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貴女への地図  作者: 高階珠璃
episode2 多角測量
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 知遥の突然の暴力の理由はわからない。ただそれは今までのようなじゃれあうようなものではなく、混じりっけない本気のパンチだった。そしてそれを受けた剛史は、いつものように悪態をつくことなく、そのままどこかへ行ってしまった。

 そして、それ以来二人が口を利いているところを見ていない。


 普段の喧嘩なら大抵その日のうちに自然と仲直りする二人だけど、一日経っても、二日たっても、今日で三日目になるけど、一向に仲直りする気配がない。知遥は相当腹を立てたらしく、今までのように毎朝剛史を起こしたり、剛史に講義のノートを見せたりといった世話を一切焼かなくなった。おかげで剛史が出席数不足で留年――なんてならないためにも、今まで知遥がやってきたことを全部俺がすることになった。知遥には「あんな奴ほっとけばいい」って言われたけど、やっぱりそういうわけにもいかないだろう。知遥も剛史も、俺にとっては大切な友達だから。

 まあ、剛史にはもう少ししっかりして欲しいけど。



「はあ、あの二人にはどうしたものか」

 芽依が作ってくれた晩飯をつつきながら、思わずそう漏らしてしまった。芽依は今まで通りの家事はしてくれているが、口はほとんど利いていなかった。ハッとして顔を上げると、大きく見開かれた瞳と視線がぶつかった。若干潤んでいるような気がしたけど、ちゃんと確認する前に伏せられてしまい、真相は分からずじまいだった。



 それ以降は今までの喧嘩してからの芽依と変わらず、お互い一切口を利くことなく片付けや風呂を済ませ、同じ布団の両端に潜り込んだ。一つの布団を共有していながら、お互いが触れ合うことはない。この狭い布団でそんなことが可能だということも、それまでは芽依が意図的にくっついてきていたということも、喧嘩したことで初めて知った。今日もこの距離を埋めることができないままだったな――。

「央芽」

 いや、今日はまだ終わりじゃなかったみたいだ。久しぶりに間近で聞く芽依の声に、胸がトクンと跳ねた。芽依は俺の服の裾をつまみ、ポツポツと語り始めた。


「あのね、本当に先生とは何もないんだよ。秘密だって、別にやましいことをしてるわけじゃなくて。今はまだ話せないけど、近いうちに央芽にも話すから。だから……私が好きなのは、央芽だけだよ」

「芽依……」

 背中を向けたままなので表情は見えないけど、きっと食事のとき垣間見たような、潤んだ瞳をしているのだろう。そんな気がした。

「ねえ央芽。お願いだからこっちを見て。私の目を見て」


 芽依に腕を引っ張られるがまま振り返ると、思った通り、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、しかし力強く見つめられた。

「それで、央芽はどうなの?」

「俺も芽依と同じだよ。知遥はただの友達。知遥の言ってた通り、あの時はバイトがあるからって抜けてった剛史の荷物を運ぶついでに送ってっただけだ」

「そっか。何かごめんね」

 掴んでいた俺の腕を抱きかかえるようにくっつきながら、小さく呟いた。

「いいって。それより俺の方こそごめん」

「うん。これでもう、仲直り。かな?」


 泣き笑いのような頼りない顔が、今までどれほど苦しんだのかを物語っていた。しかし、まだ満面の笑みを見れていない。

「そうだな。でも、それにしては浮かない顔だな。まだ何か気になることでもあるのか?」

 芽依が腕を離し、代わりに俺の胴に抱きついてきた。久しぶりに感じる芽依の暖かさ、柔らかさに、どうにかなってしまいそうだ。

「でも、知遥さんは央芽のこと好きだよ?」

 俺の顔を見つめる芽依の瞳は、不安げに揺れていた。

「知遥が? まさか。――まあ、たとえそうだとしても、俺は芽依が一番好きだ」

「央芽……」


 芽依の瞳から不安げな色が抜け、熱がこもる。その瞳に吸い寄せられるように顔を近づけ、久しぶりの口づけを交わした。始めは触れるだけだったものが、段々と激しく吸い、お互いの口内を求め合った。今なら、いいんじゃないだろうか? 芽依の肩に触れていた右手を、そっと下の膨らみへと落とした。今までも何となくその柔らかさを実感したことはあるが、実際に自分の手で触れるのは初めてだ。何これ。柔らかくて、それでいて俺の指を跳ね返す弾力もある。この感触はクセになりそうだ。

「ぷはっ。ちょっと央芽、何して……んっ」


 芽依はくすぐったそうに身をよじらせながらも、俺の手を掴んで止めさせようとする。

「ごめん。ダメだったか」

 ムード的にはいけると思ったんだけどなあ。女心って難しい。

「今日は、その、月のアレだから、そういうのはちょっと」

「月のアレ?」

「だから、女の子特有のアレ」

 そこまで言われてようやくピンときた。なるほど。そりゃあしょうがないわな。

「ああ、生理か」

「もうっ、はっきり言わないでよ。……ごめんね」

 俯いた芽依の頭を、優しく撫でる。これだけ動いてもなお艶やかな髪が、触っててとても気持ちいい。

「いいって。前も言ったろ。焦らなくていいって」

「そうだったね。ありがと」


 そう言って、明るく笑った。やっと、芽依の屈託ない満面の笑みが見られた。やっぱり、俺はこの表情の芽依が一番好きだ。外でする落ち着いた笑みも勿論好きだけど、この俺の前でだけ見せてくれる、無邪気な顔が一番好きだ。

「いいって。じゃあそろそろ寝るか」

「うん。おやすみ、央芽」

 俺たちはもう一度小さく口づけすると、抱き合ったまま眠りに落ちた。


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