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貴女への地図  作者: 高階珠璃
episode2 多角測量
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 聞き慣れた声で目が覚めた。身体を横に向けると、昨日最後に見た制服姿ではなくいつもの部屋着に着替えた芽依が、こちらに背を向けて座っていた。

「――ええもう本当に昨日はありがとうございました。先生のお陰で、私も次のステップへと踏み出す決心がつきました」

 どうやら電話中のようだ。昨日って聞こえたから、相手は一緒に泊まってた友達かな。

「いやいやそんなことないですよー。でも、うん。先生をあっと驚かせられるように、頑張りますね」


 意識がはっきりしてくると同時に、俺の心は暗く陰っていった。敬語を使っているし、相手のことを先生と呼んだ。相手は女友達ではない。じゃあ誰なんだ? “昨日”一緒にいたのは誰なんだ?

「あ、そうだ。多分会わないとは思いますけど、このこと央芽には内緒でお願いします。――そうです。一緒に住んでる親戚の」

「何が内緒なんだ?」

 思わず気持ちが漏れた。これ以上このどろどろした気持ちを抑えることはできない。硬直してしまっている芽依からスマートフォンを奪い、電源を切った。間際に見えたホーム画面には『斎藤先生』と表示されていた。

「ちょっと、勝手に切らないでよ」

 怒った様子で伸ばしてくる手から、さらに遠ざける。

「昨日、本当はどこに行ってたんだよ。誰と一緒に居たんだよ。俺に隠し事までして、何してたんだよ」

「ちょっと待って。央芽、何か誤解してない? 先生との電話は昨日の部活の時の話だよ。ほら、担任の斎藤先生。央芽も会ったことあるでしょ。あの人美術部の顧問もしてるから」

 真っ直ぐこちらを見つめてくる瞳は、嘘をついているようには見えない。それでも、手放しに信じることができなかった。

「まあ、わかったよ。それで、何が内緒なんだよ」

「それは……言えない」

「そっか」


 気まずそうに目を逸らす芽依は苦しそうだ。思えば、こいつが俺に嘘をついたり隠し事をすることは、今まで一度もなかった。外での反動なのか、俺の前だと気が緩むからだろう。今まで、俺にならどんなことも、どんな気持ちも見せてくれると思っていた。なのに――。ダメだ。抑えろ。俺だって猜疑心(さいぎしん)でいっぱいのこの気持ちをひた隠しにしているではないか。今までだって、芽依を傷つけないようにと、どれだけの気持ちを隠してきただろうか。隠し事だらけの俺に、芽依を責める資格はない。そう何度言い聞かせても、心のさざ波が収まることはなかった。



 それでも、荒れた心は芽依に見せなかった。一度見せてしまうと歯止めが効かなそうで、見せられなかった。幸い芽依はいつも通りで、余計に荒立つようなことはなかった。しかし、そんな危なげな心が長く保つ訳がない。均衡が崩れる瞬間というものはいつも、唐突に訪れるのだ。



 ***



 その日は、サークルなどの課外活動はなかったが、最後のコマの授業が大幅に長引いたため、大学を出る頃には既に日が落ちていた。剛史はバイトに遅れるとか言って早々に抜け出したので、帰りは知遥と二人きりだった。

「ごめんねえ和久君。荷物持ってもらっちゃって」

「まあ剛史が置いてった分だしな。あいつには今度キッチリお礼してもらうから、大丈夫だよ」


 以前から聞いてはいたが、剛史と知遥の家は隣同士だ。そしてこれは今日聞いたのだが、二人の部屋はちょうど真向かいにあり、窓から屋根伝いにお互いの部屋を訪ねることができるという。本当に絵に描いたような幼馴染だな。全く恋愛に発展しなさそうでありながら、実際誰よりも結び付きが強いし。こいつらが恋人同士になったとしたら――今と大して変わらなそうだなあ。


「それで、こっから近いんだっけ」

 俺の家と反対方向に歩き始めてからしばらく経ち、芽依の通う三北高校が近くなってきた。最も、この時間なら部活も終わっていて、今頃は家だろうが。

「うん、そーだねえ。三北高からは歩いて二分ほど」

「近っか」

「走れば二階の教室まで一分」

「近っか。マジかよ。いいなあ」

 俺は高校時代電車通学で、乗り換えがうまくいっても三十分ほどはかかっていた。中学の時は自転車通学だったので、徒歩通学なんて小学校以来だ。改めてこの距離の近さのありがたみを実感する。剛史や知遥には当たり前のことだとしても。

「でも近いからっていいことばかりじゃないんだよお。学校帰りに寄り道しようとしても余計遠回りになるし、よく溜まり場にされるし。それに隣にタケがいるもんだから、男子が大勢押し寄せてきた時とかはもううるさくって」

「剛史一人でも充分うるさいもんな」

「そうそう」


 やがて、三北高校のボロい校舎が闇に浮かび上がった。そのフォルムはますます廃墟を思わせる。その校門のところに、人影が二つあった。この時間なら、仕事を終えた教師か、部活の長引いてしまった憐れな生徒くらいか。暗くてよく見えないし、そもそも興味がない。目もくれずすれ違う……つもりだったのだが、耳に焼き付いた、聞き慣れすぎるほど聞いている声に思わず立ち止まった。


「芽依?」

「えっ……央芽? 何でこんなところに――」


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