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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

泥濘の蓮

作者: 航空母艦

雪で構築された陣地の雪と土嚢で出来た壁から何かが出た、

『砲兵鏡』またはカニメガネと呼ばれるそれは、

わざわざ人が遮蔽物から出てきて双眼鏡を使って観察するよりも安全な観測装置だった、


「素晴らしく珍しい静かな朝だな、嵐の前の静けさとやら...」


愚痴をこぼしたその人は隣に引いてある有線電話を取る、

待てども待てども繋がらず、思わず舌打ちする、


「昨日の定期便でまた切れたか、何回切るつもりだよ」


※定期便:定期的にここを爆撃に来る爆撃機の師団内でのあだ名


そういうと電話をリュックの中に乱暴に押し込んだ、

銃を二本前にぶら下げリュックは後ろに背負い、

拾った木の棒で歩き出す、歩き出す前に隣にいた兵を起こした


「おい、今から本部へとんぼ返りしてくる、何かあったらすぐに信号弾を撃ていいな、」

「了解しました」


歩いていくその姿は、どこか寂しそうだった





師団本部、


テントと装甲された戦闘車両が森の中で静かに鎮座していた

無線の真空管は冷え切り、敷設用の電話線やケーブル、

さらに前線の一兵に提供する銃弾や本部近くに布陣する野砲弾すら欠乏していた、

そこの一人の男が入ってきた、さっきの男だ、

テントに入った途端、テントがただならぬ雰囲気になる、


「師団長...」

「電話線、また切れたよ」


全員がその受話器に注目する、

ベニヤで急造したテントの壁際には空っぽの資材置き場、


「...援軍や支援が無いこの状況だ、そろそろ戦力の集中と行こうじゃないか」


通じなくなった電話を作戦テーブルに置きつつ、

兵をあらわす駒を作戦テーブルの地図上で動かし始める、

師団にしては駒が異常に少ない、


「歩兵は大九八に乗ってもらう、九〇野砲も小九八でいつでも撃ち逃げできるようにしておけ、機甲部隊も本部のこの二つを残して全て投入、ホニⅡは九〇とともに動け、夜間の定期便と爆戦に気をつけろ、気まぐれな一発で戦力を失っては困るからな、ここ数日間は激しくなると予想しとく、イワンの野郎どもがいつ雪崩れ込んでくるか分からない以上戦力の分散は避けたい、張り付いていた雪の堤防は地雷塗れにしとけ、時間稼ぎにはなる」


※爆戦:旧式の戦闘機に爆弾を乗っけて安上がりで小型な機動力がある爆撃機や襲撃機に改造された機体のこと、主に夜に来るクソ五月蝿いハエである


テキパキと指示を出していく、テントに入って実に20秒の出来事である、

その後また雪の堤防へとんぼ返りして疲弊した戦力を本部近くの急造トーチカ(凍土と木材と根性で作った)へ一時的に休息兼非難させ、

機甲部隊は擬装網と回りに有り余る木の枝などを折ってきて徹底的に擬装した、


「今のうちに食っとけ(ビスケットとバターのみ)」

「今のうちに風呂を済ませろ(北欧はサウナだ)」

「今のうちに飲んどけ(酒なんて無い水だけ)」

「今のうちに吸っとけ(新品は無い吸殻の寄せ集め)」


といった具合に贅沢とは言いがたい贅沢を一時楽しんだ(たったの二時間)

戦局は待ってくれないのだ、今夜の爆撃は一番ひどかった、

歩兵が這いつくばっていた雪の堤防は跡形も無く吹き飛ばされ、

永久凍土は掘り返されて溶け出しぬかるんでいた、


正直言って別所にいるシモヘイヘなどの伝説級の兵力がほしかったが、

これはある諸事情で叶うわけが無かった、




戦力は臨時再編成の時ですら五百前後だったのに、現在では三四七名(本部の十二名も含め)まで低下していた、

師団とは名ばかりであり、大隊の戦力すら下回っていたのだ、


もともとこの師団は歩兵と機甲部隊の二個師団編成なのだが、

機甲部隊はもっと悲惨だった、


九七式軽装甲車二両(元々は後方警備用だったがあまりにも戦力が不足しているので前線に引っ張ってきた)

一式自走砲一両(砲兵がいなかったので前線の戦力として引っ張ってきた)

一式突撃砲六両(トランスミッションボロボロ、部品も次のオーバーホールで最後)


たったの九両の機甲師団なのだ(今まで戦ってこれたことが奇跡)


本部はテントと一〇〇式観測挺身車と九八式装甲運搬車で構築された移動本部とかっこいい名前はつくが、どっちかというと無線設備などの充実さで選ばれたわけで、

永久凍土に穴掘って水浸しになるのも勘弁だったし、そんなのに耐えられるのはイワンだけ、


そして師団長の彼は少佐、戦力が臨時再編成のとき大隊規模だったのが決定的であり、この名ばかりのボロボロ師団の指揮を執っていた、


※師団長:普通は大佐が指揮を執る


爆戦も増えてきた、トーチカからは有線電話で苦情が来た、

臭いし、爆撃の衝撃波もすさまじい、もっといいのは出来ないのかと来た


これに対してわれらが雑役少佐(こんな師団を任されたるんだからこんな扱いだよな)は一点張りだった


「這いつくばれ、噛り付け、歩兵の花道だ」

「天井が崩れた、壁が崩れたら修理しろ」

「戦力不足なの、貧乏なの、手が回らないの」

「臭いならガスマスクしろ、ションベンは薬莢で済ませろ、ウンコは一人ずつ出て行ってしろ、集団はダメだ」

「こっちなんてテントとベニヤ板だ、そっちのトーチカから蹴り叩き出されたくないのなら我慢しろ」


我慢すること二日間(それ見ろ戦局は待ってくれなかった)

ついにソヴェートのイワンが動いた、


M-30 122ミリ榴弾砲のすさまじい集中射が始まった、

典型的な攻撃準備砲撃であり、弾幕は永久凍土を泥濘にしつつ後方へずれて行った、


事前よりこのことを察知していたわれらが雑役少佐は本部と全戦力を移動、

その場にあった農家(ヨーロッパの農家は広いデカイ頑丈である)をトーチカ化させた、わずか五時間の出来事であった、


こうしてイワンによる第一次総攻撃は始まりを告げた




続く(やんなきゃよかったよ...トホホ...)

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