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軽銀のドラグーン  作者: 蛍蛍
1章
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プロローグ


誰でも読んで頂けるように、ミリタリーな専門用語は本編では出来る限り出さない方針です。プロローグで妙な単語が出てきてもスルーして問題ありません。

会話のノリは有名自衛隊漫画・亡霊無頼を参考にしています。実際の訓練で本編のようにふざけていては、注意では済みません。

たぶん(詳しくない)。


 『彼』は空ばかりを見上げている子供だった。

 幼少よりずっと変わらぬ気質。ふと立ち止まり、延々と空を見続けていた。

 あまりに空に執着する彼に家族は心配していたが、やがて彼は勉学に打ち込むようになる。

 空への興味が失われたのかと内心安堵した周囲だったが、そうではない。

 単に、見上げているだけの現状に我慢ならなくなっただけだ。

 優秀な成績で普通科高校を卒業した『彼』は、迷わず航空学生となる道を選んだ。

 6年間の厳しい訓練。学生と呼ばれつつも事実上の自衛隊員、甘えなど許されず次々と同期は脱落してゆく。

 だが、そんな日々ですら『彼』には喜びだった。




《おい見ろよ、東京だぜ》


 僚機の無線に『彼』が視線を下へ向ければ、雲の隙間より灰色のモザイクが覗いていた。

 雲よりもずっと高い空で編隊(エレメント)を組んで飛行する二機のT-4。この高さにあっては眼下の地形など霞んでしまうのが常だが、この日は大気が澄んでいるらしくミニチュア模型のような鮮明な地上の景色がパノラマとなっていた。

 白く霞んだ空を飛行する彼等は、航空自衛隊の訓練項目を終え巡航飛行していたところだ。

 狭い国土に一億人がひしめく日本、だが高度50000フィートから見下ろせばちっぽけなもの。

 到底、人口が過密に密集した国家には思えない。そう口にすると、僚機を駆る垣崎は苦笑する。


《まーな。でもこの島に、俺の母ちゃんも親父も皆いるんだぜ》


 ほら、こうすりゃ顔まで見える。そう言って彼は機体をロールさせ、背面飛行をする。


《って、見えて堪るかっ!》


 一人馬鹿笑いする同僚に、『彼』も苦笑いを禁じ得ない。


《俺達はこのちっぽけな島を守るんだぜ。四方八方を面倒くさい国に囲まれて、四六時中戦闘機やら爆撃機が突っ込んでくるんだ。それを皆追い返すんだよ》


 気の早い奴だ、と『彼』は呆れる。

 ウイングマークも得ていない彼等は、まだ正規の自衛隊パイロットではない。

 あと数十時間の飛行訓練を終え、全過程を終了して初めてパイロットを名乗れる。操縦幹を握っただけではパイロットではないのだ。

 彼が話したスクランブル待機要員となるのはその更に先、本物の戦闘機に搭乗する為の訓練を積んだ後の話となる。早くとも一年近く先のこととなるだろう。


《お前もやってみろよ》


 誘われ、『彼』もまた機体を裏返す。

 もう慣れきった、頭に血の昇る感覚。だが、彼等にとっては上も下も同じことだ。

 鍛え上げられた三半規管はどんな姿勢でも気分を崩すことなどない。天地が逆さまになっている非現実的なキャノピー越しの世界、どこか夢心地で『彼』は東京圏を見上げる。


《もうこのイルカっ公ともお別れさ。そうなれば俺達も正規ドライバーだろ?》


 『彼』は少し残念そうに翼を振った。この中等練習機も、割と嫌いではなかったから。


《つーか背面飛行って、ちょっとした高等技能だったよな。やっぱ俺達天才じゃないか?》


 後ろの座席に教官がいない単独飛行訓練、だが彼等を監視する者がいないわけではない。


《あー、お前等、そのまま着地したらすぐに卒業させてやる》


《げっ、やべっ!》


 司令塔よりの怒気を孕んだ声色に、露骨に動揺する垣崎。

 『彼』は巻き添えを食った、と落胆した。


《だいたい貴様等はーーー》


 教官の声にノイズが混ざり、通信が途絶える。


《ん?》


 垣崎は首を傾げる。


《もしもーし? 応答しろ、コントロール(司令塔)? どうなってんだ、トラブルか?》


突然の通信途絶。困惑する彼等は、遥か遠方に天より突き刺さる光の槍を見た。


《あれはーーー》


雲の隙間から一線の光が斜めに真っ直ぐ差し込む現象。

斜光にも似た幻想的な景色。

しかし二人はそれが、天使が地上に舞い降りる為の梯子、などというメルヘンチックなものではないことを知っていた。


『弾道ミサイルの再突入体、だと』


音速を遥かに越えた速度で大気圏に再突入する、小さな飛翔体。

光は地面に突き刺さり、閃光が世界を貫く。

閃光は空を飛ぶ2機をも襲う。特に垣崎機は、『彼』の機体の盾となる形で真っ向から光を浴びてしまった。

やがてゆっくりと立ち上るキノコ雲。立ち昇るそれは、空を越えるほど大きい。


《な……そ……》


 最悪の想像が『彼』の脳裏を過る。

 核爆弾。弾道ミサイルの軌跡は一つ、多弾頭ではなく大型の核爆弾である可能性もある。

 かつての大戦で使用された初期型の比ではない、圧倒的暴力が国内で使用されたのだ。


《くっ……えねぇ……》


 垣崎は何やら焦った様子を見せていた。辺りを必死に見渡し、しきりに頭に手を触れている。


《目が……どうを……》


 『彼』は気付く。垣崎は目が見えていない。爆発の閃光を肉眼で直視してしまったのだ。

 『彼』は自機を垣崎機の前に出し、衝撃波を彼の機体にぶつける。目が見えず通信も出来ないのなら、音で誘導すればいいと考えたのだ。

 垣崎は動言に反し優秀だった。『彼』の意図を理解し、即座に誘導に従う。

 『彼』は胸を撫で下ろす。しばし経てば通信も回復するであろう、後は無線誘導だけで着陸すればいい。困難だが、不可能ではない。

 少しだがそう楽観した瞬間、垣崎のT-4がスピンを起こした。

 バランスを崩し、完全に制御不能に陥ってきりもみ落下していく垣崎機。『彼』は数秒前の安堵を引き摺ったまま、何も出来ずにそれを見送った。

 突然の友の死に困惑し、頭が狂いそうになりながらも、何があったかを推測する。

 すぐに『彼』は解す。爆発の電磁波で垣崎機のアビオニクス、つまり電子機器が破壊されたのだ。信頼性の高い機械式の同機にてこのようなトラブルが起こることは考えにくいが、有り得ないわけではない。

つまるところ、垣崎は幸運の女神に見放された。

 無駄と知りつつ通信機のマイクに脱出を促す叫び声を上げる。当然のように応答はない。

 垣崎はスピンした時点で、猛烈な遠心力に晒され失神していた。

 結果的に、自身が友を犠牲としたことで生き延びたことを理解する『彼』。

 悔恨と悲しみが沸き起こるも、嫌な予感を感じ『彼』は蒼穹を探る。

 誰よりも愛した青空。しかし、再び無粋な悪意が迫っていることを『彼』は感じ取った。

 即座にスロットルを押し込み、操縦幹を引く。

 今現在T-4が飛行している高空はこの練習機のスペック上の限界高度だが、それはこれ以上高く空へ昇ることは出来ない、という意味ではない。

 速度を高度に変換しつつ、機体性能を越え天に駆け昇るT-4。地上の数倍の重圧が『彼』を襲うも、この程度で根を上げる鍛え方はしていない。

否、例え重圧が身体を粉砕しようと、『彼』は引く気などなかった。

 同じく空を夢見て、共に切磋琢磨しあった友人。彼の喪失は『彼』を静かに激怒させていた。

『彼』には見えていた。

宇宙と空の境界。薄く2閃の尾を引く、光を纏う小さな凶器。

爆撃機。地上を凪ぎ払う為の、炎を撒く飛行機。

何故、と疑問が過る。あの高度を堂々と飛行していれば、日本各地のレーダーに引っ掛からないはずがない。工作員によって予めレーダーを無力化されている様子もなかった。

ステルス機。そんな可能性が頭を過る。『彼』の知識ではその機種はステルス性能を考慮していないはずだったが、現に目の前を悠々と飛ばれてはそう仮定するしかなかった。

少し小降りな双発機だが、『彼』はその機種が核の運用が可能なことを知っていた。敵は弾道ミサイルを使用したのだ、二次攻撃も充分ありうるであろう。

『彼』は思案する。核爆弾は正規の点火プロセスを経なければ爆発しない。

大気中で迎撃したところで、拡散する放射性物質の量はたかが知れている。つまり迎撃しても問題はない。

どのような手段であっても、目の前の爆撃機を日本上空へ侵入させてはならない。それが、『彼』の導きだした結論だった。

迷いはあれど、躊躇いはない。空だけを追い求め何故自分が戦うのかすら覚束無い青年は、それでも更なる接敵に挑む。

すぐに、近付いてくるT-4に気付いた爆撃機も行動を起こした。

7門の23ミリの機関砲が『彼』を襲う。突如針鼠と化した敵に、T-4は最低限の回避運動で応じた。

彼我の速度差はほとんどない。運動性能に優れた練習機T-4でもってしても、敵爆撃機からの攻撃を回避しつつの追従は困難であった。

やがて一撃、また一撃と被弾するT-4。23ミリの砲弾は非装甲の練習機にとって戦車砲に等しく、これだけのダメージでいつ空中分解しても不思議ではない。

『彼』は恐怖を闘志で覆い、爆撃機後方上空に着く。

ここまで近付いて、『彼』はようやく敵の手品の種に気が付いた。爆撃機の表面は僅かに発光し、紫電らしきものを纏っているのだ。

プラズマステルス。理論上でのみ語られていた、未知の技術。

これを旧式の爆撃機に搭載することで、最新鋭レーダーすら欺いてみせたのだ。

されど、敵の奮闘もここまで。偶然居合わせた練習機に発見されたことが、そしてそのパイロットが自分の命すら簡単に天秤に載せる気質を有していたことが敵機搭乗員の運のつきだった。

次の瞬間T-4は砕け散った。

爆撃機への体当たり。激突の様子など『彼』からは見えようもない。

だが、意識の喪失こそが『彼』の勝利の証。

死の苦痛などない。肉体は瞬時にミンチとなり、無力化された核爆弾と共に塵と化す。

果たしてこれでどれだけの成果を残せたかなど解らない。

『彼』はおおよそ満足だった。

『彼』は存分に不満だった。


目的を果たしたことの達成感と、もう空を飛べないことの喪失感に包まれ、『彼』の意識は地上とは違う場所へと落ちていく。






 転生した『彼』が現状に気付き、真っ先に確認したこと。

それは両親の名前でも、現在位置の詳細でも、日本の現状についてでもなく……


(あぁ、良かった)


……空が蒼いか、だった。



この小説はフィクションです。

実在の人物や組織、航空力学や物理法則とは一切関係ありません。

作中の飛行はとても危険です。絶対に真似しないでください。


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