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聞き慣れた声で目が覚めた。身体を横に向けると、昨日最後に見た制服姿ではなくいつもの部屋着に着替えた芽依が、こちらに背を向けて座っていた。
「――ええもう本当に昨日はありがとうございました。先生のお陰で、私も次のステップへと踏み出す決心がつきました」
どうやら電話中のようだ。昨日って聞こえたから、相手は一緒に泊まってた友達かな。
「いやいやそんなことないですよー。でも、うん。先生をあっと驚かせられるように、頑張りますね」
意識がはっきりしてくると同時に、俺の心は暗く陰っていった。敬語を使っているし、相手のことを先生と呼んだ。相手は女友達ではない。じゃあ誰なんだ? “昨日”一緒にいたのは誰なんだ?
「あ、そうだ。多分会わないとは思いますけど、このこと央芽には内緒でお願いします。――そうです。一緒に住んでる親戚の」
「何が内緒なんだ?」
思わず気持ちが漏れた。これ以上このどろどろした気持ちを抑えることはできない。硬直してしまっている芽依からスマートフォンを奪い、電源を切った。間際に見えたホーム画面には『斎藤先生』と表示されていた。
「ちょっと、勝手に切らないでよ」
怒った様子で伸ばしてくる手から、さらに遠ざける。
「昨日、本当はどこに行ってたんだよ。誰と一緒に居たんだよ。俺に隠し事までして、何してたんだよ」
「ちょっと待って。央芽、何か誤解してない? 先生との電話は昨日の部活の時の話だよ。ほら、担任の斎藤先生。央芽も会ったことあるでしょ。あの人美術部の顧問もしてるから」
真っ直ぐこちらを見つめてくる瞳は、嘘をついているようには見えない。それでも、手放しに信じることができなかった。
「まあ、わかったよ。それで、何が内緒なんだよ」
「それは……言えない」
「そっか」
気まずそうに目を逸らす芽依は苦しそうだ。思えば、こいつが俺に嘘をついたり隠し事をすることは、今まで一度もなかった。外での反動なのか、俺の前だと気が緩むからだろう。今まで、俺にならどんなことも、どんな気持ちも見せてくれると思っていた。なのに――。ダメだ。抑えろ。俺だって猜疑心でいっぱいのこの気持ちをひた隠しにしているではないか。今までだって、芽依を傷つけないようにと、どれだけの気持ちを隠してきただろうか。隠し事だらけの俺に、芽依を責める資格はない。そう何度言い聞かせても、心のさざ波が収まることはなかった。
それでも、荒れた心は芽依に見せなかった。一度見せてしまうと歯止めが効かなそうで、見せられなかった。幸い芽依はいつも通りで、余計に荒立つようなことはなかった。しかし、そんな危なげな心が長く保つ訳がない。均衡が崩れる瞬間というものはいつも、唐突に訪れるのだ。
***
その日は、サークルなどの課外活動はなかったが、最後のコマの授業が大幅に長引いたため、大学を出る頃には既に日が落ちていた。剛史はバイトに遅れるとか言って早々に抜け出したので、帰りは知遥と二人きりだった。
「ごめんねえ和久君。荷物持ってもらっちゃって」
「まあ剛史が置いてった分だしな。あいつには今度キッチリお礼してもらうから、大丈夫だよ」
以前から聞いてはいたが、剛史と知遥の家は隣同士だ。そしてこれは今日聞いたのだが、二人の部屋はちょうど真向かいにあり、窓から屋根伝いにお互いの部屋を訪ねることができるという。本当に絵に描いたような幼馴染だな。全く恋愛に発展しなさそうでありながら、実際誰よりも結び付きが強いし。こいつらが恋人同士になったとしたら――今と大して変わらなそうだなあ。
「それで、こっから近いんだっけ」
俺の家と反対方向に歩き始めてからしばらく経ち、芽依の通う三北高校が近くなってきた。最も、この時間なら部活も終わっていて、今頃は家だろうが。
「うん、そーだねえ。三北高からは歩いて二分ほど」
「近っか」
「走れば二階の教室まで一分」
「近っか。マジかよ。いいなあ」
俺は高校時代電車通学で、乗り換えがうまくいっても三十分ほどはかかっていた。中学の時は自転車通学だったので、徒歩通学なんて小学校以来だ。改めてこの距離の近さのありがたみを実感する。剛史や知遥には当たり前のことだとしても。
「でも近いからっていいことばかりじゃないんだよお。学校帰りに寄り道しようとしても余計遠回りになるし、よく溜まり場にされるし。それに隣にタケがいるもんだから、男子が大勢押し寄せてきた時とかはもううるさくって」
「剛史一人でも充分うるさいもんな」
「そうそう」
やがて、三北高校のボロい校舎が闇に浮かび上がった。そのフォルムはますます廃墟を思わせる。その校門のところに、人影が二つあった。この時間なら、仕事を終えた教師か、部活の長引いてしまった憐れな生徒くらいか。暗くてよく見えないし、そもそも興味がない。目もくれずすれ違う……つもりだったのだが、耳に焼き付いた、聞き慣れすぎるほど聞いている声に思わず立ち止まった。
「芽依?」
「えっ……央芽? 何でこんなところに――」
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