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芽依が実家に帰ってから一週間が経った。離れる期間の半分が経過したことになる。もう一週間か、とは思えない。一日が三十時間にも四十時間にも感じられるほど長かった。こんな縮尺の狂った一週間をもう一度過ごさなくてはならないなんて考えたくもないが、家で一人になると否応なしに考えてしまう。しかも、今日は八月二十二日。俺の誕生日だ。大学では剛史たちに祝われたが、家で祝ってくれる人はいない。縋りつくようにスマホの通知を確認するが、芽依からの連絡は無い。
「って、そりゃそうだよな」
あれから一度も芽依からの連絡は無い。本当に二週間の間、全く存在を消して頭を冷やすつもりなのだろう。それなら、都合よく誕生日に連絡してくるわけないよな。と思った矢先、画面がうるさく光り、着信を知らせた。相手は、月野芽依――ではなく、真知だ。
『もしもし央君。誕生日を一人寂しく過ごしてると思って、可愛い妹が電話してやったぞ』
真知の声は普段と変わらず、いや、今まで以上に軽快だった。でも決して無理をしているようではなくて、大きな荷物を下ろしたような、清々しい様子だ。剛史とのことを少しだけ心配していたが、どうやら杞憂のようだ。
「はいはいありがとな。送り狼を逆に襲ったやつの言葉はやっぱり重みが違うな」
『人聞き悪いこと言わないでよーもう。まさかもう会えないと思ってた初恋の人に会えるとは思ってなかったし、次いつ会えるかもわかんなかったし、初恋の人には好きな人がいるのもわかっちゃったし。こりゃ今のうちに言っとかないと、気持ちの整理をつけるチャンスを永遠に逃しちゃうかもって思ったら、つい……ね』
気持ちの整理。端から真知は、初恋が叶わないと分かった上で気持ちを伝えたのだ。言わないで後悔する苦しさを一番よくわかってる真知らしいといえばらしいが、その姿は眩しい。
「強いな、真知は」
『って、何他人事のように黄昏てんのよ。次は央君の番なんだからね!』
真知の成長に浸る間も無く、真知の甲高い声が俺の耳に突き刺さった。
「いや、俺はあの日ちゃんと気持ちをぶつけたぞ。それでもなお拒絶されたんだ。俺や芽依の気持ちがどうであれ、それが芽依の出した答えなんだ。だからもうこれ以上は――」
『あーもうごちゃごちゃうるさいなあ! いい!? 央君はお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんは央君が好き。それなのに離れて、二人とも打ちひしがれている。だったら、答えは一つじゃないの!?!?』
「う、うん。それはそうだけど――」
『お姉ちゃんね、普段は何でも無いように装ってるけど、毎晩泣いてる声が寝室から聞こえてくるの。一週間欠かさず毎日だよ。離れても全く気持ちの整理がついてる様子は無いし、案外もう一押しで素直になるんじゃないかなあ』
そっか。毎日苦しんでいるのは、俺だけじゃないのか。てっきり今頃はもうケロッとしてるとばかり思っていただけに、心苦しい中で、一筋だけ嬉しい気持ちだ。期待しても、いいのだろうか? まだ駄々っ子みたいに縋りついて、いいのだろうか?
『まあね、こんだけ言ったけど、お姉ちゃんと央君が幸せになれるんだったら、どんな選択をしても私は応援するよ。でも、二人とも自分の気持ちを押し殺して不幸になるのはダメ。復縁するにしてもこのまま別れるにしても、ちゃんと自分と相手の気持ちに正直になって。はい、私からは以上!』
「ありがとな」
真知との電話を切った後も、不思議と沈黙が虚無感を促進することはなかった。気持ちがこんがらがっていた中で、道筋というか、目的地が定まったような気がした。この道が合っているのかはわからない。でも、行けるところまで行ってみよう。そう思うと、残りの一週間が少しだけ明るく見えた。




