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宴が進み、座の話題も転々とした。お互いの生活のこと、由実姉の旦那さんのこと(今日は仕事で来れなかったらしい)、それぞれの浮いた話(これは清美姉ちゃん以外大した話は出来なかった)。そして今は俺と芽依の学校の話題だ。
「何だ、それじゃあ芽依ちゃんの高校って央芽の大学の近くなのか」
酒が入って顔の赤い兄ちゃんが、いつも以上に眼を見開かせた。相当酔ってるみたいだ。
「ええ、遠州大学なら私の高校から歩いてすぐですよ。確か最寄駅も一緒だったよね?」
兄ちゃんに答えていた芽依は、最後俺に問いかけた。
「ああ、そうだな。まあ俺は向こうに住むつもりだから、あんまし関係ないけど」
「確かにここからじゃ遠いわよねえ」
由実姉が思慮深い視線を向けてくる。由実姉は俺とは親子ほど年が離れているというのに、全く年を感じさせない。清美姉と同い年といっても通じるだろう。童顔で黒髪なのが若さを際立てるのだろうか。
「でも芽依も遠いんじゃないか? 県跨ぐだろ」
「うん。でも電車で通えない距離でもないし、部屋借りるとなるとお金もかかっちゃうもん」
「そりゃあそうだけど、この距離だと交通費も結構かかるんじゃないか?」
「やっぱそうなのかなあ? まだ定期買ってないからわかんないけど」
「俺もまだ部屋借りてないからわかんないけど、あんまし変わんない気がするなあ」
正直お金の事に関してはさっぱりだ。今まであまり大きなお金を使うことなく生きてきたからか、金銭感覚なるものが全くわからない。これから一人暮らしをしていくうえではそういった感覚も必要になってくるのだろうが。
「まあそれはひとまず置いとくとして、何かあったら央君を頼れるね。お姉ちゃん」
「何かって何よ。確かに近くに気の許せる人がいるってのは心強いけど」
何だろう。信頼されてるって何かいいね。だがそんなほっこりした気持ちは、次の姉ちゃんの言葉に吹き飛ばされた。
「ってゆーかさあ、いっそのこと二人で住めばいいじゃん。その方がお金も安く済むし、何かあっても二人の方が心強いでしょ?」
思わず芽依の方を見ると、芽依もこちらを見ていた。目が合うと芽依は、顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。こんなに狼狽する芽依、今日初めて見た。そんな反応を見ているとこっちまで顔が熱くなってきた。
「あのなあ、親戚とはいえ芽依は年頃の女の子だぞ!」
「だから何よ。あんたが襲わなきゃいいだけの話でしょ」
「なっ……」
ああ言ってはいるが、目では隙あらば襲っちまえと言っている。全く、誰もが姉ちゃんみたく軽い訳じゃないんだよ。俺は助けを求めて兄ちゃんや両親、由実姉を仰いだ。
「まあ、私は二人さえよかったら清美の言う通りの方法がベストだと思うよ。家事だって分担出来るし、央芽が芽依ちゃんに勉強を教えることだって出来るし」
「俺も母さんと同意見だ」
ちょ、うちの両親マジかよ。普通こういう時反対するもんじゃないのかよ。
「そうね、長いこと央芽に会わせられなかったし、芽依にとってもその方がいいのかも」
「由実ちゃん」
「わかってますよおばさん」
ん? 何だ今の母さんと由実姉。
「俺もいいと思うぞー。お前妹が欲しいとかぼやいてたし、丁度いいんじゃねえの?」
「そ、それは……っ」
兄ちゃんめ。酔っ払ってるからってそれを芽依の前で言いやがって。というかもしかして全員に賛成された? これもう後に引けないやつじゃん。
「あの、芽依はどう思う?」
これで芽依が嫌がるようなら、自然な流れで断れるだろう。そんな期待を込めて芽依を見やった。皆の視線が集中していることに気付いた芽依は、俺の方をチラチラ見ながら口を開いた。
「私は、その、確かに最初はびっくりしたけど、央芽だったら大丈夫。だよね?」
「あ、ああ」
ってえー!? 勢いで了承しちまった。……芽依め。あんな顔で『央芽なら大丈夫だよね』なんて言われたら断れんじゃんか。それで悪い気がしてない俺も俺だけどさ。
***
だらだらと食って飲んでだべっているうちに、いつの間にか暗くなっていた。皆の腹がはち切れんばかりになったところでお開きとなり、順番に風呂に入ることになった。父さんがぐでんぐでんに潰れた兄ちゃんを引きずって、真っ先に風呂場へと向かった。そういえば酒入った状態で風呂って危なかったような気が。母さんと由実姉はキッチンに入って洗い物を始めたので、自然と俺たちは片付けを手伝う流れになった。の、だが――。
「ああ、ここは私がやっとくから、三人ともゆっくり休んでな」
そう姉ちゃんに言われ、やることがなくなってしまった。
「二人とも、どうする?」
同じく御役御免になった芽依と真知に聞く。芽依はにっこりと微笑んだ。
「央芽の部屋、見てみたいな」
「あっ私も見てみたい!」
真知も続く。別にいいっちゃいいけど、女の子が俺の部屋に上がるのって初めてじゃあないか?
二人が部屋に上がって真っ先に所望したのは、俺の卒アルだった。卒アルを見られるのは一向に構わないのだが、いきなり本棚を漁られたのにはビビった。だって本棚の奥には、女の子に見られたら終了するようなものが隠してあったから。
「へええ、央芽中学ん時髪短いねえ」
芽依が俺のクラスのページでめくる手を止め、食い入るように見つめた。
「それは部活で強制的にだな」
「何部?」
「サッカー」
「央芽、サッカーやってたんだ。何か意外」
卒アルから顔を上げた芽依は、心底驚いたという様子で目を見開いた。横から真知が卒アルを奪い、一人でページをめくる。
「まあ、実際やってたのは中学の三年間だけだし、今の俺からは想像つかねえだろ」
「うん。いかにも運動しなさそうだもん」
確かに俺は目に見えて筋肉が付いているわけでもなく、色白で髪も長い。誰が見ても俺が運動をしているイメージなんて湧かないだろう。だが――。
「それは失礼だな。サッカーはやめたけど、運動ならちゃんとやってるさ」
「ほんとにぃ? じゃあ何やってんのよ?」
「卓球。高校から初めて、今でも時々やってる」
奥の方で真知がプッと吹き出した。あいつめ。芽依もクスクス笑いながら訊く。
「卓球なんて運動に入るの? それに時々って」
「うっさいな。ついこないだまで受験生だったんだから、そんなしょっちゅう出来る訳ないだろ」
「それもそうだね」
そう言いながらもなお、芽依の顔から笑いは消えない。
「そういうお前こそ、部活何やってんだよ? 帰宅部とか言ったら思いっきり笑ってやるからな」
「しっつれいしちゃう。中学三年間美術部に入ってたわよ」
「なんだよ、がっつり文化部じゃねえか」
「いいじゃん別に。央芽、私が運動出来るように見えた?」
「なるほど」
服の上からでもはっきりわかるほど芽依は華奢だ。下手したら真知よりも肩幅狭いんじゃないかと思うほどだ。
「芽依ちゃーん、真知ちゃーん、お風呂空いたわよー」
三人とも黙った瞬間を見計らったかのように、階下から姉ちゃんの声が響く。
「じゃあ、お風呂行ってくるね。真知もいつまでも見てないで行くわよ」
「はーい」
渋々といった様子の真知を若干引きずりながら、芽依は部屋を出て行った。普段一人でいる部屋なのに、二人がいなくなると不意に寂しいと感じた。
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