるが、人数が多い為に一つ一つが大きい。
最前線へと運ぶのは格納魔法にて土竜の魔導血界領域に放り込んでおけばいいので苦労はない。だが、現場にて細々と扱うのは結局人間だ。
「食料は早めに格納魔法に入れておいた方がいいかと。魔導血界領域の中では食べ物は腐りませんし……」
「なんで腐らないのかしら?」
フランシスカの呟きに、きょとんと4人が首を傾げる。
格納魔法には幾つかのルールが存在することが知られるが、その原理については考察の域を出ていない。
「なんでって……そういうものだからだろ?」
困り顔で答えるグラウディス。
「魔導血界領域内では時間が止まっている、って何かの本で読んだ気がするけど」
小さく挙手して意見を述べるファルカタ。
しかしイリスはそれを否定する。
「以前時計を放り込んでみましたが、格納魔法内でもきっちり時間は進んでいます」
時計といっても手作りのオルゴールらしき品だが、時間が進んでいるか否かを判断するには差し支えない。イリスの検証の結果、時間は魔法の空間内でも流れていることが確認されている。
「格納魔法は生物を入れることが出来ません。そのルールに則れば、菌が入る時に押し退けられている、と考えるべきでしょう」
イリスは幾つかの実験よりそう結論付けていた。
菌を培養した蓋付きシャーレを一度格納魔法に入れて出し、同じように培養した物と対称実験を行ったのだ。
実験の結果、菌が出入りする余地もないのに菌の繁殖は停止したのである。
「死体は格納出来るあたり、収穫されたり枝肉となった野菜や肉は排除対象外なのでしょう。個体として死亡したところで細胞レベルでは生きていることも多々あるはずなのですが、その境界はよく判りません」
ポカーン、と声を失う一同。イリスはしまったと自身の失態に呆れた。
彼女は時々、この世界の知識では理解不可能なことを口にしてしまい周囲を困惑させてしまうのだ。
「キン、ってなーに?」
「ええと、なんと申しますか。食べ物を腐らす悪い精霊です」
どうせ通じまいと、イリスは適当に誤魔化す。
おおよそ納得の表情を示す面々に安堵しつつ、イリスは打ち合わせの続きを促す。
「話の腰を折ってしまいましたね。続きをどうぞ、グラウディスさん」
「ん、そうだな。……さんはいらないぞ」
「承知しました」
頷くイリス。
「さて。陣地の確保が役割である以上、他の班より早く出発しなけりゃならん。あまり日数はないと思うべきだな」
抗議の表情を浮かべる面子に、グラウディスはげんなりと疲れた表情となった。
「そこ、ぶーたれるな」
隊長職は多難である。
顔合わせ兼打ち合わせを終えたイリスは、凝った肩を解しつつ防衛本部宿舎より脱柵した。
「脱柵が日常化しているのもどうなのでしょう……」
必要に迫られての行為とはいえ、本来厳禁なはずの脱走に躊躇いがなくなっている自分に複雑な心境のイリスであった。
「イリス、こちらです」
こそこそと待ち合わせ場所の広場に向かえば、所在なさげに立っていたアーレイがイリスに気付き、ぱぁっと顔を輝かせる。
時間のなかったイリスは脱柵だったが、アーレイは正規の外出届けを提出してのお出掛けである。
「申し訳ありません、遅れました」
「いえ……今来たばかりですから」
お約束のやり取りの後、二人は手を繋いで歩き出す。
「思ったより遅い時間になってしまいました。てきぱきと必要品を買っていかなければ、帰る頃には日が沈んでしまいます」
「別に宜しいのでは? 別段、早く帰らねばならない理由はないように思いますが」
外出届けは当日有効であった。日付が変わるまでに戻ればペナルティはないのである。
もっとも、無断外出のイリスにしても特殊な身分のアーレイにしても、防衛本部内では特例扱いなので罰を受けることはないが。
「遅くなっては治安の悪化が心配されます」
「ふふっ。守って下さいね、王子様?」
「家まで送りますよ」
「目的地は同じでしょう」
笑い合いつつ、少女達は道を進む。
クルツクルフの中心に程近い商店街。富裕層も多いことから、治安の心配をする必要がない程度には安全な地区。
「お、あれ見ろよ」
「すっげー美人。声かけよっかな」
「やめとけ、まだ子供じゃねーか」
「あの二人は準騎士だぞ。俺達一般人よりよっぽど腕っぷしが立つはずだ」
「マジかよ? あんな可愛いのに?」
まだ幼さを残すものの、イリスもアーレイも女性らしさが前面へと出てくる年頃。出歩くだけで異性に声をかけられることも珍しくない。
彼女達のお出掛けエリアでは、二人はにわかに有名な存在となっていた。
「しかし、感慨深いものですね」
雑貨を眺めつつ、イリスは呟く。
「人生の半分をアーレイと同室で過ごしてきたのですね」
「そうですね……もう6年だなんて」
城にて適当に付けたあだ名、アーレイ。この名が半ば正規のものとして扱われていることに、イリスは奇妙な感覚を覚える。
「ふふっ。アーレイ、いい名前ですよね」
ころころと笑うアーレイ。彼女は心から、イリスの付けたこの名を気に入っていた。
由来については墓まで持って行こう。イリスは誓いを新たにした。
「耳を澄ませ、それは破滅と慟哭の唄」
「昏い深淵より覗くのは、忘却されし赤子の詩」
「誇りは明白なる使命。記録されぬ葬送曲」
「故に裏面へ刻む。大憲章の片隅に彼の鎮魂歌を」
「マニュフェイト」
説明
地の底より突き上げる魔力。飢えた精霊が地上に吹き出し、イリスの魔力を貪る。 第三級魔法。制御も危うく極めて危険な、上級局地崩壊魔法。 密度が限界まで高まった精霊は暴走し、周囲の物質を崩壊させながら霧散する。 その結果がもたらすもの、それは無差別な破壊の嵐。 紫電が舞い、周囲全てを噛み砕く。イリスの切り札の一つ。
作者のお気に入り魔法。この中二病っぽさが我ながらぞっとする……!




