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誰ですか5・5で評価入れてくれた方は!? 高階さん感激の嵐に呑み込まれましたよ! ありがとうございます!!
この間の約束通り、今日は芽依と一緒に家を出た。俺が一限スタートでなければ時間が合わないので、一緒に登校するのは入学式以来だ。もしこんな光景を剛史や知遥などに目撃されたら確実に勘違いをされるだろうと冷や冷やしたものだが(何しろ同居しているということさえ話してしない)、実際に二人に会ったのは大学の校門の前、芽依と別れた後のことだった。
「おはよ、二人とも」
「おっす央芽」
「おっはよー和久君」
相変わらず髪の毛がツンツンとあらぬ方向へ跳ねている剛史は、普段とは打って変わってテンションが低い。それは剛史が極端に朝に弱いためだということは、ここ数日でよくわかった。その弱さは相当強力らしく、毎朝知遥に揺すられ、布団を剥がれ、張り倒されたところでようやく寝ぼけ眼をこすりながら起き上がるという。その話を聞いたとき、毎朝知遥に起こされる云々を突っ込む余裕もないほど剛史の睡眠欲の強さにあきれたものだ。
そして知遥は、これまた剛史のように髪とテンションが反比例している。逆に何で朝からこんなにハイテンションなのか。
「そうだタケ、今日という今日は一限寝んなよ。何たって今日は履修関係の説明なんだから」
確かに今日の説明は重要だろう。だが知遥は似たようなニュアンスで同じことを毎日言っているし、剛史はそれでも毎日爆睡する。結局知遥が剛史の分までノートをとっている。俺から言わせれば、知遥がノートを取り続ける限り剛史の“二度寝”は止まらないと思うのだが。
そして案の定、剛史は一限の八十分間ぶっ通しで寝通した。知遥は当然のように履修の面倒もみるつもりらしく、二人分の時間割とにらめっこしている。ご苦労様です。
次の時間は必修の基礎地理学だった。大抵の内容は高校までで習うものなので、正直俺や剛史にとっては退屈極まりない。何しろ話される内容の全てはすでに頭に入っているのだ。だからといって受講して単位を取らなくては進級が出来なくなるので、サボるわけにもいかない。この講義は出席点に重きを置いているからだ。
でも逆をいえば、出席さえすれば単位は取れるのだ。期末テストやレポートなんてあってないようなものだ。そんなわけで俺と剛史は“自主学修”に興じることになった。
「――というわけだから、ジャッジはハルに任せるぞ」
「よろしくな、知遥」
知遥はうるさそうに片手を上げただけで、視線は板書とノートから離そうともしない。まあそれが普通なのだろうが。基本的に知遥は真面目だ。見た目からは想像もつかないが(と言ったら本人に失礼だろうが)、知遥は全ての講義を通して板書から教授の話まで漏らさずノートをとっている。おそらくこの中の誰よりも完璧なノートを作っていることだろう。剛史はつれない知遥から見えないように肩をすぼませて見せた。
俺と剛史の前には、一枚の白紙のルーズリーフが置かれている。制限時間は十分。十分間で何も見ずに、どちらがより正確な日本地図を書けるかを競うのだ。下らないが、暇つぶしぐらいにはなるだろう。それに剛史がどれほどデキるのか、興味もある。あまり公には言わないけど、地図制作は俺の十八番だ。本来は模写の方が得意だが、日本くらいなら記憶でどうにかなる。正直負ける気がしない。
「じゃあ今から十分。教室の時計で十一時までな」
「オッケー。じゃあ、始め」
剛史の合図とともに手元に集中する。紙のサイズからどの程度の大きさで書くのかを瞬時に考える。北海道、本州、四国、九州の大まかなラインを、それぞれの大きさを意識しながら書く。九州は四国の二倍、北海道は九州の二倍。ここまで一分。だが本番はここからだ。島国だけあって、日本列島の海岸線は複雑に入り組んでいる。その全てを正確に書き切るるのは模写でもしない限り不可能だが、大体の海岸線は書ける。まずは比較的簡単な北海道から。それに合わせて本州を北から書いていく。岩手の三陸海岸のようなリアス式海岸――海岸線が特に複雑に入り組んでいるところ――は適当にごまかしながら。五分が過ぎる頃には本州も完成した。
「うっわ、マジか。やっぱりアンタもタケに負けず劣らない化け物だねえ」
いつの間にか俺たちの勝負に夢中になったらしい知遥が、俺のノートを覗き込んだ。心奪われながらも板書をとり続ける知遥だって、充分化け物だと思うが。
「いやいや、ムズイのはこっからだから」
岩手や京都あたりの海岸線は確かに複雑だが、それでも全体的にみれば本州は比較的なだらかだ。湾曲してくれているおかげで、角度にさえ気をつければバランスもとりやすい。問題は四国、九州だ。俺にはどうも四国を大きく書きすぎる癖があるので、毎度神経を遣う。そして追い打ちをかけるかのような九州。とにかく海岸線が複雑で、正確に模写しようものならこれだけで十分など余裕で使い切る。特に長崎県がエグい。海岸線の長さで圧倒的に日本一なだけあって、もう発狂したくなる。海岸線の全てがリアス式海岸のようなものなのだ。
それでも何とか書ききって残り一分半。離島がまだ残っているが、絶対書ききれない。北方領土、佐渡島、淡路島、長崎の五島列島だけ書きなぐったところで、ちょうど十分が過ぎた。
「さて、さっそく見比べようじゃないか」
「望むところだ。ハル、判定をヨロシク」
知遥の目の前に二枚の日本地図が置かれる。それを覗き込んで、思わず嘆息した。剛史の書く日本地図は、はっきりいって俺とは真逆の趣向だ。俺が繊細なタッチで細部にこだわるのに対して、剛史のは荒々しく、細部の海岸線など無視している。それでも全体のまとまりでいえば俺とも変わらない――いや、俺より勝っているかもしれない。細部の正確さをとるか、全体の雰囲気をとるか。俺たちは知遥の僅かな一挙をも見逃さない勢いで注目した。
「えっと……」
「……」
「……」
戸惑いながら二つの紙を行ったり来たりさせていた知遥の目に力がこもる。決まったのか? 徐々に開かれる知遥の口に全神経を集中させた。
「って、選べるかあーっ! どっちも上手すぎるんだよ」
「ハルうるさい」
「授業中だから」
教室中の視線を集めてしまっていることに気づいた知遥は、顔を真っ赤にさせて俺たちをキッと睨むと、それ以降一言も口をきいてくれなかった。
***
講義が終わると同時に食堂に駆け込んだが、それでも三人分の席をとるのに苦労した。大体大学自体がバカでかいのに、どうして食堂だけ普通サイズなのだろうか? 俺の高校の食堂と大差ないじゃあないか。
結局勝負は引き分けとなったので、各々で飯を買うことになった――はずだった。「アタシが恥をかいたのはアンタらのせい」と言い張る知遥の飯代は、俺と剛史で分け合って出すことになった。全く理不尽極まりない。だがまあ、知遥“は”そんなべらぼうに食うわけではないので、せいぜい二百円弱の出費だ。知遥が頼んだのはかけうどん。俺はカツカレー。剛史は、日替わりランチにラーメンを頼んでいた。
「お前アホだろ」
「しょーがねえだろお。どっちも美味そうだったんだから」
「いやいやいや、そんなに食えるのか?」
「よゆー」
という感じだから恐ろしい。しかも知遥によれば、こんなのはまだ可愛い方だという。そんな食生活をしておきながら全然太んないって、コイツの身体はどうなってんだ? 剛史のスラット伸びた四肢を見て、切にそう思った。
本当に全てをペロッと平らげてしまった剛史は、椅子の上で伸びをしたまま居眠りを初めてしまった。食ったままの食器を全て置いたまま。知遥は「もう……」とか言いながら剛史の食器も自分のとまとめる。
「和久君のも一緒に持ってこっか? どうせついでだし」
「いやいや、むしろ俺が全部持ってくよ」
剛史が散々食べたお陰で、二人分といえど食器の重さは馬鹿にならない。そこに俺のも加えるなんて、いくら知遥が芽依ほど華奢じゃないにしろ、男としてそれは許せない。
「いいの? じゃ、遠慮なく」
容赦なく三人分の食器がまとめられ、あまりの重量に持ち上げた時さっそく後悔した。
まだ次の講義まで一時間ほど空き時間があるので、二人分のお茶を汲んで、一つを知遥の前に置く。
「おっ、和久君気が利くねえ」
「そうか?」
「そーだよー。タケじゃあ考えられないね、こんなこと」
当の剛士は尚も爆睡している。まあ講義中に寝るよりはまだマシだろうけど。
「そういやあさ、」
「うん?」
「知遥と剛史って幼馴染なんだよな。いつから一緒なんだ?」
「うーん――」
知遥は顎に手を当てて考え込んでしまった。
「いつから、なんだろうね」
「と言うと?」
「気が付いたときには隣にいたからね。もう幼稚園入るよりも前っから」
「へええ」
俺にはそんな小さい頃から傍にいる人なんて、兄ちゃんと姉ちゃんくらいしかいない。たまに由実姉も面倒をみてくれたが。とにかくそんなに付き合いの深い、年の近い人は俺にはいなかったので羨ましい。そう言うと、「一人っ子の私からしたら兄弟がいること自体羨ましい」と言われてしまった。
二人とも息をつくようにお茶を啜る。特別旨いわけじゃないけど、尖ったところがなく、無難な味だ。湯呑を置いた知遥は、「ってゆーかさあ、」と続けた。
「そもそも和久君には芽依ちゃんがいるじゃん。親戚とはいえ、れっきとした年の近くて付き合い深い子でしょ」
「うーん……」
付き合いが深い、のだろうか。確かに幼少期の、今からは想像もつかないような泣き虫でわがままな(俺に対してだけはわがままは今も大概だが)アイツを知っている。だが実際に会っていたのはほんの数回。それも小学生の頃以来、つい最近までさっぱりだった。そんな人のことを、付き合いが深いといえるのだろうか。付き合いが古い、ならまだわかるが。
「まあな、アイツはそういうのとは違うな」
「ふうん。あんまりにも親しげだったから、てっきりずうっと一緒にいたのかと思った」
「違えよ。地元だって離れてんだし、そうしょっちゅう会えんかった」
「ふうん。そっかそっか。何となくわかったよ」
何やらにやにやしながら、こっちを見つめてくる。同じ表情を芽依がすると、くすぐってやりたくなるような、気持ちいいむず痒さがあるが、知遥がすると普通にムカつく。
「――何がだよ」
「なーんでもー」
知遥の好奇の視線から逃れるように、腕時計に目を落とした。気がつけばここに来てから一時間がたっているようだ。大学は高校までと違って、こういったまとまった空き時間がある。一時間ずっと好きにしてもいい、という感覚にいまいち馴染めないと思っていたが、案外悪くないのかもしれない。
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