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突然の訪問者を快く迎えてくれた知遥の母親の手料理を味わい、俺たちは知遥の部屋へと上がった。三人分のお茶を差し入れてからは全く干渉してこない。おおらかだけど、線引きはキチンとする。知遥のこういうところは母親譲りのようだ。
「それで、芽依ちゃん。私がタケと何があったのか。それを知りたいんだよね?」
湿布を巻いた足をベッドに投げ出した知遥が、俺の隣で小さく座っている芽依に微笑みかけた。知遥は部屋着に着替えていて、タンクトップやショートパンツから伸びるスラリと長い肢体が眩しい。
「うん。二人ってしょっちゅう言い争ってるところを見るけど、仲が悪いわけじゃなくて、むしろすごく良くて。剛史さんが知遥さんのことを大切に思ってるのがわかるから、だからこそこんな状態の知遥さんを置いてくなんて信じられない。一体何があったんですか?」
パーカーのフードに埋もれていた芽依の滑らかな髪が一節、するりとこぼれ落ちた。自分の髪になどお構いなしの芽依の必死さの前に、知遥の顔から逡巡の色が消え去った。喧嘩の原因についてどこまで話すべきか。その答えが固まったのだろう。
「まあ、端的に言えば『喧嘩した』ということになるね」
でも、と言いかける芽依を制し、知遥は続ける。
「確かに喧嘩なら今までしょっちゅうしてるし、それだけなら説明になってないと思う。それなのに今回ここまで仲違いしちゃったのは、私のせい。元々の原因はタケのデリカシーのない言葉だけど、それに対して本気で怒って、本気で手を上げた私に責任がある。そう、わかってるんだけどね」
それっきりベッドに身を投げ出してしまった知遥の目には、光るものが浮かんでいた。芽依が差し出したハンカチでそれを拭い、再び起き上がった知遥に芽依が問いかけた。
「それで、剛史さんに何て言われたんですか? 知遥さんが本気で怒ってしまう一言って一体?」
「そうだねえ。元はといえば、芽依ちゃんたちの話だったね」
突然自分の名前が出てきたことに驚いたのか、口を開くまでに一瞬間が空いた。
「私たち?」
「そう。芽依ちゃんたち、ちょっと前まで大喧嘩してたでしょ? その話をしてるとき、タケに――」
一旦口をつぐんだ知遥は、こちらを一瞥した後芽依を招き寄せて、耳元で何かを言っていた。俺は一部始終を見て知っているのだから、別に隠す必要もないと思うのだが。
「なるほど、そんなことを。確かに私が知遥さんの立場なら、同じように怒ったかもしれませんね」
全てを知ってなお複雑な表情の芽依。今の芽依にどのような感情が渦巻いているのか、俺にもよくわからない。
「マジで? 俺その場にいたけど、知遥がどうしてそこまでキレたのかはわかんねえぞ」
「あーうん。央芽はわかんなくていいよ。知遥さん的にはわかってほしいと思うけど」
そう言って知遥を見つめる瞳は、心なしか冷たいような気がする。……何でだ? この話のどこに芽依の心を逆なでする要素があったんだ?
「そ、そんなことないよ!」
「えーそうですか? そんなことないなら、そもそもそんなに怒んないんじゃないですか?」
「知られたくないからこそ、それが和久君にバレてもおかしくないような言い方をしたタケに怒ったの!」
えっと、話がいまいち読めねえ。芽依が知らなくていいって言ってんなら、別にわかんないままでもいいのか? でも二人には仲直りして欲しいのに、その糸口がわかんないってのもなあ。
「あー二人ともとりあえず落ち着いて」
落ち着いてられない! という二つの声を無視して続ける。
「とりあえず原因については置いといてさ、知遥は剛史と仲直りしたいと思ってるんだよな?」
「うん。でも今まで喧嘩しても気がついたら仲直りしてたから、どうやって仲直りしたらいいかわかんないんだよね」
指をこすり合わせながら俯く知遥を前に、思わず芽依と視線を交わした。
「そりゃあ」
「ねえ」
そんな俺たちに、知遥がベッドの上から詰め寄ってきた。
「二人とも何か知ってるの!? ていうかそうだよね。ついこの間仲直りしてたもんね。ねえねえ、どうやって仲直りしたの?」
どこかズレた方向に必死な知遥に、今しがた気づいたことを確認してみる。
「知遥。お前、剛史に謝ったことあるか?」
強気で自分の非を認めることがほとんどない知遥。ましてや相手が剛史となると、下手したら謝ったことすらないのではと感じた。そしてどうやらその勘は大当たりらしく、知遥はハッとした様子で口に手を当てたいた。全く、普段ガサツなくせにそういう素振りだけは女らしいんだから。
「そう言われてみれば、ない。まあ大概はタケが謝るべき状況だったんだけど、でもタケにも謝られたことないわ」
「まあ二人とも謝るって柄じゃないもんな。でも、今回ばかりは謝った方がいいんじゃないか? 知遥がそこまで自分が悪いと思ってるのなら、それを素直に伝えればいい」
「全く、難しいことを簡単そうに言わないでよね。でも、うん。頑張る」
知遥の目に光が戻ったのを見て、俺たちも思わず笑顔になった。
「でも、剛史さん相当怒ってるんでしょ? 許してくれるのかな」
芽依が知遥には聞こえないように囁いてくる。二人についてそこまで深く知らない芽依には、まだ半信半疑な部分もあるのだろう。でも俺は確信している。絶対この二人は仲直りする。
「大丈夫だよ。ほら、これ」
ほんの数分前に届いたメールを見せると、芽依の顔が綻んだ。
「ふふっ、確かにそうだね」
そのメールは、知遥の具合を心配する内容で、剛史からのものだった。
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