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「なあ、お前基礎地理の過去問持ってるってホントか?」
「ああ。それよりお前、英語Ⅰが無茶苦茶ムズイって噂、どう思う?」
「系統地理は実質レポートだけの評価らしいぜ」
このようなやり取りが至るところで繰り広げられ、空気もピリピリし始めた。七月も半ばになり、期末試験がすぐそこまで迫ってきている。大学の単位にはレポートや実習で判断するものもあるが、多くの科目は試験があり、その試験で六割以上取れないと単位不認定。また次のセメスターで取り直しになってしまう。一つや二つ落としたくらいで即留年にはならないが、積み重なった単位不認定は二年三年と学年を進めるごとに強く圧迫される。そうならないためにも、初めから全ての単位を取るつもりで勉強する。それは俺も知遥も思っていることなのだが。
「えーどうせやってみりゃ何とかなるって。そんなに必死にならなくてもさあ」
剛史はどうも身が入ってないというか、何というか。そりゃあ、剛史なら勉強しなくとも地理系の必須科目は問題ないだろうけど、試験は他にも様々な科目があるのだ。
「いや、お前は文系科目全然だろ。せめてそっちはやっとけって。英語Ⅰとか文学とか特に」
「大丈夫大丈夫。俺、いざってときの勘結構冴えてるからさ」
ダメだ。完全にダメ人間の思考だ。全く、俺らの会話を意に介さず勉強してる知遥をもうちょっと見習ってくれよ。喧嘩中だから口を利かないようにしてるってのもあるとは思うけどさ。
「いいやダメだ。お前がダメな科目はとことんダメだということは、この半年一緒に学んできてよーくわかってるからな。そうだ、知遥に聞いてみたらどうだ? 俺も正直英語とかは自身ないけど、アイツは得意だったろ」
顔を伏せたままの知遥の肩が、ピクンと跳ねた。
「央芽……お前わかってて言ってるよな」
「わかってるからこそ、だよ。テストまであと一週間、夏休みまであと一週間だからな」
家が隣同士とはいえ、喧嘩したまま休みに入ろうものなら一切関わり合わない可能性もある。大学の夏休みは二ヶ月。それだけの間喧嘩したままだと、二人の間に入る溝が決定的になってしまう。マリアナ海溝ほど深い亀裂が入らないようにするためにも、二人にはこの一週間で仲直りしてもらわねば。
結局剛史が折れることはなく、試験前最後の週末が終わってしまった。試験は火曜から四日間。試験直前の今日は授業が一切なく、俺たち三人は自己学習のために教室の一角を陣取っていた。お互いに苦手な部分を補い合った俺と知遥は問題ないのだが、剛史は――。
「俺この週末で漫画三十冊読んじまったぜ。いやあ、試験前ってはかどるわあ」
ダメだ。微塵も勉強してる気配がない。今更どうしようもないぞ、こりゃ。俺が諦めかけたその時、知遥が俺たちの間に割って入ってきた。
「いい加減にしなよ、もう。単位かかってんだよ? タケなら何だかんだ勉強するかと思ってたけど、見損なったわ」
「はあ!? ハルにそんなこと言われたくないわ!」
うわーマジかよ。久しぶりに口を利いたかと思えば、また喧嘩するのかよ。全くこの二人は……。
「私だってそんなこと言いたくないよ! ……もう、ノート用意して。高得点とまではいかないけど、単位が取れるくらいにはしてあげるから。だから、その……この間はごめんなさい」
いつものように、高圧的な応酬が続く。かと思えば、急にしおらしくなった知遥が頭を下げていた。
「……顔上げろって。それより、俺の方こそごめん。あれはちょっと配慮が足らなすぎたと思う」
そんな知遥に感化されたのか、剛史が優しく知遥の肩に手を添える。えっと、これってこの二人仲直りした、のか? え、あれだけ引っ張った割にはあっさり過ぎない? まあ、無事仲直りできてよかったけどさ。
「じゃ、今から試験開始まで二十時間。みっちり叩き込むから、覚悟しなさいよ」
「ちょっと待て、二十時間ってお前寝かせる気ないだろ!」
「大丈夫、私も寝る気なんてないから」
「いや寝ろって。そんなんだからハルは肝心なとこでダメになるんだよ」
「なんですって!」
俺、帰ってもいいかなあ。いいよね。
結局俺は昼前に帰り、見直しだけして九時過ぎには布団に入った。試験前はいつも以上に睡眠を取るのが俺のモットーだからな。芽依は驚いてたけど、俺に合わせて一緒に寝てくれた。別に無理して寝なくてもいいって言ったけど、「央芽が寝てるのに起きてる意味なんかない」とか言って布団に潜り込んできた。電気がついてても寝れるのだけど、やっぱり芽依の温もりを感じながらの睡眠は格別だと再認識したところで、試験前最後の意識が途切れた。
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