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雲一つない晴天。今日は一日中歩き回るので、晴れてくれて本当に良かった。ただ――。
「何なんだよこの風は! 季節外れの台風でもきてんのかっ!?」
「何言ってんの央芽。これくらい普通だよー」
隣で髪を抑えながら芽依がクスクスと笑う。ジーパンにチェックのシャツというシンプルな組み合わせなのに、芽依が着るとお洒落に見えてしまう。二日前のワンピースも彼女に似合いすぎるほどだと感じていたのに。不思議なものだ。
そう。芽依たちが突然うちを訪ねたのが今から二日前。そして次の日帰ったと思ったら、また次の日――今日も芽依と会っている。怒涛の嵐のような日々だ。
とはいえ今日は俺の住んでいる東京でもなく、かといって芽依の住む愛知でもなく、そのお隣静岡に来ている。俺たちが春から通う学校がこちらにあり、二人で入る部屋を探すためだ。
「ところで、さ」
芽依がこちらを見たのを確認して続ける。
「やっぱ広めの部屋借りよーぜ。寝室が二つあって、トイレと風呂が分かれてるような」
芽依が小さく溜息をつく。またその話かと、あきれているのが目に見えてわかる。
「何度も言ったでしょ。そんな部屋借りてたら家賃馬鹿になんないでしょ、私たち二人とも学生なんだし。仕送りばっかりに頼るのもイヤだし。ワンルームで充分」
「でもそれは色々気まずいでしょ。俺たち一応異性なわけだし」
「別に私は大丈夫よ」
俺が大丈夫じゃねえんだよ。だが女の芽依が気にしないと言っているのに男の俺が気にするなんて、とても女々しくて言い出せねえ。
「もうっ、早く踏ん切りつけてよ。今日中に部屋決めて、最低限の家電も揃えたいんだから」
「はあ……わかったよ」
こんなやりとりを朝からずっと繰り返している。これだけ言って折れないのだから、芽依の考えはきっと覆せないだろう。まあ妹と二人暮らしするくらいに気楽に考えればいいか。
「にしても何でこんな風強いんだよ!」
「そんなの知らんけど、そんな言うほど強い?」
「まあ、俺からしたら」
ふふふ、と笑いながらたなびく髪をまとめて耳にかける。驚くほど白い頬が顕になり、俺の心臓がとくんと揺れた。
***
俺たちの入る部屋は、三軒目に訪ねた所に決まった。ごく普通のワンルームの部屋だったが、クリーム色に統一された壁や新品同然の広めの風呂が、芽依の心を掴んだのだ。俺もこの落ち着いた雰囲気の部屋を気に入ったので、異論はなかった。
「見てよ央芽! ワンルームでこの広い浴槽。まさかこれからも脚を伸ばしてお風呂に入れるなんて、思ってもみなかったわ」
よほどこの部屋が気に入ったのか、普段落ち着いている芽依にしては珍しくとてもはしゃいでいる。そのことを言うと「私、央芽が思ってるほど大人じゃないから」と少し寂しげに言われてしまった。
「でもやっぱ、風呂と便所は一緒なんだな。どっちかが風呂入ってる時にもう片方が便所行きたくなったらどうすんだ?」
「それは……その時くらい我慢すればいいじゃん」
「俺風呂長いけど大丈夫かな」
ニヤニヤ笑う俺を見て、芽依は口を尖らせて手の甲をつねってきた。
「いてててて」
「もうっ、意地悪ばっか言って。いいもん私もうんっと長くお風呂入ってやるから」
芽依の手を引き剥がそうとして、でも全然離れないものだから、思いっきり脇をくすぐってやった。
「ひゃはははは、ごめんごめんもう放すから許して央芽っ」
涙を流しながら笑う芽依を見ていると、昔小さい時に一緒に遊んだことを思い出す。少し転んだだけでもわんわんと泣き叫ぶような子だったが、こうしてくすぐってやると必ずといっていいほど満面の笑みを取り戻す。今はむしろちょっとやそっとじゃ泣きそうにない落ち着きだが、くすぐりの弱さだけは当時のまま健在のようだ。あまりに強くつねるもんだから、俺の右手の甲は何か変な虫にでも刺されたかのように真っ赤に腫れていた。
今更だが、やっぱり昔の泣き虫な芽依も、今の落ち着き払った芽依も、同じ芽依なのだと実感した。よくよく考えればそれは当然のことなのに。今までは八十年代の地形図と現在の地形図を見比べると全然違う場所に見えてしまうように、昔の芽依と今の芽依が全然違う人に見えてしまっていた。だが昔も今もよほどの何かがない限り根本の地形が変わらないように、芽依という人物も多少の変化こそあれ芽依であり続けるのだ。
「じゃあ、部屋も決まったことだし、家電見に行こっか。大家さんがすぐ近くに大型電器店があるって教えてくれたし」
「ああ」
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