赤髪の少女
歓声が轟く。旗を振りマフラーを掲げるサポーター。熱気が肌にビリビリと伝わってくる。たとえノンリーグとはいえさすがフットボールの本場イングランドと言うべきなのだろう。選手がピッチに出てくるとサポーターは一層声を大きくして鼓舞する。そんな熱狂的なサポーターから少し離れたところに腰を下ろし赤髪の少女はタブレットの電源を入れるとピッチに目を移した。既にポジションについている選手達の中から一人の選手に目を凝らすと少女はタッチペンを顎に当て思案顔で囁いた。
「あれが彼…ね」
ピー!
キックオフの笛が鳴ると同時にワーという歓声が轟く。この試合はマクルズフィールドタウン対オックスフォードユナイテッド。イングランド5部、通称ノンリーグのリーグ戦だ。試合はホームのマクルズフィールドタウンが慎重にパスを回しながら進んでいく。中盤で回されていたボールがセンターバックまで下げられた時、赤髪の少女は顎に当てていたタッチペンをタブレットの上に下ろしボールを持った茶髪のセンターバックの選手を注視する。
「身長は170ぐらい…体格も事前のデータと大差ないわね」
少女はそう小さく呟くとタッチペンをスラスラとタブレットに滑らせるとすぐにタッチペンを動かす手を止め視線をピッチに戻す。
ボールを持った選手はルックアップしプレッシャーがかからないことを確認すると左足を踏み込みロングフィードの姿勢をとる。瞬間少女は瞬き一つせずその選手の動きに注目する。振り上げられた右足から放たれたロングフィードは美しい弧を描き走り出していた左サイドハーフの選手にピタリと収まった。少女は一瞬体を小さく震わせるとすぐにタブレットにタッチペンを何度も滑らせる。前半が終わると少女はスマートフォンを取り出しやや興奮気味に電話をかけた。
「もしもし、ソフィアさんですか。はい、間違いなく彼は本物です。ほっほんとですって!」
少女は電話を切るとむ〜と唇を噛みながら後半開始の笛を待った。後半はアウェーのオックスフォードユナイテッドが押し気味に試合を進めた。前線に背の高い選手を置いたウィンブルドンはサイドや後方からどんどんロングボールを放り込んでくる。おそらくブラッドフォードのセンターバックコンビが片方は185センチ程だがもう一人が170センチと明らかにセンターバックとしては小さ過ぎるのを狙った戦略だろう。
「まあ、そうくるわよね。さて、どう対応するのかしら」
少女は興味津々といった様子でその小さなセンターバックを注視する。オックスフォードユナイテッドは後半何度もロングボールを放り込んだ。しかし全て跳ね返された。オックスフォードユナイテッドのフォワードが190センチ近くなのに対してマークするセンターバックは170センチ程しかないのだ。それにも関わらず放り込まれたロングボールは全て身長差20センチもあるセンターバックに跳ね返された。気づけば少女はタッチペンを滑らせる手を止めピッチ上のその選手から目が離せなくなっていた。正確無比のロングフィード、タイミングと圧倒的な跳躍力でロングボールを跳ね返す空中戦の強さ。事前に調べてはいたが実際に見てみるととんでもない逸材を発見した、と少女は思った。試合は1対0でホームのマクルズフィールドタウンが勝利した。試合後のロッカールームでは疲れ果てた選手達がシャワーを浴び、服を着替えたりしていた。すると一人の小太りのおっさんが入ってきて
「おーいジャックいるかー?」
「あっ監督。どうしたんですか?」
ジャックと呼ばれた17歳ぐらいの少年はタオルで頭を拭きながら返事をする。
「あーなんかお前に用があるらしい女の子が外で待ってるぞ。なんか知らんがすぐに行ってやれ。」
女の子?ジャックは戸惑った。俺に異性の知り合いなんていたかな…
「おいおいなんだジャック〜。いつの間に彼女できたんだよ。」
上から頭を手でガシガシと掴みながらからかってきたのはジャックと共にセンターバックコンビを組んでいるナイルだ。歳は25ぐらいだろうか。
「違いますよナイルさん。彼女どころか異性の友達もいませんから」
ジャックはすぐに否定する。
「やっぱそうか。でも気になるなー。」
ナイルは笑いながらそう言い残して去っていく。ジャックは帰り支度を整えると「お疲れ様です」と言い残してロッカールームを出て右に曲がった時、その少女と出会った。長い赤髪に背は150そこそこだろうか。落ち着いた目はどこか幼さを感じさせ全体的に穏やかな雰囲気の女の子だった。




